鎌倉武士がハンバーグを食べています
登場人物
堀頼重・・・・(再登場)鎌倉産業CEO、この時代の義経の後見人
鎌倉産業従業員・・・劇団ぴよこ
【 釧路市内 カフェ ボウ 】
「なんすか、これー?」
最初にぶっ飛んだのは忠信だった。
「ああ、こんなにうまいもん初めて食った」
とろけるような目をして継信が言う。
「だめ、死んじゃう」
静が轟沈。
義盛は野菜サラダに心奪われていた。
「この菜っ葉に何をかけている?」
「ああ、ドレッシングね。シーザーよ」
冬香が楽しそうに言った。
「どれ?しざ?」
義経は味に感心しつつも、危惧を抱いていた。
「どうかなされましたか?」
弁慶は主の機微を見逃さない。
「ああ、ぼくたちはこれからどうすればいいのかな、と」
「とりあえずねぐらを決めませんと。今後の行方もそれからと」
「もう寺はやだよ」
義経が遮那王と呼ばれていた幼少時代、無理やり出家させられそうになった。寺の名は鞍馬寺といい、さっきの巡視船という船の名でもあって、可笑しかった。
「ねえ、冬香さん」
「なあに?よっちゃん」
よっちゃんてなに?と弁慶が突っ込もうとするのを義経が目で制した。
「じつはさ、今日泊まるところ捜してるんだけど、どっかいいとこない?」
「うーん、だってお金とかないんでしょ?」
「お金って、こういうのしか持ってないんだ」
義経がテーブルにゴトっと何かの袋を置いた。なかからは金の塊がいくつか出てきた。
「なにこれ?もしかして金?」
「ほほう。ここでも価値はありそうだな」
「何言ってんの、これだけで一体、いくらするかわかってんの?」
「だから聞いている」
冬香は呆れた。もしかしたら金塊を盗んだ強盗団?いや、それにしちゃ堂々としている。何なの、この人たち。
「お母さん、テレビでこの人たち映ってるよ」
星奈がさけんだ。義経たち何事かと、そちらを見ると、なんと窓のような板に、自分たちが映っているではないか。しかも動いているのだ。まるでわれわれがそこにいるように。
「おい、兄貴、これは幻術か?」
「わからん。だが不思議じゃ」
「なにみんな驚いてんのよ。あ、義経くんが映ってるよ、ほら。きゃーっなんか芸能人みたい。手なんか振っちゃってるー」
「落ち着いて、星奈。まあ、遭難者だったのあなたたち?え?遭難した人に該当者がいない?どういうことかしら?」
冬香は義経たちをじっと見た。悪い人間ではなさそうだが、ときおり殺気のようなものが出るものがいる。
「あなたたちは本当はなんなの?密航者?それともどこかの国のスパイ?」
義経はじっと考え込んでいた。真実を話してもわかってはくれないだろう。自分たちでさえ信じられないからだ。だが、この親子に接し、温かいものを食べさせてくれた恩に、嘘や偽りで報いることなどできるわけがなかった。源義経という男は純粋過ぎた。。
「お話しします。でも恐らく信じてもらえないと思います。ですが、正直にお話ししないと、お二人に申し訳ないと思います。まず、これを見てください」
義経は上着とシャツを脱いだ。
「きゃあ」
「星奈、静かに」
「だって、母さん」
星奈が真っ赤になった。青年の裸の上半身だ。ところどころに傷がある。刀傷らしい。
「他のみんなも」
義経が言うと、静という少女以外、上半身をさらした。全員にいくつもの傷がある。そのうちの大男はもの凄い傷跡がびっしりとあった。どうすればこんなことになるのか?いくさ、とか、戦乱とか義経は口にしていた。これは本当に戦場から来たひとたちなのか?
