11 決着
──それからというもの、敵は一人として現れなかった。
屋上へ向かう途中の教室では、何事もなかったかのように授業が行われていた。すれ違った教室の教師がこちらに怪訝な視線を向けたが、彼らは余計なことには口出しをしないとばかりに無視を決め込んでいた。──あるいは、タクミとアヤカが手を繋いで歩いているのを見て並々ならぬ何かを察したのだろうか。屋上へと向かう道程は驚くほど穏やかだった。
「──なんか、結婚式みたいだね」
隣りにいるアヤカがタクミに話しかけてくる。見ると、タクミとアヤカは屋上の扉の前に立っていた。
「確かに。まるで新郎新婦の入場、ってね」
アヤカの軽口にタクミは笑顔で応じる。屋上の扉、曇りガラスの窓から光が差し込んでいる。タクミの手を握る腕の先には笑顔で微笑むアヤカがいた。
タクミは心に決めた。絶対にこの周回でループを終わらせると、絶対にアヤカと一緒にいるのだと。
「じゃあ、行こっか」
「うん、行こう──」
そして、二人は扉を開け放つ。
タクミとアヤカは手を繋いだまま、屋上の中央へと歩みを進める。タクミらの目の前には参列者であろうか、たくさんのテロリストが睨みを利かせながら立っていた。そして、屋上の中央には誓いの言葉を聞く役割を与えられた神父、オガサハラが待ち構えていた。
「やあ、前回ぶりだね。君を驚かせるために色々言葉を用意していたのだが、まさかこっちが驚かされることになるとはね。──おめでとうと、まずはそう言った方がいいかな? おめでとう。お似合いのカップルだよ」
「──オガサハラ」
タクミの目の前には部下であるテロリストを携えた青年、オガサハラがいた。彼は座した椅子の背もたれによりかかる。うなじ辺りの髪をくしゃくしゃと触り、呆れたようにため息を漏らす。
「全く、君が屋上に乗り込むや否や真っ先に僕を殺しにかからないよう、こんなに大勢のテロリストを控えさせたというのに。これじゃあ君の記念日を総出で祝う滑稽な集団になってしまったじゃないか。……なぁ、僕たちも手を繋いで対抗しようか」
オガサハラは後ろにいる筋肉質の男に向かって手を差し伸べる。だが、男は怪訝な目を向けるだけでオガサハラの言葉には反応しない。
「冗談さ。この場面で男同士手を繋いで慰め合うのは敗北に値するよ。……たとえこのループの勝者になったとしてもだ」
「……また、お前のいつもの気持ちの悪いダル絡みか。いい加減飽きたんだよ」
オガサハラの軽口にはうんざりだった。オガサハラの挑発するような眼差しがタクミを苛立たせる。タクミは大きく深呼吸をする。
「おいおい。いつもだなんて、そんなに言うほど僕たちは親しくないだろ。まぁいいさ。さっそく本題に入ろう。──君の中で答えは出たかい? ……と言っても聞く必要はなさそうだが」
オガサハラはゆったりとした口調でこちらに声音を発す。その声には言葉にできない威圧感があった。タクミはその威圧感には屈せずに凛とした表情でオガサハラを見つめる。
「ああ、お前の予想通りだ。俺はお前を殺してループを抜ける。それに変わりはない」
タクミの中で覚悟はとっくに決まっていた。オガサハラを殺してこのループを脱出する。この戦いを終わらせるにはそれしかなかった。
「なるほど。変わりなしと。……一応プランの方を聞かせてもらっていいかな?」
そんなタクミの視線を受けたオガサハラは落ち着いた様子であった。足を組み直し、何やら考え事をするように前髪を触る。
「アヤカが死ねばループは終わる。だが、そもそもの前提としてお前がループを生み出す力を持っている。だから、お前を殺せばループそのものがなくなるはずだ」
アヤカにループを脱する力が与えられたとはいえ、元はと言えばオガサハラがこのループを生み出したのだ。ループを生み出した彼を殺せば全てが解決するはずだ。だが、オガサハラはタクミが予想外の反応をする。
「あっと。違う、そうじゃない。プランというのはもっと先、君たちがこのループを抜け出した後の話をしているんだよ」
「ループを抜け出した、先……?」
「そうだ。僕はあるよ。このループを抜け出した後にやりたいこと。まずは東大に入ることだ。そして東大では量子力学を研究したいな。知ってるかい? 量子力学の世界では僕たちは壁を抜けられるそうだ。僕たちが体験している時間逆行も量子力学を勉強すれば解明できるかもしれない。東大に入り、この現象の謎を解明する。それが僕のプランだ。君たちはないのかい? 僕のようなプランが」
