表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/12

1 リセット

はじめまして。見てくださりありがとうございます。思春期に一度はやったであろう妄想劇を小説にしてみました。よければ楽しんでください。

「この問題は数列の初歩的な考えを使えば解けるのであって──」


 教壇に立つ初老の教師の機械的でか細い声が、この静まった空間に響き渡る。長かった夏も終わり、灼熱の太陽がうろこ雲に覆われてその勢力を弱める季節。備え付けられたベランダからは、あれだけうるさかったセミがその背をひっくり返して力尽きているのが見える。

 そんな夏休み終わりの秋の教室で、彼──アキツ・タクミはぼんやりと外を眺めながら数学の授業に臨んでいた。

 タクミは窓の外を見る。

 外の景色には、無駄に心地のいい風が吹き荒れるグランドで、気怠そうに秋のマラソン大会に向けて走らされているどこかのクラスの生徒たちがいた。


──ああ、暇だな。テロリストが学校に襲ってでもきてくれねーかな


 タクミはそんなことを頭の中で考える。

 学校に襲撃してくるテロリストを撃退するシチュエーション。思春期中二病真っ只中の健全男子なら一度は妄想するヤツだろう。

 一体何のメリットがあるのか、テロリストによって襲撃された学校内で、圧倒的不利な状況にも関わらずあの手この手で彼らを撃退する例の妄想劇。

 そんな無双譚に酔いしれる自分で埋め尽くされているタクミの脳内。

 だが、そんな頭の中とは裏腹に、タクミは黒板を真顔で眺めつまらなさそうに頬に手を当て肘をついていた。タクミは妄想が声となって漏れてないかを確かめるために、わざと咳をする。

 大丈夫。今の彼からは咳をする音しか響いてこない。妄想は現実世界に漏れてはいなかった。教室には、情けない教師のつまらない講義の声が響いているだけである。いつもような授業にいつものような退屈な日々。

 タクミの妄想などなんの影響を与えることなく、世界は通常運転で回っていた。世界は至極当たり前にその日常を送っていたのであった。


──そう、この時までは。


 突如、チャイムの音とともに校内にアナウンスが響き渡る。


「オガサハラ先生。ご来賓の方がいらっしゃいました。至急職員室にお戻りください。繰り返します。オガサハラ先生。職員室にお戻りください」


 冷静なトーンで発されるアナウンスの声。無機質な声音で発される放送の内容は、ひどく意味不明なものであった。


「は? なんだよオガサハラ先生って。そんな先生いたっけ?」


「いや、てかそもそもなんでわざわざ校内放送いれてんだよ。うるせーから目が覚めちったよ」


「わかるわ。数学は唯一寝ても怒られない授業なのに邪魔すんなやー」


 あまりに唐突で支離滅裂な放送に教室はパニックに陥る。と、いうよりも面白いネタが降って沸いたとばかりに、はしゃぎ倒す生徒たち。そして、沸き上がる生徒を見て不愉快そうな目を向ける禿頭とくとうの教師。だが、彼もまたこの状況を理解できていない様子で、突然の放送に驚いているようであった。

 そんなお祭り騒ぎとなった教室の中でただ一人、タクミだけは手に汗を浮かべ、これから起こるであろう状況に備えるための心の準備を始める。彼だけがこの放送が意味するところの本当の目的に気づいていた。突然の校内放送。機械じみたアナウンスの声。そして、内容の意味不明さ。

 それらはまさしく、これから起こる壮大な戦いを知らせる戦いの狼煙であった。


──これは、不審者を警戒するための校内放送だ。


 タクミは確信する。

 オガサハラという教師はこの学校にはいない。そしてそんな教師に来賓なんて来るわけがない。とすれば、これは招待されない客、つまりは不審者を知らせるための放送。

 この暗号放送をマニュアルとして教えられている教師たちが、生徒を安全なところまで避難させるのが目的なようだが、目の前にいる教師は長い教師生活でそれを忘れてしまっているようだ。