「ぼくの名は源義経。こっちは家来たちです。蝦夷地から大陸に逃げるとき、船が嵐にあって、気がついたらこの国にやってきちゃったんです。この国は何という名なのですか?鎌倉幕府は、兄の頼朝は知っていますか?」
「とりあえず、みんな服を着てちょうだい」
冬香が静かに言った。
「ここは日本という国です。いまは令和元年。先年、天皇陛下が交代になりました」
「天皇って、ここは」
「そうです。あなたの国です。だけど、時代が違います。あなたのいたのは鎌倉時代と呼ばれた時代。いまからざっと830年前です」
「830年前?そんなに経ってるんだ」
義経が顔を伏せた。本当に困惑している。他のみんなも落ち込んでいる。本当にその時代からタイムスリップしてきたなら、もう絶望しかないだろう。
「母さん」
「なに星奈?」
「このひと、いま源義経って言った」
「そうね」
「話が本当なら、ちょ、マジで?」
「そういうことになるわね」
「じゃ、このでっかい人は?」
「武蔵坊弁慶じゃ」
「佐藤継信だ」
「知らない」
「あ、そう」
「じゃあ、こっちの女の子は?」
「静と申します」
「し、静御前ー?」
「母さん、大変よっ」
「そうね」
「なに冷静になってんのよっ、えらいのが来ちゃったんじゃない」
「落ち着いて。母さん、もう少しで意識がなくなりそうだ、か、ら」
「きゃーっ、母さん、しっかりっ」
「にぎやかな親子だな」
「あんたたちのせいでしょ」
「まあ、それはそうと、表がだいぶ騒がしくなっているのだが、心当たりはあるか?」
「え、なに?どういうこと」
窓を見るとパトカーが何台も停まっている。警察車両か、灰色の大きい車も見える。ヘリまで飛んでいる?なにがあった、うち。
「ちょっと、警官隊に囲まれてんですけど?」
「おお、検非違使か」
「のんきなこと言ってないでよ。どうすんのよ。あんたたちでしょ。何したのよ」
「なんもしてません」
「嘘。じゃなんでこんなになってんのよ」
「さあ、だからさっぱり」
「金ね、それどこからかかっぱらってきたんでしょ」
「そりゃ、まあ」
「どこからよ」
「そりゃ、藤原氏の蔵とか」
「何それ盗んだんじゃない」
「いや、なんというか、借りたというか」
「ほかには?」
「え?」
「ほかに余罪は?」
「余罪って、まあ」
「なによ」
「藤原氏があんまり自慢するもんだから」
「だから?」
「中尊寺の金色堂の金箔をみんな剥がして」
「ぎゃーーーーーっ、それやばいんじゃないのっ?」
「まあな。あんなに怒るとは思わなかった」
「母さん、こいつらヤバいって」
冬香は静御前の腕の中にいた。失神していた。
「だれかたーすーけーてー」
そのとき星奈のスマホが鳴った。
おそるおそるみると知らない番号だ。とりあえずでると、あの嫌な声がした。
「こんばんは、星奈君。あ、おどろかないで。番号は君のクラスメートを脅して聞いたから。君たちはとんでもない人たちをかくまっているそうじゃないか」
「あんた高堂ね。これあんたの仕業?」
「いや、テレビで見ておどろいたよ。きっと外国の密入国者かスパイなんだろ。警察に通報させてもらったよ。市民の義務としてね」
「こんな余計なことして、ただで済むと思ってんの?」
「おやおや、ただで済まないのは君たちなんじゃないかな?密入国者をかばうなんて。これじゃ弓道界も破門だよね、きっと」
「まちなさいよ。関係ないでしょ、それは」
「弓道連盟会長の孫として、言明してやるよ。もう君たちは、終わりだ。ふふははは」
星奈はスマホを床に叩きつけた。義経がそれを拾うと、不思議そうにいじくりまわした。
「とりあえず、話してくる」
「話すって、誰と?」
「決まってるでしょ、そとの警官とよ」
「まあ、それもいいけど、きっとらちがあかないよ」
「やらないでこのままでいいわけ?」
「いや、ぼくが出て行く。世話になったね、星奈さん」
「え?」
思わぬ言葉だった。ずっとドタバタし続けると思っていた。あっさり出て行ってしまうのか。こんなに騒がせて。静かなあたしたち親子の生活をかき乱しておいて。ハンバーグだっておごったじゃない。コーヒーだって何杯もおかわりさせてあげたじゃない。それなのにお礼ひとつで出て行ってしまうなんて。
「卑怯ね」
「なんだと」
「卑怯者ね、源義経」
「どういうこと?」
「あんたこのまま出て行くつもりでしょうけど、あたしたちはどうすんの?」
「だからぼくらとは関係ないと、あちらさんに」
「そうじゃないわよ。あたしたちの気持ちは、どうすんのって言ってんのよ」
「どうするって、ごめん。謝るしかないんだ。ほんと、ごめん」
「ちがうわよっ、謝ってなんてほしくない。どうして一緒に戦うっていってくれないのよ」
