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ワールド・ジャーニー  作者: ノリと勢い
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四話 其の一

 ゼンたちが東の都を発ってから、それなりの時間が経っていた。

 太陽がゼンたちの頭上に輝いている。ゼンたちが東の都を発ったのは、夜も遅い頃だった。

 ゼンたちは休むことなく、脚を進めていた。

 ゼンはセロの手綱を引き、エアはセロの背中に乗っていた。

「眠い~」

 馬上のエアは、この台詞を何度も繰り返している。

 エアは街を出た当初は静かだったが、日が昇るにつれ、体も口も活発になってきた。

「休もうよ~」

「駄目だ」

 ゼンはキッパリ断る。

「追手が来るかもしれん。今の間に、できるだけ都から離れておきたい」

 ゼンは睡眠不足に加え、強行軍で次の目的地に向かっている。表立っては見えないが、疲れは確かにゼンの体の中に確実に蓄積している。

「多分、大丈夫だと思うよー」

 ゼンとは違い、エアの声は朗らかだ。

「どうして、そう言い切れる?」

「だって、全然、人の足音聞こえないし。もしも、私たちを捉えているなら、もっと大勢くるんでしょ」

 エアはそれが、当然かのように言った。

 ゼンはそれを聞き、口が開いたままになっている。

「……?。何でそんなに驚いているの?」

 エアの無邪気な質問が飛んだ。

「ドラゴンっていうのは、そんなに耳がいいのか?」

「感覚を一ヶ所に集中すれば、それなりに遠くの音まで拾えるよ。へへー、いいでしょ」

 エアは自慢げだ。口角が上がっているのが分かる。

「それは初耳だ」

「耳だけじゃなくて、目も鼻もいいんだよ。

この先からは、なんだか変な匂いがするなー。微かにだけど、独特な匂いが」

 エアは目を閉じ、感覚を鼻に集中している。小さな二つの穴を膨らませては縮小させ、僅かな匂いをかぎ取った。

「多分、海の匂いだな」

「海?」

 いきなり、エアが飛び跳ねる。

「海って、でかい湖のことだよね。

 水を飲み切らないようにわざと変な味にしているっていう」

 エアの興奮は、話口調のスピードでわかった。

「え、ああ……」

 あまりの速さに、ゼンはつい肯定してしまう。

「じゃあ、早く、早く行こうよ」

「落ち着け」

 ゼンが落ち着きのある、低い声で言った。

 それを聞いて、飛び回っていたエアはセロの背中に戻った。

「どうせ、今日に辿り着くのは無理だ。それに疲れた。

 今日は早めに寝て、明日の朝早くに村に着く」

「はーい」

 エアはどこか不満そうな顔だが、大人しく従った。ゼンも疲れているが、エアも疲労はたまっていた。

 大人しくゼンの言うことを聞いたのは、そういう訳である。

 ゼンたちが今いる場所は開けていて、周りに視界を遮るものはなかった。

遠くに山が見えたが、その山はとても小さく見えた。

「あの山って、ゼンが住んでたところ?」

「ん。ああ、そうだ。

 そうか、あの山が見えるってことは、大分離れたんだな」

 ゼンが山を眺めつつ、呟いた。


 それからもゼンたちはしばらく足を止めなかった。

 太陽が東から西へと方向を変え始めた頃に、一行は足を止めた。

「今日はもう進まないの?」

「今日はこれで終わりだ。食料も調達しなきゃならんしな」

 それからゼンはセロにかけている袋から、何かを取り出す。

 それは、巨大な布だった。慣れた手つきでただの布をテントの様に仕立てていく。

「うしっ」

「んあ、できたー?」

 ゼンがテントを張っている間、エアはセロの背中で悠々と寝ていた。気のせいか、顔がスッキリしている。

「お前はいいよな……」

 ゼンの口から小さな愚痴がこぼれた。ゼンは近くにあった岩を利用して、簡易テントを組み立てた。

 太陽の陽を防ぐだけの粗末なものであったが、ゼンにとっては十分だった。

「ちょっと、晩飯を刈ってくるから、お前はここにいろ。いいな」

「私も行く」

「いいから、ここにいろ。ここでセロを見ておいてくれ」

 そう言ったゼンからは、何か圧が感じられた。

 渋々、エアはテントにいることを承知する。

