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歴史が変わるとか言ってたら、鎌倉武士はやってられない

義経たちはジャンヌ・ダルクを助けるため、オルレアンに向かった。そこで見たものは、中世ヨーロッパの戦争の複雑さだ。利害と利害が絡み合う、義経の最も嫌うもの。戦場を純粋な気持ちで駆け抜けてきた若者は、何を思い、何をするのか。そしてみんな。時代と人を超えたこいつらに、未来はあるのか?


   【 ブロア フランス中央部ロワールの都市 】



「面白れえいくさしやがんな、こいつら」


土方歳三(ひじかた としぞう)がぶつくさ言った。


土方によると、この戦争は百年続いている、イングランドによるフランス侵略が目的だ。しかし防衛を担う各地の領主がてんでばらばらで、軍事行動ひとつとるにしても相当な作戦会議や根回しをしなければならないらしい。


わけのわからないのは、そこで領主が捕らえられてしまった場合、身代金を払って解放されるということだ。つまり、領主は命を懸けなくていいということになる。


「市民や農民の方が、士気が高くて、逆に貴族どもは臆病でやがる」


どうやら赤毛のピエールに作戦会議のあらましを聞いたらしい。


イングランド軍はオルレアンという城塞都市を包囲している。その周りに砦をいくつも築いて、直接的にオルレアンを攻撃するのではなく、籠城している市民の疲弊を待っているのだ。これはもちろんフランスの有力な援軍が長期にわたって来ないことを想定したもので、実際イングランド軍はそう高をくくっていた。


「バカにしてやがる」


長期にわたる包囲、占領は、この国の民からの兵糧の強奪から維持される。しかも領地からの税も課せられる。踏んだり蹴ったりだ。しかも領主は逃げ回り、税だけはしっかり徴収する。つかまりゃ身代金は民から搾り取られた金だ。


それでも疲弊しつつ何とかやっていけるのは、この肥沃な大地のおかげだ。日本じゃ狭い土地にわずかに収穫できる米を奪い合う。必死さが違う。


土方がブリブリ怒っていると、ジャンヌがジル・ド・レを連れてやってきた。


「すまなかった。お待たせして」


赤毛のピエールが通訳している。


「会議では意見がまとまらず、明日に予定していたオーガスティン砦への攻撃は延期となった」

「ジャンヌとわたしは一刻も早くと進言したんですが、オルレアンを指揮するデュノワが頑固でね」


ジル・ド・レがため息をついた。


「もう、わたしもどうしていいかわからなくなった」


ジャンヌのひとりごとのように言った言葉に、ピエールから聞いた土方がくってかかった。


「てめえがそんな弱気だからバカにされんだ。いいか、貴族の遊びに付き合う必要なんざ、これっぽっちもねえんだぜ。神の啓示だか何だか知らないが、ここはやるかやられるかだ。やる気のあるやつでやりゃあいいだけだ」


