〜 漆黒の守護者 〜 第八話
†GATE−8 ガーディアンズ
シオンはアイナの前に立ち傭兵らしき男の手を掴んでいる。
シオンの目にアイナに襲い掛かる男達の光景が映た時、シオンの中にある〔眠れるちから〕を無意識に引き出していた。
一瞬の内に男とアイナの間に、滑り込みアイナに伸びる男の手を掴んだ。
突然、目の前に現れた少年に殺気じみた冷たい気配を感じ男達は一瞬たじろいだ。
しかし、相手は良く見ると丸腰の少年だ。
だが、その眼光は歴戦の戦士が持つ異彩を放っている。
傭兵ギルドの者は大小構わず、数多く戦に参戦し戦闘に慣れている、正規軍の新兵より経験も技術も格段に上回る者は多くい。
相手の目を見れば大体の力量は計り知れるが、少年の目に宿る殺気は、傭兵達を圧倒していた。
「何者だ」
男がシオンに問うた。
「ただの通り縋りの者だ」
守護者ギルドに属する者が、依頼を請けずに争うのは、余り宜しくない。
しかも街中で喧嘩は不味い。
しかし、相手は傭兵ギルドに所属する傭兵。
少年一人に大人五人が尻尾を巻いて逃げる訳はない。
その事を悟ったのか、シオンが口を開いた。
「アイナ下がってろ」
ライセンスには依頼遂行中、必要な時に一部の警察権を行使できる権限がある。
盗賊の討伐時の身柄確保等だ。
しかし、これは依頼ではない。
この場合、人助けという事で事後承諾でも認められるかも知れないが、アイナは同じギルドの関係者だ。
シオンが『ただの通り縋りの者だ』と言ったのには理由があった。
少年とは言え、これ程の殺気を放つ者。
何処かの傭兵ギルドか、守護者ギルドに所属してるのだろう、と当りをつけた男が再び問う。
「何者だ? 何処のギルドに所属してるな?」
「俺は、ただの――」
シオンの言葉をアイナが遮った。
「ローゼアールヴァルのガーディアンですぅ――! しかもA級ですぅ」
アイナが誇らしげに答えた。
(この馬鹿)
シオンは心の中で呟いた。
それを聞いた傭兵ギルドの男が言った。
「ほぉ! 守護者ギルドの者か? 嬢ちゃんも確かローゼアールヴァルの関係者だと言ってたな」
「知らねぇよ」
事情を知らないアイナはシオンの態度に深く心を痛めた。
「そんなにアイナが邪魔ですかぁ……」
アイナが悲しげに呟いた。
「嬢ちゃんは、お前を知ってるみたいだ。守護者ギルドの者が、依頼以外で身内の揉め事に口を挟む。俺達は傭兵ギルドタイターン・ノーズの傭兵だ。これはギルド同士の争いになる」
男が不適な笑みを浮かべた。
「それがどうした」
「お前個人の喧嘩ならライセンスの剥奪で済んだのに、守護者ギルドは特別依頼以外でギルド同士の抗争を禁止する規則がある。下手をすれば所属ギルドもライセンスを剥奪されるんだよな?」
「そんなぁ」
アイナはシオンが取った態度の意味を理解した。
依頼は評議会から平等に割り振られる、それには余計なギルド同士の潰し合いを防ぐ事を避ける為でもある。
ギルドランクが上がれば、そのギルドの依頼は増える。
『競う』事と『争う』事は違うからだ。
「はぁ! 分かったよ」
シオンが大きく溜め息を吐いた。
男の手を離すと男の拳がシオンの腹部に入った。
「かはぁ……」
シオンが呻き声を漏らす。
「痛ぇー、俺を好きにしてもいいが、あいつに手ぇー出したらライセンスなんか要らねぇ。俺がお前らを潰す」
シオンは男達を睨んだ。
「そんな事知るか! だが、お前が最後まで倒れなければ約束してもいい」
そんな約束等、あてにならない事位、子供にも分かる事だ。
しかし、ギルドの仲間に迷惑を掛ける訳にはいかない。
