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ワールド・ジャーニー  作者: ノリと勢い
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十六話 其の十三

「色々と世話になったな」

 陽もまだ完全に登り切っていない朝方だ。気温も上がっていないために上着が無かれば少し肌寒く感じる位である。既にゼンはこの村を発つ気でいた。

「何もこんな朝早くに出なくとも。

 まだ村の人達も起きていませんよ」

「こっちの方が何かと都合がいい。

 誰かに見送られるのは慣れてないんでな」

「大勢の人にもですか?」

 ゼンの口角が僅かに上がる。

「そうだな。

 それじゃあ、リホノにもよろしく言っておいてくれ」

「わかりました。

 お嬢様には私からお伝えしておきます」

「頼む。

 さあ、行くか」

 ゼンはセロの顔を撫でてやる。セロの調子は良さそうだ。今にでも走り出しそうな程元気が有り余っている。

 ゼンは歩きだした。朝になってもエアは帰って来ていない。一体どこに行ったのか。流石にエアを残したままこの村を去る訳にもいかないため、適当な場所でエアがくるまで時間を潰す予定だ。

 村の中は誰一人として歩いていない。ゼンがそうなるように時間を選んだせいだが。この静寂さ孤独が、彼にとっては心地よく感じる。

 ゼンは誰にも捕まることなく、村の外にまで出ることができた。完全に村の姿が見えなくなったところで、腰を下ろしエアを待つことにする。

「ふー」

 天候は快晴だ。空には雲もあり、適度に風もある。外で過ごしていても丁度良い位の気温だ。手持無沙汰のためにゼンは、貰った保存食の一部を食べ始める。

「――来たか」

 ゼンの視界にエアが映った。まだ小さいが、あの姿は間違いない、エアである。

「ハァ……ハァ……」

 ゼンの元にまで辿り着いたエアは、大きく息を乱していた。全速力で飛んできたのか。

「それでどうするのか決めたのか」

「決まった。私はゼンと一緒に行く」

「行くぞ」

 ゼンは保存食を呑み込み、立ち上がった。エアを待つことなく、また歩き出した。

「ちょっと待ってよ~。

 私、結構疲れているんだけど」

「精々頑張るこった。

 ああ、それと。いいことを教えてやる。

 リホノが食料を腐るほどくれたから、しばらくは腹一杯食うことができるぞ」

「本当?」

「本当だ。

 美味い飯を食いたいなら、頑張って歩けよ。いや、お前の場合は飛ぶか」

「はーい」

 ゼンは歩き、エアは飛ぶ。

 しばらくしてからであった、ゼンが視線を感じ始めたのは。村を出た時は感じなかった視線を感じる。数は二、三だろう。敵意を感じるが、殺意は感じない。ただ彼のことを監視しているかのような視線だ。

「エア、頼みがある。

 大丈夫か?」

「うん。

 何?」

「後ろから視線を感じる。

 数は二、三程度だ。頼むぞ」

「じゃあ、ちゃちゃっと行ってくるね」

 ゼンは大きな木の下で足を止める。セロに掛けている水袋を取り、水分補給をする。後方の者たちから見ればただの休憩に見えるはずだ。

 だがゼンの本当の狙いは、エアを目立たせずに飛ばせることにあった。何もない場所でエアを飛び立たせては目立ってしまう。機の近くであれば木の葉がいい隠れ蓑になってくれる。

 既にエアは飛び立っている。このまま休憩も兼ねてエアが帰ってくるのを待つ。偵察だけならばそう時間を取ることもない。ただ気を休めることはない、その証拠にゼンの右手は常に腰に差している刀に触れていた。

「ゼン、いたよ。

 ゼンの言っていた通り、後ろの方に三人。距離はそんなに離れていない。この距離からでも目を凝らせば見える距離にいる。三人とも身軽な身なりをしているから撒くのは大変だよ」

