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ワールド・ジャーニー  作者: ノリと勢い
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四話 其の二

 村に辿り着いたゼンたちは、村の中でも一番を争う程の大きな家に招待された。

 セロを外に待たせ、ゼンたちは家の中に入る。中には色黒の深いしわが顔中に刻まれた老人が座っていた。

 ゼンは導かれるがままに、老人の前に座った。

 老人の体は痩せ、骨が浮き出ている。動きもなく、死んでいるかのようだった。だが、老人の眼は生きていた。黒い顔から見える、二つの眼からは生気が見て取れる。

「村長、言っていた人が来たよ」

 そう言ったのは、先程村の入口まで来た子供の一人であった。その子供は、村長と呼ばれた者の隣に座っている。老人の手を引っ張り、気を引こうとしている。

「わかった」

 ゆっくりと一言一言、噛み締めるような速度だった。

「お前さんが、依頼を引き受けた者、じゃな?」

「違います」

 子供たちが顔を見合わせた。老人の眼の開きも驚きの余り、大きくなっている。

「俺は東の都から、別の頼みごとを受けて、ここまで来ました。頼み事は、届け物です。中身は銛です」

 その報告を受けて、家の中にいる村人の高揚は霧散する。

 その時だった。ゼンたちのいる家の扉が開いた。

「村長、依頼を受けたという人物が!」

 小屋に入ってきたのは、若い女性であった。歳はゼンと変わらぬ程であろう。この村の住人にしては珍しく、肌が白かった。

「俺の偽物っていうのは、アイツのことですかい?」

 女性の後ろに男が立っていた。男は体の動きを邪魔しない軽装の鎧を纏い、左右どちらの腰にもナイフを付けている。

 左のナイフは小ぶりで緩やかなカーブを、右のナイフは大きく真っ直ぐに伸びていた。背はゼンよりも少し高い程度であろう。ゼンを見下す視線が刺さっている。

「じゃあ、俺はただの配達員なんで、これにて失礼します」

 ゼンは立ち上がり、その場を去ろうとする。それを留めようとする者はいなく、あっさりと小屋を立ち去ることができた。

「フンッ」

 小屋から立ち去る瞬間、男が小さく笑った。その笑いには、侮蔑や軽視といったものが含まれているようにゼンは感じた。

 男と入れ替わりで小屋を去ったゼンは、銛を届けに行く。小屋の周りには大勢の人がおり、小屋を包囲していた。その内の一人に、ゼンは話しかける。

「銛の配達でここまで来たんですが、誰に渡せばいいんですかね?」

「えっ、っえっ?」

 突然の質問に戸惑ったらしく、円滑な返答は返ってこない。やがて、一人が手を上げた。

「うちの小屋まで頼む」

 手を上げたのは男だった。左手は空高く上がっているが、右手はどこにも見当たらなかった。

 ゼンは手を上げた男に付いていった。

 男の小屋は、他の建物に比べてもより一層質素であった。本当に、人が食べて寝るだけ駄目の場所、そのような感じである。

「狭いところですまんな。悪いが、銛も中まで運んでくれ。見ての通り、一本しか手がなくてな」

 男の声に悲壮感はない。自身の現実を受け止めていた。

 ゼンはセロから銛の入った袋を取ると、小屋の中に入っていった。外から見ても小さな小屋だったが、中に入ると更にその狭さが強調された。

 寝るための寝具があるだけで、他は漁業の道具が山のようにあるだけだ。銛や網、その他様々な道具が無造作に置かれている。

「ああ、すぐに座る場所を開ける」

 入口で突っ立ているゼンを横にどけて、男は座る場所を作ろうとする。あちこちに散らばっている物を片手で掬い、一か所に集めていく。

 途中からゼンも作業に加わり、直に片づけは終わった。片付けが終わっても、小屋の窮屈さは変わらなかった。男が二人座っただけで、小屋は一杯になる。

「これが、依頼の品です」

 ゼンは銛の入った袋を男の前に差し出す。

 男は黙って袋の中身を検品する。袋の中から銛を一つ取り出し、色々な角度から確認する。

「さすがだな。注文通りの品だ」

 男は銛の完成度に満足したらしく、雰囲気が和らいだ。

「それはよかった」

「ああ、ありがとう。それと、すまんな」

 男はゼンに向かって頭を下げた。

「お前さんも見てわかるとは思うが、この村は今、大変な状況にあってな」

 それから、男はこの村に起こっている状況を話し始めた。

 話によると、近頃、海にいる一匹のモンスターが狂暴になったそうだ。そのモンスターに漁師が襲われ、生活を営めるかの瀬戸際に村はあるそうだ。それならば、海に出なければいいだけの話だが、そうはいかない。

