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ワールド・ジャーニー  作者: ノリと勢い
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十六話 其の十二

「よし、こんなもんか。

 にしても、こんなに沢山貰ってもよかったのか?毎日宴でも開かないと消費しきれんぞ」

 旅の物資の詰め込みも終わりを迎えている。当初は物々交換という話だったが、いつの間にか村からゼンに対しての譲渡という話になっていた。

 一方的な譲渡ではあまりにも悪いということで、ゼンから金品を差し出したが、この執事は一向に受け取る気配を見せない。

「せめてもの気持ちです。

 村を救ってくれた英雄ですからね、貴方は」

「よしてくれ。村を救うことになったのはただの成り行きだったんだ」

「例えなりゆきだったとしても、結果に違いはありません。あなたはこの村を救ってくれた恩人です。

 このまま、この村に積みついてくれても構わないのですよ」

 少しの沈黙が流れた。

「悪いが、そいつはできないな」

「どうあってもですか」

「どうあってもだ。

 血みどろの戦いにアイツを連れて行くことはできない。今更俺が平和な生活には戻ることも。

 死ぬまで何処かで刀を振るうだけだ」

 それ以上は、互いに何も言う事はなかった。既に荷積みは完了している。後は、明日が来るのを待つだけだ。ゼンの体も想定以上に回復している。リホノたちが気を使ってくれたお陰で、傷の治りも早かった。

 既に太陽は沈みかけている。気温も少しずつ下がり始めていた。荷積みの頃は外套を脱いでも暑いくらいだったのが、今では外套を着こんでちょうどいい位だ。

 ゼンは暇を持て余していた。いつもであれば、もうすぐに夕食の時間なのだが、今日に関しては支度が遅れている。そのことを、先ほど執事から耳にした。彼は何か手伝うと打診したのだが、やんわりと断られてしまった。

 支度の間は、屋敷の中にも入るなと言われてしまい、ただ外で時間を潰しかなくなってしまった。ただただ夕陽の差す中を立ち尽くしているだけでは、僅かの間も長時間のように感じてしまう。

 ゼンは村の中を散策することにした。立ったままで何をするでもなく時間を潰すよりかは、村の中を歩き回るが方がまだ有意義である。食前の良い運動にもなる。

 結局、この村にはそれなりの間を過ごしたが、こうやってじっくりと中を散策するのは初めてのことであった。村の中を見るのも新鮮味がある。既に賊がこの村に押し入ったことなど過去のことになっている。建物に損害は出たが、それも微々たるものだ。そして死者が出なかったのが、事件を過去のものにするのに拍車をかけていた。

 気づけばゼンは村の中を一望できる高台の場所へと辿り着いていた。まだ太陽は完全には沈んでおらず、夕陽が村を照らしている。ゼンの立っている場所は日光を遮る物がなかった。そのため太陽の方へ顔を向けると、まともに目も開けることができない。

 改めて村を俯瞰してみると、いい村だと感じる。自然は豊かで、水源も確保できている。難点と言えば、家畜がいないため、肉にありつけるのが少ないということだ。

「ゼーン」

 西日の差す方向から、リホノが手を振り走ってきた。ゼンは体を彼女の方に向ける。夕焼けの光が眩しく、彼は手で光を遮る。彼女の姿も見えなくなってしまった。

「ハーハー。

 ここにいたのね」

「居場所が無くて歩いていたら、ここにな」

 リホノは肩で息をしながら、ゼンの横に立つ。二人は並んで、村を見下ろしている形だ。

「私も、ここお気に入りの場所なの。

 ここは村の中を一望できる。まさか、あんな事態にも役立つとは思っていなかったけど」

「あの件は早く忘れろ。

 お前の人生とは無縁な出来事だ。目覚めの悪い夢でも見たと思うことだ」

「確かに、あの件は悪い夢だったと思いたいわね。けど、悪い夢ばかりじゃない。

 あなたがいてくれたからよ、ゼン。

 あなたが悪い夢から救いに来てくれた。まるで小さい頃に聞いたおとぎ話の様に」

「おとぎ話はおとぎ話だ。現実とは違う」

「そんなことよりも!

 夕食の準備ができたから呼びに来たのよ。早く帰らないと、せっかく作った料理が冷めちゃう」

「じゃあ、さっさと帰ることにするか」

「ゼンの好きな肉もちゃんと用意しているから。

 ほらっ、早く早く」

 リホノはゼンの手を引く。彼は手を引き離すこともなく、ただ彼女の後を歩いていく。

 リホノの屋敷に帰り、食卓に付く。リホノの言った通り、珍しく食卓には肉が並んでいた。それも、ゼンの分は他の二人に比べ量が明らかに多い。

「さあ、食べましょう」

「こんなに沢山の量を、大丈夫なのか?」

「保存用に蓄えておいた肉を使ったので大丈夫ですよ。それもそろそろ使わないと味が悪くなるので、むしろありがたい位です」

「それじゃあ、三人揃ったことで」

 リホノが手を叩き、二人の視線を自身に集める。

「いただきます」

 ゼンは静かに手を合わせる。残る二人も、その姿を見て同じように手を合わせる。

「いただきます」

 昨日までの重い食卓が嘘のような雰囲気だ。会話自体は多くない物の、誰も気まずさを感じない。今の状態が自然体であるかのように場に馴染んでいる。

 実の所、誰よりも食事を楽しんでいたのはゼンである。治療のためリホノの屋敷に滞在してから、肉にありつく機会が少なかった。食卓に肉が出てくるだけでも珍しい事態である。