「え?」
星奈がいきなり店の奥のガラスケースを叩き割った。なかから大弓と矢を取り出して店の入り口で構え始めた。
「ちょっと、何すんの?」
「見ての通りよ。あんたたちは誰一人渡さない。あたしが守る」
「バカなこと言わないの。女の子が」
「そっちの静さんだって女の子でしょ。なんであたしじゃダメなの」
「そんなとこで張り合わなくてもいいような気がするんだけど」
「いいから黙って、裏口からでも逃げてよ」
母親が気がついて来た。娘を止めてくれ、そう義経は思った。
「星奈、構えが悪い。腕が下がっている」
見ると冬香も弓を抱えている。やる気だ、この親子。
「弁慶、義盛、たのむ」
「は」
すっと二人が親子に近づくと、すうっと弓を取り上げた。鎌倉武士に、素人が勝てるわけがない。
「あ」「え?」
二人がへなへなと床にしゃがみ込む。義経が親子に向き合うと、深々とお辞儀をし、言った。
「これまでの御恩、そして今のお気持ち、この義経、ありがたく思います。しかしわたしも武人の端くれ、潔くこの場を去りたいと思います。大変ご迷惑をおかけしましたが、どうぞお二人は、末永く、お幸せにお暮しください」
きちんとした、そして最後のあいさつのようだった。まるで死地に向かうような。
「お母さん、何とか言って」
星奈と冬香は泣きだした。みなも泣いているようだ。
鼻をすすりながらサナンが何か言った。そういえばいたんだ。影が薄かったな。
「誰か来ます」
紺の服を着た数人の男たちと、鼠色の服の初老の男が店に入ってきた。
「こんばんは。にぎやかですな」
「あれ?あんたは」
継信が驚いたように初老の男に言った。
「久しぶりだな、継信」
「頼重?堀頼重どのか」
「いかにも、頼重でござる」
「ふけたな」
「ほっとけ」
「どうしてここに?なぜそのような」
「これはお久しゅうございます、義経さま。話せば長きこと。しかしここは急場ゆえ、お話はあとで」
「うん、それでどうする?」
「ここはおまかせを」
「うん、たのむ」
初老の男、頼重は紺の服を着た男たちと何事か話している。おそらくここの検非違使の長であろう。自分が行こうとしたが、任せると言った手前、それは止めた。だいいち、頼重は使える男だ。万が一もないだろう。
頼重が検非違使たちに深々とお辞儀をすると、みな帰っていく。そらに飛ぶ、変なものもいなくなった。
「ここではなんですから、ひとまずくつろげるところにご案内させてください」
「任せる」
「よかったら、そちらのお嬢さん方も、ぜひに」
「あの、あたしたちも、ですか」
「ご迷惑でなかったら。たぶんお話は聞いているでしょうし、半信半疑なのもわかります。ですからなおのこと、お話を聞いていただきたい。今後のこともあるので」
「わかりました。ご一緒します」
「では、お車を用意させておりますので」
でかいワゴンタイプの車が3台、店の前に停まった。それぞれに分乗する。
「あ、お店のカギはしなくていいです。これから社の者がお店を修理しますから。終わりましたら施錠しておきます」
「はあ。あの社の者って?」
「はは、これですよ」
頼重と呼ばれる初老の男が車の車体を指さす。
『鎌倉産業コーポレーデット』
札幌を中心に世界的に躍進している企業。北海道という地理的に中央から離れたところで、これほど巨大な企業が生まれたのは奇跡とまで言われた、宇宙、化学、金属、重工業、流通、総合商社、金融、福祉などあらゆる産業の中心になる巨大コンツェルン。
「わたくしはそこでCEOをしています、堀頼重と申します」
「はあ」
鈴木親子はもう、なにがなんだかわからなくなった。
「頼重、これ、壊れちゃったみたいなんだけど、直せる?」
「あ、あたしのスマホ?」
星奈が腹立ちまぎれに床に叩きつけたんだった。あいつ、拾っておいてくれたんだ。なぜだか星奈はじーんときてしまった。あいつにかかわるもの全てが今の星奈の心を動かしてしまう。星奈はまだそれに気がついていない。気がついているのは母の冬香と静だけだ。
「ふふーん、仲良くしましょうね」
「なに?母さん、静さん」
「抜け駆けは、なしよ」
「何言ってんの、ふたりとも」
車は札幌に向かう。
【 札幌ヒューグランドホテル 】
札幌ヒューグランドホテル。札幌市内の一等地に最近で来た超高級ホテルだ。最上階のVIPルームに通された。従業員総出のお出迎えだ。
「あの、これは」
とまどう鈴木親子に頼重が優しく言った。
「お話がすんだら、軽いお食事をして、お休みください。お部屋はいくつもありますから、どうぞご自由にお使いください。あと、お店の修理も終わりましたので、これをお返しします」