男曰く、漁師は海に出てなんぼだそうだ。海に出なければその日食うものがない。海に出ればモンスターに襲われる。そして気性の荒い漁師共が海に出ないわけがない。そうして、どんどん状況が悪化しているのだ。

 男は話の間に、何度も自分のなくなった腕の方をチラリと見ていた。

「それで、そのモンスターを討伐してくれる人を雇った、というわけですね」

「その通りだ。お前さんをいきなり長老の所に連れて行ったのはそういう訳なんだ」

 男は再び、ゼンに向かって頭を下げる。

「問題が早急に解決すればいいですね。それでは、俺はこの辺りで」

「ああ、全くだ。お前さんも気を付けてな」

 ゼンは立ち上がり、小屋から出た。

 既に太陽は落ち始め、空が紅くなっている。

「流石に、今から発つのは無理があるか」

 紅くなった空を見ながら、ゼンは頭を傾げる。

 ひとまず、ゼンはセロを迎えに行く。セロは海の方を見ながら、静かにゼンを待っていた。

「待たせたな」

 ゼンはセロの背中を軽く、数回叩いた。セロはそれに反応し、立ち上がる。

 セロが立ち上がったはいいものの、ゼンの頭はまだ振り切れていなかった。今からこの村を発てば、今夜も野宿することは避けられない。野宿自体は何ともないが、今からというのがゼンの足かせになっている。

 ゼンは当てもなく村の中を散策していた。すると、先程の村長の家がゼンの目に入る。家からは笑い声や歓喜の声が漏れている。

「これで万事解決よ」

「ようやく安心して送り出せるのね」

「やったーー!やったーー!」

 賑やかな家から一人の女が出てきた。

 その女はどこか陰のあるような感じだった。賑やかな村長の家とは相反するような、そんな雰囲気を纏っていた。

 女はゼンと変わらないくらいの歳だろうか、黒い髪を肩のあたりまで伸ばしている。体も顔も小さい。だが、目だけは大きかった。二つの眼は軽く充血している。服装はこの村ならば一般的なモノだろうが、東の都の女性と比べると地味であった。

