〜 漆黒の守護者 〜 第十六話(終幕話)
†GATE−16 漆黒の守護者
青空に雷雲が蔓延り漆黒の空と化していた。
シオンの怒りに呼応した様に、その凄まじい程の魔力は天候をも変えた。
アイナは悲鳴を上げた後、再び気を失っている。
「アイナ」
シオンが短く呟くと呪文の詠唱に入る。
周りに呪文の言霊が具象化して白金色の光が球状に取り巻いた。
「大いなる冥界の守護者よ 汝、古き血の契約を果たせ」
既にギリアムとの戦闘で消耗しているシオンの底知れぬ程の力に先程まで戦っていたギリアムは驚きを隠せないでいた。
「シオン……、何処からそんな魔力を引き出してるの? 私の力を与えたと言っても魔法の理と人の常識を超えてるよ」
「あの少年は一体何者なんだ。あの大地の振動も大気の震えもあの少年の魔法だったのか」
魔力の大きさは感じていた。
ギリアムが驚愕に満ちる表情を浮かべた。
「これ程の魔力……ハイエルフ並みか……いやそれ以上かも知れない」
眷属の竜も驚愕の余り言った。
「プロテクタト ガーディアン」
怒りに満ちる中、シオンが静かに魔法を放った。
魔法を解き放つと光が湖面に広がる波紋の様に敵味方問わず周囲の全ての生ある者を包み込んだ。
「なんだぁ? 地震の後は雷雲かよ」
セインが溜息を吐く。
「まったく今日はなんて日なんだ」
コバカムもほとほと疲れた口調で言った。
天候の変化が魔力によるものだと感じた者はミルだけだった。
「これ……魔力によるものよ。次空の門が開いたのを感じるわ」
異次元から魔物等を召喚するサモンサーモナーのミルだからこそ分かるものなのだった。
「これだけの魔力なんて考えられないな。少なくとも人の常識を越えている」
レイグは感嘆と驚愕を隠せなかった。
その巨大過ぎる魔力に誰もが驚くしかなかった。
それがシオンに秘められていた本来の魔力だとは誰も気付きもしなかった。
「やっぱり引き返す?」
セインが苦笑いを浮かべた。
「そうね。ますます敵の正体が解らなくなってきたわ」
ミルも苦笑を浮かべた。
「俺は行くぜ」
レイグは得体の知れないものの方へと歩き出した。
「レイグは恐ろしくないのかい?」
アイスマン尋ねる」。
「恐ろしいさ。相手は得体の知れない化け物だからな。だが、シオンが居る。仲間を見捨てる位なら死んだ方がましさ」
レイグは静かな笑みを浮かべ再び歩き出した時、光に一同は包まれた。
――まるで母に抱かれる様に優しく温かな光に。
シオンが魔法を解き放つと次の呪文の詠唱に入る。光沢のある漆黒言霊の光がシオンの身体を取り巻いていく。
「九つの冥界より来たれ漆黒の業火 汝、古き血の契約に従い我の呼び掛けに応えよ 汝、我が魂を糧とし力を行使せよ。漆黒の炎となり敵を焼き尽くせ」
「ダークネス フラム」
シオンが魔法を解き放つ。
シオンを中心に辺り一面が漆黒の爆炎に飲み込まれて行った。
魔法の効果が終わると辺りには何の変化も見当たらなかった。
その魔力を目の当たりにしたタイターン・ノーズの傭兵達は呆け戦慄で震えてる。
「漆黒の守護者」
マルガスが呆然として呟きシオンを見ている。
シオンはローブを脱ぎアイナの傍に来ると割れ物を扱う様に優しく掛け「ごめんな」と呟いた。
その場の者全てが呆ける様に、ただシオンを見ていた。
リーシャがシオンの状態に気付くと素早く癒しの魔法を唱える。
「癒しを司る水の精霊よ 辺りを取り巻く風の精霊よ 汝、古の盟約を果たせ 我が意思に応え彼の者えを癒せ」
「俺達も手伝う」
眷属の竜とその妹がシオンの傍に来ると言った。
「私も手伝う」