店のカギと、スマホだ。もうなおったんだ。ためしに電源を入れてみると、元通りちゃんとなっている。元通りじゃない?なにかのアプリがインストールされている。
「あの、これは?」
「ああ、わが社へのアクセスアプリです。それを起動させ、暗証番号を入れると、わが社のほとんどのサービスが使えます。もちろん、タダで」
「え?」
「そうです。車が欲しければ、近くのディーラーに行けばすぐに手に入ります。ハンバーガーを食べたければ、店頭にこれを見せるだけでいくらでも。ヘリやジェットがひつようなら空港へ。これは用意にちょっと時間がかかります」
「そんなにお金ないわよ」
「だから、タダですと」
「え?」
「あなたたちは御曹司にとてもよくしてくれた。その恩返しです」
「受け取れません、こんなもの」
「いいじゃん、もらっちゃいなよ」
振り向くと、きちんと着替えた義経が立っていた。ちょっとラフな、そしてスマートな。かっこいい。どうみたってかっこいい。髪をすこし切ったようで、ながかった髪はいま肩までしかない。よく見ないと女の子に間違える。母がうっとりとした目で見ている。なんだかイラっとした。
みんなが集まってきた。みな着替えたようだ。スーツを着ている。にあっている人もいれば、そうでない人もいる。サナンと呼ばれる人が一番似合っていた。手足が長いのだ。静さんは白のスカートと紺のブレザーを着ている。めちゃめちゃ奇麗じゃないですか。どっかのモデルか芸能人みたいだ。義経と静さんがならぶと、もうあたりの空気が変わるんですけど。みんなもそれに気づいているようで、佐藤兄弟は平伏しようとして弁慶さんに止められている。
大きなテーブルセットのソファーに皆が座った。
堀頼重がいきさつを話し始めた。
あの日、3艘の船のうち2艘が沈没した。頼重は沈没した方に乗っていたそうだ。20名ほどがなんとか助かって、陸にたどり着いた。小さなしまっだった。人が100人ほど住んでいたが、みな親切にしてくれた。そこでしばらく暮らし、いよいよ都会に出ることにした。バラバラになった仲間がまだいるかもしれないからだ。とくに義経が心配だった。生きていればかならずこちらの世界に来る。そうみんなは信じた。この世界でなんとか自分たちのことを知らせたい。その思いで一杯だった。20人はこの時代に飛び込んだ。
それからは苦難の連続だった。だがみんなで協力して幾度かの危機を乗り越えた。何人かの仲間がこちらの時代に来た。ずいぶん遅れてくるのだ。もしかしたら義経たちも遅れても来る、そう考えると、さらに力が湧いた。何年かごとに少しずつ元の仲間がこっちに来る。もうすでに50人ほどが集まっていた。昭和、平成を超え、ついに仲間たちは大きな企業として成功し、発展した。現在も発展を続けているのだ。
そうして、今日、テレビに義経らしき人が映っていたのだ。ついにこの時がやってきたのだ。今までの苦労が報われる時がやってきた。もう4人ほどは亡くなったが、彼らも喜んでいるに違いない、と。
「こうしてここに義経さまが御光臨なされ、臣下の者一同代表してお祝い申しつかまつります」
頼重が分厚い絨毯に平伏した。みなが一斉に立ち上がり、同じく平伏した。静さんまで。異様な光景だった。これが武家の社会、そしてしきたりなんだ。鈴木親子は戸惑ってしまった。同じように平伏しないと失礼になるのじゃないか?
二人が立ち上がるのを、義経は笑って止めた。
「やめてよ冬香さん、星奈さん。ふたりとも家来じゃないんだから」
「だって、このヒトばっかりじゃなく、従業員の人たちも、ホラ」
後ろで30人ばかりが平伏している。超きもい。まるで時代劇だ。
「その人たちは仲間と、そのゆかりの人たちだ。嵐で生き残った人たちがずっとわれわれを待ち続けてくれてたんだって。その人たちの子孫てわけさ」
「壮大な話ね」
「鎌倉武士の意地でござる」
佐藤忠信が言った。泣いていた。
「ところでサナンはどうする?金国は無くなっちゃったから」
「なんでも中国という国になったそうですね。この国とはずいぶん違うそうで」
「まあ、この国とは体制も違うからな」
頼重が心配そうにしている。
「できればみなさんとご一緒したいと思いますが。これでも武人とは言え商人の真似事もしておりましたから、なにかお役に立てればと」
「じつはこんど中国と大きな取引があって」
「なるほど、それは漢民族?それとも女真?」
「いやたのもしい」
「なんかうまくいきそうだな」
「あんたはどうすんのさ」
「え?」
星奈に言われるまで考えてなかった。そうだ、ぼくはどうしたらいいんだ?どこか戦争している国でも行って一旗揚げるか?