「それじゃあ、陽が落ちるまでには帰ってくるから、ここで休んでいろ。

 もし何かあれば、飛んで知らせにこい。俺はあっちの方にいるから」

 そう言ったゼンは山のある方角を指さした。

「じゃーなー」

前を向きながら自分に向かって手を振るゼンの背中を、エアは見ることしかできなかった。

ゼンが去ってから、エアは言われた通り、しばらくはセロの様子を見ていた。

時間が経つと、徐々に飽きてきたのか、エアはセロに向かって話しかけ始めた。

「お前のご主人さまって、変わってるよね~

どう育ったら、あんな性格になるのか」

ゼンに対する愚痴も飽きてくると、眠気がエアを襲う。エアはそれに勝つことができず、二度目の眠りに入った。

「……、おい、起きろ!」

 エアが目を開けたとき、ゼンは真正面にいた。

「ん……、あれ?私……」

「もう夕方だぞ」

 エアが周りを見渡すと、空は赤くなっている。気温も昼と比べると低くなり、エアを微かに震わせる。

「頼むぜ、全く」

 そう言うゼンの腰からは、野生の動物が垂れ下がっている。左手には、細い木々を抱えている。動物はエアよりも二回りほど大きい、白い毛皮を纏ったものだ。

「さあ、飯だ」

 それからのゼンの行動は早かった。腰のナイフで刈った獲物の毛皮を剥ぎ、内臓を取り出した。その内臓を岩の上に乗せ、次の工程に移る。

 持っている火打石で火をつける。ゼンの手つきは慣れていた。

「はや~い!」

 ゼンの見事な手際に、エアは口を開けて驚嘆している。

 隣で調理を凝視しているエアを気にもせず、ゼンは手を動かす。

 動物の肉を適当な大きさにぶつ切りにし、別のナイフで肉を刺す。ナイフが刺さった肉は火の中に入っていった。

 火の中で肉は徐々に色を変え、香ばしい匂いを放出し始める。香ばしい匂いはゼンの鼻を通り、胃に到達する。

 昨晩から何も食べていないゼンにとっては、拷問にも近い状態であった。気を抜けば、口からよだれが出てしまいそうだ。

「いい匂い~」

 横から聞こえてくる声に反応し、ゼンは何とか意識を調理に集中させる。

 燃え盛る炎から取り出した肉は、ゼンの眼にはとても美しく見えた。大雑把な大きさに切っただけの肉だが、焼け具合は完ぺきに近い。

 外はしっかり焼け、腹にズシリと来る香りが、漂っている。

 肉から溢れ出す汁は、赤く、食欲を刺激する。

 ゼンはその焼けた肉を、躊躇せず口の中に入れた。

 口の中に放り込まれた肉は、歯で噛まれ、その汁をゼンの口の中に放出する。

 久しぶりの食事は、美味いの一言に尽きた。肉の感触も、肉汁も、香りも、ゼンは肉の全てを味わう。

 ゼンの口角が意図せずに上がる。

「い~な。い~な。私にもちょうだい~」

 横からエアが話しかけるが、ゼンは気にせず食事を摂る。

 一口、二口と、ゼンは黙々と肉を食っていく。

 ナイフに刺さっている肉が小さくなると、他の肉を刺して、再び焼いていく。

 肉を焼いては食い、再び肉を焼く。隣で何か声が聞こえたが、ゼンは気にせず食事に集中した。

しばらくして、喉の渇きを癒すためにゼンは水を飲む。

「ねえってば!」

 その時になって、ゼンは横にいるエアが叫んでいることに気付いた。

「ん、悪い。食べるのに夢中になっていた」

「はやく、私にもちょうだいよ」

 ゼンは小さめに切った肉を焼き、焼こうとする。

「私そのままでいい」

 そう言うと、エアは生のままの肉を食べ始める。

 ゼンはその姿を、静かに見ていた。

 しばらくは、エアのために肉を切り分けていたゼンだが、ある程度の量をこなすと自分の肉を再び焼き始める。

 ゼンもエアも、ただ目の前にある肉を貪った。

 両者の間に会話はなく、ただただ口が物を食べるためだけに動いている。

「あ~、お腹一杯」

 先に満腹になったのは、エアの方だった。ゼンはまだ肉を黙々と食べている。

「ねえ。」

 先程までの明るい顔は何処に行ったのか。エアは真剣そうな表情を見せている。

「なんだ?」

 ゼンは静かに返事をする。

「昨晩の事は、ごめんなさい……」

 ゼンは肉を頬張っている。僅かな間の沈黙だったが、エアにはとても長く感じた。早く何か言ってくれ、エアの頭の中はそれで一杯だった。

「仕方ないさ。ドラゴンを連れて旅をする以上はトラブルを避けることは不可能だしな。