「運が悪いな嬢ちゃんが、同じギルドでなけりゃ警察権も使えただろう? ただの知り合いなら正当防衛も主張できたのにな。規則、規約に縛られる、不敏なもんだな」
シオンは無言で堪える。
尋常じゃない程の傷の回復力を持っていても、秘めた力を発揮しても感じる痛みは、普通の人間となんら変わらない。
「そろそろ、倒れて楽になったらどうだ」
ぼろぼろになっても倒れないシオンを見てアイナは堪らず周りの人に助けを求めたが、誰一人応じてはくれない。
無法者集団の傭兵ギルドに関わりたくないのだ。
これ以上シオンが、傷ついていく様が耐えられない。
アイナは母に止められている魔法を使う決意を固めた時。
「あら! シオンくん苦戦してるわね」
アイナの後ろからモルドールの声がした。
「俺達は規則、規約そんなもんに縛られない。自由だ!」
傭兵の一人が叫んだ。
「それはちょっと違うんじゃないかしら?」
シオンに殴り掛かろうとする男の手を掴んだモルドールが、何時もの声色とは違う野太い声で言葉を続けた。
「守るものがあっての自由だ、勘違いするな! 何も無い処に自由なんて無いんだよ」
モルドールに気付いた男が言った。
「ローゼアールヴァルギルドマスター。魔人の大鎌」
「一人増えた所でお前も手を出せない。何も代わらないんだよ」
モルドールが何時もの声で言う。
「そねぇ! このままじゃねぇ」
「マスター! この娘の名前は?」
セインの声がする。
傭兵の一人がセインを見て言った。
「超震。ブレードガンナー」
「可愛い娘ですね」
アイスマンの声がする。
「氷嵐……の魔弓使い」
「それだけじゃないよ」
アイスマンが笑みを浮かべた。
「氷の魔法が得意だったな。通り名、通りに」
アイスマンの笑みが冷たい笑みに変えた。
「勘違いするなよ。理論魔法は全て得意。氷の魔法は好みで良く使うだけだ」
「マスター! この娘の名前ー」
セインが再び尋ねた。
「アイナちゃんよ。ウチのギルドで働いて貰うの、従業員としてねぇ! 皆、かわいがってあげてね」
「へぇーアイナちゃんか、かわいいねぇ、彼氏いる?」
人見知りのアイナは答えない。
ただ何が、何だか分からない。
「何だか……シオン、ぼろぼろじゃないか?」
レイグの声が聞こえた。
「あら、レイグまで来てくれたの? 何時も揉め事には来ないのに」
何時の間にか、傭兵達の周りには他のローゼアールヴァルの仲間達も集まっていた。
モルドールが手隙の者を呼んでアイナの捜索に当ていたのだ。
「レイグ監視の魔法生物はついて来てる?」
モルドールが尋ねた。
「少し前に帰ったばかりですからいますよ」
「呼んで頂戴」
レイグが監視の魔法生物を呼び、羊皮紙を取り出してモルドールに渡した。
モルドールが何やら書き込むとセインに渡す。
「炎帝」
この状況に傭兵達は強気の態度を崩すどころか咆哮する様に高らかに笑い声を上げて言った。
「何人でも同じ事。お前達は手を出せない! 違うか?」
「分からない人達ねぇ、今は変わらないけど変わるのよ」
モルドールが笑った。
セインがモルドールに渡された羊皮紙をアイナの前で開いた。
「アイナちゃん字は書ける?」
「か、書けるですぅ。馬鹿にすんなですぅ!」
「ごめんごめん。じゃ、ここにサインして」
アイナが名前を書き終わるとセインがアイナに言った。
「あと、ぼいん押しぃ――」
言い掛けた所にアイナの拳が顔面を捉えた。
「な、なにをいきなり口走りやがるですぅ。これはシオンだけのものですぅ」
アイナは胸を隠して顔を赤らめた。
