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時空を超えたぼくたちは、未来に来ています

新登場人物


鈴木冬香・・・・カフェ ボウのオーナー。星奈の母。弓道家。

鈴木星奈・・・・冬香の娘。高校2年生。弓道部。全国1位。

高堂明彦・・・・全道弓道連盟会長の孫。高校2年。



   

     【 北海道 釧路港 海上保安庁釧路庁舎 】



「だからさっきから言ってることがさっぱりわからないんだよ」


変な服を着た男がさっきからわめいていた。救助したひとりひとりに色々聞いているが、要領を得ないらしい。そりゃそうだ。まったくわけもわからない国へ飛ばされたのだ。それにしても言葉は通じるみたいだ。朝鮮や大陸のどこかと思ったが、どうやら違うらしい。義経がニヤニヤ笑いながらなにか言っている。屁理屈であいつに敵うやつはいない。弁慶はほくそ笑んでいた。


「えと、まずぼくらの立場を明らかにしたいんだけど」

「え?」

「ぼくらは捕まったわけ?」


男は面喰ったみたいだ。


「それとも助けられたの?どっち?」

「もちろん救助されたんですよ」

「なんか咎人(とがにん)みたいな扱いだよね」

「咎人?」

「あー、わかんないかな、つまり罪人?」

「そ、そんなことはありません」

「じゃあさ、もっと言い方ってもんがあるでしょ?あ、この黒い飲み物、おかわりいいですかー」

「おい君、おかわりを持ってきて差し上げて」


「わかればいいんだ。きみの上にも、ほら、いろいろあるだろ」

「はあ、もう、それはなんとも」


義経は朝廷を手玉に取ってきた。ある意味朝廷の人気者だ。だが、それが災いしたのだ。義経にとって家族が第一だ。若くして父親を失ってから母と生々流転の日々。腹違いの兄や弟を大事に考えたのも無理はない。名前だけで武勲も実力もない兄頼朝。女のような性格で疑心暗鬼と嫉妬の塊。いくさはみな弟たちに任せて、自分は安全なところで籠っているだけ。そんな兄を慕い尽くしてきた。不憫すぎる。痛々しくて見ていられない。


義経は純粋すぎたのだ。


義経は皆に好かれ、愛された。しかしたったひとりに義経は愛されることを望み、しかしついに愛されなかった。それでも兄を信じている。けなげすぎて、弁慶はいつも胸が張り裂けそうになった。この美しい男が、あの醜い小男を、どこまでも愛し続けている。嫉妬。弁慶の狂気の奥底にあるものは、弁慶自身が感じていた。


「だからさ、もう帰ってもいいかな」

「だから住所とかが確認できませんって、なんども言ってるじゃないですか」


役人らしい。そういう粘っこさは役人の物だろう。だが京の役人を束ねていた義経には大した問題じゃない。


「住所って、ほら、ぼく父とここで暮らしていたから。最近まで」


義経が壁に貼ってあった地図のようなものを指さした。


「ちいさいころからずっとここにいたから、よくわかんないんだ」

「う、ウズベキスタン、ですか」

「そう、父がね」

「外交官か何かで?」

「官?そうだよきみ、それだよ」

「じ、じゃあ、お父様は外交官ですか。さいきん本国に帰ってこられたのですね」

「いやー、なかなか大変だったよ」

「そ、そうですよね。ご苦労様です。じゃあ、お住まいは」

「うーん、だれか迎えに来てると思うんだけどー」

「お問合せしましょうか?」

「いいよ。探すから。そこまで迷惑かけられないよ。同じ官、だし」


官、という言葉を巧妙に使った。上、同じ、迷惑。これで役人は落とせる。弁慶は義経の役人たらしを今更ながら感心してしまう。


おかわりの飲み物、あとでコーヒーという名だとわかった、をゆっくり飲み干すと、すうっと立ち上がりみんなに声をかけた。


「ということで、みんな、帰ろう」

「はい」


あっけにとられる役人を後にして、建物からみんなが出る。出ると小走りに、ついで全速力で走り出していた。


「ウフフ」

「あはは」

「うはははは」

「あっはははははは」


全員が可笑しかった。笑いながら走ったことなどなかった。これはけっこう苦しい。苦しいのが可笑しいのだ。静は涙を流しながら笑って走っている。キチガイのようだ。


市街を走り抜けた。驚くものばかりだった。驚いたのは馬も牛も引いていない車だ。ひとが乗っていた。たくさん走っていた。信じられない速さ、でだ。建物があった。信じられない高さだ。人が歩いていた。どれも不思議な格好をしていた。やはりとんでもない世界に漂着したんだ。とりあえず持ち物は確保してきた。短刀も少しばかりの金子もあった。だがこの世界で通用するとは思えなかった。


