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ワールド・ジャーニー  作者: ノリと勢い
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十四話 其の一

「ちょっと!

 何なのアイツ」

「俺が知るか!

 お前の方がよくわかるんじゃないのか、同じドラゴンだろうが」

「同じドラゴンだからって、あんなのと一緒にしないでっ。

 ゼンの方こそ何かしたんじゃないの」

「何もしてねえよ」

「痛っ。舌嚙んじゃった」

 ゼンはセロに跨り、全速力で林の中を駆け抜けている。彼らの後方には、巨大なモンスターがいる。

巨大な図体で、紅い鱗を身に纏い、牙や爪は人どころかどんな生物であろうと仕留められる鋭さを持った、ドラゴンがいた。竜はゼンたちを追い詰めようとしている。口から火球を放ち、彼らの行く先を阻もうとする。

 もうそれなりの時間を逃げ回っているが、追撃の手が緩む気配はない。


衝突は突然であった。ゼンたちはいつもの様に移動していた。この時は、彼もセロに乗っていない。

「ゼン、ドラゴンの匂いがする」

「本当か?」

「うん。

 けど、私の親じゃない。懐かしい匂いじゃない。

 いた、あそこ!」

 エアが指さす方向を、ゼンは見た。

 確かにエアが指さす方向にいた。ドラゴンである。エアと同じ、紅い鱗を身に纏っている。

 ゼンは立ち止まり、ドラゴンの姿を見ている。徐々に、竜の図体が大きくなっている。

「あれ。あのドラゴン、こっちに近づいている?」

「嫌な予感がするな」

「ちょっと、やめてよ~」

 エアは笑いながら言うが、ゼンの顔は笑っていない。

「乗れっ!」

 ゼンはエアの体を引っ張り、自身はセロに跨る。セロの胴体を足で軽く叩くと、セロは全速力で駆けだした。

 お世辞にも馬が走るのに適した地形とは言えない。前面の視界は悪い。大量の木が前の視界を遮り、常に気を張る必要がある。

 ゼンたちがほんの数秒前までいた場所には、火球が降り注いだ。火球は周辺の木々を薙ぎ払い、草花を燃やした。

 二発、三発と火球はゼンたちを狙って発射された。彼は後方を振り返り、右へ左へ蛇行する。火球によって生じた細かな木の破片や石がゼンを襲う。

 被害はセロにも及んでいる。僅かにだが、セロの速度が落ち始めている。今すぐに捕まるということはないだろうが、それも時間の問題だ。

 状況は、ゼンたちにとって圧倒的に不利だ。洞窟や洞穴でもあれば、一時の危機を脱出することは可能だ。しかし、現実はそう上手くいく訳もない。

「ヒヒンッ」

 遂にその時は来た。子供の拳ほどの石が、セロの頭に衝突した。大きさはそれほどなのだが、速度が乗っている分殺傷力が高まっている。

 セロの足はもつれ、地面に転んだ。無論、ゼンたちも同じだ。馬上で同じ姿勢を維持できるはずもなく、セロと同じように落ちていく。

「がっ」

 エアはいつもの様に、ポーチの中にいた。それもセロが転び、ゼンも転倒したことで、エアも外に出てしまう。

 ポーチの中も無事ではない。上に下にエアの体も移動していた。そのせいでエア自身も何が起きたかを把握できていない状態だ。目が回り、まだ回復していない。

「エア!

 逃げろ!」

 ゼンも地面に倒れたままだ。意識はあるが、体が動かない。手も足もだ。指先は動くのだが、そこまでだ。

 何とか喉の奥から声を出し、エアに向かって叫んだ。その行為も空しい結果に終わってしまった。当のエア本人も、頭が回っていないのだ。

 ゼンの声は届いているのだが、頭で理解することができなかった。エアからすれば、彼の声だけが聞こえただけだ。何を言ったかまでは把握できていない。

 そうしている間にも、ドラゴンは距離を詰めてくる。遂には呼吸の音が聞こえる程まで近づいてきた。まだゼンもエアも回復しきっていない。

 身近で見るドラゴンは、想像の何倍よりも大きい。ゼンにとっても初めての経験だ、成体のドラゴンを見るのは。いつもエアを見ているせいか、余計にそう感じるのであろう。

 全身を覆う鱗は黒に近い赤色だ。エアのような鮮やかな赤色ではない。その牙も爪も、人はおろか地上のあらゆる生物を死に至らしめる鋭さを持っている。あの爪に掛かれば、ゼンの命など花の様に散ることだろう。

 ゼンは逃げようとするものの、まだ体は動かない。

「セロ……」

 ゼンは何とかして首を動かす。自分は動けなくとも、セロならば。エアを口に咥えて、逃げ通せるかもしれない。首を動かした先の視界の端には、セロがいる。だが、セロも倒れた状態のままだ。死んではいない、生きている。呼吸をし、胸の辺りが動いているのが確認できる。

 ――ズドンッ。

 ゼンの体に衝撃が走る。ゼンの体に直接、何か力が加わった訳ではない。

 ドラゴンが地上に降り立ったのだ。その巨体が地上に着地した余波が、ゼンの体にまで伝わった。

 殺られる、ゼンはそう確信した。一対一で戦ったとしても勝てるかどうかは不明だ。いや、恐らく勝てないであろう。あの巨大な生物に、人一人が立ち向かった所で何も変わらない。ましてや、今は文字通り手も足も出ない状況下だ。