 声は上の方から下へと。エアが木の葉に隠れながらゼンに情報を伝えているのだ。

「その三人の顔は見たことがあったか?」

 ゼンの顔に焦りが見える。喋る速度もいつもに比べ早い。暑くもないはずなのに額には汗が流れている。

「え?」

「その三人の顔に見覚えはあるか。あの時だ。リホノの村で賊が侵入してきた時に」

「あの時に……。顔までは覚えてないけど、雰囲気は似ている。と言っても、あの人たちはみんな同じような雰囲気だけども」

「嫌な予感がする。

 お前はここでじっとしていろ」

「ちょっと待」

 ゼンはエアの返事よりも先に動き出していた。相手に動いたと勘付かれないためにも、セロはその場に留まらせている。向こう側からすれば用を足しに行ったように見えるだろう。

 ゼンは全速力で来た道を戻る。あくまでも自分たちを追ってきている連中には気付かれぬ様に。

 いた、エアの言っていた通り三人だ。まだ距離はあるが、相手の姿はしっかりと確認できる。三人とも移動速度を重視してか、装備はほとんどないと言って等しい。見た所、武器も槍や鎚の様な大きなものは有していない。


「おい、あの野郎帰ってこないぞ」

「用は用でも、大きい方じゃねえのか」

「俺もついでに用を足してくるわ。

 もし、あいつに動きがあったら先に行っててくれ。後で追いつくからよ」

「覗くなよ」

「誰が覗くか。さっさと行ってこい」

 一人が立ち上がり、茂みのある方へと歩く。

「ったく、いつまでこんなことをしなくちゃならないんだ」

「仕方ねえだろ。あの人の言う事だぞ。もし逆らってみろ、この世とオサラバだぞ」

「そうれもそうだな。ただでさえあの一件以来、酷く気性が荒くなっているんだから。些細なことでも命取りになっちまう」

「むしろこの役が回って来て、俺は嬉しい位だね。むしろ、このままトンズラしちまうか?」

「ありだな。あんなチンケな村に固執しているようじゃ、この先も暗いしな」

 談笑する二人から離れて、一人は茂みの前に立っていた。

「あ~、漏れる漏れる」

 そんな男の後ろに、音もなくゼンは現れた。男は彼の存在に全く気付いていない。彼は既に愛用のナイフを右手に握っている。彼は左手で男の口を塞ぐと、胸にナイフを突き刺す。男は一瞬、暴れたがすぐに動かなくなった。

 ゼンは男の死体からナイフを引き抜くと、すぐさまその場から離れる。残るは二人だ。一人は情報を吐き出させるために生かしておく必要がある。

「にしても、遅いなアイツ」

「アイツってどっちのアイツだよ」

「用を足している方だよ」

「両方そうだろうが」

 ゼンは殊更低い声で後ろから声を掛ける。

「おい」

 二人が一斉に振り返る。二人の顔に驚きが走る。今まで監視対象だった男が、いつの間にか後ろを取っているのだ。驚かない方がおかしい。

「なっ、」

「テメェ」

 二人が戦闘態勢に入る前に、ゼンは駆け出した。彼から見て右手側の男に接近する。男の首にナイフを突き刺し、確実に息の根を止める。

 ゼンはナイフをそのままにし、残る一人に近づく。男が左手に持っている武器を弾き落とす。彼は脚に隠している投擲用のナイフを男の左太腿に付き刺す。

「あああぁぁぁぁ」

 男の悲鳴が響き渡る。助けに入る仲間はもういない。

「どうして俺の後を追ってきている?

 他の仲間はどうした」

 ゼンはもう一本ナイフを取り出し、首下に刃先を当てながら質問する。

「だ、誰が言うかよ。

 このクソッたれが」

 ゼンは男の首下に当てたナイフを、躊躇なく全力で左肩に深く突き刺す。

「ッッッッッ」

 男の顔に苦悶の表情が走った。先程の強情な姿勢は何処に行ったのか、もう彼の顔に投資は残っていない。

「もう一度聞くぞ。

 なぜ、俺を追跡している?

