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ワールド・ジャーニー  作者: ノリと勢い
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四話 其の三

 砂浜に付いた船に乗っていたのは、先日の男だった。正式な依頼を受けてこの村に来た、あの男である。昨日、村民に快く受け入れられた、あの屈強な男が船の中で息絶えていた。

「旅人さん、その御方は、大丈夫なんですか?」

 村人の一人が言った。

「もう駄目だ」

 ゼンの返答は早かった。

 男の姿は見るに堪えないものだった。全身に傷があり、特に酷かったのが、左わき腹の傷である。ここだけは、他の場所と比べ傷が深かった。あまりに深く肉がえぐられているため、骨が見えている。

 ざわついていた砂浜が更に、混沌とした状況になった。その場にいた村民は、膝から崩れ落ちたり、一気に顔から生気が抜け落ちたりした。砂浜からは練れた所には、一人佇んでいるナヲンもいた。

「その御方を、丁寧に運びなさい。丁重に扱うのだぞ!」

 騒然としている村人たちの中から、村長が出てきた。さすがは村長というところだろうか、その一言で村人たちは落ち着きを取り戻す。

「旅人さん、あんたも悪いが手伝って貰えるかな?」

 その後、数人がかりで男を別の場所に移動させた。殻や顔に付いた血を綺麗にふき取り、大人一人が乗れるか乗れないか程度の船に男を乗せた。

 上に藁でできた掛け物を被せ、海に向かって流す。

「俺たちの村では、これが流儀なんだ」

 ゼンと一緒に作業をやっていた、全身日焼けで真っ黒の男が言う。日焼けのせいで皺やシミができ、実年齢は分からないが年老いて見えた。

「海から生まれ海に帰るというのが、俺たちの基本的な考えなんだ。一人前の漁師だろうと、女子供だろうと関係ない。人は生まれた場所に帰る、それが俺たちの原則だ。

 この村に来てくれたあの御方には悪いことをした。故郷のしきたりや慣習があるかもしれないが、ここの考え方に従ってもらおう。

 最近は特に、この船を見ることが多い。この船を見るとき、それは誰かが死んだ時だ。そのせいか、村に活気がなくなってきてな。

 おっと悪い、ついつい話し過ぎてしまった」

 そう言った男の目線は、送り出した船に注がれていた。船は段々と小さくなっていき、ついにゼン達からは見えなくなった。空は青く快晴なのに、村人たちの心模様は曇っている。

 村特有の儀式を終えた後、村人たちは各々の家に帰っていった。ナヲンも例外ではなかった。ゼンもセロを迎えに行くため、ナヲンの家に向かう。ゼンはセロの元へ行き、いつものように背中を軽く数度叩いてやった。

「悪いが、もうちょっとだけ、ここで待っていてくれ。土産に、海の幸でももってくるからよ」

 ゼンはそう言うと、ナヲンの家に入っていった。家の中には、ナヲンが一人座っている。

「もう発つのですか?」

 ナヲンが静かに尋ねる。

「ええ。ちょっと出かけてくるので、セロの事をお願いします」

 ゼンは腰につけている袋から、金を取り出した。

「水と、それと何か食べ物を与えるだけで大丈夫です。それじゃあ、よろしくお願いします」

 ゼンはナヲンの家に置いていた自分の外套を取ると、家から出ていった。

「えっ?ちょ、ちょっと……」

 後ろからナヲンの声が聞こえたが、ゼンは構わず足を進める。ゼンが次に訪れたのは、村長の家である。

「おや、あなたは」

 村長は自分の家で一人、頭を悩ませていた。周りに人はおらず、静かだった。黒い肌のせいで今まで気づかなかったが、村長の眼に下はクマがある。それに、しきりに頭を掻いていた。手首のほうには何か所もカサブタがある。余程、追い込まれているのであろう。

「何の用ですかな?」

 村長が立ち上がろうとする。が、バランスを崩し危うく転倒しそうになった。

 ゼンが咄嗟に助けに入る。村長の体は見た目以上に軽かった。きっと、この人も昔は筋骨隆々の立派な漁師だったのだろう、そんな思いがゼンの脳内を巡る。

「おっと、大丈夫ですか?」

「す、すまんのう。最近はどうも、体の調子が悪くてな」

 ゼンの救援もあって、村長は自分の足でしっかりと立つことができた。

「それで、何の用ですかな、旅人さん?」

「実は、漁に出ることになりまして。船を一隻、貸してもらえますか?」

 村長の細い目が一気に、開いた。村長はゼンの顔を凝視している。

「そ、それは本気で言っておるのですか?今日だって見たでしょう、あの御方の悲惨な姿を!この村に呼んだのは、あの御方だけではない。過去にも何人もの方が、亡くなった。

 これ以上、どうしようもないんです!こうなった以上、儂らが移住する生き残る方法はないんです」

 村長の体は震えていた、怒りとやるせなさで。

「後一回、後一回だけ待っていて下さい。待っている間に、荷造りでも何でもしていただいていいですから」

「……。……わかりました」

 少しの沈黙の後、村長はゼンの提案を受け入れた。

「船は村のものに用意させます。他に何かいるものはありますか?」

「後は、服と魚を用意してください」

「は、はぁ。」

 村長は不思議そうに首を傾げているが、ゼンの要求を呑んだ。


 太陽が真上に昇る少し前、ゼンは砂浜の方にいた。服はいつもの黒いものと白い外套ではなく、村人が着ているような衣服である。ゼンは一人で黙々と船に荷を積んでいる。上から注ぐ太陽の熱戦で、額と背中は汗まみれだ。それでも、休むことなく作業を続けている。

