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ワールド・ジャーニー  作者: ノリと勢い
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十三話 其の三

イドが走る。右手には短い木の棒を握っている。左に右に舵を切りながら。対するゼンは一歩も動かない。直立不動のままだ。手には何も持っていない。

 イドが何かを投げた。左の手の平から放出された投擲物はゼンの方へ飛んで行く。

 ゼンは驚くこともなく、投擲物を捕える。ゼンの視線がイドから他に移った。

 イドは一気に、足を速める。真っ直ぐにゼンの方へ。彼の視線に移らぬよう、姿勢を低め、彼の足元に潜るようにして近付く。

「これでっ、どうだ!」

 イドが握りしめた棒をゼンの左太腿に突き立てようとする。が、そこにはゼンの体はなかった。

「惜しかったな」

 ゼンはイドの右手をしっかりと押さえ込み、少年の首元にナイフを突き立てている。

「くっそーー!

 ま~た、駄目だったか」

 イドは地面に寝転がる。背を大地に預け、大の字になって。

「いや、今のいい手だったぞ」

「え?だけど、ゼンには避けられたよ」

「それは、俺もよく使う手だからな

 対策もお手の物だ。とはいっても、かなりギリギリの所だったがな。急いでお前の後ろに回り込んだから何とかなった、それだけだ」

「折角、いい手だと思ったのに。

 よりにもよって、ゼンと被るなんて。あぁぁ」

「そう拗ねるな。

 今日の後片付けは俺がやってやるから」

 その言葉を発した途端、イドは飛び上がった。

「今の言葉、聞いたからね。

 今更なし、っていうのは無しだよ」

「そんなこと言わねえよ。

 じゃあ、まずは飯の準備をしますか」

「うん!」

 元気のある返事が返って来た。イドの成長は、ゼンも驚くほど早かった。日に日に攻撃の精度は高くなり、速度も上がってきている。

 以前の様に考えもなし突っ込むことは無くなった。様々な動きや仕掛けを使い、ゼンを困惑させることも多い。小柄な体格を活かし、相手の死角から攻める攻撃が多くなっている。

 だが、それでもゼンに攻撃が当たることはなかった。いつも、一撃を加える直前で、躱され、受け流されてしまう。そのため、ゼンも以前の様に欠伸を噛みしめながらの気を抜いたままでは対応しきれなくなっている。

「ゼン、そろそろ材料も切り終わるよ」

「こっちも準備できた」

「よし、じゃあ鍋にぶち込め」

 この日の夕食も完成に近づいていた時であった。予期せぬ来訪者が二人の前に姿を見せたのは。

「たっ、助けてください」

 その女性は、右手を押さえさながら二人の元へと駆けよってきた。歳はゼンよりも少し若い位だろう。顔は整っている。髪は肩のあたりまで綺麗な金髪が垂れている。

衣服には赤い染みが付いている。息も切れていた。足を止めると、崩れるようにして倒れこむ。四つん這いの状態だ。

「急に賊が現れて、私たちを。

 助けてっ」

「ゼン行こう。

 お姉さん、どっちですか?」

「あちらの方に、私の仲間が」

 女が指さした方向にイドは走り去っていく。ゼンの忠告も聞かずに。

「待てっ」

 ゼンが言葉を発した時には、既にイドは遠くにいた。

「あなたもっ。

 お願い、はやく」

 

 イドは高揚感を胸に抱きつつ走っていた。ようやく、自分の実力を試せる時が来た。その喜びが少年の体を包んでいる。

 ゼンとの模擬戦闘にも飽きてきた頃だ。彼には一度も攻撃をあ立て試しがないが、それは相手がゼンだからだ。

 そこらの賊や野党相手にならば勝ち目はある、イドの考えはそのようなものだ。

 相手が少人数であるのが望ましいが、正確な数は不明だ。イド一人で対処できるなら、それが最善だ。仮に、相手の数がイドの予想より多く一人で捌ききれない場合は、ゼンが来るまで逃げる。少年の甘い見通しだ。