タクミはオガサハラの真意を理解できない。ループを抜け出した後のことなど真面目に考えたことはなかった。だが、一つだけはっきりしていることがある。それはアヤカへの思いである。
「俺は…… 俺はアヤカとずっと一緒にいる。人生、生涯を通して、彼女の傍にいるつもりだ」
タクミはアヤカと一緒にいる。それだけは絶対に間違いがなかった。このループを脱し、アヤカと幸せな日々を過ごす。それがタクミの願いだ。
「なるほど、ずっと一緒にいる、か。……理解した。理解したうえでもう一つ聞きたい。──それは僕のプランよりも優れたものなのかい?」
だが、そんなタクミの思いを聞いたオガサハラから不可解な言葉が放たれた。
「は?」
「そこにいるサンドウさんと一緒にいる。それ自体を否定するつもりはない。だが、一緒にいて何をする? 不死を実現する研究か? 全く新しいデバイスの開発か? それだったら僕は潔く手を退こう。死んでやってもいい。だが、彼女と他愛もない生活をし、他愛もない生涯を終える。そんな堕落した夢のために僕を殺すこと。それは果たして僕の偉大な夢よりも優先されることなのだろうか」
「そ、それは──」
タクミは言葉に窮す。オガサハラに言うことに答えることができなかった。
「それに付け足すなら、彼女、サンドウさんは東大に受かる実力の持ち主なんだ。きっと将来は優秀な人材になることだろう。だが、君と堕落した生活を過ごすことで、すべて台無しになってしまうかもしれない。彼女を捉えているのは運命でも僕でもない、──君なんじゃないのかい? アキツタクミ君」
タクミはオガサハラの言いたいことを理解した。オガサハラを殺してまでアヤカと共に生きること。それに意味があるのかと、彼はそう言っているのだ。確かにタクミにはオガサハラのような大層な夢を持っているわけではない。アヤカと一緒にいたい。それ以上のことを考えたことなどなかった。オガサハラの言葉にタクミは打ちひしがれる。
「おれが、アヤカを……」
だが、そんな二人に割って入る声がある。
「そんなことない!!!!」
その声の主はアヤカだった。彼女は涙まじりになりながら、しかし、はっきりとオガサハラに敵意を向け彼を睨みつける。
「アヤカ?」
「タクミと私は堕落したりなんかしない! 勝手に私の人生を決めつけないで!」
アヤカはタクミに近寄ると、タクミの手を力強く握りしめる。
「私は研究者になりたくもなければ、人類のためになるような夢を叶えようとも思っていない。私の夢はタクミと一緒にいて幸せな毎日を過ごすこと。それはあなたの夢にも負けない立派で偉大な夢よ」
アヤカの言葉を聞いたオガサハラの顔が歪む。嫌悪感に満ちた表情であった。
「理解に苦しむ。君は優秀なんだ。他の誰よりも。何故自分から才能を捨ててしまうんだ?」
アヤカはオガサハラの言葉が同意しかねていた。なぜ彼に夢を貶されなくてはいけないのか。アヤカの口から疑問が漏れる。
「あなたは一体誰なの? あなたが私の何を知っているの? 知り合いでもないあなたに言われたくないわ!」
「は? 僕を、知らない…… は、はは。ははははは」
アヤカの言葉を聞いたオガサハラは嫌悪の表情から一転、ゲラゲラと醜悪な笑い声を上げる。
「オガサハラ……?」
「ははははは。ハァ…… 全く、惨めになるよ! なぁキミ、アキツ君。一位と二位の違いって分かる? 二位にはね、価値がないんだよ。一位は二位のことなんて気にも留めない。眼中の外なんだよ。一位はいつだってそうだ。一位になれば全てを手に入れられるからか、はたまた自分自身の実力に酔い痴れてしまうのか。一位のヤツってのは今までの努力を全て捨て去ってしまうんだ。ほら、テレビとかでよく見るだろう? 東大のくせに芸人になりたいとか、ストリーマーになりたいとかほざいているヤツ。あーいうのを見ると虫唾が走る。東大の実力を持ち合わせていながら、何故最善の道を選ばない!! どう考えても官僚になったり、研究者になったりすることの方が良いだろう!!!!」
「な、何を言って──」
