〜 漆黒の守護者 〜 第七話
†GATE−7 誤解
閑散とした街外れの夜空の下。ローゼアールヴァルの一室にシオンとアイナいるのだが、険悪な雰囲気が漂っていた。
「何をそんなに怒ってんだ?」
シオンは困り果てた顔をしている。
「シオンが守護者になってからも逢いに来なかった理由を納得したですぅ」
何故か、アイナはとっても御立腹の御様子だ。
「ティアナの事だろ?」
「そうですぅ。シオンは、シオンは何時もティアナとイチャイチャしてたですぅかぁ」
アイナが頬を膨らませ拳を硬く握り震えていた。
「してねぇ! ティアナが勝手に部屋に入ってたんだ」
「どうだかですぅー! どうせアイナの“ちち”はシオンが喜ぶ程も無いですぅ」
「話が違う! それに何時、俺がお前の胸に文句言ったよ! ……言ったね? ……確かフェリナスで」
「シオンも鍵くらい閉めやがれですぅ! 本当に何もないですぅ?」
「うんうん、何もない何もない。マスターが言ってたろ? ティアナは何時もアンロックの魔法で俺の留守に部屋に入るって」
喧嘩の原因だが、シオンには飛んだ災難だった。
――数時間前に遡る。
アイナはモルドールから聞いたシオンの部屋の扉を開け様とした。
アイナが来た時に用意しておいた部屋を、すっかり忘れていて昨日ギルドに入った新人に貸し与えたのだ。
夜も更け込んでいて宿を探すには遅く、王都の城下町にある手頃な宿は何処も満室状態。
モルドールが言う様に暫らくの間、アイナはシオンと相部屋で暮す事になった。
シオンは依頼に出ると数日は帰らない事が多く、空き部屋と然程変わらない状態でもあった。
シオンがモルドールに今回受けた依頼を報告している間にアイナは先に部屋に行っく事にしたのだが、そこに誤解の原因が居たのっだ。
「シオンのお部屋は確かぁ? 突き当たりの左側と言ってたですぅ」
シオンが報告をしている間に荷物を置きに行く事にした。アイナはシオンの部屋を探していた。
廊下の天井には夜光石(暗い所で発光する秘石で蛍光灯位の明るさ暗くしたい時は暗幕を張る)が埋め込まれて蝋燭等の明かりとは比べ物にならない位に明るかった。
部屋の前まで来ると扉に“SIONの部屋”とかわいらしい文字で書かれた木札がぶら下がっている。
部屋の鍵を開けようとし鍵穴に差し込んで廻した。
カチッと鍵の音がし扉を開けるが開かない。
(あれ?)
もう一度、鍵を廻した。
再び、カチッと音がし扉を開けてみると今度は開いた。
「シオンの奴め! 鍵も閉めずに無用心ですぅねぇ! まったくアイナが居てやらんとですぅ」
廊下の光が、部屋に差し込み照らし出し薄暗い場所に目も慣れて来ると様子が、ぼんやりと分かる様になった。
部屋は割と綺麗にしてあったが、ベッドの付近には服が脱ぎ散らかっていた。
「しゃぁねぇ奴ですぅ」
ぼやいたが、何だかそんなシオンが可愛くも思えた。
部屋は角部屋で右の窓際にベッドが置いてあり月明かりが差し込んでいる。
ベッドを良く見ると毛布が盛り上がって誰かが寝ている。
部屋を間違えたのかと思い扉にぶら下がっていた木札を見てみるが『SIONの部屋』と書かれている。
アイナは再び扉を開け、入り口にある夜光石を覆う暗幕を開く紐を引いた。
部屋が明るくなり、ベッドには毛布を被った金髪の綺麗な女性と思われる髪が見えた。
顔は横向きになって見えなかった。
ここはシオンの部屋に間違いないのである。
脱ぎ散らかった服を良く見るとかわいらしいデザインの何処かの学院の制服だった。
アイナが扉の入り口で立ち竦んでいると急に明るくなって起きたのか眠そうな女性の声が聞こえた。
