〜 漆黒の守護者 〜 第十話
†GATE−10 リング
冬支度の始まるオースティンの街並みに新しい生活の支度を始める少女の姿があった。
シオンが小声でミルに言った。
「ミル姉ぇありがと。助かる」
「なぁにが? わたしは本当に買い物があるからよ」
目を細め色っぽい視線をシオンに送った。
シオンの背中に冷たい物が走った。
とってつもなく嫌な予感がする……。
「あの二人の板挟みになるシオンが、可哀そうで愛おしくてお姉さんが着いて行かないと、ね」
しかし、ミルの大人の振る舞いに、嫌な予感は吹き飛んだ。
「今のあの二人に付き合わせられてたら身がもたねぇ。ミル姉ぇが居てくれて助かる」
シオンは胸の奥にのこっている嫌な予感を振り払いミルに話し掛けた。
アイナの天然、ティアナの我儘に、挟まれればA級のガーディアンでも歯が立たない。
「そう、わたしもシオンに興味あるんだけどなぁー」
ミルが髪を指で弄りなが言った。
「またミル姉ぇまでからかうなよ」
「あら、本気だったらどうする?」
「へぇ?」
シオンは腑抜けた声を出した。
アイナとティアナは、シオンを巡り白熱している様だ。
「ねぇーアイナ? シオンと同じ部屋だからってヘンな事したら駄目だかんね」
ティアナが目を細めてアイナを睨んだ。
「ヘ、ヘンな事ってなんですぅ? ティアナこそシオンの部屋に下着姿でいたですぅ」
アイナは眉をつり上げ拳を握り締める。
「なっ!」
「本当は、はだか」
「……うそですぅ!」
「あら、何時もの事よ」
ティアナが勝ち誇った様に頬に出を当て高笑いをした。
「い、何時もですとぉ! あれ程シオンに手を出しては、ならんといったですぅのに――!」
「だってアイナに恋人なの? って聞いた時、否定したじゃない」
「そうでしたかぁー? 覚えがないですぅー?」
「いい? 私達はお友達だけど恋ではライバルだかんね」
アイナとティアナの眼線上に見えない雷撃が激しくぶつかり逢っている様な錯覚と幻聴に襲われ思わず ミルの方を向くシオンだった。
「シオンは絶対! ぜった――いに、やらんですぅ」
「それはシオンが決める事でしょ?」
二人がシオンの方を見ると色っぽい大人の色気くを放つミル容姿に顔を赤らめるシオンが目に映った。
「「シオン」」
二人に怒鳴られるシオンであった。
街の中心部辺りに大少様々な店が建ち並ぶ商店街。
女性三人買い物が、始まればたちまち、シオンは荷物持ちと化すのである。
それは、もう荷車の様に次々とシオンの手に納められていくのである。
当たっちまった……、嫌な予感が……。
「ちくしょう! ミル姉ぇー、これが狙いか、そうか喜んでた俺が馬鹿だった」
シオンは心底、己を恨んだ。
「なに、ぶちぶち言ってるの?」
ミルが妖艶な笑みを浮かべた。
「鬼! 悪魔! なんで俺が荷物持ち? しかも三人分」
「ほら行くわよ。役立たず」
「なっ! 今度仕返ししてやるからな」
「シオンが? このわたくしに? 言っておくけど私くしレイグより強くてよ」
「嘘付け! レイグはエースだろ」
「本当よ。わたくしS級のガーディアンですもの、おほほほほ!」
「……マジですか? でもレイグも実力は既にS級だろ?」
「確かにレイグは強いわ。アビリティーの相性が問題ね」
ミルがそう言うとアイナの方を指差した。
アイナはチェスト等が置いてある収納具の店に居て何やら大きなチェストを見ていた。
「おい! そんなにでかいの部屋に入れたらお前のベッド置けなくなるぞ」
シオンが慌てて嗜める。
ローゼアールヴァルの三階にある部屋は十五畳程もあるが、ベッド二つとシオンのチェストにアイナの見ているサイズのチェストを入れば居場所は、ほぼ無くなる。
