〜 漆黒の守護者 〜 第十二話
†GATE−12 囚われの少女
陽を浴び、ホワイトディルムンが衣を白く替えて纏っている姿は眩しく美しい。
王都オースティンの西に小さな森がある。
傭兵ギルド、タイターン・ノーズのアジトがそこにあった。
「君! 走ってい行くつもりかい?」
コバカムがギルドを駆け出したシオンを止めた。
シオンは、タイターン・ノーズの場所が、知れた以上リーシャに探させる事はない。
街の外でリーシャを呼び戻すつもりだった。
例え、リーシャの事が皆に知れ様とも、アイナの身が危険な状態である以上、悠長な事を言っている場合ではない。
コバカムが、ペガサスを二頭引いている。
シオンは、それを見てリーシャに信号を送り、そのままアイナを追わせた。
「お前すげぇな! ペガサス二頭も持ってるの?」
シオンは驚き声を上げた。
「まぁね。僕の実家は金持ちだからねぇ」
コバカムが得意げに髪を掻き上げた。
コバカムの家元は金持ちの貴族の次男で、何れ子爵の名は兄が受けると話した。
シオンが、初めリーシャに伝えた事は見つけ次第救出を最優先。
――後に敵の殲滅。
それまでに見つけていなければ呼び戻す。
それがシオンが出した最初の指示だった。
アイナの命が掛かっている以上出し惜しみはしない。
「それ借りるぞ」
シオンは、急ぎペガサスに跨りリーシャの後を追い飛び立つ。
後にコバカムも後に続いた。
暫らくしてリーシャから信号が届いた。
「シオン! 奴ら森に入り込んだぉ。森が深くギルドの正確な場所は、まだ見つからない」
「分かった」
ギルドを出る前、タイターン・ノーズの傭兵に脅された少年が手紙を持ってきた。
――内容は取引。
内容は、アイナを人質から解放する代わりにローゼアールヴァルの解散だった。
少し安堵の表情を見せたシオンにその信号を感じたリーシャが思念を送った。
「シオンは、ぜぇーんぜぇーん分かってない“人質”て言うのはねぇ“命”さえあればいいの。あの娘が、どれだけ汚されもね……」
シオンは、ペガサスに鞭を入れ速度を上げえる。
「シオン! 森の入り口に傭兵達が伏せしてる気を付けて! 数ぁー、ざっと五、六十。中には獣やゴーレムを操るハイメイジも居るみたい。総数が増えるよ」
「お前の魔法とゴーレムで何とかしろ! 楽勝だろうが!」
シオンが苛立ちを露に怒鳴った。
「分かってる? 戦闘が始まれば、あの娘の生命の保証はなくなるんだよ? こっちの援軍が来る前に、わたし達だけで先にアジトだけでも見つけておかないと、ダメだよ」
小さな妖精の姿で飛ぶリーシャを見つけたのは、一匹のエメラルドの様に美しく澄んだ鱗の竜だった。
体長十五メール程の人間で言えば青年位の年齢の竜。
その竜にリーシャが、竜の鳴き真似て喉を鳴らし道を開ける様に促した。
返事は無くその竜は、これが答えと言わんばかりに炎のブレスを吐いた。
リーシャが小さな身体を捻り回転しながら、僅かにかわすと高速ですれ違う。
「あの竜……。“眷属”?」
吐かれたブレスの質と鱗の極めの細かさでリーシャは見抜いた。
眷属の竜は、現在種より遥かに賢く長生きで言語感覚に優れ人語を操る。
旋回し後ろから炎のブレスをリーシャ目掛け放ってくるが、リーシャはそれを右に左に難なくかわす。
「きみ眷属の竜? 何故こんな所に居るの?」
「人語を操る? 貴様も長い時を生きる者か? 俺は森に入る者を討つ様に言われている、悪く思うな」
リーシャが人語を話すのを知り、その竜は人語で答えた。
現在種より賢い眷属は滅多に人に姿を曝さない。
ましてや人に使われる事など無い。
(眷属が人間の命令で動く? ……にしても攻撃に殺意を感じない)
リーシャは、攻撃の邪気の無さに気付き、羽ばたきを止め翼を水平に伸し滑空した。
眷属の竜もリーシャの後を追い滑空に入る。
後ろに回り込むとブレスを吐く体勢を整えた。
リーシャは姿を変えると翼を開き羽ばたく事無く、加速し急上昇をする。
あっという間に眷属の竜の視界から消え、光の反射で七色にも見える光膜を引き百八十度、虹の弧を描く様にの円運動をし真上に張り付いた。
「やれやれだぉ……、この姿に戻るのはいやなんだよねぇ」
籠る様でもあり、澄んでいる様でもある声。
リーシャの姿は人型。
頭には額の辺りから伸びた四本の角、眼は薄い黄色でその中に丸い眼球が三つ有り、キュィィンと音を立て眼球の外淵を正逆に回転させている。
黄金の身体は左右対称で鎧を着けた騎士のそれに似ていた。
背中に張り出した瘤の様な突起物からは有翼獣のそれではない光の翼が伸びていた。