「つねちゃん、また変なこと考えてるでしょ」
静が言ってきた。お見通しらしい。
「なに?変なことって」
「こいつ、またいくさに行くつもりよ。この国がダメならいくさやってる国に行こうとしてるのよ」
「ばかじゃないの?死にたいの?せっかく助かったのに?ばかなの?」
「そうバカと?マークはやめて」
「ほほほ、御曹司。それはおやめください。われら何のためにここまで来たか。それをお忘れになっては困ります。なによりもう、頼朝さまはいないのですから」
頼重が、おそらく決定的なことを言ったに違いない。義経は大きなソファーに座り込むと、すすり泣いた。あー抱きしめてあげたいっ、と星奈はマジで思っていた。他の女たち、母に静、いやこの場にいる女たち、いや男どももそんな目をしている。だからけん制しあって動けないでいるのだ。
「兄は、いないの、だな」
かーーーっ、その悲壮感溢れるセリフ、たまりません。女子の従業員のなかで気絶するもの続出。母は失神寸前だわ。静御前は今にも飛びつこうとしている。
「めそめそするなっ、しゃんとしろ、義経っ」
だれ?こんないいシーンをぶち壊すバカヤローは?弁慶、あんたなの?静も殺気をみなぎらせている。
「ごめん、弁慶。そうだな。ぼくがめそめそしてちゃいけないんだったな」
いいんですよ、もう好きになさって。もう膝枕して一晩中めそめそしてたらいいんですよ。
「星奈、よだれ」
「はっ?」
いかんいかん、義経に変な顔見られた。静が笑ってやがる。ちくしょー、油断した。
「とりあえず、義経さまがいついらしてもいいように、われらいくつもプランを用意しておりました」
「へーすごいな」
「この場合、義経さまの容貌から、ここは高校生として生活し、ゆくゆくはこの鎌倉産業のトップになる、そういうシナリオでございます」
「めんどくさそうだね」
「万事実力社会の鎌倉と違って、ここは教育機関を通過しないとおおきな機構には認められないので」
「つまり高校何とかになれと」
「そうです。そこは大学と続いているので、金さえ積めば比較的楽に到達できるでしょう。しかも義経さまの能力ですと、さらにそれ以上かと」
「ふーん、まあ、面白そうだな」
「では来週から。通う高校は釧路市にあります、釧路大学付属光沢学園の2年生に編入の手続きをいたします」
「なにからなにまで、ありがとう。頼重」
「何をおっしゃいます」
頼重は泣いていた。
「それって、あたしの行ってる高校じゃない?しかも同じ学年」
星奈はたまげた。
「そうか。じゃあよろしくな」
「ちなみに静御前さまも同じ高校へと」
「ふふふ、抜け駆けは許さないわよ」
「あたしも通うかな」
「あんたはだめでしょ」
冬香は娘に怒られていた。
みなは一様に、この世界になじむつもりだ。しかしあの義経が、おとなしくこの21世紀を過ごすとは絶対思えない。そう星奈は思った。少なくても、あいつが入学して来たら、学園内は戦争になる。絶対間違いない。どうする、星奈?あいつをまもるのか?冗談じゃない。あんなトラブルメーカー。こっちがお断りよ。
「星奈」
「は、はい?」
「勉強とやら、色々教えてくれよ」
星奈は真っ赤になって、いま考えていたことをすべてクリアにした。
「お、おう」
「住まいの方ですが、高校の側にマンションを」
「あたしのうちに。店の上が開いています。いっぱい開いてます」
冬香が手をあげていた。もの凄く必死だ。
「ほごほご保護者とか必要でしょ。それにご飯だって」
「しかしご迷惑では」
「いえいえいいんです。ぜんぜん。なんなら家賃取ります。食事付きで月千円で」
「笑えるくらい格安ですが、そうおっしゃるならお言葉に甘えましょう。まあ、家賃は相場で。義経さまもこっちに来たばかり。心強かろうと」
「じゃ、あたしもお願いするわ。庶民の暮らしって、興味あるわ」
「なにその言い方。なんかキャラ変わってない?」
静御前も一緒に住むと言い出した。星奈が思わず突っ込んだようだ。
「まあ、部屋数が」
「大丈夫です。突貫工事で増築すればいいんですから。ついでにお店ももう少し広げましょう。売り場面積を充実させて収益をアップさせますよ」
冬香がさらにオロオロした。
「さあ、楽しくなってきた。そういえば、弁慶はどうするの?」
「お前の高校の体育教師だそうだ」
似合いすぎている。
あーもー、世界征服と完全に逆方向に行ってます。単なる学園物になりそうです。だれか止めてー。