しかもシオンの部屋は角部屋で窓が多く風抜けや日当たりは良いが、家具を置く場所が限られる。
「ベッドなんぞいらんですぅ」
アイナが漂々とした口調で言った。
「ちょっと待て! 俺はずっと床で寝るのか?」
「シオンは野宿に慣れてますし依頼に出ればベッドは一つでいいですぅ」
「そうだけど、帰った時くらいバッドで寝かせろ」
一瞬、そうかと納得しそうになったが、部屋に帰った時位はやわらかいベッドの上で眠りたい。
「別に構わんですよ。シオンが膝まずいて頼めばアイナの隣に寝かしてやるですぅ」
もうどっちが部屋の主なのか分からない状態だ。
平民のアイナには大き過ぎる代物だった。
シオンの悲願で何とか相応のチェストにして貰ったが結局、シオンが使う事は少ないベッドは買わなかった。しかし、床というのもなんなんで代わりにソファを買いシオンのベッドにする事にした。
下着売り場での買い物の際は散々待たされたあげくの果てミルに売り場の中に連れ込まれる始末のシオンだった。
日常品が揃うとシオンを除く三人娘は宝石商に向う。
「まだ、買うのかよ」
シオンが疲れ果てた声で言った。
「これからが本番よ」
ミルが拳を握って揚々としていた。
三人娘達は、あれが、かわいいだのこれが綺麗だのはしゃいでいたが、公爵家の娘のティアナと高給取りのS級ガーディアンのミルは、気に入った物を次から次へと買い始めるとアイナは寂しそうな顔になった。
そりゃアイナも女の子。
欲しいくても平民のアイナに買える筈が無い。
買い物も終わり帰り際、シオンが口を開いた。
「俺、評議会に寄ってくから先に帰ってくれ」
大きな荷物は後日、運んで貰える事になっている。
「そう、じゃぁ、アイナちゃんに場所教えて置いてあげれば? ギルドの仕事でも来て貰う事になるし少し街の事教えておいてあげれば? 昨夜の事もあるし……そうしなさい」
ミルが言うとシオンの耳元で言った。
「今日は頑張ってくれたから、これで解放してあげる。感謝しなさい」
そう言い片目を閉じた。
「さあ、帰るわよ。ティアナ」
「ええぇ! シオンはー」
「シオンは、これから評議会よ。あんた昨夜、寮の門限過ぎたでしょ? 二日続けるのは不味いでしょ」
「荷物はどうするのよ」
「ティアナが持つのよ。私の分もね」
ティアナは、ぶちぶち言っていたが、ミルに逆らえずに帰って行った。
帰り道とは逆に向う方角に評議会がある。
シオンはアイナの時の依頼報酬を受け取り出ると二人はギルドに向かい歩き出した。
アイナが目に“ホワイトディルムン”(白い楽園)と称される白く美しい王宮の方に目を移すと夕陽に染まり赤く染まった王宮が目に飛び込んだ。
その幻想的な景色は王都オースティンの観光名所となっている。
「綺麗ですぅ」
アイナは目を爛々と輝かせ、その景色に見入っていたが、視界の下に大きな木を見つける。
「シオン? あの木はなんですぅ」
「よく知らないけど“フィクス・ルミナリス”て神樹らしい。人間の始祖があの木の下で生まれたて記述があるらしいぞ」
始祖の生誕については、グラジニアス大陸に何箇所か記述は残っているが『フィクス・ルミナリス』が一番古いとされている。
フィクス・ルミナリスは不思議な力で何千年もその場に在るのだと云われ、一年に一度その枝に三日間だけ実を付ける。
その実の大きさは金柑の実程の大きさで七色の光を放ち、たわわに実るがその実が落ちた事はないらしい。