ギリアムがそう言うとリーシャが言った。
「シオンは私が診る。きみは傭兵を捕えて」
「分かった」
拘束を終えたギリアムは手伝い始める治癒の魔法は攻撃系の魔法より繊細な精神力を必要とする。
シオンとの戦いの後、ハーフエルフのギリアムの消耗も激しかった。
途切れそうな意識の中で治癒の魔法を続けていた。
その様子にリーシャが気付いた。
「きみは休んでて」
「大丈夫だ。続けさせてくれ」
「だめ。きみの面倒まで見れないよ。それに何れ、また敵となるかも知れないし」
「すまない……では休ませて貰うが出来る事なら敵として、お前達の前には現れたくないものだ」
ギリアムが隣で気を失っているアイナの方を見て呟いた。
「この娘の瞳の奥に何故か懐かしいものを感じるんだ」
「そう? きみが何時『アカデメイアの森』を出たのか知らないけど。恐らくその娘……何かの血を引いている」
リーシャが答えた。
シオンの目蓋がゆっくりと開いた。
「大丈夫? シオン」
「俺は死んだのか? あれ、リーシャまでやられたのか?」
シオンが意識朦朧として言った。
「なぁにー言ってんの」
「俺……生きてるのか? あいつは! アイナは無事か?」
リーシャが小さな手でアイナの方を指した。
シオンの目にはアイナと共にギリアムが映った。
「てめえぇ! アイナに手出すな」
「もう済んだよ。シオン? 彼は治癒を手伝ってくれたんだよ」
ギリアムはこの場に近付いてきている者達の気配に気付いた。
「誰か来る……私は消えるとしよう」
ギリアムが操るで聖獣を呼んだ。
前部が巨大な大鷲の前脚に様な翼を持ち胸部から後半身が馬の姿をしたヒポグリフが舞い降りた。
「一つだけ聞きたい事があるがいいか」
「俺にはラナ・ラウルに着てからの記憶しかねえぇ」
「何故、俺を傭兵達を殺さなかった。あの魔法なら容易く出来たろうに」
「依頼だ。殺さず捕獲しろだ。そうだ」
シオンは口を尖らせ不機嫌そうに言った。
「それだけではあるまい。敵の身柄を拘束する事は殺すより遙に難しく困難だ。それに大切な者をさらわれ怒りを露わにしていたお前だ」
「……こいつはそういうの嫌いなんだよ! 悲しむ顔は見たくない」
シオンは逸らした顔が少し赤く染まっている。
「お前とは何れ、また会いたいものだな。漆黒の守護者」
ギリアムが去り暫らくするとギルドの仲間達と王軍が戦場に着いた。
「シオン無事かぁ」
セインがまだ横たわるシオンに声を掛けた。
「なんとかな」
シオンが短く答えた。
「どうなってるんだ。光の波が来たと思ったら次は黒い炎だ。おまけに岩山は崩れて無くなってるしシオン? よく無事だったね」
アイスマンが声を掛けた。
「うわぁ!」
コバカムの驚きの声が上がた。
シオンの事で何気なく通り過ぎて来たがコバカムは背後からシオンに近付いてくる二匹の竜に気付くと気絶した。
一瞬、皆に緊張が走ったがリーシャが事の運びを説明した。
黒こげになっているAMRSの事はゴーレムと説明したが……。
「あの光の波紋も黒い炎もシオンの魔法て訳か」
セインがシオンを見て言った。
「まったく! こいつには驚かされるばかりだ」
レイグが驚きと疑問の言葉を述べた。
他のガーディアン達も同じ想いだったが、詮索した所で解る筈もないしシオンが記憶喪失者である事も知っている。本人に来たとしても解るまいと思うのだった。
「さあさあ、みんな引き上げよぅ!」
リーシャが皆を促すと小さくした身体でパタパタ飛び立った。
「そうねぇ、疲れちゃったわ。今日は大仕事だったしギルドの酒場で朝まで飲むわよ皆!」
ミルがそそくさと歩き出すと皆も後に続いて帰りだした。
