十三話 其の七
「イド?」
もう聴くことのできないと思っていた声の元へ、イドは進む。いつも少年を優しく受け入れてくれた存在がそこにいいた。
「――イド」
「……お母さん」
「あなた、イドよ。私たちのイドが」
イドの母は、隣にいる夫の肩を叩く。夫は目の前の光景に驚嘆し、手に持っていた水瓶を落としてしまった。水瓶は地面に落ち、割れてしまった。中にはまだ水が残っており、地面に水が染みていく。
イドは両親の元へ走り出す。少年の両親も子供の方へ駆け寄る。親子の間を邪魔する者はおらず、親子は感動の再会を果たした。
親も子も、再び会えたことを心から歓喜し、涙を流した。もう二度と会えない、そう思っていた。それが、再び会うことができたのだ。
三人で抱き合い、声が枯れ、涙が尽きるまで抱擁は終わらなかった。
「もう会えないと思っていた。
あなたがいなくなってから、ずっと探していたのよ。私だけじゃない、仲間の皆も」
「ああ。行く場所行く場所でお前の情報を求めたが、有力な手掛かりはないままで。
そんな折に、連中に襲われて。もう駄目だと全てを諦めかけていたんだ」
「ごめんなさい。ごめんなさい。
心配かけて、みんなの前から姿を消して。みんなにいっぱい迷惑をかけて」
「いいのよ」
「いいんだ」
「あなたが無事で」
「お前が無事で」
両親は同時に、同じことを言った。
その言葉を受けて、イドはより一層泣き出す。今までは泣かぬ様に我慢していたが、それでも涙は溢れていた。
両親の言葉を受けて、一気にイドの涙腺は崩壊した。一度崩壊すれば、後はただ崩れ行くのみだ。
周りの目も憚ることなく、三人は泣きじゃくった。それを止める者は、その場にはいない。
その光景を少し遠くから見ている男がいた。男は踵を返し、村の入り口へと歩いていく。
「ところで、あなた。
今までどこにいたの?」
「そうだ。
お前ひとりでここまで来たのか?」
「いや、ゼンが一緒に」
「ゼン?」
「誰なの?」
「紹介するよ。ここまで運んでくれたのも、ゼンなんだ。
待っていてね。すぐに呼ぶから。
ゼン!ゼン!
ゼーーン!」
イドの声だけが響く。呼びかけに応える者はいない。イドは辺りを捜索し、ゼンを探す。
どこにもゼンの姿はない。自分をここまで連れてきてくれた彼が。先程の場所に辿り着いても彼はいなかった。
「どこにいるの?
その、ゼン、という人は」
「ああ。ぜひともお礼をいわなければ」
「さっきまでここにいたんだよ。
僕をここまで連れてきてくれて。疲れたからここで休むって、本当だよ。
ん?あれは……」
イドの目に一つの袋が映る。あれは間違いない、イドの物だ。ゼンとの旅の間で、イド自身が作った収納袋である。慣れない針仕事のため、形も不格好で外から縫い跡も見える。
「僕の袋だ」
イドは自身の袋の元へ駆け寄る。一つ奇妙なのは、袋の中身が詰まっていることだ。
ここに来るまでの道中で、水や食料も心許ない状況になっていたはずだ。イドの分は勿論、ゼンだって事情は同じだ。
イドは自身の袋を開けた。中には数日分の食料と水、それに小包が入っている。小包は紐で括られていた。イドは固く結ばれた小包の紐を解いた。
中には銀貨と金貨が入っている。イドが目にしたこともないような量だ。
「ゼン!ゼン!」
イドの声が空に響く。
「よかったの?
別れの言葉も言わずに」
そう言ったエアの声は、涙汲んでいた。
「別れの言葉なんて言ったら、余計に別れるのが苦になるだけだ。
それに、アイツには帰るべき場所があって、そこに帰ることができたんだ。
アイツを待っている人もいる。俺とは違ってな。
それだけで十分だろう」
ゼンとエアは、村を出て歩き始めている。
「これでイドともお別れか」
「世界は広いんだ。
旅を続けていれば、また会うこともあるかもしれんぞ」
「そうだね。
また会うかもしれないよね。
それに小さい子供を、こんな危険な旅に同行させる訳にはいかないしね」
「手のかかる奴を二人も世話するのは、二度とごめんだ」
「それって私のことも含んでいる?」
「お前以外に誰かいるか」
「セロとかは」
「セロはお前よりもずっと大人だよ」
「なにさ。歳だけで言えば、私がこの中で一番の年長者なんだよ。
ゼンなんか、私に比べれば孫だよ、孫」
「そんなことより、重要な問題がある。
さっき、イドに残り少ない食料と水を分け与えたから、俺たちの分がほとんど残っていない。
節約して、あと二、三日ってとこだな」
「どうするの」
「できるだけ物の消費を少なくして、補給できる場所を探す」
「そんなの何とでも言えるじゃん。また行き当たりばったりなの?」
「いつものことだろ」
「そうだね。
いつものことだね」
ゼンたちは、次の目的地に向かって足を進める。