「よし、こんなものか」

 船の中には、ゼン自身が持ってきた銛が大量に置かれている。銛の中には、ゼンのクロスボウと刀もあった。

 ゼンが顔を上げ、海の方に視界を向けた。海は穏やかで、静かである。船を波打ち際まで引きずり、ふと村の方を見た。ゼンの視界の先には、ナヲンが一人いた。ゼンはその姿を視界に写しただけで、大海原へ一人、船を進めた。

「どうして、こんなことしてるの?」

 腰のポーチから声がした。

「別にゼンには関係ないでしょ、今回の件は。それなのに、わざわざこんな所まで来て」

 エアは今回の事に関し、納得がいっていない様子だ。気付いたら、海の上にいて、容赦ない暑さが小さな体を襲っているのだ。文句の一つや二つも言いたいのだろう。

「まあ、なんだ。一食一泊の礼だ」

「本当にそれだけ?」

 エアが目を細めて、ゼンの方を睨んでいる。ゼンはそんなことを気にせず、舟を漕いでいる。そんなゼンに、エアは不満げそうだ。

「それで、どうするの?」

「そうだな……。もう少し漕いだら止まって、獲物が来るまでのんびり釣りでもするさ」

 予想外の言葉に、エアは墜落しそうになる。

「おいおい、危ないぞ」

「そっちが変なこと、言うからでしょう!」

 全く、コイツは、エアの頭の中はゼンに対する不満で一杯だ。この私に何の相談もなく海に出るわ、獲物が出るまで釣りをするわ。完全にエアの予想の範囲外である。ゼンに会ってからというものの、一度も主導権というものを握っていない気がする。

 ドラゴンといえば、モンスターの中でも上位に入る種別だ。それなのに、目の前のゼンは、そんなことを微塵も気にもしていない。

 ゼンが船を止めた。見渡す限り四方は海に囲まれている。波は穏やかで、釣りに適している天気だ。ゼンは釣り糸を垂らし、魚がかかるのを待つ。

「それで、相手はどんなのかわかったの?」

 エアがゼンの陰に隠れながら聞いてくる。

「大体はな」

 ゼンは釣り糸の反応を見ながら、応える。

「えっ?どうしてそんなことわかるの?」

 ゼンの返答に、エアは困惑した。エアとしては、ゼンを困らせるつもりで質問したのに、逆に自分がゼンの返答に驚いている。

「傷跡だ。今日の男の傷跡は、それ程深くないし、大きくもなかった。肉は抉れていたが、あれは力で無理やり抉ってはいない。技術的な側面でできた傷だ。だから、大きさは俺と同じか小さい位だ。

 問題は、海上から襲ってくるか、海中から襲ってくるかだな。海中から襲われた場合だと、手の打ちようがないがな」

 ビンッ!

 ゼンが垂らしていた糸が急に、海の方へ引っ張られた。

「おっ、」

 緩く垂らして糸が、一片の緩みもなく張りつめている。ゼンも必死に竿を引っ張っているが、一向に状況は変わらない。それどころか、ゼンの方が不利になっている。竿はこれでもか、という程しなっている。ゼンも全力を出しているが、徐々に端の方へ移動している。

「……ふんっ!」

 ゼンはもう一度、力を入れ直す。腕から上腕二頭筋は大きく盛り上がり、血管が浮き出ている。呼吸を止め、持てる力をすべて使う。それでも、直面している事態に変わりはない。

 ゼンの持っている木の釣り竿から、嫌な音がした。見ると、竿には亀裂が走っている。ゼンがそれを確認した時、亀裂は竿を二分化した。上下で二つに分かれた竿は、一方は船に落ち、一方は海に沈んだ。