ピエールが必死になってその乱暴なセリフを通訳してる。ありのまま言えと通訳を脅す土方に怯えている可哀そうなピエール。


「そんなこと言っても、軍が動かなければどうにもならない。あたしやモンランシだけで砦は落とせない」

「おりゃあさっき、義経と龍馬とでオルレアンに行って来たぜ」

「そうか。なかは悲惨な状態だろ。みんな飢えている」


ジャンヌはがっくりと肩を落とした。心配そうにジル・ド・レが見ている。


「飢えてるが、あいつらはすげえぜ。みんな戦おうとしている。逃げ出そうとか降伏しようとかするヤツは一人もいねえ。腹くくってやがる」


「それでですね、その人たちと砦を奪っちゃおうという話になりまして」


唐突に義経が言い出した。


「あさって、フランス軍がオーガスティン砦に攻撃を開始しますが、おそらくすぐ退却してしまうでしょう。砦の門にまでたどり着いた時点で」

「そりゃどうしてだ」


今度は土方の方が聞いた。


「かれらは門まで攻め入った、という事実だけでいいんですよ。これだけやりました、ということであとは講和まで持ち込めたらいいと考えています」


「ばかな。講和なんて、有利に展開しているイングランド軍が結ぶはずねえだろ」

「それは違いますねえ。いったん講和を結んで、軍を引かせてから、また軍を進めてきます。これがこのヨーロッパという大陸のいくさの仕方らしいです」

「そりゃいったい何のためだ?」

「おもわく、ですか。国王や教皇、それに有力貴族。それぞれがおかしな具合に絡み合ってる。フランスの中にイングランドと手を結ぶやつもいれば、それぞれ敵対する国と結んで共闘するが、それも打算の何ものでもない。要は利益があれば何とでも手をつなぐ」


義経は僅かな時間でこの大陸のいくさのあらましを感じていたんだろう。


「あー疲れた。あれ?みんな何してんの?」


沖田総司が汗をぬぐいながらみんなのところへやってきた。龍馬ものこのことやって来る。


「何してたんだ、総司?」

「あ、龍馬さんと立ち合い稽古。いやあ龍馬さん強くて。一本も取れないんだから」

「お前が一本も取れないたあ、こいつはすげえのかもな」


土方が感心している。


「いやいや、わしも小手にさえ触れることができんだったぜよ。まっこと敵にしたら恐ろしか」

「いや、敵だから。徳川から見たらあんた敵だから」


龍馬の言葉に土方が反応した。


「そっちから見ればお互い敵じゃが、外国から見たらただの兄弟喧嘩じゃ。兄弟なかようせにゃ、外国に取って食われてしまうぜよ」


土方は言い返せなかった。理屈はわかっている。ただ、感情はそれを否定する。日本の国、よりもまずは徳川家、なのだ。


龍馬もそれは痛いほどわかっている。みんなそうだ。薩摩も長州も土佐も、みんなそれぞれの立場でしか考えられないし動けない。それはどこの世界でも一緒だろう。このフランスやイングランドにしても。


「あれ、みんな何してんの?」

「あ、星奈さん、あれ?それ、甲冑?」


総司が星奈を見て驚いたように言った。


「うん。静さんといろいろ探してて。みんなどれも重いし合わないからこさえてもらったの」

「どう?いかしてるでしょう」


静がぐるりとまわってみんなに見せた。革製の鎧の上に要所要所金属で覆った簡素だが実用的なつくりだ。


「ついでに武器も作ってもらった」


静は薙刀(なぎなた)ふうの武器と太刀。大きく反りがつけてある。


「まるで鎌倉時代の武器のようですね」


思わず総司が言った。


「静御前って言われてんですけど。知ってました?」

「ああ、失礼。じゃあ、星奈さんも?」

「あたしは令和時代の女子高生」

「何言ってるかまるで分りません」


ジャンヌが不思議そうに割って入ってきた。ピエールを伴っている。


「みなさんどういう人たちなんですかと、ジャンヌさんが聞いています」


星奈がしどろもどろながら説明しようとした。


「えと、ですね。あたしの住んでる北海道に、この義経が遭難して店にやってきて」

「訳せるように言ってもらえませんか?」


「ぼくが話そう」


義経が話してくれる。


「東洋の外れ、日の本という国があって、そこでは昔から不思議なことが起きるんです。人が宙に浮いたり、昔の人が現れたり。ぼくらはそんな不思議なことに遭遇した、いわば時の遭難者なのです。ぼくと静は遠い過去から。この三人はここよりもちょっと進んだ未来。星奈ははるか未来からやって来ています」


ジャンヌは驚いたように目を見開きながら聞き入っている。


「それはつまりこちらで言う神の意思ではないでしょうか。こちらは広大で神の意思はなかなか伝わらないですが、ぼくらのところは狭く、なおさら神の意思は届きやすいのでしょう。そうして、ここに、あなたを助けろと使わされたのではないでしょうか」