「ふぁ――! シオンおかえりぃ――」
聞き覚えのある声だった。
シオンが依頼報告を終え部屋に戻る階段を上り切ると入り口に立ったままのアイナの姿が目に入った。
「どうしたんだ? 入口で突っ立って廊下は冷えるから早く中に入れ」
アイナは身じろぎもしなければ何も答えず呆然と立ち尽くしているだけだった。
「なんだ? ここにはアービィは居ないぞ?」
シオンが、からかう様に笑った。
アイナはシオンの方に振り向き歩き出すと俯いたまま無言でシオンの脇を通り過ぎた。
アイナの瞳には涙が溜っていた。
シオンの側を通り過ぎた時、一筋の涙が零れ落ちる。
「おい!」
シオンが声を掛けたが、アイナは振り向きもせず階段を下りて行った。
(あいつどうしたんだ)
シオンは足元に置かれてる荷物を持ち部屋に入ろうとして驚いた。
「うわぁ! お前俺の部屋で何してんだ」
ティアナは下着姿でシオンのベッドに眠そうな顔をしながら首元まで毛布を持ち上げ上体を起こして座っていた。
「んん? シオンお帰りなさい」
ティアナが目ぼけ眼でシオンを見ていた。
「なんで……俺のベッドでお前が寝てんだ? どうやって入った?」
シオンは確かに鍵を掛け依頼に出た筈だった。
「アンロックよ。シオンを待ってたら寝ちゃった。えへぇ」
ティアナが舌を出してかわいく、はにかんだ。
(そういや……こいつ魔法使えたんだったけ……)
「待ってたって……何時戻るか分からないだろ?」
「だから毎日ここで待ってるんでしょ?」
ティアナがさも当たり前といった態度で答えた。
「あれ? さっきアイナが居た様な……夢かしら?」
ティアナの言葉を聞いたシオンは、階段へ向かい走り出した。
夢中でアイナは外に駆け出していた。
溢れる涙は止まらない。
屋敷で働いている時から身分と立場を越え仲の良かった友達のティアナが、大好きで逢いたくて逢いたくて仕方のなかったシオンの恋人だったんだ。
アイナはシオンと住む事になるのが、ちょっぴり嬉しかった。
でもシオンは違ったティアナがいるからシオンは同じ部屋に住むのを嫌がったんだ。
「私転々馬鹿ですぅ」
一人で舞い上がって依頼だとはいえ、シオンが迎えに来てくれた事が嬉しかった。
脚が痛いと駄々をこねる自分を抱っこしてくれ優しくローブの中で抱きしめて嬉しかった。
それは全部、自分が依頼の対象だったから……。
依頼だから迎えに来ただけで、依頼対象だったから優しかったんだ。
それを自分は勝手に誤解しシオンに初めてを捧げても良いとまで思った。
「……馬鹿みたいですぅ」
アイナは流れ落ちる涙を拭いもせず街中に向って走った。
「マスター! アイナ来ませんでしたか?」
シオンが血相を変えてモルドールに尋ねた。
「下に降りて行ったけど……何かあったの?」
シオンの顔色を見たモルドールが尋ね返した。
「分からないですが……急に……」
シオンは気まずそうな顔をした。
直ぐ後を追ってきたティアナが言った。
「どうしたの? 急に」
「貴女、また来てたの? 勝手に人の部屋に入っては駄目って言ったじゃないの」
モルドールがティアナを見て何かに気付いた。
「なるほどね。それで出て行っちゃっのね」
「なに呑気な事、言ってんすか」
「そうね。王都の治安は悪くないけど、土地感の無い裏通りに入り込んだら大変ね」
モルドールの言葉を聞いたシオンは外に飛び出した。
シオンが外に出るとリーシャを呼んだ。
「リーシャ! 空からアイナを探してくれ」
「えぇ――! 眠いから嫌だぁ」
「頼む」
「もふぅ! 仕方ないなぁ」
