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ワールド・ジャーニー  作者: ノリと勢い
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十六話 其の一

「準備は済んだか?」

「こっちは済みました!残りももうじき済みます」

「もうじき発つぞ。

 急げ」

 雲一つない青空の下で男たちが動いていた。男たちは荷物を馬車に積み込んでいく。女たちは馬車の中から荷物を受け取る。

「それにしても助かりました。

 まさかこんな所でモンスターに襲われるとは。ゼンさんがいなかったら、俺たち全員、今頃はあのモンスターの腹の中だったぜ」

 ゼンは近くの大きめの石に腰かけていた。

「こっちも助かりました。

 食料が尽きかけていて、今日食べる物にも困っていた所を拾ってくれて」

「食い物位なら、また腹一杯食って下さい。

 こっちは食い物以上に大切なものを守ってくれたんです。誰も文句は言わないですよ」

 ゼンとエアが旅を続ける中で、外せない問題が二つある。水と食料だ。どちらも生きていく上で必要不可欠な物であるが、これを確保するのが難しい。水は確保できる場所に制限がある。加えて、水源を見つけても、飲み水に使えるかどうかという別の問題もあった。

 食料に関しても同様だ。水と比べ確保は容易だが、それも種類に依存する。肉に関しては野生動物を狩らなければならない。常に動物に遭遇できれば問題はないのだが、現実はそう上手くいかないものだ。

 ゼンたちもここ数日、肉を口の中に入れていなかった。道中で見つけた食べられる山菜や根菜ばかりを食しており、二人ともその味に飽き飽きしている。

 ゼンたちがこのキャラバン隊と出会ったのは、そんな時であった。食料を求め次の街を目指し歩いている時だ、エアが異変に気付いたのは。

「ゼン、何か聞こえない?」

「何か?」

 ゼンは耳を澄ます。

「いや、特には聞こえなかったが。」

 エアも目を閉じ、意識を耳に集中させる。

「聞こえる。

 人の悲鳴だよ。ゼン。一人じゃない、それなりの数の人がいるよ。匂いもする」

「匂いは人間だけか?」

「この匂いは人間じゃないね」

「久しぶりに肉に齧り付けるかもしれん。

 いつもの所に隠れていろ、どっちの方角だ?急ぐぞ」

「あっちの方」

 エアは小さな指を西の方角に指し示す。

 ゼンはセロに跨り、走り出す。物資が減ったため彼が乗っても問題がない位には軽量化されていた。

 セロを走らせること、僅かの間だった。ゼンの視界に、モンスターと人の姿が写った。モンスターは複数匹で人間を囲う様に一定の間隔を開けている。モンスターは四足歩行で、薄い灰色の毛皮で覆われていた。全長はゼンよりも小さいだろう。

 ゼンは馬上からクロスボウを構える。標的は小さく、揺れている馬上からの狙いだ、当てるのは難しい。

 まずは一発、ゼンは引き金を引く。ボルトはモンスターに当たることはなかった。だが、モンスターの注意が彼に集まった。注意を惹いたのは、モンスターのみではない。襲われていた人たちの視線も彼に集まった。