「あれかっ」

 イドの目に、馬車が見えた。不思議なことに一台しかない。既に他の車は持ち去られた後だからか、少年は考えながら現場に近づいていく。

 馬車のすぐ近くにイドは辿り着いた。すぐに荷台へ乗り込み、周囲を確認する。少年の考えは疑念へと変わりつつあった。

 あの女性の話によると急襲を受けたとの話だが、馬車の中を見てみると綺麗な状態だ。とても襲撃に遭ったとは思われない。加えて、女性の仲間もいない。

「オイオイ、何だ、ガキ一人か」

「本命の野郎はどうした?

 ガキ一人殺しても何の得にもならねえぞ」

 イドの周囲から野太い声が聞こえる。少年は恐る恐る、荷台から顔だけを出し、何が起きているのかを確認する。

 状況は最悪だ。イドを取り囲むようにして、賊がいる。その誰もが少年を捉えている。この場から逃げ出すことは不可能だろう。

 決死の覚悟で飛び出し一矢報いた所で、多勢に無勢なのはわかりきっている。

 イドは荷台から顔をひっこめ、項垂れる。

「何てこったい」

「まあいい。先にガキから殺すぞ。金目の物は取っておけ」

 イドがこの場から脱出する方法を考える間にも、状況は悪くなる一方だ。少年に対する包囲網は狭まるばかりである。

 イドは唾を飲みこむ。もう一度、荷台から顔を出し周囲を見渡す。少しでもこの場から抜け出せるための脱出口を探す。

「あそこだ」

 包囲網の中で一人いた。細身で、小柄な男だ。イドよりも体は大きいが、それでも他の連中と比べると明らかに体が小さい。あそこしかない、イドは呼吸を整える。

「フー、フー」

 自身の心臓の鼓動が、脈拍を自身で感ることができる。イドは意を決し、一気に荷台から飛び降りる。その後は、脇目も降らず、駆けだす。

 ゼンに倣って腰元差してあるナイフを抜き出し、相手の太腿に刺す。

 イドの刃は届かなかった。イド自身にも何が起きたのかが理解が追い付かなかった。気づいた時には、空を見上げていた。イドが、自身が倒れていることに気付いたのは、それから少したってからであった。

「ッ」

 イドは即座に立ち上がる。再度、男に向かってナイフを振る。少年の一撃は空を切っただけであった。

「ヒッヒッヒッ。

 よりにもよってアイツの所に行きやがってぜ、あのガキ」

「ああ。俺たちが何の考えもなしに防御を薄くしているとでも思っていたんじゃないのか」

 イドを嘲笑う声が、周囲から上がる。当然、イドの耳にもその声は入ってくる。それでもイドは諦める様子はなく、何度も男に向かっては、遊ぶように倒された。

 イドの顔からは余裕がなくなっていく。馬車を見つけた当初は、薄い笑みすら浮かべていたイドが、今は泥だらけで険しい表情を浮かべている。

「もういいだろ」

 倒れているイドに対し、男は右足を腹に降ろす。

「何度やったって無意味だ。

 いい加減、諦めろっ」

 男は右足に更に体重を掛ける。

「がっっ」

 腹の中の臓物が圧縮されるような感覚だ。腹の中に物は入っていないのに、何かが胃から逆流しそうだ。苦しいのは臓物ばかりではない。肋骨にも猛烈な痛みが走っている。骨は折れていないのが、より一層、痛みを激しくさせる。いっそのこと、骨が折れてくれればと考えるほどだ。