 他の仲間は!」

「言、言うっ。

 話すからもう許してくれ」

 ゼンは再度、投擲用のナイフを首下に突き付ける。

「さっさと話せ」

「全部、命令されていたんだ。

 お前の動向を調べろって」

「仲間は?」

「今頃、あの村を襲っている。

 これで全部話しっ」

 ゼンの右手は既に動いていた。ナイフは男の首に深く刺さっている。

 ゼンはすぐさま立ち上がると、愛用のナイフだけを引き抜く。そのまま来た道を全速力で戻っていった。今度は誰にも警戒される恐れはない。それよりも今、求めているのは速度だ。一秒でも早く、セロのいる場所に戻らなければならない。

「ゼン、遅いね~。私の話も聞かずに走り出しちゃうんだから。

 って、噂をすれば、来た来た……」

 エアが目にしたゼンは全速力でこちらに走ってきている。額からは汗が流れ、息も大きく乱している。

「ど、どうしたの?」

「いいから!行くぞ!」

 ゼンはエアをいつものポーチの中に放り込むと、セロに跨る。セロに合図を送り、走らせる。荷物がある分だけ速度は落ちているが、それでも人が走るよりかは遥かに速い。

 気づけば、天気も悪くなり始めている。太陽は雲に隠れ、その輝きを失った。いつ雨が降り始めてもおかしくない空模様である。

 当のゼン本人は、空の様子など眼中に入っていない。今、彼の頭の中にはあるのは、一秒でも村に戻る、それだけであった。


 セロをしばらく走らせた所で、ゼンは異変に気付いた。村の方から煙が立っている。日常生活で排出されるような量の煙ではない。大量の黒煙が目で確認できる。

 風に運ばれて異臭もする。焦げ臭い、異物を燃やした時に生じる匂いだ。この匂いは何度経験しても慣れる気配は一向にない。ゼンは更に早く、セロを走らせる。

「なんか変な、嫌な臭いがするよ。

 ねえ、これ大丈夫なの?」

 村に近づくにつれ、異臭は更に強くなってきた。人間の嗅覚ですらこれほど強く嗅ぎ取ることができるのだ、嗅覚の鋭いドラゴンであれば猶更だ。

「見えたっ」

 ようやく村の入り口が見えた。ゼンはセロから飛び降りると、村の中へ走る。目指す場所は、リホノの屋敷だ。

 道中、目にする家屋・建築物は大なり小なり、その原型を留めていなかった。中には燃やされ、既に黒炭になりかけている建物も目にした。

 被害に遭っているのは建物だけではない。人間もだ。至る所に死体が転がっている。悪臭は収まるどころか、より一層強くなってきた。

 見知った顔ばかりではないが、見覚えのある顔もある。思わず顔をそむけたくなる外傷の激しい死体が多いのが、惨状を物語っていた。

「――ハー、ハー」

 ゼンが養生していた屋敷は既に陽の手が回っていた。屋敷の一部は既に焼け落ち、骨組みが丸見えになっている。人一人の力ではどうやっても、この火を消すことはできない。

「リホノ!どこだっ!」

 ゼンは必死に叫ぶ、喉が枯れる程の大声で。リホノが生きていることに一縷の望みをかけて。

「……ゼン……?」

 僅かに声がした。ゼンは声のした方へ振り向く。リホノの姿が見えた。いた、まだ彼女は生きている。彼はすぐさま彼女の元へと駆け寄った。

「リホノ、良かった。生きている」

 彼女は火の回っていない物置にいた。壁に背を預け、地面に座っている。彼女の左腹には赤い染みができていた。彼女は傷口に手をあてているが、出血は収まる気配を見せない。

「まだ助かる。

 待っていろ、直ぐに手当てを」

 ゼンは腰のポーチに手を掛ける。

「優しいのね。

 でも、もういいわ。もう助からないことは、私が一番よく知っている」

 リホノの言った通りだ。ゼンは傷口を見た瞬時に判別できた。この傷の大きさは、助かる術がないことを。それでも彼女に、生きていて欲しかった。

「最後に貴方の顔が見れてよかった。

 心残りが無いと言ったら嘘になるけれども、最後の最後で愛しい人の顔を見れたのだから。

 ――ゼン、これを返すわ」

 彼女は最後の力を振り絞り、自身の首下から首飾りを取り出す。綺麗な翡翠色が彼女の血で赤に染まっている。

「ありがと」

 彼女の手から首飾りが落ちた。

「リホ……」


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