「ち、違うって拇印。指で押す印鑑の代わりのボインね」
セインが鼻を押えながら言った。
拇印の押された羊皮紙をモルドールに渡すと魔法生物に括りつけ飛ばした。
「はい! 依頼契約成立ね」
モルドールが言うと集まったガーディアン達が口ぶちに言う。
「依頼は何人で組んでもいいんですよねぇ?」
傭兵達の顔色が一気に蒼白になる。
それを見たモルドールが言った。
「そうだけど、この依頼はシオンくんが、請けた様にしたからシオンくん次第よ。どうするの?」
「一人でいいですよ」
集まった皆なから笑い交じり野次交じりの声が飛ぶ。
「んだよ。独り占めか?」
「わたしもあばれた――い」
「大丈夫かシオン? ぼろぼろじゃねぇか。何時でも変わるぜ」
傭兵達は自分達を馬鹿にしてるのかと言わんばかりに怒鳴った。
「ガキ! 拾った運を捨てるのか? なめやがって死ぬぞ。お前」
「逆よ。今まで運が良かったのは貴方達。シオンくん殺しちゃ駄目よ」
「分かってますよ」
「ブンブン飛び回りやがって耳障りなんだよ! 蚊(アールヴァル=妖精たち)どもがぁ!」
傭兵がシオンを囲み襲い掛かった。
シオンは難なく傭兵の攻撃をかわす。
丸腰のシオンは、ただでかわしはしない。
剣、槍、ハルバートを振るい五人が一度に囲うと襲い掛かって来たがそれが命取りになる。
シオンの中にある〔幾多の戦闘経験〕が無意識の中に身体にその動きをさせる。
一番最初に届く攻撃は槍の矛先だった。
(右から来る。次、左)
槍をかわし柄を左手で掴み、その矛先で反対側の左から振り下ろされた剣を受ける。
槍の柄を掴み突く勢いを利用し引く動作と連動した流れで、かわしつつ槍を持った男を右の肘でこめかみに打撃を加え後ろに倒す。
(次、前ハルバート)
重いハルバートが、少し遅れて前方から来た。
振り下ろされた勢いに加速を加えるが如く、石畳に打ち付けられる瞬間に柄を踏み石畳に食い込ます。
槍は男の手から離れていた。
その柄をハルバートの男の首筋に叩き込み槍を捨て矛先で止めた剣士の方に向かうと槍を振った回転を生かした右の拳を顎に当てた。
後ろの二人は剣を持っていた男が、シオンに向うのを止めた一人が、後ろから走り込んでいた男と勢い良くぶつかり倒れた。
動きを止めた残る一人をシオンは、左の剣士を倒した時に踏み込んだ足をそのまま軸足にして、左の上段回し蹴りを顔面に入れた。
剣を持っていた男と衝突して倒れた剣士は、シオンの体術に戦意を失っていた。
剣士にモルドールが、近付くと野太い声で言い放つ。
「これが〔蚊、ローゼアールヴァル〕の力だ。鼻糞共!」
男達は怯えた様に去って行った。
モルドールは何時もの声に戻り集まったギルドの者を促す。
「さあ、皆帰るわよ」
少し遅れてシオンが、アイナの手を取り後に続く。
「どうして……アイナを助けたのですぅ?」
「助けたら悪いか」
「今回も依頼だったから助けたのですぅかぁ?」
「違う。俺はお前を護りたいから助けたんだ」
シオンの顔が赤をさしているが、手を引かれ後ろを歩いていたアイナからは見えない。
「うそですぅ! 本当はティアナと毎日イチャイチャ出来なくなるからアイナが同じ部屋に居るのが嫌なのですぅ」
「違う」
「うそ」
「違うてんだろ」
「うそですぅ」
「しつこいな、違うて言ってんだろ」
「シオンはティ……むぐぅ……」
アイナはその先を言葉に出来なかった。
突然、振り向いたシオンが唇で塞いだからだ。
To Be Continued
最後まで読んで下さいまして誠にありがとうございました。<(_ _)>
次回の更新もお楽しみに!