「みんな、ここに入ろう」


義経がニヤリと笑って言う。こういうとき、何か魂胆があるのだ。


「カフェ、ボウ?」


「意味がわからん」


みなカタカナが読める。しかし英語はわからない。


「まあいい。とにかく入ろう。御大将が言うのだ」


弁慶を先頭にぞろぞろとみなが入って行った。さっきのコーヒーとやらの匂いがした。




    【 出会い 】



「いらっしゃいませー」


星奈は慌てた。この時間は誰も来ないはずなのだ。うつらうつらしていたので、ハッキリ覚醒したら寒気がした。


「ご注文は何になさいますか?」


みればみなおそろいの作業服っぽいのを着ている。ひときわ目を引くのが星奈と同じ年頃の女の子が二人。やけにきれいだ。いや、それを通り越して美しい。なにも着飾ってないから素の美しさがより際立っているのだ。


「えーと、コーヒー、と言いたいんだけど、ぼくたちはおかねというの、持ってないんだ」


星奈は二重に混乱した。お金がないなら無銭飲食だが、堂々とそういうのは宣言されるのか。もう一つはこの女の子がぼくは、と言ったことだ。


星奈はこの店のアルバイトだ。店のオーナーは星奈の母。母と二人暮らし。市内の高校に通っている。日曜の午前中は母は買い物。星奈が店番と、中学からずっとやってきた。だからこんな客は初めてだ。どうしていいかわからない。とりあえず警察、と思ったが、その女の子があまりにも美しかったので躊躇してしまった。