オガサハラの畳み掛けるような口調にタクミは違和感を感じる。彼の言っていることの意味は分からない。だが、今ままでの飄々とした態度とは違う、彼の本気の悪意が感じ取れた。オガサハラは歯をむき出しにして、敵意を顕にする。
「サンドウアヤカ。君もそうだ。何故分からない? 何故最善の選択をしない? 僕はそれが許せない。だから、だから──」
すると突然オガサハラを席を立ち上がる。そして、アヤカへ向かって攻撃をしにかかる。ナイフを握りしめ、アヤカのもとへ猛然と駆け出す。
「っ! させるか!」
それに対してタクミは瞬時に行動を起こす。アヤカを守るためにオガサハラの攻撃を止めにかかる。
タクミは咄嗟にオガサハラの足元に蹴りを入れ、体勢を崩させる。うつ伏せに倒れたオガサハラのナイフをもつ腕を後ろ手にやり、羽交い締めにする。
想定外なことに、全ての動作がタクミが想像するよりもあっさりと決まった。タクミはオガサハラの動きを完全に止めたのだった。
「なっ! コイツ弱ッ──!?」
オガサハラは驚くほど弱かった。これだけのループを仕掛け、これだけのテロリストを率いた人物とは思えないほどの弱さだった。
「ガッハ。くっそくっそ。邪魔すんな! 邪魔すんなアキツタクミ!!!!!」
オガサハラは拘束から逃れようとタクミの足元で必死に暴れ回るが、タクミの力の前では無意味だった。──勝負は一瞬で決まったのだった。タクミは自分の勝利を確信した。
だが、オガサハラはもがくのをやめない。激怒の表情でタクミに怒声を浴びせる。
「お前も一緒だアキツタクミ。僕のおかげでお前は今や絶大な力を得ている。将来は傭兵か軍人になって世界情勢の一端を担うべきだ。なぜそれを選択しない!」
「何を、勝手なコト言ってんだテメェは!」
オガサハラの言っていることは支離滅裂だった。そもそも力を得たのだってオガサハラによってループに巻き込まれた為だ。この悲劇を起こした張本人になぜそんなことを言われなくてはいけないのか。タクミは理解ができなかった。
「お前の言ってることは訳が分かんねぇよ。人のことをループに巻き込んでおいて、あれをすべきこれをすべきって。一体何なんだお前は。テメェの独善的な価値観を押し付けて何様のつもりだ!」
「自分の価値観を押し付ける? 違う! 僕は教示しているだけだ。力を持つ者はそれに見合った価値観を持つべきだ、と」
「──ッ! いい加減にしろ!」
これ以上付き合ってはいられなかった。タクミの体を苛立ちが支配する。タクミはオガサハラの後頭部を思いきり殴る。オガサハラの顔面が屋上の床に激突する。その衝撃でオガサハラの顔には流血した鼻血が飛び散った。
「がああああッ」
オガサハラは痛みに悶えるように顔面を左右に揺らす。タクミは動きを封じ込める為にオガサハラの髪を掴む。
「話を聞いてりゃ自分勝手にわあきゃあ言いやがって。何を言おうが結局のところテメェは物事に嫉妬しているだけじゃねーか」
タクミはオガサハラの今までの言動を思い返す。彼が東大に落ちてループの力を得たこと。アヤカにループの力を押し付けたこと。そしてアヤカの言葉に過剰なまでの反応を示したこと。
タクミはオガサハラの心の内を少しだけ理解する。彼は結局のところは嫉妬していたのだ。
「僕が嫉妬だと……?」
「オガサハラ。お前は力を持っている者に嫉妬しているんだよ。自分が力を持っていないから持っている者が妬ましいんだ。だからあれこれ体の良い言葉で取り繕って自分は彼らより劣っている訳じゃないと言い訳しているんだよ」
「バカにするな! 僕は劣ってなどいない! 誰よりも高尚な思想を持っているんだ!!」
オガサハラはタクミの言葉に真っ向から反対する。だが、その形相からタクミの言ったことが図星だったことが簡単に分かる。と、そんな二人にアヤカが言葉を割り込ませてくる。
「──ええ。そうね」
「!? アヤカ──」
「サンドウアヤカ──?」
アヤカはこちらを見つめていた。彼女の表情からは何を考えているのが分からない。悲しそうな、怒っているような、あるいはその両方であろうか。
タクミとオガサハラの視線は自然と彼女へと向けられる。
「あなたの言っていることは間違っていない。確かに力を持つ者はそれに見合った価値観を持つべきだわ」
「だったら──」
「ええ。だから私は東大受験を諦める。タクミと同じ大学へ進学する」