「うぉっ」

 竿が折れたことにより、ゼンはバランスを崩す。危うくゼン自身も海に落ちそうになるが、尻餅をついただけで済んだ。

「折角の大物だったのにね~」

 エアがゼンを見下ろす形で言う。すぐにゼンは立ち上がった。片手に銛を持ち、大物を逃がした海を眺める。船の縁に片足を乗せ、直下を覗き込むような形でゼンは海を見る。

「どう?」

 ゼンの背後からエアが声を掛けた。

「駄目だ。逃した魚は大きかったな」

ゼンは振り返り、そう言った。

その時であった。突如、水飛沫が上がった。水飛沫が上がったのは、ゼンの背後である。何かが、水飛沫と共に空中に舞い上がった。その何かをゼンは見ることができなかった。

ゼンは気付けば、海の中にいた。急いで顔を出す。

「ゼン?!」

「心配するな!死んじゃいない!」

 船の縁に手を掛け、ゼンは船に戻る。海水を吸った服は重く、ゼンは戻るのに一苦労した。船に戻ったゼンは直ぐに、銛を手に取った。周囲を見渡すが、先程の何かはいない。

 四方は海に囲われており、見たところ異常もない。水面は穏やかで、ゼンが置かれている状況とは正反対であった。

「オイ、さっきの見たか?」

「えっ?」

「さっきの襲って来た奴だ。何でもいい、形とか大きさとか」

 いつもと比べ、ゼンは早口だ。エアも驚いているが、突然の襲来にゼンも驚いているのである。

 ゼンの視線は止まらない。左から右へ、また左へ移す。銛を片手に持ち、投擲の構えを取っているが狙いの先は定まらない。

「私もよく見えなかった。だけど、鋭い爪があった。気を付けて!」

「それだけ分かれば十分だ」

 嘘である。勢いよく言ったはいいものの、ゼンの心境は不安で一杯だ。四方は海で、相手の陣中だ。こちらが反撃できるのは、相手が海から出てきた時のみである。だが、どこから出てくるのか、予想はつかない。ゼンにとって非常に不利な状態である。

 バンッー。

 ゼンの背後で再び大きな音がした。ゼンはその音だけを頼りに、銛を投げる。

 銛は虚しく海中に消えていった。そこに獲物はいなかった。再び、ゼンの背後から水飛沫が上がった。何かは、その鋭い爪でゼンの背中を狙う。爪は、ゼンの背中を抉った。

「ぐっ」

 ゼンは咄嗟に体を仰け反らせ、回避しようとしたが間に合わなかった。背中には、赤い染みができている。傷は思った以上に深く、片膝を立てている。

「ゼン!」

 エアの声を受けて、ゼンは再び立ち上がる。背中から流れる血は止まることなく、背後の赤い染みは大きくなる一方だ。

 それでもゼンは再度、銛を手に取る。投擲の構えを取り、相手が出てくるのを待つ。

 船上は静かだ。波の音だけが音を立てている。ゼンも呼吸を整え、集中力を高める。エアもゼンの邪魔にならないようにと、船の端にいる。

 ゼンにとって、長い時間が経ったような気がした。実際は、ゼンが攻撃を受けてから、まだ数分も経っていない。上から降り注ぐ熱戦が、ゼンの額に汗を流させる。

 額から流れた汗は、頬を通り顎から落ちた。汗が落ちた、その時、また水飛沫が上がる。今度はゼンの眼前だ。ゼンは、目標を初めて視界に入れた上で、銛を投げようと構える。

 銛を持つ右手を後ろに引き、全力で目の前に投擲しようとする。

 が、投擲は間に合わなかった。原因は、先程の傷だ。ゼンが背中を反らせたことで、傷口が広がったのである。傷の痛みで、投擲が遅れた。その僅かな時間が、ゼンにとっては命とりだった。何かはゼンの頭上を飛び、ゼンを通り越して再び海中に潜った。

「ッッ」

 ゼンの右肩から、赤いものが流れた。血だ。ゼンが持っていた銛は落ち、ゼンは片膝をついた。ゼンは左手で、流血している右肩を抑えている。

「シャァァァ」

 その隙を逃さず、何かがもう一度攻撃を仕掛けようとする。今度はゼンの背後から、その姿を現した。先程とは逆に、背後からその鋭い爪をゼンの腹めがけて伸ばす。

 目にも止まらぬ速さで、ゼンは銛の束の中から刀を手に取る。傷を負ったはずの右手で、刃を抜く。逆手持ちだ。体を右方向に捻りながら、飛んできた何かに対し右下から左上へ、刀を振る。

 二つの物体が海に落ちた。更に一つ、空中から船に一つの物が落ちてきた。

 それは腕であった。だが、ゼンの物ではない。その腕は薄い灰色だった。腕は鱗で固く保護されている。指が長く、爪は刃物のように鋭い。水かきも人間の物より遥かに大きい。切り落とされた腕は、自身が斬られたことに気付いていないのか、船の上で踊り狂う。しばらく経って、ようやく腕はその動きを止めた。

 エアは船の端でその様子を怯えた瞳で見ている。腕の動きが止まったことでエアは落ち着きを取り戻した。

「あっ、」

 ようやく、エアはゼンの方に気が向いた。船の上にはゼンの刀があるだけで、ゼン自身は海中から戻ってきてはいない。ゼンを襲った何かもまだ詳細が不明なままだ。

 海面には赤いものが浮き出ているが、まだ死んだ訳ではない。いつ、もう片方の詰めがエアを襲っても不思議ではない。

気泡が海面に浮上した。エアは固唾を飲んで、その行方を見る。出てくるのはゼンかそれともー。

「ハァ、ハァ、ハァ」

 海面から出てきたのは、ゼンであった。


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