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ワールド・ジャーニー  作者: ノリと勢い
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十六話 其の五

 さわやかな朝のはずなのに、ゼンの気持ちは晴れないままだ。昨晩は寝つきも悪かった。普段であれば、野宿でも気づいた頃には寝息を立てている彼が。

 ましてや昨晩寝ていたのは、柔らかいベッドの上だ。寝心地が悪い訳がない。そのはずなのに、ゼンは眠れない夜を過ごす羽目になった。結局、彼が就寝できたのは、陽が昇る少し前からの僅かな間だけである。ほとんど寝なかったせいか、やけに体が重い。肉体的なものよりも、精神的なものが彼の心に重くのしかかっている。

 ゼンはベッドから起き上がり、重い体を引きずるようにして這い出る。数秒の間、目頭を押さえて体を伸ばす。

 一つしかない机の上には、綺麗になった皿が置かれていた。エアがいつ帰って来た記憶はない。ゼンが寝ていた僅かの間に部屋に帰って来て、夜食を平らげたのだろう。

 当の本人は何処で寝ているのか、ゼンは辺りを見回す。いた、ゼンの外套を布団代わりにしていた。

「ふぅ」

 寝不足からか右後頭部から頭痛がする。常に痛みが走っている訳ではない。不定期に、鈍器で後頭部を殴られた様な痛みが訪れる。痛みが走った時には、痛みで不意に顔が歪む。

「おい、起きろ」

 ゼンはエアの体を優しく擦る。

「もうちょっと、寝させて」

「寝るならここで寝ていろ」

 ゼンはエアをつまみ、いつものポーチに放り込む。手荒に扱ってもエアは起きる気配がない。それほどまで疲れているとは、昨晩に一体何をしていたのか。

 ぼやいていても何も始まらない。ゼンは身支度を整える。昨晩の間に荷物は整えてある。

後は、武具を身に着けていく位だ。動いている間に片頭痛も収まるだろうと期待していたが、それは叶うことはなかった。

 体にいつもの重さが戻った。この重さが命を守ってくれると思うと、ゼンは重さも気にならない。むしろ、心が落ち着くようでもある。

「おい、そろそろ出るぞ」

 エアはいつものポーチを開け、エアの様子を確認する。エアはまだ眠ったままである。静かに寝息を立て、まだまだ起きる気配はなさそうだ。

 ゼンは部屋を出た。あとは必要な物資をリホノと交換するだけである。エアが眠っている方が彼にとって都合がいい。余計な波風を立てることなく、この村を発つことができる。

「世話になったな」

「旅のご無事をお祈りします」

「ありがとう」

 宿屋を出たゼンを迎えたのは、眩い程の晴天である。空に雲はあるものの、太陽を遮るには大きさも量も足りていない。この天候では外套を着たまま歩いていれば汗をかくに違いない。村を出て、しばらくしたら、外套を脱ごう。彼はそんなことを考えつつ、リホノの屋敷に向かう。

 まだ、ゼンの頭痛は収まっていない。不定期に訪れる痛みは彼を苦しめるだけだ。

「セロ、今日も頼むぞ」

 ゼンの言葉にセロも反応する。久し振りにセロも休めたので、元気一杯と言った様子だ。

 リホノの屋敷までは気付けばすぐだった。彼女はゼンを待つかのように、屋敷の前に立っている。

「お待たせしました」

 リホノは昨晩と変わらない様子でゼンを出迎える。彼女の後ろには一人には多すぎる程の物資が置かれていた。これだけの量を交換するには、手持ちの物品で足りるだろうか。

「今持っている品はこれ位しかありませんが。

 これで、交換をお願いします」

 ゼンはセロに掛けている袋の一つを手に取る。中には金になりそうな諸々の品が入っている。

 リホノは袋を手に取ると、中身を確認することなく懐に入れた。

「では、こちらに置いている品であれば好きなだけ取って行って下さい」

「好きなだけ?」

 ゼンが思わず聞き返す。

「ええ。好きなだけどうぞ」

 リホノは好きなだけと言ったが、考えなしに好きなだけ取る訳にもいかない。荷物が多ければそれだけ重量も増える。無駄な重量はセロの疲労につながるだけだ。

 加えて、腐敗の問題もある。消費する前に腐らしてしまうのは避けたい。まだ食べられる物まで同じように腐ってしまう。

 ゼンはできるだけ日持ちのする野菜を選び、取っていく。肉は旅の道中で調達できる。無理に選ぶ必要はない。

「それじゃあ、これで失礼します」

「ええ。

 道中を無事で過ごせるように祈ります」

「ありがとうございます」

 リホノが手を差し出す。ゼンもその手を握ろうと、手を前に出した瞬間であった。彼が、異変に気付いたのは。

「どうしたのですか?」 

 途中まで伸びた手を不審に思い、リホノが尋ねる。

「今、この村にいない人はいますか?」

「えっ、」

「何か用事や商売でこの村に帰ってくる人は多いですか?」

「いえ。

 いても、数人くらいですか」

「頭痛の正体はこれか……」

 異変に気付いているのはゼンだけだ。リホノも周りの村民も何が起きているのかを把握できていない。ゼン以外の人間は、ポカンとした表情で、彼を不思議そうに見つめている。

 ゼンは外套に隠してあるクロスボウを取り出す。

「な、何をっ」

 周囲の人間の目線がゼンに集まる。彼はそんな視線などお構いなしといった風に、歩き出す。

 ゼンが歩き出した方向からは、多くの村民が走ってくる。皆が逃げるようにして、後ろを気にしながら逃げ惑う。

 ゼンの視界の先には二人の男がいた。二人とも軽装で、防御よりも機動性を重視している。恐らくは、偵察と急襲を兼ねているのだろう。

 エアの報告が間違っていなければ、最低でもあと八人はいるはずだ。否、実際はそれ以上いると踏んでいた方がいい。

 ゼンは朝から苦しんでいる頭痛の原因に、一つの目星をつけていた。それは良くないことが起きるという、いわば野生の勘である。言葉では説明できないが、彼の第六感は危険信号を発していた。