瘤の様な背中の突起物の周辺、特に下部の辺りは空気が淀み陽炎の様に揺れている。
突起物の上部と腰の辺りには、四角い口を空けた細長い突起物が備わっていた。
離れていても感じる凄まじい熱量を放出している。
「お前はなんだ」
眷属の竜が問うた。
「鬼神とまでは、まだいかないけど……近い者かなぁ?」
「それは“亜種”の新種なのか?」
「急ぐんだよね……竜さんも分け有りの様だけど、シオンの大切な人の居場所を聞けるかも知れないから話を聞くとしますか」
リーシャは、問いには答えず眷属の竜の翼を抑え羽ばたきを止め、そのまま地面に滑空した。
「シオン聞こえる? 今、敵に組する竜を捕まえた。こいつがあの娘の囚われた場所を知ってるかも。今から聞き出すけど、シオンも急いで!」
リーシャがシオンに思念を送った。
「分かった、頼む」
シオンは短く答えた。
森の傍まで来るとシオン達に向け矢が放たれる。
どうやらリーシャの言っていた待ち伏せをしていた傭兵の様だ。
シオン達が矢を払い弓を持つ傭兵の傍に降り立つと弓を切り落し傭兵を当て身で倒す。
コバカムは、そのガーディアンランクに沿わない実力を見せ敵を翻弄していた。
接近戦様の武器を持つ傭兵達は相手が二人である事を知ると森の中から続々と姿を現した。
メイジ達はゴーレムを創り出している者もいた。
リーシャの報告より数が多い。
森の中に隠れていた数まで正確には、如何なリーシャといえど見えるものではない。
シオンもガーディアンとして依頼をこなす内に大分上手く攻撃系の魔法を使える様になって来てはいるが、精霊魔法、不思議な力については、まだ己が意思のまま扱う事が出来ないでいた。
シオンに焦りの色が見える。
シオンも力を出し惜しみをする訳ではないが、アイナを助け出す前に魔力と体力を使い切っては意味がない。
傭兵、メイジ、ゴーレム、魔獣を合せ、約三百を越える敵を前に、二人ではなす術はないが、諦める訳にもいかない。
「よう! また苦戦してるじゃないか? A級が泣くぞ」
聞き覚えのある声がする。
セインの声だった。
レイグ、ミル、アイスマンもいる。
「どうしてお前らがいるんだよ」
「いやな、聖誕祭に向けて、ここの所依頼こなしまくったからな。高ランクの依頼はミルのS級の依頼一つだけだったから経験値を上げるのについて行ったんだ」
「このメンツだからね。直ぐ済んだよ」
アイスマンが唇を釣り上げた。
「近くだったしな。ついでに寄ってやったんだ」
レイグが鼻を鳴らしつまならそうに言った。
「嘘よ、マスターからの報告が入ったの。それにレイグが一番やきもきしてたじゃないの?」
ミルが目を細めレイグを見た。
「まあ、なんだ。俺はシオンのお目付け役だからな」
レイグが誤魔化す様に言葉を濁した。
「それよりお前は、お前の成すべき事をしろ」
レイグの眼光が鋭くなった。
「俺達が、ここを引き受け持ってやる。お前はアイナちゃんの所に行け」
セインが言うとシオンの前に出る。
「援護するよ。シオンはペガサスに」
アイスマンが言うと冷気に満ちた目になり傭兵達に視線を移した。
「ほら! いくわよ、皆」
妖艶な笑みを浮かべたミルが言った。
「皆、済まない」
シオンがそう言うとペガサスを呼び跨り天高く駆け上った。
上空の敵が現れシオンを追うが、無数の氷の矢がシオンの行く手を遮らんとする魔物に乗った兵を射落とした。
アイスマンの放った矢だ。
後を追おうとした傭兵の前を炎の壁が遮る。
レイグの魔法だった。
シオンはアジトを目指した。
眠りの魔法から目覚めたアイナの前にはタイターン・ノーズのギルドマスターと幹部達、それとアイナに眠りの魔法を掛けた人物がいた。
アイナは手足の自由は奪われている事に気付く。
幹部達が、笑みを浮かべてアイナを見て言った。
「お頭、こいつはぁ上玉ですね。奴隷商に売りつけるのが、勿体ねぇや」
「その前に、俺達が楽しんでもいいですか?」
「好きにしろ。余り無茶はするなよ。大事な商品だ」
頭が言うと男達がアイナの周りに集まり我先にと口論を始め順番を決めている。
「下衆どもが」
その光景を見ていたアイナに眠りの魔法を掛けた男が呟いた。
順番が決まったのか一人の男がアイナに近づいた。
アイナは自分の身に迫る危機に顔が蒼白になっていく。
「俺が最初だ。楽しませてもらうぜ。嬢ちゃん」
男がほくそ笑むとアイナの着衣に手を掛けた。
「いやぁ――」
アイナの悲痛な叫びが、冷たい岩で囲まれたギルドの中に響き渡った。
To Be Continued
最後まで読んで下さいまして誠にありがとうございました。<(_ _)>
次回の更新もお楽しみに!