アヤカの口から衝撃の言葉が発せられた。だが、彼女の唐突な発言に困惑したのはタクミだけではなかったようだ。タクミの下でアヤカを睨みつけているオガサハラもまた困惑の表情を浮かべていた。
「ア、アヤカ──?」
「──は? 何を言っているんだ? 全然わかっていない。違う、そうじゃない。東大を諦めるんじゃない。アキツタクミを諦めるんだ。君は東大に行き、アキツは軍人になる。それが最善なんだ」
「ええ、それが最善かもしれない。だけど、それは何にとって? あなたにとって? 世界にとって? 少なくとも私にとっては最善じゃない」
「何にとってって…… そんなの、それがいいに決まってるじゃないか! 逆に問いたい。何故それが君にとって最善じゃない?」
「それは私の望む幸せじゃないから。私にとっての幸せで、最善の選択はタクミと一緒に過ごすこと。あなたの間違った考えを押し付けないで──」
そんな彼女の視線を受けたオガサハラは何を思ったのか突然笑い声をあげ出した。
「ははは。はははははははははは!!!!」
「──何が可笑しい?」
オガサハラの目からは光が失われていた。敗北を悟ったかのようで、力なく体を横たわらせる。
「いやいや、人は完膚なきまでに打ちひしがれるとこうなるんだよ。ちょうど東大に落ちた時もそうだった。人は絶望すると笑うんだよ」
オガサハラは先ほどまでの怒りの態度から一変、いつもの飄々とした態度へと戻る。その表情の変化にタクミは気味の悪さを覚える。
「何を……」
と、オガサハラは彼の部下であるテロリストに向かって言葉を発す。
「──おまえたち。サンドウアヤカを殺せ」
「なっ待て! だったらお前を先に殺す」
タクミは腰に備えた銃を引き抜くと、オガサハラの後頭部に向かって銃を突きつける。
「なぜだ。お前も分かったはずだ。お前の考えが間違っていることに」
オガサハラの行動が理解できなかった。敗北を察して全てを諦めたのか。タクミの中で一抹の不安がよぎる。
「ああ、理解したさ。人に価値観を、運命を押し付けることの罪深さを。最善を選択するのは自分であることを」
「だったらなぜ──」
「だからこそ、だ。僕は僕の最善を選ぶ。サンドウアヤカを殺してループを脱し、東大に受かる。それが僕の最善だ」
「オガサハラ……!」
タクミはテロリストの方へ視線を向ける。テロリストたちの銃口がアヤカとタクミに向けられているのが分かった。ここまで来たのに全てが台無しになってしまう。タクミは必死に思考を駆け巡らせ、解決法を考える。タクミの脳内に自死の選択肢がよぎる。オガサハラに向けた銃口を自分に向けようとする。──と、オガサハラがタクミに向かって言葉を放つ。
「それぞれが最善の選択をした結果、お互いの利害が衝突する。この場合どうすればよいのかな?」
オガサハラの視線を受けたタクミは彼の瞳を見つめる。不思議なことに彼の目からは諦めの目が見て取れた。だが、それはこの戦いに関してではない。そこでタクミは全てを悟る。オガサハラは諦めたのはこの戦いではなかった。オガサハラが諦めたのは、彼自身のあり方だったのだ。
「ッ! ──オガサハラ……!」
この時初めてオガサハラのことが本当に理解できたような気がした。オガサハラは自らの敗北を認めたのだ。自らの最善を選ぶことに拘ってきた彼が最善を諦めたのだ。タクミはオガサハラの言葉に答える。
「それは──、それは俺が罪を背負う。俺の最善の選択のために俺はお前を殺す」
「それでいいのか? アキツタクミ。その答えは僕の行ったことと本質的には同じだぞ」
「俺は自分の最善のために人に運命を押し付ける。オガサハラ。俺の、俺とアヤカのために死んでくれ」
タクミは自分に向けようとした銃口をオガサハラに持っていく。タクミは覚悟を決めた。オガサハラを殺し、このループを脱出する。
「まぁ。人に運命を押し付けといて、逆に押し付けられても文句は言えないね。もうヘンに抵抗するのもやめようじゃないか。ここでサンドウさんを殺そうがなんだろうが、君は僕を殺すだろうしね」
オガサハラはタクミの言葉を聞くと、白旗をあげたとばかりに両腕を上げる。彼の目から敵意が完全になくなったと判断したタクミは彼を抑えていた腕を離し、彼を自由にさせる。
オガサハラは仰向けになるとこちらを見つめる。