ジャンヌは十字を胸で切っていた。納得したようだ。神の使途を名乗る少女だ。ああ言えば盲目的に信じてしまうだろう。恐るべし、義経。龍馬が薄笑いをしている。


「それでおめー、作戦の方はどうなったんだよ」


皆が椅子に腰かけると、土方の隣にちょこんとジャンヌが座った。横目で土方が、なんだこいつ、と睨んでいるが、ジャンヌは気にせずニコニコと土方を見ている。


「それで、フランス軍の攻撃が始まったら、二手に分かれた僕らはやや斜め後ろから同時に砦を攻めます」


義経が作戦を説明し始める。


「あれを使うのか」

「そうです。ヘリから外した武器を使います」

「だけど銃弾ぐらいじゃ兵は倒せても分厚い壁は無理だぜ」

「だいじょうぶ。こっちにも大砲みたいなのがありますから」

「こっちの兵はどうすんだ。ここにいるやつらじゃいくらなんでもなあ」

「民兵を使います。オルレアンにいる市民や、ここら辺の農民が味方してくれます」


「あてになるのかよ、そいつらはよ」

「あなたたちだってもとは農民でしょう?」

「ち、何でも知ってやがんぜ」


「では決行はあさってのフランス軍の攻撃を合図に」

「フランス軍が動かなかったら?」

「そうしたらぼくの合図で。もとから彼らはあてにしてませんから」

「けっ、ハッキリ言うねえ。じゃあ壁に穴が開いたら俺と総司は斬りこむって感じでいいのか?」

「そうです。土方さんたちは北方面。ジャンヌさんは南から突入してください」

「おめえはどうすんだ」


義経はにっこり笑って言った。



「ぼくは武芸、からっきしなんで、斬りあいになったらすぐ死んじゃいますよ。攻めるときと逃げるときの合図する係だと思ってください」


土方は笑った。いやな意味じゃなく、馬鹿にしたわけでもない。正直な奴だと感心したのだ。義経っていうのはこういう男だったのか。まだ半信半疑だが、こいつに何人もの武士が命を懸けたのかと思うと、少しわかるような気がした。


「それって総大将ですよね?」


わらって沖田が言った。


「龍馬さんは?」

「わしゃ、武器の操作だそうだ」

「龍馬さんは海軍伝習所仕込みですからね。砲撃に関しては専門家です」

「勝のところか?」

「いえー、バレちゃいました?」

「あのおやじ、幕臣のくせに」


「だけど歴史に介入したら大変なことになりませんかね?」


当然総司が疑問を口にする。


「そんなこと、いちいち歴史が変わるとか言ってたら、鎌倉武士なんかやってられませんよ」


義経が言う。


「そりゃ、どういう理屈じゃ」


龍馬がゲラゲラ笑っている。


この人たちもわけわからない、と星奈は思った。静が肘で突っつく。なによ?


「楽しそうでしょ?男の人って、いいなあ。なんて思う時があるわ」


静さんにそういわれると、そんな気がした。いやいやいや。こいつら単なるいくさバカですから。


「じつはもう一つ気がかりなことがある」


義経が心配そうにいった。


「Je vais te parler」(わたしから話そう)


ジル・ド・レが立ち上がり言った。ピエールが通訳をする。


「指揮官たちの中には講和を求めるものがいる。それは今とん挫している。ジャンヌが来て、兵の士気が上がってしまったからだ。強行に作戦を中止させたり、ジャンヌを無視するのもそのためだ。かれらはジャンヌが死ねば講和ができると信じている。だから軍は見ているだけだろう」


「ひどい」


思わず星奈は口にした。ジャンヌは少し悲しそうな顔でみんなを見ている。


「だから軍の参加は期待できないのだ」


みなは黙ってしまった。本来、主力のフランス軍が砦を攻撃しなければ、結局ジャンヌたちは押し返されてしまう。最悪討ち死にもありえるのだ。それを望んでいるのか。なんてやつらだ。星奈はまた怒りが込み上げてきた。


