4 少女
──その少女は不思議な雰囲気に覆われていた。
それは光が逆光となって彼女の輪郭をぼやけさせているからだろうか。胸のあたりまで伸びた長めの黒髪に短めのプリーツスカート。それは一見どこにでもいる普通の女子生徒のそれであったが、それを名乗るにはあまりにも不釣り合いな銃を抱えたその姿。土曜深夜に放送される低予算のコスプレドラマのような見た目であるが、彼女の服にかかる返り血がその本気度を示しているのは言うまでもない。彼女と視線を交わすタクミの心はなぜだかとても揺れ動く。
そんな彼女は構えた銃を下すとタクミに向かって凛とした声音を放つ。
「……! タクミ──、アキツタクミくん、だよね?」
「!? 俺の名前! なんで?」
急に名前を呼ばれたタクミは緊張で声が裏返ってしまう。慌てて咳をし、声が上擦った責任を喉の調子に押し付けようと試みる。
「え? あ、えと…… だってうちの学年あんまり人数多くないし、普通に名前と顔くらいは知ってる」
「あ、や、確かにそりゃそう、だよな……」
思えば普通に学生生活を送っていれば、同じ学年の生徒の名前と顔くらいは一致しているだろう。残念ながらタクミは普通の学生生活を送っていないのでそんなこととは無縁というわけであるが。目の前にいる少女を今までの学生生活で見たことがない。向こうがこちらの名前を知っている手前、聞きづらくはあるが、タクミは彼女の名前を聞こうと口を開く。
「あ、あの名前──」
だが、それは廊下に響き渡る銃弾によって遮られることとなる。
「!? 発砲音!」
タクミがそれに気づくと同時に目の前の少女が教室の外に向かって走り出す。タクミの手をがっちりと握ると、女の子とは思えない力で彼を引っ張っていく。二人は教室を出て音の発生源へと向かう。
「ちょ、ちょっと待って!」
「行かないと!」
タクミはされるがままに少女の引っ張られる。半ば引きずられるかのようになっている態勢を必死に立て直し、彼女の歩幅に負けないように走り出す。
「行くってまさかテロリストのところへ?」
「ええ、学校中にテロリストが侵入してきてるわ。奴等を倒さないと」
「やっぱりそうなのか。ってか、俺銃まともに使えないし絶対無理だって。勝てないよ!」
「え? ほんとに?」
「ほんとに! 銃の扱い方なんて分からないよ」
教室の狙撃は上手くいったが、それはたまたまに過ぎない。あんな精度の高い射撃はそう何度もできるものではない。
「困ったわね……」
タクミの弱音を聞いた少女は困った表情をする。テロリストの下へ向かっていた足を止め、回れ右をして近くにあるトイレを指差す。
「じゃあいったんあそこで銃の扱い方を教えるわ。ついてきて」
そして、タクミの手を引っ張りトイレへと走り出す。
「教えるって、使い方分かるの? ってかなんで女子トイレ!?」
「わたしに男子トイレ入れっていうの? 女子トイレのほうには入り口に鍵がかかっているしそっちのが安全でしょ!」
「ま、まぁ君がいいなら俺は全然いいけど……」
そして二人は女子トイレへと駆け込んだ。
タクミは周りを見渡す。イケないことをしているような気持ちになりながらも、しっかりと舐めまわすように女子トイレ全体を観察する。ピンクの壁紙に覆われたその空間からはほんのりと良い匂いがする気がした。
「なにキョロキョロしてるの?」
「あ、ご、ごめんなさい……」
条件反射的に変態行動に出ていたタクミは反省する。幸いなことに心の声まではバレていないようで、肩を撫でおろして安心する。
「じゃ、なくて──!」
否、そうではない。もっと大事なことがある。タクミは少女の目をしっかりと見つめ、疑問を口にする。
「銃の使い方を教えてくれるって! なんで銃の使い方なんて知ってるの?」
彼女は銃の扱いを教えてくれると言った。だが、なぜ彼女は銃の扱い方なぞ知っているのか。こんな普通の女子生徒が銃なんて使うことがあるのだろうか。
「それは…… 銃を使ったことがあるからあるからよ。基本的なことは大体分かるわ」
「まじかよ。めっちゃ普通の女子なのに……」
「……。じゃあ弾の装填方法から教えるわね」
彼女はてきぱきと銃の操作に関するレクチャーを始める。銃の扱いは手馴れているようでスカートのポケットから銃弾を取り出すと装填方法の手順を披露し始める。
「お、オッケー」
タクミは彼女の指導に遅れないように彼女の声に耳を傾ける。
「──」
「──」
「──ってこんな感じか。大体のことは分かったぜ」
少女から大体の操作方法を教わったタクミ。大分銃についての知識が深まったように思える。あとは妄想通りに事が進めばテロリストの撃退も夢ではなさそうだ。自信がついたタクミはやる気を引き締めるために肩をぐるりと一回転させる。
「よかった。これで安心して戦いに行けるわね」
その様子を見た少女は安心したように肩をなでおろす。彼女の長い黒髪が、肩が上下するのに合わせて揺れ動く。それを見たタクミは鼻の下が思わず伸びる。
「まぁぶっつけ本番で行けるかは怪しいけどね」
「大丈夫よ。センスあるし行けるわよ」
少女はタクミに屈託のない笑みを向ける。上がった口角から覗く八重歯が特徴的な笑顔にタクミの顔が自然と真っ赤になる。
「が、がんばるよ……!」
恥ずかしさを紛らわせようと真っ赤な顔のタクミは真っ白な思考にムチを打ち、なんとか次の話題を紡ぎ出す。
「それで、これからどうする?」
「屋上に行こうと思うわ」
「屋上? 1階から逃げるんじゃなくて?」
屋上に逃げるのはパニック映画においての一番の悪手だ。これはテロリストの妄想を何度もしてきたタクミだからこそ分かる。屋上に通じる扉はたいていの場合鍵がかかっており、袋小路になってしまう可能性が高い。現実的に考えるのならば1階から脱出するのが手っ取り早い。だが、少女の方もテロリストに対する独自理論を持っているらしく、あくまでも屋上を推薦する。
「ええ。1階の出入り口はおそらく見張られているわ。だから屋上の避難用滑り台から脱出するわ。それに屋上にいれば下から上ってくる相手に有利に立ち回れる」
確かに。そういう考えもある。屋上には大体非常用の滑り台が設置されている。タクミも防災訓練で一度使ったことがあるのを思い出した。あの時は滑り台が楽しくて、テロリストの妄想をする時間がなかったために思いつかなかったが、屋上からの脱出劇も悪くない。タクミは少女の意見に従うことにする。
「なるほど…… ってことは屋上に行けばいいんだな」
「ええ。ついてきて。屋上へ続く階段は1つしかないの」
そう言うと彼女は例の如くタクミの手を引っ張ろうとする。それをタクミは反射的に拒絶する。
「大丈夫。ちゃんとついていくから。引っ張らなくても大丈夫だよ」
「そ、そう…… 分かった。ごめんなさい」
「いいよ、謝らなくて。それより早く行こう」
「うん、分かった」
そうして、二人は屋上へと続く階段へと走り出したのであった。
──タクミに拒絶された少女が悲し気な顔をしたことにタクミが気が付くことはなかった。
読んでくださりありがとうございます。
今回ようやくヒロインを登場させることができました。
少女と出会った主人公がこの先どうやってテロリストを撃退するのか、ぜひお楽しみください。