 次から、見つかるなよ。街に入る度、一々戦闘なんて、勘弁だからな」

 それだけを言うと、ゼンは目の前の肉に集中する。

「うん!」

 エアの元気な声が夜空に響いた。

 その後、ゼンは心いくまで食事を楽しんだ。ゼンは満腹になり、眠気が彼を襲った。先日の先頭から不眠不休で動き続けたのだ、無理もない。

 ゼンが殆ど閉じかけの眼で横を見ると、エアは既に眠りの中に入っている。それを見て、ゼンも就寝の準備に入った。

 セロにかけている袋から、ゼンは分厚い布を取り出す。それで自身の体を覆い、岩を背にして目を閉じる。刀だけはすぐ側に置き、何があってもすぐ対応できるようにだけはしておいた。


 翌朝、ゼンは日の光で目を覚ました。背伸びをし、体を伸ばす。体からは、骨が鳴る音が響いた。

 周囲を見渡し、エアとセロがいることを確認する。自身の横に置いていた刀を腰に差し、身支度を整えた。

 直に、エアも目を覚ました。まだ眠いのか、欠伸を連発している。

 ゼンとエアは昨晩の残りを食べ、目的地に向かった。この日も天気は良く、風通しも良かった。

 空は青く、所々にある白い雲は、空の青さをより一層強調した。周囲には風を遮るものがなく、風はゼンとエアに直撃する。だが、それで寒さを感じることはなく、むしろ心地よい位であった。

「ねえ、」

 出発して、しばらく経ってからであった。エアが口を開けたのは。

「どうしてこの前の戦いの時、帽子をかぶっていたの?それに、背中のクロスボウも一回も使わなかったし。あと、あの鎧の大きい人、あの人も殺さなかったよね、どうして?」

「落ち着け。そして、質問は一つずつにしてくれ。いっぺんに何個も言われると、処理できん」

「え~と、じゃあ、じゃあ。何で防止被ってたの?」

「顔が見えないようにだ」

「どうして、クロスボウ使わなかったの?」

「ボルトから鍛冶屋の情報が漏れないようにだ」

「えーと、えーと」

 最後の質問でエアは首を傾げた。

「あの鎧男を殺さなかったのは、追手が来ないようにするためだ」

「追手が来ないように?」

 エアは反対側の方に首を傾げた。

「あそこで、あの鎧男を殺していれば、俺を討つために追手が来る。数は分からんが、一人では太刀打ちできん。

だが、気絶だけなら相手さんも追手を仕向けてくることはないはずだ……多分」

「むしろ、仕返しにおってくるんじゃないの?」

「殺したら、間違いなく仕返しに来る。だが、見ず知らずの余所者に倒された、となれば奴らは自身の信頼回復に躍起になる筈だ。それこそ、俺を追う余裕すらない程にな」

「ふーん」

 解答が納得いかないのか、自身の求めていたものと違ったのか、エアは上の空だ。

「うーん、段々、匂いがきつくなってきた」

 エアは鼻をヒクヒクさせ、未知の体験を楽しみにしている。目は輝き、羽ばたきの数も増えている。

「そろそろ、ポーチの中に入っとけ。絶っっっ対に、顔を出すなよ。いいな」

 ゼンは長い溜めを作って、言った。

「わかった」

 先日の反省もあるのか、エアは大人しく肯定する。

 潮風の独特な香りがゼンの鼻腔まで届いた。決して落ち着く香りではないのだが、どこか懐かしさを感じるような、そんな風だった。

 

 村にゼンが辿り着いたのは、それからすぐであった。

 村には高台に矢倉、それ以外は何件も連なった長屋がある程度の村だ。何よりも、船の数が多かった。正確な数は分からないが、家屋の数よりも船の数の方が多そうである。

 船も一人で乗るタイプの小さいものから、複数人で乗る中型のものもあった。

漁業で生活をしているのが一目でわかった。村には若い男の姿は見えない。村にいるのは、小さな子供と女性、老人たちだけだった。

 村の入口に立ったゼンたちに、二人の小さな子供たちが近寄ってきた。

 子供たちはゼンの身なりを見て、互いに顔を見合わせた。一人は、ゼンの方に近寄り、もう一人は振り返り走っていく。

「村長~、言ってた人が来たよ~。悪いモンスターを退治していくれる」

 走っていった子供の口から、不穏な言葉が聞こえた。

「どうぞ、こちらです」

 もう一人の子供は、ゼンの手を取り、村の中へと導いた。


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