「こ、困ります。無銭飲食だなんて」

「やだなあ、なにもタダで、とは言ってないよ」

「じゃあ、お金払ってくれるんですか?」


若い子は言い方が生だ。それでも義経は海千山千の人たらし。


「もちろんぼくの言うことを聞いてくれたらね」

「意味わかんないです。言うこと聞けって」

「そうじゃないよ。きみがぼくのいうことを少しでもわかってくれたなら、さ。けっして無理強いはしてないよ」

「えー、えー、なんですか?なにいってるんですか?」


混乱したらもう負けだ。弁慶はこの若い娘に同情した。


「そこに弓があるね」

「ええ。母とあたしのです」

「きみは弓をやるの?」

「弓道ですか?まあ、一応。これでも全国大会では優勝したこともあります」

「へー、そいつはすごいな。なんだかわかんないけど。ねえ、その弓道とやらでぼくと勝負しない?」

「はーあ?何言ってんですか、いきなり。だいち誰なんですか。勝負って、なんなんですか」

「だからさ、コーヒーを賭けて、さ」

「呆れた。無銭飲食だけならまだしも、弓道をダシに使うなんて。信じられない」

「ぼくらも選択肢がなくてね」


「ただいまー、あら?お客さん?」


中年の女性が入ってきた。小柄だが、凛とした姿勢で、ただ者ではないことをうかがわせる。


「かあさん、ちょっと」


母親のようだ。娘が事情を説明している。


「お話は娘から聞きました。弓の試合をご希望とか。御経験はございますの?」


「まあ、実戦でよく」

「実戦?」


母親は怪訝そうな顔をした。


「いえ、無理ならいいんです。そこに素晴らしい弓があったもので。おそらく平安の弓削の物のつくりだと。つい見とれて。すいませんでした」


義経はこれ見よがしに出ようと席を立った。


「お待ちください。これがお判りに?」

「まあ、見慣れてますから」

「は?今ここにあるだけです。あるとすればもう一振り」

「正倉院にでも持ち込まれましたかな」

「あなたは一体?女の子?」

「そっちかい」


「ぼくは義経。ヨッシーと呼んでください。ちゃんとした男ですよ」

「義経って、ずいぶん古風な名前ですが」

「まあ、自分でつけちゃったんで」

「はあ?」

「で、あなたは?」

「え?」

「あなたの名前ですよ。あまりにも美しいのでうっかり聞くのを忘れてしまった」


「え?え?冬香です。ふゆのかおり、と書きます鈴木冬香」

「冬香、さんか。美しい。想像通りの名前だ」

「いえ、え、そう?」


「母さん、だまされないで」

「いや、星奈。この方はこの弓をわかってくれた。おそらく弓の実力もある方だとお見受けします。これは試合を受けねばなりません」

「母さん、正気?」

「お前は忘れたの?父さんとの約束。本当の、武道としての弓道の普及に、どれだけ父さんが」

「わかってるけど、仕方がないじゃない。しょうがないんだ」


なんか複雑な事情があるみたいだ。弁慶一同は考えていた。ああ、この義経なら、そういう揉め事は勝手にやって来てしまうんだった。いまさらながら気がつく。


「星奈さんていうんだ。とても素敵な名だ。君も弓がうまそうだね。どう?ぼくと試合してみない?」

「それでは母と子と、お受けいたしましょう」

「かあさん、何言ってんのっ?」

「試合は?」

「その先の公園の中に武道場があるでしょ?あなた知っているわよね」

「まあ、ね」

「その小憎らしい鼻っ柱も、折って差し上げるわ」

「いかにものセリフですね」


「母さんは弓道界では静御前と言われているのよ。あんたに勝ち目はないわ」


娘の星奈が言った言葉に、本当の静御前が反応した。


「フフ。そうねとても強そう。本物と、どちらが強いかしら」


「さて、今夜の飯にありつくぞーっ」


義経が走り出していた。今夜の飯って?



武道館には妙な緊張が走っていた。

白い装束の一団が、弓道場を文字通り占拠していた。


「クソうせろ、へたくそども。ろくに弓構えもできない連中が」

「しょうがありませんよ。ここいらのレベルはこんなもんですから」


「だからいま使用中だと、わっ」

「なんだ?」

「勝手に入ってくるやつらが」

「なに?」


「ごめんね、高堂くん。今日はちょっと訳ありでね。弓道場、使わせてもらうわよ」


星奈の母親、冬香が言った。


高堂明彦。全北海道弓道連盟会長の孫。全国レベル2位。もちろん星奈に負けているからだ。


星奈はうんざりした表情で高堂に対峙する。


「いい加減、あんたよしなよ。弓道場、あんたたちのものじゃないんだから。他の人たちが練習できないでしょう」


「きさまら、親子そろって馬鹿にしくさりやがって」


「なんか面倒ごと?」


義経が着替えてきた。ボロだが着物だ。作法には充分だろう。


「何だこの女は?わけわからんカッコしやがって」


「そうだ、キミも試合うかね?」

「試合?」

「勝てば思いのままさ」

「いいだろう、クソボケども。格の違いが見たいんだな。負けたらさっさと出て行けよ」

「そう来なくっちゃ」


かくして弓道の試合が始まる。


「鎌倉武士に弓の試合だと?おまえ、これが正当な試合だというのか」

「まあそういうな、弁慶。あの親子も訳ありなんだろう。ここはちょっと関わってもおもしろいかなーと」

「まったくもう、お前と来たら。いいか、われわれはここでどうすることも出来ないのだ。帰るのも行くのも、だ。おまえがここで遊んでるのはいいが、早急に決めねばならん」

「なにを?」

「行先だ」

「決めたら行けるのか?」

「そ、それは」

「じゃあ、ぶっ飛ばすしかあるまい」


「義経くん、試合形式は?」

「お任せします。うんと、難しいので」

「好きよ、そういう態度」

「お母さんも」

「冬香って呼んで」

「では、冬香。容赦しませんよ」

「・・・」


母さんは、一発であの女男にメロメロになったけど、あたしは許さない。めったメタにしてやる。


そう言う星奈が相手する者は、日々、いくさのなかで剣や弓を振るい、命のやり取りをしている鎌倉武士だとは知るはずもない。


「いい気になるなよ。お前らなんか俺の足元にも及ばないことを、今教えてやるからな」


高堂明彦が吠えている。


「いい面構えだ。合戦なら結構使えるかな」


弁慶がニヤニヤ笑いながら言った。


「弁慶、値踏みはやめとけ。しょせん子供だ」

「なあ、義経」

「あん?」

「急に頼もしくなったのはどうしてだ?」

「ふ、べつにいつものままさ。ただ」

「ただ?」

「楽しくなっただけよ」

「そうか」

「違うか、弁慶?」

「まっこと。そうでありますな、義経さま」


弁慶は深々とお辞儀をした。これが本来の義経なのだ。深淵にして豪邁闊達(ごうまいかったつ)、全てを飲み込む度量と細心の知恵。しかし対する為政者にとってこれほど恐れる相手はおるまい。弁慶は心を熱くしながら思った。これだけの人が上に立てば、どれだけの人が安んじられるだろうか。


