6 消えた少女
「なんで……。なんで?」
タクミは教室を見渡して少女を探す。しかし、少女の存在はおろか、教室の様子さえも前回のものとは全く異なっていたのであった。
「クラスメイトが全員死んでいる──?」
教室には地獄の光景が広がっていた。割れた窓に散乱した机と椅子、そのどれもが血で染め上げられている。床には生徒だったものが幾重にも重なって倒れている。恐怖の表情のまま固まってしまったものやそもそもの頭すらないものまでさまざまであったが、それらはどれも死んでいたのだった。
「っ! まさか彼女も!」
少女がこの惨劇に巻き込まれてしまった可能性がタクミの脳内によぎる。震える手足にムチを打ち、転がる死体の顔を1人ずつ確認する。仰向けに倒れた亡骸の顔を一瞥する。顔が下を向いてしまっている者は持ち上げて確認する。顔がないものはその体型から彼女であるかを類推する。それはひどく気が滅入る作業であるが、タクミはなんとかやりきった。
「……違う。この中に彼女はいない」
そして、クラス全員の顔を確認したタクミは、この教室に彼女の死体がないことを確信する。彼女が死んでいなかったことに少しばかり安心するタクミ。しかし、問題の本質的な解決には至っていなかった。彼女は依然消えていなくなってしまったままである。ならば、彼女を探し出さなければならない。
「──屋上だ。屋上へ行けばきっと会えるはずだ」
タクミは少女と交わした会話を思い返す。そう、二人は屋上へと向かう予定だった。きっと屋上に行けば会えるはずだ。タクミは屋上を目指すのであった。
※
窓ガラスが割れ、物が散乱する教室。タクミはテロリストのメンバーと交戦していた。
机の影から身を乗り出して発砲するテロリスト。その攻撃を掃除用具入れを壁にして受けるタクミ。銃弾が飛び交う教室の中で、タクミは少女との思い出に思いを馳せる。
彼女との出会い。それは光が差す教室でだった。彼女はタクミの手を握り、外に連れ出したのだ。彼女の柔らかい笑顔はまぶしくて、タクミの心を震わせた。
──彼女に会いたい。
タクミの中で少女に対する感情が高まる。抑えきれない感情の高まりを乗せ、銃の引き金に手をかける。テロリストが苦しみの声を漏らしながら倒れていく。身を乗り出し、他の敵が潜んでいないことを確認する。額を落ちる汗を拭うと、タクミは屋上へ続く階段を目指す。
──早く屋上に行かないと。きっと屋上で待ってるはずだ。
少女と再会することを希望の種に突き進むタクミ。だが、どうしてこんなにも少女のことを思うのだろうか。出会った状況が特殊であるとはいえ、タクミと少女は初対面に過ぎない。そこでタクミはあることに気が付く。
──そう言えば俺、彼女の名前すら知らない。
そう、タクミは少女の名前を知らなかった。少女の名前を聞く機会がないままここまで来てしまったのだ。そのことに気づいたタクミは自分の行動に呆れて、大きなため息を漏らす。
──会ったら、彼女の名前を聞かないとな。
そんなことを思いながらも、タクミは前回の戦闘の舞台となった屋上への階段にたどり着く。あの時のように腰をかがめると、心を落ち着けるために深呼吸をする。
──前回はここに彼女がいたんだよな……
今のタクミの隣には誰もいない。あの時は彼女の援護があったおかげで、敵の場所まで近づくことができた。しかし、今回は一人でここを乗り切るしかない。
──やるしかない。ここを超えた先に彼女がいるはずだから
前回の彼女がやったように、銃で牽制しながら敵に近づくことにするタクミ。人数が減る分成功率は下がるだろうが、躊躇っていても仕方がない。彼女に会うためにもここで立ち止まるわけにはいかない。
気合を入れるために両手で軽く頬をたたく。そして、一段上の階段を踏みしめる。と、
──ちょっと待て
タクミは違和感に気づく。それは蛇のようにタクミの足にまとわりつき、タクミの歩みを止めた。
──なんで彼女は俺の下の名前を呼んだんだ?