「くそぉぉぉ!」

 ゼンは喉の奥から声を掻き出す。せめてもの抵抗だ。既に覚悟は決まった。あとは煮るなり焼くなり好きにしろ、ゼンは目を閉じる。

 ドラゴンが一歩一歩、歩く度にその振動がゼンの体にまで走ってくる。

 おかしい、もう捕食されてもおかしくはない。ゼンは閉じた瞼を再び開ける。

 ドラゴンはいた。だが、ゼンの方ではない。エアとセロの方に向かっていたのだ。

 どういうつもりだ。楽しみは最後まで取っておく主義なのか、固まりかけていたゼンの覚悟が揺らぎ始める。“生き残りたい”という欲が沸々と湧き上がってくる。

 ゼンの体に現れたのは欲望だけではない。体の感覚もある。腕も、足も、ゼンの意思通りに動かすことができる。まだ完全ではないが、それでも十分である。

「おらぁぁ!」

 ゼンは立ち上がり、ドラゴンに向かって走る。生き残るのであれば、全く得策ではない。ゼン一人で駆けだせば、逃げ切れる可能性は僅かにだがある。周囲の環境に溶け込み、一日でも二日でも我慢すれば不可能な話ではない。

 だが、今のゼンに“逃げる”という選択肢はなかった。何もどちらかが死ぬまで戦う必要はない。適当な段階で逃げればいいだけの話だ。問題は、その適当な段階に持ち込めるかということである。

 手始めに、ゼンはナイフを投擲する。目標は大きく、狙いを定めるのも容易い。

 ゼンの手から離れたナイフは、ドラゴンの硬い鱗を貫通することはできなかった。カン、という音とともに地面へ落ちていく。

「やっぱり効き目はないか」

 元よりゼンは、ナイフが刺さるとは思っていなかった。ドラゴンも何もなかったかの様に振舞っている。向こう側からすれば、蚊が刺した位かそれ以下のことなのだろう。

「こっちはどうだ」

 ゼンは続いて、クロスボウを構える。矢は既に装填されている。後は引き金を引くだけだ。

 クロスボウは、鱗を貫いた。だが、肉の奥深くまでは突き刺さっていない。鱗の隙間から流れる赤い血は少量だ。

 ようやくドラゴンが視線をゼンの方に向けた。相手からすれば、人間など取るに足りぬ存在なのだろう。だが彼からすれば、このままこの事態を黙って見過ごすわけにはいかない。

「ガァァアァァァ」

 産まれて初めて浴びるドラゴンの咆哮は衝撃的だった。この経験は生涯忘れることはない、それほどのものだ。今のゼンに、それを味わう余裕はない。

 ゼンの姿を見たドラゴンだが、直ぐに視線は彼から外れ、セロの方へと戻る。ゼンには置き土産だけが残った。足を動かしたことで、尻尾がゼンに当たる軌道を描いた。

重量のある尻尾をまともに喰らえば怪我では済まない。流石のゼンもこれほどの巨大な物体を切る自信はない。ましてや、尻尾は今も動いているのだ。動いていない物ですら、これほどの物を切った試しはない。

避けるしかない、ゼンの選択肢は決まった。受け流す、という選択肢は直ぐに却下した。受け流せば、一撃は凌げるかもしれない。ただの一撃だけだ。それ以上は刀が持たない。否、一撃すら凌ぎ切れる確信も彼にはない。加えて、彼の腕力が限界を迎えるだろう。

「ッッッ」

 ゼンは滑り込むようにして、向かってくる尻尾を潜り抜ける。潜り抜けた瞬間の風圧はゼンにも感じることができた。やはり、躱すことにして正解であった。受け流せば間違いなく刀か彼がお陀仏になっていたであろう。

 ゼンは立ち上がり、ドラゴンとの距離を詰める。まだ竜の視線はセロに向いたままだ。彼のことなど、文字通り眼中にない状態である。

「だらぁ」

 遂にゼンの一撃が、ドラゴンに届いた。斬った感触は悪くはない。鱗を切り裂き、肉にまで到達した手応えはあった。それと同時に、まだ切り込みが浅いということも。

「チッ、浅いっ」

 ゼンは続いて二撃目を斬りこむ。角度、速度、力の入れ具合、どれをとっても問題はない。人間が相手の場合の話だが。

 二撃目も竜の足に入った。鱗を切り裂き、肉にまで刃が到達した反応はあった。

「グァァァ」

 攻撃が通ったこと、痛みに反応があったことにゼンは安堵した。血が出て、痛覚があるのは人間もモンスターも同じである。ならば、殺せるということだ。彼は刀を持つ手を強く握りしめた。

 三撃目は、ドラゴンにより阻止された。遂にドラゴンは、ゼンを標的に定めた。前足を尻尾を、彼に喰らわせようと動かす。

 ゼンはそれを躱していく。普段であれば最小の動きで相手の攻撃を躱し、体力の温存を図るのだが、今回はそうもいかない。

 相手はただの人間でもモンスターでもない。ドラゴンである。ドラゴンと戦うのはこれが初めてだ。どんな隠し玉を持っているかは不明だ。隠し玉が繰り出されても回避できるように、ゼンは大きく距離を開け慎重に戦う。

 ゼンは一刻でも早く、戦闘を斬り上げ逃げ去りたいというのに、ドラゴンの戦意は萎えるどころか高まっていく一方だ。彼に対する攻撃の殺意もどんどんと高まっていく。

「クソッ」

 敵の攻撃の手数が増えるごとに、ゼンは段々と後手に回っていく。攻勢を掛けようにも相手の一撃を躱すことで精一杯になり、攻撃にまで手が回っていない。

 ゼンは見誤っていた、自身の敵はドラゴンだけだと。ゼンは上手くドラゴンの攻撃を避けていた。が、意識がそこにだけ集中していた、

 次にゼンが意識を取り戻したのは、陽が沈んだ後であった。


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