「俺は街中を走って探す。見つけたら場所を知らせてくれ」
「シオン? 私の居場所探知出来るよね? 見つけたら上空から教えてあげる」
「出来る。頼んだぞ」
リーシャは空に上がり、シオンは街中の方角に走り出した。
治安が良いとはいえ大きな街は、それなりの闇の顔を持っている。
シオンは焦った。
「無事でいろアイナ」
アイナは何時の間にか知らない街並みに飲み込まれていた。
ショックで飛び出して来てしまい何処をどうやって来たのかも分からない。
知らない場所に気付き、急に不安感に襲われアイナは無意識に「シオン」と呟いた。
きょろきょろ、おどおど歩いていると誰かとすれ違い様にぶつかった。
五人組の一人だった。
鍛え上げられた体つき、着衣から見て傭兵か、何処かのギルドの者だろうと思われた。
守護者ギルドか、それに準ずるギルドの者なら、まだ良い研修で法律に沿う様教育を受けているしライセンスを持たない見習いも守護者ギルドの規則が適応され、犯罪行為は資格の剥奪に繋がる。
傭兵ギルドとして残ったギルドは守護者ギルドに対し不満、対抗心や反発心を持つ者が殆どだった。
その様な者に守護者ギルドの事を聞こうものなら、ただでは済まない。
「おい! 嬢ちゃん痛いじゃねぇか」
アイナは怯えながら男達に尋ねた。
「あ、あのですぅね。ローゼアールヴァルの場所を知りませんかぁ?」
「ああ、そのギルドなら良く知ってるぜ」
「嬢ちゃんは、そこのギルドの者かい?」
別の男が言った。
「はいですぅ」
アイナが小さく頷いた。
アイナにほんの少し安堵が戻った。
ギルドはアイナにとってこの街で、唯一知っている者がいる場所。
ギルドを知っている人に会った安堵感だったが、次の言葉でアイナは蒼白になる。
「ローゼアールヴァルは良く知ってる、俺達は傭兵ギルド、タイターン・ノーズの者だ」
「嬢ちゃんが、そのギルドの関係者なら敵だ」
男は粗悪で不適な笑みを浮かべて言った。
「リーシャ見つけたか?」
「無理! 建物が多くて邪魔で見えないよぉ」
「見つけたら直ぐに伝える」
「リーシャは裏道りを集中して頼む」
人見知りの激しいあいつなら人の少ない場所に入り込む可能性もある。
人は無意識に苦手な物、危険な事を避け様とする。
土地感の無いアイナが、人気少ない裏通りの危険性を知らずに入る可能性は高い。
逆に安心感を求め人気の多い通りに居るとしても傭兵ギルドの奴らが、うろうろしていてトラブルが起これば裏通りに連れ込まれる。
身体が小さく小回りの利くリーシャに裏通りを探して貰う方が、道に迷っても空に戻れる。
「無事にいてくれ」
シオンが呟くと裏通りに入る津路にアイナの姿を見つけた。
「シオン!見つけた」
耳からではなく頭の中にリーシャの声が届いた。
「こっちも見つけた。だが、距離が遠い。位置を知らせる上から見失わない様に追ってくれ」
「分かった」
アイナは、きょろきょろしながら裏通りに入る津路にいたが、五人程に囲まれ恐怖で振るえる事しか出来ないでいた。
いざとなれば魔法を使う。けど……この距離では傭兵の武器が、詠唱が終わるより早く届く。
そんな思いが更に恐怖と混乱を生んだ。
「一緒に来て貰う」
男がそう言うとアイナに掴み掛かろうとした。
「シオン――!」
アイナは、無意識にシオンの名を呼んだ。
手を掴もうとした男の手がアイナに届く事はなかった。
シオンが間一髪、駆けつけその手を掴み遮った。
To Be Continued
最後まで読んで下さいまして誠にありがとうございました。<(_ _)>
次回の更新もお楽しみに!