 ポーチで眠っているエアを半ば無理やりに起こし、周囲の索敵を頼んでおいたのである。寝起きのエアは機嫌が悪かったが、ゼンの表情を見て、只事ではないと察したのだろう。すんなりと、彼の頼みを引き受けた。

 索敵を終えたエアが戻ってきたのは、ほんの少し前だ。丁度、リホノと物々交換をしていた時である。

 ゼンの予想が外れていればそれで問題はない。それどころか、自身の予感が外れてくれることを彼は祈っていたが、残念ながら当たってしまった。

「何だテメェ」

「構わねえ、殺」

 男の言葉が終わる前に、ゼンはクロスボウの引き金を引いた。ボルトは彼から見て左側の男に命中した。発言の途中で男は地面に伏し、動きを止めた。

 残る一人は前へ進んだ。倒れた仲間のことを見ずに、ゼンのいる方へと進んでくる。クロスボウに次のボルトが装填される前に彼を倒す算段なのだろう。

 その算段は正しい、相手が一般人であればの話だが。ゼンが次のボルトを装填するのを見て、男は更に速度を上げる。軽装なだけあって、足は速い。彼がボルトを装填する前に、男はゼンの間合いに入った。

「これで終わりだ」

 男は飛び上がり、ナイフを振りかぶる。そんな男の前に突き出てきたのは、ボルトではない。クロスボウそのもだった。

「なっ?」

 空中に浮かんだ男に逃げ道はない。クロスボウは男に口元に激突する。男は頭から地面に激突した。ゼンは男に反撃させる時間を与えず、すぐさま追撃に移る。左手でボルトを掴むと、直に男の胸に突き刺した。

時間にすればほんのわずかの間だ。その、あっという間にゼンは二人の男を屠った。彼は地に伏した男のことなど気にせずに、クロスボウに次のボルトを装填する。

「この人たちは?」

 後ろからリホノの声がした。

「さあな。

 ろくでもない奴ってことだけは確かだ」

 ゼンは振り返らず応える。既に彼の顔は返り血で汚れている。こんな状態でリホノの顔を見れば、彼女に恐れられるだけだ。下手に彼女に動揺を与えることはない。

 ゼンの体に不調はない。昨晩、寝つきが悪かったことが幸いした。頭は冷静だが、体は臨戦状態に入っている。悩みの種であった頭痛も、今は治まっていた。

「ねえ、ちょっと」

 リホノがゼンの肩を掴み、自身の方へと引き寄せる。が、彼女の細腕では彼の体は動かない。地面と一体化したかのようにビクともしなかった。

 突如、ゼンの後頭部に頭痛が走った。彼はすぐさま振り返る。その右手にはいつものナイフが握られている。

「ひっ」

 ゼンの顔を見て出てきた、リホノの第一声がそれだった。彼の顔、目、雰囲気までもが彼女の知っている彼とは別物だった。

 ゼンの右手に握られていたナイフは、リホノの頬スレスレの所を飛んで行く。彼の手から離れたナイフは、後方にいた別の賊に命中した。賊は屋根の上に居た、手にはクロスボウを持っていた。狙いはリホノに向けられていた。

 男は屋根の上から転げ落ちる。頭から落ちていき、仰向けの状態で着地した。ゼンのナイフは首元に刺さっていた。確認するまでもなく絶命している。ナイフの傷に加え、落下の衝撃もある。頭から落ちれば怪我では済まない。

 ゼンはゆっくりと、落ちてきた男の元へ近づく。

「死、死んでいるの?」

 ゼンは男から刺さったナイフを引き抜く。

「ああ。間違いない、死んでるよ

 不安だったら、自分でも確認してみるか」

 ゼンは引き抜いたナイフをリホノに差し出す。彼女はナイフを受け取らない。それどころか、彼の顔すら見ようとしない。視線はずっと少し下を向いたままだ。

「ここから先は命のやり取りだ。

 怪我、いや、死にたくなかったらどこかに隠れていろ」

 既にゼンは戦闘態勢に入っている。今もリホノに話しながらも、手はボルトの装填を行っていた。

「私も連れて行って」

 リホノから予想外の答えが返って来た。思わず、ゼンは視線をクロスボウから上げる。

「あのな。

 俺の話を」

 視線を上げたゼンを待ち構えていたのは、鋭い剣先だ。剣先は彼の眼前直前で止められていた。彼女が持っている剣は彼の物と比べ、細く長い。何かを斬るというよりは、突き刺すことに特化している形状だ。

「私のことをただのひ弱な女だと思ってた?

 これでも一応は、戦えるのよ、私。

 身軽さと早さだけなら村でも五本の指には入るわよ」

「やめておけ」

 ゼンは冷たく機械的に言い放つ。

「どうして。

 私が女だから?」

「戦いになれば、男も女も関係ない。

 最後まで立っていた者が勝者になる、それだけだ。

 生憎、お前を守りながら立ち回る自信はない」

「自分の身は自分で守れます」

 リホノの覚悟は決まっていた。こういう時は何を言っても無駄なことをゼンは知っていた。

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