「試合は遠的90メートルで。まとは50センチ、的中制。射詰(いずめ)で行う」


かなりの遠距離を撃つ。的は小さく、当たりはずれを競う。外れたらもちろんそこで失格だ。


「一射ずつ、はじめ」


太鼓が鳴らされる。4人はそれぞれ作法通り進み構える。


義経の作法を見て冬香はあれっと思った。古式流に近いが、それよりもなにかみやびやかだ。高堂明彦は射礼系の小笠原流一点張り、わたしたち親子は武射系である日置流である。同じ武射系のようだがずいぶん違う。われわれは射法八節という基本がある。それを型ではなく、自然に、流れるようにして矢を射る離れ、という動作までもっていく。そして残心(矢を放った後)こそ、その人の姿勢。乱れぬ心がそれを律するのだ。義経はそこで清々しく微笑む。


いままでこんな射手がいただろうか?崇高にして、静寂、そして得体の知れない気。殺気と狂気と悲しみをないまぜにしたような強い闘気。どんな修練をしたら、いいや、どんな人生を歩んだら、こんな風になるのだろう。冬香は娘と変わらない年頃のこの青年を、強く抱きしめてやりたくなった。


20射目で高堂明彦が外した。


「どうした?高堂。今のは無しでも構わんぞ」


義経が言うと、高堂は真っ赤な顔をして礼をし、出て行った。


「愛想のないヤツだな」


義経が呆れる仕草をするのを冬香はうっとりした目で見ている。娘の方はなにか微妙な視線だ。


「次、行こう」


はっとする鈴木親子。すぐに義経の一射だ。的に真ん中に当たる。さっきまですべて真ん中に当たっているのだ。ばらつきはない。もうすでに勝敗は決しているようなものである。しかし親子はやめなかった。意地があるのであろう。義経は辛抱強く相手をしたといえよう。


何十射目だろう。手がしびれる。指が動かない腕も上がらない。


ついに星奈が外した。もう限界だった。母さんは?みるとかなり苦しそうだ。だが、笑ってる。楽しそうに笑っている。こんな母は見たことがない。優しくて強くて。笑う母はいつも見た。でもこんなんじゃない。真剣に笑ってるのだ。相手はあの、女のような男。あたしと同い年ぐらいなのに、全てを知っているような言い方、態度。何なの?嫉妬。そんな言葉が浮かんだ。


カチン。矢が外れた音だ。母が肩を落としている。負けた。父が大切に培ってきた日置流が負けたのだ。


あいつは?


ニコニコと笑ってまだ矢を放っている。なんなんだ、あいつは?的が尋常じゃなくなっている。


ゴトっと、的が墜ちた。刺さった矢の重さに耐えられなくなったのだ。ありえない。


「ふう。久々だったな。しかし動かん的を射るのはいささか飽きるな」

「義経さま、だいぶお外しに」

「ふふ。ちょっとあの親子に見とれてね」

「静さまには内緒に」

「頼む」


意味がわからない。外した?どこを?


「ちょっと、どこを外したっていうのよ」


星奈が食って掛かった。


「三本、黒枠から少しはみ出た。他の矢に邪魔されたのだが、言い訳にはならない。いくさ場では即、死を意味するからな」


「いくさ場って、あんたはどこで生きてんのよ」

「むろん、戦乱のなかじゃ」

「はあ?どこの世界に戦乱があんのよ。イラクとかシリアにでも住んでんの?」

「いくさはないのか?」

「へ?」

「この国にはもう、いくさはないのか?」

「あるわけないでしょ」

「ないのか」


義経は悲しい顔をした。いくさこそ自己実現の場なのだ。この時代の武士はみなそうだ。いくさこそが人生なのだ。


「弁慶」

「は」

「われわれは、つまらぬ世界に来てしまったようだ」

「御意に」


弁慶は悲しみが、義経の悲しみがわかった。いくさは義経が、兄に認められる唯一の方法なのだ。いくさがなければ兄に認められない。それは強迫観念に近い。認められなければ、弟として、家族として認められないのだ。


「義経さま」


弁慶は何も言えなかった。純粋すぎる若者に、何が言えるのか。


「ちょっと、あんたたち。まあ、負けちゃったんだからしょうがないわ、うちに来なさい。ハンバーグ食べさせてあげる。うちの看板メニューよ」


星奈が元気に言った。もう立ち直ってるようだ。


すでに星が空に広がっていた。





いきなりの3話投稿です。展開はまだそんなに考えていません。できればもう少し、異世界をさ迷わせたいかと。

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