 ゼンは走ったままのセロから飛び降りた。着地の衝撃を転がることで脚、背、腕、至る所で緩和する。立ち上がりながらクロスボウに次のボルトを装填する。

 完全に立ち上がった時、ゼンの指は引き金に掛けられていた。彼はそのまま指に力を加える。

 ボルトが飛び、ほんの僅か後に、モンスターの悲鳴が響いた。続いてもう一発、ゼンはボルトを放つ。

「キャウン」

 二匹目の悲鳴が響く。ゼンは再度、ボルトを装填する。引き金に指は掛けずに、モンスターの方へ向ける。

 さしものモンスターといえども、直感で理解し始めていた。一方的な狩る側から、狩られる側へと自分たちの立場が変わっていることを。

 膠着した状況は続いている。ゼンは静かにクロスボウを構え、モンスターも黙ってゼンの方を見ていた。

 しばしの静寂の後、モンスターたちは引き上げていった。仲間の亡骸も置いたまま、文字通り尻尾を撒いて、ゼンたちの目の前から姿を消す。

「終わったか」

 モンスターの姿が見えなくなってから、ゼンはクロスボウをしまう。武器を収めた彼はゆっくりと人が集まっている方へ向かう。

 向こう側もゼンが歩いてくるのを見て、集団の中の一人が前に出た。

「まずは、ありがとうございます。

あなたは一体。

 どうして、私たちを助けてくれたのですか?」

「ただの旅人さ。

 それよりも、食料を分けていただけますか?」

「――食料を。

 そ、それは構いませんが。申し遅れました、私、ポットと申します」

「ゼンだ。よろしく頼む」

 二人は固い握手を交わす。


 その日、ゼンは久しぶりに肉にありつくことができた。彼が仕留めた二匹のモンスターもその場で頂くことになった。全体的に筋張っており、骨も多い。食べるには適していないが、今はそんな贅沢を言う余裕はなかった。

 ゼンが助けたキャラバン隊からも、普段食べることのない料理を恵んでもらった。そのことについて、文句を言うものは一人もいない。

 それどころか、ゼンの健啖ぶりを称える声まで出た。彼も普段であればここまで食べることはない。だが、数日ぶりのまともな食事ということもあり、自分の考えている以上に腹が減っていたようだ。

 勿論、エアのことも忘れていない。時折、食べ物の欠片をこっそりとエアのいるポーチへと忍ばせていた。

「ああ。食った、食った」

「もういいのですか、まだありますよ」

「もうお腹一杯だ。ご馳走様でした」

 ゼンは手を合わせる。胃袋は拡張しきっている。これ以上は何も入らない。

「ゼンさん。改めて、ありがとうございました」

「たまたま通りかかって、たまたま助けただけです」

「それでゼン、不躾ながらもう一つだけ頼みを聞いてくれませんか?」

「話だけなら聞きましょう」

「夜が明けるまで私たちを守ってくれませんか?

 いつあのモンスターたちがいつ、またこっちに戻ってくるか。私たちもこの場から離れたいのですが、既に夜を過ごす準備を終わらせた後でして。

 この時間から動くのは、我々としても避けたいのです。ゼンさん、あなたがいれば、我々も安心して夜を過ごすことができる。

 無論、報酬はお渡しします。金でも現物でも、あなたの好きな方で」

「一食分の恩もあります、やりましょう。報酬は、美味い晩飯で頼みます」

「ありがとうございます。

 これで安心して眠れます」

 この提案はゼンにとって渡りに船だった。どのみち、この場から離れるつもりはない。腹一杯に飯を食べたことで、程よい幸福感が彼を包み、重りとなっていた。

 加えて、一日だけの頼みだ。これが長期にわたって護衛を頼まれるようであればゼンも頼みを受けるか悩んだだろう。期間が定まっていることが彼を即決させた。

 結局、その晩は静かに過ごすことができた。ゼンはキャラバン隊から少し離れた所で、見張り番を行っていた。片手に暖かい飲み物が握られている。これもキャラバン隊からの差し入れであり、一夜を過ごす心強い味方になった。商人たちがゼンに恵んでくれたのは、飲料だけはない。空腹を満たすための食料まで分け与えてくれた。