 それよりも気になったのは、女から漂う雰囲気である。村全体が救世主の出現により浮足立っているのに、この女だけは例外であった。

「あっ、」

 ゼンと女の目が合う。女はゼンにお辞儀をする。ゼンもそれにつられ、頭を下げた。

「今日の件は、申し訳ありません。何の関係もないあなたを持ち上げて、挙句の果て勝手に放り出すなんて」

 女は丁寧な口調で謝罪をする。

「まあ、気にしないでください。時機が悪かっただけですよ」

 当たり障りのない返答をしたところで、互いに口を閉ざしてしまった。両者何も悪いことはしていないが、何となく居心地が悪い。

 先に口を開いたのは、女の方であった。

「あの、どうかしましたか?」

「えっ、ああ。実は……、今夜泊まれるところを探していまして。どなたかの家に一泊することはできますか?」

 突然の質問にゼンはたじろいでしまった。本当は、この村を発つか泊まるかで悩んでいたが、咄嗟に泊まると言ってしまった。

「この村で、泊まれるところですか……」

 女は腕をL字型に組み、周囲を見渡すが、顔の曇りは晴れない。

「やっぱり、ないですよね。じゃあ、届け物も済んだし、すぐに出発します」

 ゼンが踵を返した。それと同時に、背後から声がした。

「あ、あの。私の家でよければ。狭いですが、一人泊まるくらいの場所ならあります」

 突然の提案にゼンは驚いた。返答するのに時間がかかってしまう。「お金もいりません。あなたには迷惑を掛けたし、その償いです」

 女は早口で自分の言いたいことを言うと、自身の家に向かって歩き始める。

「どーするの?」

 腰のポーチから小さな声がする。

「だから、村の中で話しかけるなって」

 ゼンは舌打ちをし、女の後を追いかけていく。

 女の家につくまで、二人の間に会話はなかった。女はゼンの二三歩先を行き、ゼンはその距離を崩さないように後をついていった。

 夕日は海に落ちかけ、海からは潮風が容赦なく吹き付けてくる。女の体は風で飛ばされるのではないか、と思う程にか細かった。

「ここです」

 女に連れられ少し歩くと、家が見えた。確かに、村長の家と比べると小さいが、それでも家族で過ごすのであれば十分な大きさの家であった。

「どうぞ、入ってください。馬はどこかに繋げておけば、大丈夫だと思います」

「悪いが、今日はここで寝てくれ。潮風に当たりすぎるなよ、風邪ひくぞ」

 ゼンはセロにそれだけ言うと、家に入っていく。セロを繋ぎ止める物は何も無いが、ゼンは気にしていない様子だ。

「逃げちゃわない?」

「大丈夫だ。というよりも、黙っていろ」



 家の中は、生活感に溢れている。寝床や食器、その他様々な日用品が家族の分だけある。そんな家なのに、ゼンの目の前にいる女からは、生活感というものが感じ取れなかった。

 本当にこの女がこの家に住んでいるのかが、ゼンにとって疑問であった。

「家族はいないんです。だから、くつろいで下さい」

 疑問が顔に出ていたのか、女がゼンの利きたいことを答えてくれた。

「え、あ、ああ。ありがとうございます。ええっっと……」

「ナヲンです。それが私の名前です」

 ゼンは一言も発していないのに、尋ねたいことが全て返ってきた。それに戸惑いを感じながらも、ゼンは端の方に腰を下ろす。

 ゼンは女、ナオンにまだまだ聞きたいことは山ほどあった。だが、その考えを頭にするだけでその答えが返ってきそうで、ゼンは別の事を考えることにした。

 目に入るのは四人分のセットだ。家の中にある様々なものが四人分揃っている。ただし、一つだけはかなり古いものらしく、埃が被っていた。

 ナヲンは家の奥に行き、ゼンは一人で座っている。目の前には囲炉裏があり、静かに火が燃え続けている。木炭はほとんどが燃え尽きており、小さな一部分だけが形を保っている。ゼンは何もすることがないので、ただただその火を見続けた。

「何か、必要なものはありますか?」

 気付けば、ゼンの目の前に荷はナヲンが立っていた。

「っあ、ああ、じゃあ水をお願いします」

 ナヲンがいつ近づいたのか、ゼンにはわからなかった。彼女の生活感のなさなのか、自分が無為に過ごしていたからなのか、どちらとも判断がつかなかった。

「わかりました」

 それだけ言うと、ナヲンはまた奥の方へと向かう。ナヲンは片手に水を入れた容器をもって、再びゼンの前に姿を現した。

「どうぞ」

 ゼンは差しだされたものを受け取る。それだけ済ますと、ナヲンはまた家の奥へと姿を消した。

 奥からは包丁の切る音が音楽のように奏でられている。更に、塩の効いた、いい香りがゼンのいる場所まで届いている。ゼンの腹から、音が鳴った。朝は食べたが、昼は何も食べてなかったことをゼンは思い出す。出てくる料理に期待を膨らませつつ、ゼンは再び囲炉裏の火に目を向ける。

「お待たせしました」

 ナヲンが鍋を持って、ゼンのいるところに来た。鍋を鉤にかけ、具材を熱する。

「木炭は何処にあります?火の勢いが弱いみたいなので、取ってきますよ」

 ゼンが立ち上がり、そう言った。

「ありがとうございます。木炭は、こちらから見て外の右側にあります」

 ゼンは言われた通り、家を出て右の方を見ると、木炭が積んであった。てきとうな大きさのものを両脇に抱え、再び家に戻る。家に戻るゼンの足は重かった。

「すみません。わざわざお手数をおかけして」

「いえいえ、泊めてもらえるだけでもありがたいのに。飯まで出してくれるんですから、これ位させてください」

 ゼンは火の消えかけていた囲炉裏に、木炭を付け加えた。火の勢いは元通りになり、再び熱を持ち始めた。鍋の中身も温まり、家の中に鍋の匂いが充満する。

 鍋も沸き立ってきたところで、ナヲンがゼンにお椀と橋を渡した。ゼンが見る限り、つい最近まで使っていた跡がある。お椀の一部分が掛けている。欠けた部分はまだ白く、他の部分と比べ黄ばみも少ない。