 ついに男が腰に咲いていた剣を抜いた。刃先は刃こぼれし、凸凹が至る所に存在している。

「そこまでだ」

 その場にいた全員の視線が一人に集まる。声の主はゼンだった。彼は先程、助けを求めにきた女を盾にするような形で現れた。

「妙な動きをすれば、お仲間の命はないぞ」

 ゼンはナイフを見せびらかすようにして、女の首に立てる。ゼンが少しでも力を入れれば、赤い噴水が完成する形だ。

「その言葉、そっくりそのままお返しするぜ。

 お前もソイツを放せ、さもないと大事な息子と生涯の別れになるぞ」

 イドの目の前に、剣が突き立てられる。

「俺に息子はいない。

 そいつはただ、付いてきただけだ。死のうが俺には関係ない」

「強がりはよせ。

 俺たちは本気だぞ!」

 イドの頬に刃が通った。イドの頬には赤い一筋の線ができた。

 ゼンはナイフを持つ手に力を入れた。横方向に広がる、赤い噴水が完成した。

「こっちだよ!

 バ~~カ」

 全員の、否、一人を除いて視線が一方向に集まった。後方からした声の方へ。

 賊たちが振り向いた先にはドラゴンがいた。エアだ。一同の注意がゼンから逸らされた。

 視線がゼンから外されるよりも前に、彼は動き出していた。走り出し、腰の刀を抜く。それと同時に左手にクロスボウを構える。構えるや否や、彼はボルトを放つ。ボルトを放つと同時にクロスボウをその場に落とし、両手で刀を握る。

 ボルトは賊の一人に当たった。その一人は声を上げたが、他の者の注目はエアにあった。

 後ろを向いている男に、ゼンは背中から斬りかかる。無防備な背中に入った一撃は、容赦なく相手の命を奪う。

 ようやく、一人がゼンの接近に気付いた。気付いたのは、イドに足を載せている男だ。男は地面に突き刺した剣を引き抜くと、彼に突き刺そうとする。

 ゼンは僅かに体を逸らし、剣の切っ先を躱す。前に進みながら、隙だらけになった相手の胴体に刃を入れる。相手を通り過ぎた所で振り返り、もう一太刀を叩きこむ。

 ゼンは止まらない。次から次へと、斬りかかっていく。賊たちが彼の攻勢に反応したときには、既に遅かった。戦況は固定されており、反撃するには何もかもが遅すぎた。

 誰もが、誰かがゼンを倒してくれるのを期待するだけで動こうとはしない。その硬直を彼は見逃さない。僅かな間だが、彼にとっては十分な時間だ。その僅かな時間で、彼は相手に斬撃を加えていく。

「に、逃げろ」

「バケモンだ!」

 ゼンの周囲には死体ばかりが転がっている。刀からはまだ血が滴り落ちている。

 その光景が、ゼンをより一層、恐ろしく魅せる。

「来るなぁぁ」

 逃げ惑う者、その場に立って闇雲に武器を振り回す者、腰を抜かして動けなくなる者、その誰もがゼンから距離を取ろうとしている。

「一歩でも近付けば、コイツの命はないっ」

 ゼンの後方から声がした。ゼンは振り返る。一人が膝を付いている状態のイドに武器を向ける。が、肝心の武器は地へ落ちていく。

 男の手にはナイフが刺さっていた。投げたのは、勿論ゼンである。振り向く際に密かにナイフを取り出していたのだ。振り向き、相手の位置を確認すると、獲物を投擲した。

「後ろを見せたな、馬鹿が」

 突如、後ろから襲い掛かってきた。ゼンは何とか反応できたものの、イドのことを着にかける余裕はない。

「イド、戦え!

 お前が今までやってきたことは、体が憶えているッ」

 当のイド本人は、束縛から逃れ、ようやく体の自由を取り戻したところだ。ゼンの言葉を受け、自身のナイフを探す。ナイフは、少年の二、三歩先にあった。

 イドは滑り込むようにして、ナイフのある場所へ飛ぶ。自身の武器を取ると、振り返るのと同時にナイフを振る。

 感触があった。刃物が物体を斬る感触が。次に感じたのは、鉄臭い匂いと、イドの顔に掛かる液体のことだ。

「イド!」

 ゼンが刀を収め、イドの元に駆け寄る。

「おい、大丈夫か」

「ぼ、僕……」

 イドは嘔吐した。


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