その実をとる事は禁止されて今まで落ちた事は無いらしいが、自然に落ちてきた実を拾い誓約を誓うとその願いが叶うと云われ今では普段から恋人達が、フィクス・ルミナリスに永遠の愛を誓いに来るようになった。
実を付ける日は、決して変わる事が無くそれに伴い“誓約の神樹”と称さている。
実を付けるその日の前後三日間を『聖誕祭』とグラジニアス大陸全土でされていてこの期間は例え戦争であっても休戦になるくらいだ。
シオンとアイナは元来た道を引き返していた。
途中で買い物をした店並みを通り過ぎ様とした時、シオンの中に寂しそうに装飾品を見ていたアイナの顔が浮かんだ。
「あ! 俺の買い忘れてた。見てくるけど、お前も来るか?」
シオンがアイナに尋ねた。
「別に、構わんですぅ」
寂しげにアイナが答えた。
二人は、店並みの中に入って行くとシオンは魔法生物を扱う店に入った。
「うわぁ! 高えぇな。デミ・ドラゴン」
シオンが、付けられている値札の数字に驚く。
「ラナ・ラウルの銀貨で八百枚もするのかルミナリス金貨だと……約百十八枚……買えん」
グラジニアス大陸での収入は、ラナ・ラウル銀貨で平均約二百枚位、ルミナリス金貨で約三十枚だが、 地方の物価にもよるのだが、ガーディアンのS級の年報は平均ルミナリス金貨で三百枚程になる。
S級とA級とでは、報酬は雲泥の差がある。それにシオンはA級と言ってもランクの低い依頼をこなしているのだから夢の様な額だった。
依頼のランクと内容で差は激しいく、一つの依頼が銅貨数枚からから金貨数千万のものまである。
「お兄さん! ガーディアンの方ですかい? 今なら好きなアビリティー付きでラナ・ラウル銀貨で八百万枚でさぁ」
「無理。今度にする」
「仕方ねぇ。ガーディアンの方ていやぁ。民の安全を担ってるお方だ。ここは涙を呑んで六百五十万にアビリティーを付けて六百八十万にしときやす」
商人は、にやにやと笑みを浮かべた。
シオンは逃げる様に店を出た。
「高えぇ。暫らく馬でいいか」
「聖獣捕獲にいくですぅ! ペガサス、ペガサスぅ――!」
アイナが浮かれて言った。
「そうだな、近い内に行くかって言ってもペガサスって何処にいるんだ?」
「しらんですぅよ」
「リーシャにでも訊くかぁ? もう一軒寄りたいんだけどいいか?」
「いいですぅよ」
アイナは、ちょっぴりデート気分を楽しむ事にした。
シオンが露天の装飾品店に立ち寄るとアイナの手を取った。
「兄さん、錬金物と天然物の石とありますが、今の錬金石も立派な宝石でさぁ」
商人が笑顔を浮かべている。
並べられている中に美しくも妖艶な輝きを放っている澄んだ紅の宝石があしらわれた指輪が目に入った。
それを支える台座のリングは、粗悪な彫り物が施されている。
シオンは、その指輪をアイナの指に嵌めてやった。
「いくら」
「それは錬金物でも出来がいいやつでさぁ。下手な天然石より綺麗でしょう? その指輪は旅の古物商から仕入れた物で古物商が言うには、古くから存在した指輪でそうです。しかし、兄さんなかなかの目利きでぇ、それに敬意を払ってラナ・ラウル銀貨十枚でもう一つおまけしときまさぁ」
「これなんか、そちらの姉さんとお揃いでどうです」
そう言うと同じデザインの物を商人が取り出した。
勿論、ぼっられてるのだが、綺麗な物は値と比例する事無く綺麗な事に違いない。
「これでいいか」
アイナは何も言わずに、こくりと頷いた。
「毎度、ありがとうございました」
ホワイトディルムンは白い城壁を夕陽で赤く染め衣を変えて、街中の二人を見下ろしていた。
To Be Continued
最後まで読んで下さいまして誠にありがとうございました。<(_ _)>
次回の更新もお楽しみに!