食事の量は二人よりも多いのだが、菜食が中心であるためにどこか物足りなさを感じたままであった。滞在している身分のために彼から自身の願望を言いだすことも憚られ、胸にしまったままの状態であった。

 ゼン自身もこの村にいる間は、肉を我慢するつもりで滞在していた。怪我が治りまた旅に戻れば、肉は幾らでも食べることができる。どの道、すぐに長距離を移動することはない。しばらくの間は、肩慣らしの目的も含め、移動は控えめにするつもりだ。余った時間を罠の作成や、狩りに充てる予定であった。

 その予定は、嬉しい形で潰えることになった。ゼンは久方ぶりに腹一杯になるまで肉を堪能することができた。腹も心も満たされている。

 満足のいく状態で、ゼンは食事を終えることができた。この時ばかりは、彼よりも二人の方が食事を終えるのが早かった。

「ごちそうさまでした」

 ゼンは残っている水を一気に飲み干し、手を合わせる。この村で味わう最後の食事が終わった。

「どう、堪能した?」

「ああ、十分に堪能したさ

 腹一杯でもう眠くなってきた。悪いが、明日は早いんでこれでお暇させてもらうぞ」

「ええ、そうね。

 後片付けはやっておくからあなたはもう寝た方がいいわね。

 おやすみ」

「ああ、おやすみ」

 ゼンは立ち上がり、部屋から立ち去る。彼の言ったことはまんざら嘘でもない。満腹になり心が満たされたことにより、瞼が重くなり始めている。

 このまま部屋に戻り、横になればすぐにでも眠れる。だが、ゼンにはまだやるべきことが残っていた。エアのことだ。あれ以来、エアとはあまり会話を交わしていない。それどころか、部屋にいる姿すら見ていない。村が騒ぎになっていないことから、エアが発見されていることはないはずだ。

 割りあてられた部屋に戻っても、エアはいない。既に外は完全に暗くなっている。まともな明かりもなしに外に出ても、エアを発見するのは至難の業だ。

「仕方ない、寝るか」

 朝になればエアも戻っているはずだ、楽観的な希望を胸に抱き、ゼンは横になる。

 先程までの眠気がどこに行ったのか、ゼンは一向に眠ることができていなかった。目を閉じても意識が冴えている。思考が止まらない。

 目を閉じてからどれほどの時間が経ったのか、それを確かめる術も気力も今の彼にはなかった。ここまで眠れないのは彼にとって久々であった。今日だけ活動量が低かったという訳ではない。腹が減っているという訳でもない。

 体の向きを変えたり頭の置き場所を変えたりとあらゆる手段を試してみたが、眠くなる気配はない。それどころか、より頭が冴えてくる。

「ゼン、ちょっといい?」

 扉を叩く音の少し後にリホノの声が聞こえた。

「どうぞ」

 どうせこのまま目を瞑っていても眠れないのだ、少しは気分転換になるかもしれない。ゼンは椅子に座り直す。

「失礼するわね」

 リホノは手に燭台を持っていた。

「お隣いいかしら?」

「どうぞ……」

 少しの沈黙の後、ゼンは応えた。ゼンの返答の前に、リホノはゼンの方へと歩き始めていた。

 椅子の中央に座っていたゼンは、右の方へと寄る。リホノは左の方へと座り、目の前の机に燭台を置く。

「どうした、こんな夜更けに?」

「ちょっと眠れなくて」

「奇遇だな。俺もだ」

「夕方に言ったことなんだけど……。

 私、ゼンに会えたことは本当に良かったと思っている。この広い世界で、遠い昔に会った人ともう一度再開できるなんて思ってもいなかった。

 まあ、何処かの誰かさんは私のことをすっかり忘れていたみたいだけど」

 リホノは下からゼンのことを見上げる形で悪戯っぽく言い放つ。

「すまない。そのことについては、何も反論できないな」

「アナタが来てからの毎日は、まるで夢のようだったわ。

 その夢も今日で終わりね」

「――」

 ゼンは何も応えない。

「私からの最後のお願い、聞いてもらえる?」

「何だ?」

「最後に、私に甘い夢を見させて……」

「ああ」

 二人はまどろみの中に消えて行った。

 


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