「あたしがやります」


星奈は突然宣言した。


「やりますって、何を?」


総司が戸惑っている。なにも力のなさそうな女の子が何言ってるんだ、という風に見ている。


「いいから、やらせてください」


星奈はじいっとみんなを見つめる。


「何をやるかわからないけど、危ないことはしないでほしい。ぼくは冬香に君を無事に返さなければならないからね」


義経は優しく言ってくれた。


「わかった。無茶はしないわ」


「まったくもう」


だが、恐らく義経はこれも計算に入れているに違いない。総司は底抜けに明るい義経の中に、恐ろしい知略が隠されていると思った。


戦いの準備は整った。




    【 オルレアン南岸 オーガスティン砦 】



二百名ずつの民兵が振り分けられ、砦の両サイドに来た。大砲の射程距離を少し外れるくらいだ。


フランス軍は砦の正面に位置しているが、案の定攻め込む様子はない。むしろ民兵の士気が上がっており、責める気満々である。しかしこのままフランス軍が対峙したまま動かなければ、こちらは攻撃しても全滅してしまうだろう。だれかが軍を動かさなければならないが、それは不可能に近い。


さすがの義経も手詰まり感がただよう。しかし落胆はしていない。近代兵器もあるが、それよりもっと強烈な秘密兵器があるのだ。それはたった十六歳の少女、なのだ。



白い馬に星奈はまたがっていた。砦の正面が見える。フランス軍が対峙している。ただ眺めている、といった感じだ。そんなのどうでもいい。あたしはあたしのやりたいことをやる。


馬にかかとで合図をする。叩かない。だが馬はおのれの役割を知っている。昨日からずうっと星奈は馬に話していた。乗馬クラブで教わったのだ。思うように走って欲しければ、馬にお話しして、わかってもらうことだ、と。


砦のイングランドの兵も対峙して並んでいるフランス軍の兵も、なにごとかと星奈を見た。


一騎の白馬にまたがった少女が砦に向かっている。砦から歓声と嘲笑が起きた。


星奈は弓を構えた。矢をつがえる。流鏑馬だ。一矢、また一矢と放つ。兵に当たる。外すことなく十本の矢すべて当てた。駆け抜けると、止まる。馬の様子を見る。汗をかいているがまだ走れる。再び弓を構え、走り出す。


砦のイングランド兵が騒ぎ、矢を撃ちかけてくる。もの凄い数だ。かいくぐり、矢を放つ。今度も外さない。当たりそうな矢は払いのける。フランス軍の兵が驚きの喚声を上げる。


また引き返す。もっと砦の兵は必死に矢を撃ってくる。何本かかすった。当たらなけば、どうということはない。有名なセリフがよぎった。今度も全部あてた。また引き返す。もう矢はなくなった。


フランス軍の歓声、いや、歓喜があがる。全員が雄たけびを上げているのだ。


星奈は砦からの矢をかいくぐり、門の中央まで来ると、馬をとめた。しばらく降り注ぐ矢を弓で払いのけている。やがて矢がとまった。不思議な静寂が訪れていた。敵味方が静まり返ったのだ。


辺りは風の音だけがしている。みなが固唾を飲んで星奈を見ている。


星奈は馬を降りると、砦にむかって、ペコリとお辞儀をした。やがてひらりと馬に飛び乗って走っていく。砦の兵はあっけに取られてる。


そして気がついた。フランス軍が怒涛のように攻め寄せてくる。さっきのやる気のないやつらではない。殺気、いや歓喜で支配された兵が次々と押し寄せている。なんと指揮をするはずの騎士たちまで先を争ってくるのだ。それは形式ではない。


砦を攻める、歓喜にあふれた兵士。もう、止めようがなかった。


「やれやれ。まったくあいつは」


義経はやっと緊張から解放された顔をした。静もホッとしたようだ。何かあれば飛び出す覚悟でいたからだ。


「いよいよぼくらの番だね。みんな頼む」


義経は手を上げる。一斉に旗が揚げられ、兵が進む。みなさっきの星奈を見ている。ここにも歓喜が溢れていた。







星奈の活躍もあり、軍は行動を起こした。次は土方、沖田たち。坂本先生、それはなんですか?

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