「──最後に質問と忠告だけさせてもらう。君はサンドウさんを一生守れると誓うかい? 自分よりも先に彼女を死なすことはないと誓えるかい?」
彼の目からは嘲りや挑発するような感情は見て取れなかった。純粋な気持ちでタクミに問いを放っているのだと分かった。タクミもその気持ちに答えるように自分の心の本音を言葉にする。
「──ああ。俺はアヤカを絶対に守る。俺より先に死なせることはない」
「そうか。よかった」
オガサハラは満足したように笑みを浮かべた。彼らしくない反応だった。
「……なぜそんなことを聞く」
「いやなに。僕は神父の役割を負ってるみたいだからさ。君たちはここに誓いの言葉を言いに来たと思っていたのだけどね」
「……それで忠告の方は?」
「まぁ。これはさっきの誓いの言葉に対するものなのだが、人に運命を押し付ける奴は碌な目に合わないみたいだからね。……気をつけなよ、アキツタクミくん」
「……それだけか?」
「ああ、十分だ。殺してくれ。おめでとう、君の勝ちだ」
タクミは銃口をオガサハラに向ける。殺意はもうなかった。虚しさがタクミの中で溢れる。あれだけ殺したくてたまらなかった相手に対して慈悲さえ覚える。だが、殺さないわけにはいかない。それはお互いが分かっている。この戦いは、この悲劇は、相手を殺すことでしか終わることがないのだから。最後にタクミはオガサハラに向かって言葉を放つ。
「俺はお前が嫌いだ。だが、こんな結末は望んでいなかった。だから、……すまない」
「ハッ。まさか君から謝りの言葉が聞けるとは思わな──」
──と、銃声が屋上に響く。タクミが銃の引き金を引いだのだった。オガサハラは最後の言葉を言い切ることはなかった。
「……頼む。もう十分だ。お前としゃべるのは、もう──」
これ以上オガサハラの言葉を聞きたくはなかった。確かに殺したいと願ったし、その気持ちは今でも変わらない。だが、これ以上彼の言葉を聞きたくはなかった。彼のことをこれ以上嫌いになりたくはなかった。
「タクミ──」
アヤカがこちらを見つめている。その目には哀れみの気持ちが顕れていた。
「アヤカ……」
タクミはアヤカのことを見つめ返す。もはや言葉は不要だった。
「──で、お前らはどうするんだ?」
タクミは踵を返すと控えているテロリストの方へ目を向ける。だが、オガサハラが殺されるのを黙って見ていたことを考えるとこれ以上襲ってくることもなさそうだ。
「どうもしない。雇い主が殺されたら、それ以上は何もするな。学校から出て行けと。そう言われている」
「そうか……」
言うと、テロリストたちはタクミたちの脇を通りすち、階段へと向かっていく。屋上にはタクミとアヤカ、そしてオガサハラの亡骸だけが残った。
「タクミ、終わったね」
アヤカがこちらに声をかけてくる。秋の風が彼女の髪を揺らしていた。その様子をみたタクミはループから脱したのだと直感した。タクミはアヤカの言葉に答える。
「いやこれからが始まりだ」
そう、これは終わりではない。これからなのだ。アヤカとの新しい日々、そして──
「これからが僕らの生活の始まりだ」
そして、罪を償う日々が始まる。タクミは罪を背負って行かなくてはいけない。オガサハラの夢を奪った罪を。運命を背負わせた罪を。その罪を償う為にもタクミはアヤカと一緒にいなければならない。彼女と過ごすことがオガサハラへの罪滅ぼしになるのだから。
「これからよろしくね、アヤカ」
タクミはアヤカに向かって手を差し伸べる。だが、差し伸ばした手はアヤカの体によって遮られる。
「うん、タクミ。よろしくだよ。大好き」
アヤカがタクミに抱きついたのだった。タクミは手を差し伸べるはずだった手を彼女の頭に回し、ゆっくりと撫でた。
「ああ。俺も大好きだ。アヤカ」
うろこ雲で遮られていた太陽の日差しが空から降りてくる。秋の柔らかい日差しが二人を包むように差し込んだのであった。
最終回まで読破ありがとうございました!!
最終回らしく、登場人物たちそれぞれの思いを表現できたのかなと思います。
幸せとはこうあるべきと決めてかかるオガサハラ。幸せとは自分が決めるものだとするアヤカ。──そして幸せのために罪を背負う覚悟を決めたタクミ。
至らぬところもあったかとは思いますが、楽しんでいただけましたでしょうか。
エピローグもあるのでぜひお読みください。