タクミは前回の彼女と交わした会話を思い出す。真っ白だった思考の中でも鮮明に思い出される彼女の言葉。この最後の戦いに挑む前、確かに彼女はタクミの名前を呼んだ。初対面であるはずの、タクミの下の名前を。
だが、タクミには答えが分からない。あの時のタクミの頭はうわの空だった。少女は熱が入るあまりにタクミの下の名前を叫んでしまったのかもしれない。だが、あの時はどうだろうか。タクミは少女と始めた出会った教室での言葉を思い出す。
──「……! タクミ──、アキツタクミくん、だよね?」
彼女は初対面のタクミのことを下の名前で呼びかけていた。
タクミは少女の違和感の正体にたどり着く。この学校で少女だけがタクミを下の名前で呼ぶこと、少女がタクミのことを知っている反応をしたこと。タクミの頭をめまぐるしく考えが巡る。背筋が凍るような感覚に襲われる。タクミの脳内で様々な考えが巡る。だが、それは強制的に打ちとめられることとなる。
「!? まずいっ。やっちまった!!」
タクミは視界の端で黒い影が動いていることに気づく。考えることに夢中になるあまりに、敵の接近に気づかなかった。だが、もう遅い。タクミが何をするよりも前に、敵の銃口がタクミの顔面をとらえていた。
──そして、タクミの意識は強制的に飛ばされたのだった。
※
「よく考えたらおかしいことだらけだ」
目覚めた教室でタクミは思う。考えば考えるほど、少女の違和感を思い出す。初対面であるはずのタクミの名前を知っていること。そんな初対面のタクミがテロリストと戦えると判断して、一緒に敵を倒しに行こうとしたこと。そして、拭えぬ違和感はもう一つある。
そんなタクミの頭の中とは裏腹に、いつものアナウンスと共にテロリストの襲撃が始まる。だが、タクミはルーティンと化したこの戦いを何事もなかったかのように終わらせる。最初の相手から銃を奪い取り、次の相手には狙撃で対処。最初のころに比べればその腕前は見違えるように上達している。そう、まるで少女のように。
──そう、違和感の正体はそれであった。
少女の銃の腕前は相当のものであった。まるで訓練を重ねたテロリストのように。
彼女は言った。銃を使ったことがあると。だが、文字通り普通の女子生徒にそんな経験が与えられるのだろうか。与えられたとて、テロリストを打ち破るほどの技能を習得できるだろうか。タクミのようにループでもしなければ到底無理だろう。
──もしかして、もしかして……
だが、彼女は強い。それは覆ることのない事実。とすればこう考えるのが自然だ。
──彼女もループ、しているのか……!?
そして、タクミは一つの答えにたどり着く。
──そうだ! 彼女もループしている。だから強いんだ。
少女もループをしているのだ。タクミと同じように。そして、彼女は繰り返すループの中で、戦闘能力を磨いていったに違いない。ちょうど今のタクミのように。
──いや、違う。それじゃまだ足りない。
しかし、少女の真実に気づいてもなおタクミの違和感は拭えない。彼女がループをしていることで彼女の強さを証明することはできるが、少女がタクミのことを知っている理由にはならない。少女がタクミのことを知っているとするならば、少女だけがタクミのことを知っているとするならば、導かれる真実というのは──
──俺と彼女は一緒にループをしていた。そして、それは俺が思う1回目のループよりも前から。
つまり真実はこうである。
タクミと少女はループを繰り返していた。そして、それはタクミが教室で頭を撃ち抜かれたあの時よりも前からである。どういうわけか、タクミだけが以前のループの記憶を失ってしまったので、少女だけが一方的にタクミのことを知っていたのだ。
──俺と彼女は以前にもループを繰り返していたんだ。でも何らかの理由で俺の記憶だけがなくなってしまった。だから彼女だけが俺のことを知っていた。
彼方へと追いやられた記憶がタクミの頭に呼び起こされる。少女と共に敵に出くわしたあの時。協力して敵を打ち倒したあの時。少女の背中を追って走ったあの時。少女がこちらに笑顔を向けたあの時。忘れていた記憶が頭を駆け巡る中、はっきりと彼女の名前を呼ぶ自分の姿が浮かびあがった。
──だから俺は彼女の名前を知っている。彼女は待っている。俺が迎えに行くのを。あの場所で!
タクミはすべてを思い出す。今なら彼女のことが分かった。彼女が考えていることを。彼女が成そうとしていることを。
タクミは教室を出ると、ある場所へと足を進める。
少女は屋上には向かってはいなかった。彼女自身の力で行けるのならば既に向かっているはず。彼女は待っているのだ。記憶が戻ったタクミを。二人で屋上へ行くことを。
そして、タクミはある場所、女子トイレへと辿り着く。扉に手をかけると鍵がかかっていた。
──そういえば、女子トイレには鍵がかかってるって言ってたっけな
タクミは笑みを漏らす。この奥に彼女がいる。そう確信した。タクミは扉をノックし、扉の奥の人物に言葉を投げかける。
「やあ、お待たせ。迎えに来たよ、──アヤカ」
「──待ってたよ。タクミ」
開け放たれた扉の奥には少女が立っていたのであった。
違和感が確信に変わったタクミ。記憶を思い出したタクミに少女は何を語るのか、続きをお楽しみください。