 ゼンはそれらを携え、一夜を過ごすことになった。隊から少し離れた理由は、エアの存在だ。

「ねえ、もう出てもいい?」

「ああ、いいぞ」

 もう夜も更け切っている。何も持たずに見張りを続けていれば心だけでなく、体まで冷え切っているに違いない。今は、暖かい飲み物があるため、心も体も温かいままだ。

「良かったね。食料を分けてもらって。それに一杯食べ物もくれたし」

「全くだ。これで餓死せずに済んだ」

「もう体の方も大丈夫そうだね」

 ゼンの傷も完治したと言っても過言ではない程に回復していた。今では全力で走り回っても体が痛むことはない。自身の体を自身の思う様に使えることが、何よりも嬉しかった。

「お陰様ですっかり元通りだ」

「言っても無駄かもしれないけど。

 無理はしちゃ駄目だよ」

「そう思うなら、旅で何も起きないことを祈ってくれ。

 あとは、慎重に動いてくれ」

「はーい。

 今後は考えて動きますよー」

「そうしてくれ」

 他愛もない話をしながら夜は更けていく。

 翌朝になり、キャラバン隊の一部が目を覚まし始めた。目覚めた者はゼンと見張りを替わることを提案する。ゼンはその提案を受け入れ、ようやく眠りに付くことができた。寝ることのできる時間は限られているが、しっかりとした環境で就寝できる貴重な機会だ。少なくとも外敵に襲われる心配もない。襲われる前に誰かが彼を起こすからだ。

 日が昇る少し前から、ゼンは遅い睡眠をとり始めた。眠っている間は一瞬の様に感じる。彼が目を覚ましたころには、既に太陽は真上近くに昇っていた。

 周りの人たちは撤収準備に取り掛かっている。ゼンも参加しようと腰を上げた所で、周りの人から休んでいるようにと諭された。見た所、人員は十分に揃っている。彼が参加したところで手が余るだけだろうと思い、ゼンも黙って腰を落ち着けることにした。

 キャラバン隊の連中は慣れた手つきで各自の荷物を纏めていく。やはり、ゼンが参加するまでもなかったようだ。

「お前さん、占いはどうじゃ?」

 突然、背後から声を掛けられ、ゼンは驚く。気付けば無意識の内に右手は刀に添えられていた。

 ゼンの背後には老婆が経っていた。髪は白く、腰が曲がっているため背は低く見える。足腰が弱いのか杖を持っている。

「占い?」

 ゼンは老婆を見て、刀から手を放す。

「あっ、母さん。

 こんな所にいたのか。姿が見えないからみんな心配していたんだよ」

 ポットが近づいてくる。

「ゼンさん。

 すみません、うちの母が。迷惑を掛けていませんでしたか?」

「今の所は何も。

 どうやら、俺を占ってくれるみたいだ」

「本当ですか?それは珍しい。

 うちの母は元々占い師だったんですよ。最近はもう歳も歳ですから滅多と占うなんてしないんですけど。

 昔はよく当たるって、それなりに有名だったんですよ。

 まだここを発つまでには時間が掛かるので、どうです?暇潰し程度に」

「それじゃあ、お言葉に甘えるとします。この頃、運が悪くてな」

 ゼンは老婆と向き合う。

「右の掌を見せてくれるかい?」

 ゼンは黙って右の掌を見せる。彼の掌は豆だらけで、何本も傷

が入っている。傷のせいで手層も見えづらい。

「ほうほう……、これは。

 次は目を見せてくれるかい?」

「どうぞ」

 ゼンの目の下には薄いクマができている。老婆は真剣に彼の目をのぞき込む。それはしばしの間続いた。両者ともに言葉を発することはない。途中から、彼は視線を外そうとするが、老婆はそれを逃がすことはない。

「――ふむ。

 お前さん、まだ若いのに壮絶な人生を送ってきておるな。自分の大切な人ほどお前さんの元を去っていく。

 まるで死神の使いじゃな」

「母さん、もういいかい?

 もう発つよ」

 今度はポットが声を掛けてきた。

「ゼンさん。どうでしたか、占いは。当たっていました?」

「ああ。間違いなく当たっているよ。凄腕の占い師だ。

 さて、これで本当にお別れだな」

 ゼンは腰を上げ、再度、ポットと握手を交わす。

「旅の無事を祈ります」

「ゼンさんもお気を付けて」

 ゼンは歩きだす。一人、その横に立つ者はいない。

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