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ワールド・ジャーニー  作者: ノリと勢い
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十五話 其の一

「今日はここまでにするか」

 まだ陽は沈んでいない。鬱蒼な森の中にいるため、正確な時間は掴めていない。日光も森の奥までは届かず、不安をそそるのに一役買っていた。

「はーい」

 エアはゼンの歩く二、三歩先の地点を飛んでいる。もし進行方向に何か障害物や得体の知れない物があれば、エアが教える手筈だ。

「今日も早いね」

「偶にはいいだろ」

「ここ最近、ずっとだよ。

 まだ調子悪いの?」

「悪くはないが、全快とまでは言えないな。

 だから、早めに休もう」

「まあ、私はいいんだけどさ。

 ゼンはもっと自分の体を大事にしなよ」

「だから休むんだよ」

 実際にゼンの傷は回復には向かっている。体を動かしても以前ほど痛むことはなく、走っても同じだ。ただ、時間が経つと痛みがやってくる。

 痛みに加えて体力も落ちている自覚があった。刀を振る際に、前よりも重く感じることがある。それは刀だけではない。ナイフにしてもクロスボウにしても同じだ。

 その症状は未だに治る気配がない。治す方法は時間の経過だけということもあり、どうしようもない状態だ。気長に治るのを待つしかない現状にゼンは不安を覚えていた。

 幸いにも先の戦いから、ゼンは一戦を交えてない。人に対してもモンスターに対してもだ。その甲斐もあって、新たな傷が増えることも、元からある傷が開くこともない。

 加えて、早めに足を止めたのにはもう一つ理由があった。それは包帯の交換である。暗くなってからでは手元が見えず、余計な時間が掛かる。包帯の交換も慣れてはいるが、傷の確認もするため彼は時間が欲しかった。

「包帯の箇所も減って来たね。

 ちょっと前までは、ほとんど肌が見えなかったのに」

「エア、悪いがそこの薬を取ってくれ」

 ゼンの体は前以上に傷が増えている。もはや、傷跡のない場所を探すのは困難だ。

 ゼンは慣れた手つきで包帯の交換を終えると、夕食の準備に取り掛かる。狩りをしていないため、食事の内容は菜食が中心となっていた。保存食用に取っておいた干し肉も、既に彼とエアの血肉となっている。

 夕食を終えた後はすることもなく、ただ眠りに付くだけであった。ゼンもエアも寝つきは良く、気付けば次の日の朝を迎えている。いつ眠ったかも覚えていない位に。

「――ゼン」

 エアの声が神妙だ。

「何だ」

「嫌な匂いがする。血の匂いが」

「人か、モンスターか?」

「人の匂い。それも一人じゃない。もっと沢山の人の匂いがする」

「行くぞ」

 迂回路はある。だが、ゼンにはその道を選ぶ選択肢はなかった。仮に迂回路を選ぼうものならエアから何を言われるか。未知との遭遇よりも、エアの小言の方がゼンには恐ろしい。

 しばらく歩いていると、血の匂いはゼンでも感じ取ることができた。ゼンの嗅覚でもかなり不快だ。エアからすればより不快に違いない。

 匂いの正体はすぐにわかった。死体だ、人間の。それも一人や二人ではない。大量の死体が横たわっていた。ただの死体ではない。四肢が欠損していたり、ひどい外傷を負っている。酷いものでは、体が真っ二つになっていた。傷跡から判断するに鋭利な刃物で切断した訳ではない。断面が荒れている。

更にゼンが不思議に思ったのは、両断された体が左右対称ではないことだ。僅かに右半身の方が大きい。これは、機械や道具を使った仕業ではない、彼は確信した。

並の人間であればこんな芸当は不可能だ。人並外れた馬鹿力、それこそモンスター並みの力が必要になる。

最初に音を上げたのはエアだった。無理もない、嗅覚からも視覚からも許容量以上の刺激が入ってくる。一つだけでもかなりくるものがある。それが二つもあるのだ。並の精神力では耐え切ることはできない。

「もう駄目。

私、ちょっとここから離れる」

 エアが離れても、ゼンはその場に留まっていた。見ていて気分のいいものでは決してない。可能であればこの場所から少しでも早く離れたい、彼であってもそう思っている。一方で、この場に留まりこの場を調べたいという気持ちもあった。

 離れたエアのことも放っておく訳にもいかない。ゼンはエアが逃げた先へと向かう。

「おい、生きているか」

 しばらく歩いた先にエアはいた。匂いが鼻腔に残っているのか、しきりに鼻を触っている。

「生きてます。

あ~、しばらくお肉食べられないかも」

「そうか。

 じゃあ、しばらく肉料理は俺だけでいいんだな」

「本当にそれでいいかも」

 エアにしては珍しい答えだった。いつもであれば、ゼンに対し文句の一言や二言でも言うのに。相当堪えたのであろう。心なしか顔もげっそりしているように見える。

「ひとまずはここから離れよう。

 ここにいても何も得られないし、あの災害の原因に出会うかもしれん」

「私も賛成。

 この匂いから解放されたい」

「まずは水のある場所を探すか。体も洗いたいしな」

「それいいね。

 私もそうしたい。あの嫌な匂いが体に染みついてないかな」

 その日は運が悪く、水源を見つけることができなかった。飲み水はあったため、水分補給だけはできた。ただ、エアの機嫌は良くはない。

 エア本人が水で体を清められると期待していたため、裏切られたような結果になってしまった。それでゼンを責めるようなことはなかったが、普段に比べ口数が少ない。表情も乏しい。本人は無自覚かもしれないが、それは如実に表れていた。