 だが、タクミだけは気付いた。タクミだけは準備ができていた。迫りくる不審者と相対する覚悟が。テロリストと戦う覚悟が。


──と、何かの物が破裂する音が空間に響いた。


 それは机の上からノートを落とした時のような、緊張感がありながらもどこか間の抜けた音。しかし、そんな音を携えながら落ちる物はノートではなく、人の頭の肉片であった。

 ぐちゃり、と教壇に立っていた教師の頭部が不愉快な音を立てて床に落ちる。

 さっきまで教師であったはずのそれは、白い骨片と肉塊となり果て、どくどくと紅い血を床に垂れ流していた。


「いやぁ、いやあぁあぁぁああぁぁあぁ!」


「なっ。うっ。うおおおええぇぇ!」


「おいおい、マッジ!? まじかよ、死んでんじゃん! ウッソだろオイ!?」


 その光景をみたクラスはパニックに包まれる。悲鳴を上げ泣き叫ぶ者、あまりの気持ちわるさに嘔吐する者、興奮状態で声を張り上げる者。

 だが、そんな彼らの動きが一斉に止まる。彼らは誰もが同じ方向を向いていた。教室の前方のドアの方向に。


──そこには、一人の人影が立っていた。


 その影は全身黒ずくめの装備で覆われており、その人物像を認識できない。だが、彼の手にする銃を見れば彼が何をしたのか、そして何をするつもりなのかは一目瞭然であった。


「じゅ、銃……?」


 テロリストの目の前で、訳も分からず立ち尽くす男子生徒。


「う、ウソでしょ!? ま、ままままって! まッ……!」


 そんな彼の胸元に弾丸が叩き込まれた。そして、それを皮切りにテロリストによる抹殺が開始された。


「いや、いやいやいやいやいや!!!!!!!」


 悲鳴を上げながら逃げる女生徒の背中に風穴が開けられる。


「お願いします。お願いします。許して、ゆるし──」


 床にうずくまりながら、助けを請う生徒の顔面に目がけて容赦なく銃弾が叩き込まれる。


「きゃあああああああ!」


「なんで、なんで──!?」


 教室の反対側に駆け込む人の群れを次々と銃弾が襲う。床には鮮血が飛び散り、死体が一つまた一つと形成される。教室はテロリストの侵攻によって一瞬で血の海に染まった。

 タクミはそんな地獄に染まった教室の様子を傍観していた。


──来た! キタキタキタキタキタ!


 この惨状の中で彼ただ一人だけが心を躍らせていた。なぜならばこれは何回も何回も妄想した展開そのままだ。タクミは確信していた。どうやったらこの地獄を抜け出せるのかを。


「うっし、まずは椅子を投げて目くらましだ。そんでその隙に近づいてシャーペンの先端でアイツの目ん玉を潰してやる。そしてラストは銃を奪い取ってジ・エンドだ」


 こういった展開に対してのシミュレーションには余念がない。全身が戦闘体制に入っているのが分かった。


「よっし。キタ! やってやるよテロリスト! まずは、この椅子から、だっ!」


 タクミはそばにあった椅子を掴み上げるとテロリストに向かって放り投げる。放り投げられた椅子にぶつかり、テロリストが後ろによろめく。


「うっしゃ成功! そんでお次はこれだ!」


 タクミはシャープペンシルを手にすると一直線にテロリストへと駆け寄る。


「おらああああ!」


 タクミはよろめいたテロリストを正面から押し倒す。そして暴れるテロリストを抑え込むと、馬乗りになってシャープペンシルを手にした腕を振りかぶる。


「俺の勝ちだ」


 タクミは口角を上げ、勝利を確信した。妄想通りに事が進んでいる。後は視界を奪えばミッション完了だ。


「こちとら妄想に妄想を重ねてるからな。学校に来たテロリスト撃退なんてありきたりすぎるぜ」


 そして、テロリストの眼球目がけて腕を振り下ろそうとして──


「あ、がぁッ……!?」


──それが叶うことはなかった。


 突如、タクミの体に激痛が走る。あまりの激痛にのたうち回る。

 訳が分からなかった。しかし、この痛みの原因を探ろうと必死に顔を上げる。そこにはタクミが押し倒した者とは違う、もう一人のテロリストが立っていた。彼の手には銃が握られていた。銃口が、こちらに向いていた。


「う、そだろ。妄想とちげーじゃねーかよ。これじゃ俺、まじで死──」

 そして、タクミの意識は遠のいたのだった。


2020年自粛で家に引きこもってた時期に小説を書きたいと思いこの作品を作りました。初めて完結まで書き上げた作品なので至らない点はあるかと思いますが、ぜひ読んでいただければうれしいです!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