「俺は置いてきぼりかよ」
シオンが言うが、皆はもう聞いてもいない様子だった。
「白状者――」
シオンの声が響き渡った。
ミルが振り返りもせずに右手を上げて左右に振りバイバイをする様に手を振って言った。
「あんたはその子と少し休んでから来なさい! 報告はしといてあげる。それと気を利かしてあげてるんだから今夜の酒代はあんた持ちね♡」
シオンとアイナ、二匹の竜が残っていた。
眷属の竜が口を開くとシオンに言った。
「お前には随分と世話になった。この恩は忘れまい俺達の力が必要ならその時はどんな時でもそれに応えよう」
そう言うと喉の中から角笛を吐き出した。
「俺達の力が必要になったら角笛で何時でも呼んでくれ」
そう言い残し飛び立った。
シオンは何時の間にか静けさを取り戻している空を見つめていた。
アイナの口から「んっうん、あっ」と可愛らしい吐息が漏れるとゆっくりと目蓋を持ち上げた。
「気が付いたか?」
「シ……オン? ごめんですぅ」
俯いたままアイナの口からは目を覚ますなり謝罪の言葉が口を吐いた。
「なに謝ってんだ?」
アイナは黙っていたが、シオン以外の男に肌を曝してしまった事を謝ったのだ。
「悪かったな。もっと早く助けてやれなくて。その……ひ、酷い事されなかったか?」
シオンは頬を指で掻きながら尋ねるとアイナは、こくりと頷きシオンの胸に飛び込むと両手でシオンに抱いた。
「おばかぁシオン! 怖かったですぅ――、もっと早く助けにきやがれですぅ」
アイナの目から安堵の涙が零れ落ちた。
「悪かったな」
シオンがアイナの身体を抱きしめ返した。
「?」
シオンがこれまでアイナを抱きしめた時とは違う感覚に気付く。
アイナは衣服を切り裂かれている。
シオンの胸に飛び込んだ際、シオンが掛けたローブは肌蹴ていて今は下着だけの素肌だった。
柔らかく、すべすべするアイナの肌を直に腕に感じる。
その感触を複雑な心境で、暫し楽しむ様に抱きしめているとアイナは怒る素振りも無く言った。
「シオン? 何だか手の動きが……えっちぃですぅ」
「か、帰るか」
シオンが誤魔化す様に言うとペガサスを呼んだ。
ペガサスにシオンが先に跨るとアイナに向け微笑み掛けた。
「さあ帰りますよ。お姫様」
以前アイナが、ペガサスに憧れる理由を散々聞かされていたシオン。
アイナは何処か恥かしそうにしていたが、その事をシオンが覚えていてくれた事がなんとなく嬉しかった。
シオンがアイナをペガサスの上に引き上げてやるとペガサスをギルドに向ける。
アイナがポツリと口を開いた。
「シオンの抱きしめ方……えっちぃですぅ」
恥かしそうに顔を赤らめ、ぷいっと顔を逸らす。
「そ、そうか? 落ちると大変だからなぁ……お前の夢一つ叶えてやったんだ。変な言い方するな」
シオンが顔を赤くして言った。
(我ながら恥かしい事してしまった)
「ありがとですぅ……王子様ぁ」
照れくさそうにシオンに顔を近づける。
「お、王子様は眠りの魔法で眠っているお姫様に口付けをして起こすのですぅよ?」
――何だか話が違う様な気もする。
(起きてるし……まっ乗り掛った船だしな)
「はい、はい、お姫様。仰せの通りに」
シオンはアイナの唇に自分のそれを近づけた。
ラナ・ラウルの夜空は、二人を何処までもやさしく見守っていた。
†人形使いとゴーレムナイト† 漆黒の守護者 End
最後まで読んで下さいまして誠にありがとうございました。<(_ _)>
†人形使いとゴーレムナイト†3終幕です。
次回!! †人形使いとゴーレムナイト†4(更新未定)
〜 混沌への前奏曲 〜 お楽しみに!