 結局、水源を発見することができたのは、それから二日後のことであった。その二日間、道中での雰囲気は最悪と言っても過言ではない。互いに交わす言葉はなく、ただ無言で森の中を歩いただけであった。

 会話を交わさないのは、互いに理解しているからだ。機嫌が悪く、些細なきっかけで喧嘩になるかもしれない。ただでさえ空気が悪いのに、敢えて悪化させる必要は何処にもない。それをゼンもエアも口には出さないが、察知していた。

「あった」

 全員が探し求めていたものがそこにはあった。水だ。見た所、汚れてはいない。そのまま飲んでも腹を壊すことはないだろう。

 飲み水も枯渇し始めた頃だった。この時機で水を発見できたことは幸いだ。

「やった~」

 ゼンの注意も聞かずに、エアが飛んで行く。

「ちょっと待」

 ゼンが言葉を発した時には、既に水の中に飛び込んでいた。水深は深くなく、流れも急ではない。溺れる心配はないが、エアから目を外すことはできない状態だ。

 ゼンもエアに遅れ、水辺に近づく。ここ数日は、必要最低限の分だけしか水分を補給していたため、彼の喉も渇いていた。手に水を汲み、飲む。

 味はないが、美味い。ゼンは腹が一杯になるまで、水を飲み続けた。

「ああぁ」

 まるで生き返ったような気分だ。それはゼンだけではない。エアもだ。これまでの機嫌の悪さが嘘のような笑顔だ。しばらくの間、エアは遊び続けるだろう。その間に、ゼンも身を清めたかった。

 エアほどではないが、ゼンも体の汚れと匂いは気になっていた。自身の匂いのため気づきにくいが、間違いなく汚れと匂いは蓄積されているはずだ。

 匂いが付くと、野生動物にも気付かれやすくなる。狩りをするには、適していない。匂いで獲物に勘付かれるからだ。

 幸い気温も低くはない。水浴びをしたところで体調を崩す恐れはなさそうだ。体や髪が渇くまでには時間も掛かる。その間に他の用事を済ますことにした。

 やるべきことは多い。飲み水の確保から、着ている衣服の洗濯まで。水で遊んでいる同行人をあてにはできない。それだけではない。ゼンには夕食の準備もあるのだ。エアの様に遊んだり、休んでいる暇はない。

 もう少し余裕があれば、簡易的な罠を作ることだって可能だ。その罠を用い、魚を捕獲することもできる。だが、そこまでは手が回らない。水の心配が消えても、次の心配事がゼンの頭に生じる。

「キャーー!」

 エアの悲鳴が聞こえた。ゼンは即座に走り出した、声のする方へと。腰のナイフを抜き、いつでも戦える態勢を取っている。声の大きさからして、そう遠くはないはずだ。エアは知らぬ間にゼンの目の届かない場所へと移動していた。

 先程の悲鳴から続く声はない。最悪の結果だけは避けたいところだが、何せ状況が一切わからないのだ。ゼンはただエアの無事を祈り、走ることしかできない。

「エア!

 返事をしろ」

「こっち。水の方」

 声が鮮明に聞こえる。何処だ、ゼンは立ち止まり周囲を見渡す。エアは“水のある所”と言っていた。が、周囲一帯は川だ。水のない場所を探す方が難しい。

「右、右」

 ゼンは右側を振り向く。いない、エアの姿は見えない。

「そっちじゃない。こっち」

 次に左側を振り向く。エアはいた。ゼンの視界にはエアと、もう一つの物体が目に入る。

「上流じゃなくてよかったな」

「もう嫌。

 またお肉食べられなくなっちゃう」

 ゼンが目にした物体は死体だった。前に見たのと同じような状態である。体は酷く傷つき欠損している。見ているだけでも気分が萎えてくる姿だ。唯一幸いだったのは、この死体があったのは下流の方であったことだ。

 ゼンたちが水を補給した場所よりも上流にこの死体があったなら、もっと最悪の気分になっていたに違いない。エアは既にその傾向がみられるが。

「行こう。

 見ていても気分の良くなるものじゃない」

「うん、そうする。

 折角、水浴びで気分も爽快になったのに」

 ゼンたちはその場から早々に立ち去った。死体を目にしたのは僅かな時間だけだったが、ゼンは見逃していなかった。その特徴的な傷や断面を。

前に見た死体のものと酷似している。複数人が意図的に告示させているのか、同一人物が行ったから酷似しているのか。ゼンは後者であることを祈るばかりだった。あれをやった奴は人間に対し、好意的な感情を抱いていないのは間違いない。そんな奴を何体も前にするのは何としても避けたい。

ゼンとしては一体たりとも遭遇したくはないのだが。


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