「そのお椀は、兄のものでした」

 ナヲンがその小さな口を開いた。

 ゼンは何も言わず、鍋の具材を食べる。ナヲンはゼンが聞いているのかもわからないまま、自分のことを話し出した。

 ナヲンによると、ナヲンには両親と年の近い兄がいた。ナヲンが小さい頃、母親は亡くなったそうだ。病死のようである。最期は、小さな体が痩せ、見るに堪えない姿だったそうだ。

 父親は漁師で、来る日も来る日も海に出かけた。それは、ナヲンの母が死んだ日もそうであった。母を看取ったのは、小さな兄妹だけである。それから、ナヲンは家の用事の事を一手に引き受けた。料理、炊事、洗濯、ありとあらゆる家事を自分一人で行った。

 やがて、兄が漁に出るようになると、ナヲンは家に一人でいる時間が多くなった。彼女は、家事を行うことで心の隙間から逃れることをできた。

 自分の存在価値は、帰ってくる父と兄の世話をすること。その使命が、彼女のこれまでを支えてきたのだ。

だが、そんな生活は突然終止符を迎えたのである。父と兄が、死んだのだ。二人とも、朝早くに家を元気な姿で出た。だが、帰ってきた時は、二人の体は冷たく、凄惨な状態であったそうだ。

それからというもの、ナヲンは家で一人で過ごすことが多くなった。今までは、二人分の世話があったため動いていれば時間が経っていた。しかし、家にいるのが自分一人では、家事に時間もかからない。時間に余裕ができたのだ。

ナヲンは、その余った時間の過ごし方を知らない。その結果、彼女は一人、家で何をすることもなく、無為に過ごす。ただただ時間が早く過ぎることだけを願い、毎日を過ごしていた。

そんなナヲンを村の人間も好ましく思わなかったらしく、何かと手を回しているのだが、結果は好ましくなかった。余計に、家にいる時間が長くなっただけである。

「ご馳走様でした」

ナヲンの話に対し何も言わず、ゼンは飯を食べ続けた。鍋の中身は見る見るうちに減り、鍋の底が見えている。

「何も言わないんですね」

 ゼンが手を合わせているときに、ナヲンが言った。

「何か言った方が、よかったですか?」

「いえ、ありがとうございます。お陰で少し、気持ちの整理がつきました」

「それはよかった」

 それからというもの、二人の間に会話はなかった。ナヲンは後片付けをし、ゼンはその姿を見ているだけであった。

 腹が満たされたゼンに、襲い掛かったのは睡魔だった。何度も舟を漕いでいる。何とか起きようと、必死に己を奮い立たせるも、睡眠の魔力の前には無に等しかった。


 ゼンが目覚めたとき、上から自身の外套が掛けられていた。壁にもたれかかって寝ていたので、体の節々に痛みがある。

 重い腰を上げ、ゼンは体を伸ばす。多少、痛みが和らいだ気がした。周囲を見渡すと、囲炉裏を挟んだ反対側にナヲンが寝ていた。寝ているナヲンを起こさないよう、静かにゼンは家を出る。

「ああぁぁ」

 まだ朝も早いというのに、太陽はさんさんと輝いていた。光が眩しく、ゼンは手を顔の前に構える。太陽の陽を浴びながら、ゼンは体をほぐす。すると、砂浜の方から声がした。

その声は一つではなかった。驚きや不安、恐怖などを含んだものだった。気付けば、ゼンの足は砂浜の方へと向かっていく。寝起き直ぐに走ったので、砂浜に着くころにはゼンの息が切れていた。

「ハァハァ……」

 砂浜の方には、大勢の村人が集まっていた。村人はある一点を中心に反円を描きながら、集まっている。村人たちを掻き分け、ゼンは騒ぎの中心に向かう。

 そこでゼンが目にしたのは、男が倒れている光景だった。小さな船に男が一人、血まみれで倒れている。木製の船は、男の血で酷い匂いだった。

 そして、倒れている男の姿には見覚えがある。先日、この村に依頼に来ていた、あの男であった。


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