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ワールド・ジャーニー  作者: ノリと勢い
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十三話 其の一

「く、来るな。

 こっちに近寄るな!」

 少年は小さなナイフを突き出し、眼前に立つ相手に威嚇する。相手は獣だ。背丈は少年の倍ほどあろうか。全身は茶色の毛に包まれ、その下には分厚い筋肉と脂肪がある。

 少年が持つナイフでは、獣の肉に到達するまで刺すのは難しいだろう。加えて、少年の細腕では突き刺すことすら困難だ。彼の腕も震えている。泣かまいと必死になっているが、眼からは涙がこぼれる寸前である。

「グゥゥゥゥゥ」

 獣は視線を少年から外さない。完全に標的を定めている。

 獣に何かがぶつかった。大きくはない。が、その物体は獣の意識を少年から外した。

「オイ、こっちだ」

 ゼンはもう一度、小石を投擲する。小石は獣に直撃する。

「ガアアアァァァ」

 余程、癇に障ったのだろう。少年のことなど忘れたように、獣はゼンに向かう。一直線に。

「これでしばらくは、肉に困らないな」

 ゼンは腰の刀を抜く。刀を構え、獣と対峙する。体格は獣の方が上だ。力も。

 獣は右腕を上げ、鋭い爪をゼンに振り下ろす。対するゼンは、前へ踏み出す。

 爪は空を切り、ゼンは獣の下へもぐりこむ。ゼンは刀を獣の首に向かって突き刺す。刀は首に入った。彼は刀身が突き刺さったことを確認すると、直ぐに刃を引き抜き、脱出する。

 獣は倒れていく。刺した箇所からは、血が流れ始めた。

 ゼンは相手が確実に絶命したことを確認すると、振り返る。

「坊主、どこから来た。

 親は、仲間はどうした?」

 少年は腰を抜かしたまま、立ちあがれないようだ。よく見ると、少年の股間の辺りが濡れている。染みはどんどんと大きくなり、股下には水溜りができつつある。

「ハァ。

 しょうがない」

 ゼンは少年に手を差し伸ばす。少年はゼンの手を取る。ゼンは力を軽く入れ、起こしてやる。

「坊主、親はどうした?

 その濡れたズボンの替えはどこだ?」

「坊主じゃない!」

 少年は甲高い声で叫ぶ。

「僕の名前はイドだ!」

「そうか、イドか。

 じゃあ、改めて聞こう。

 親は何処だ?このままここにいたら、またさっきみたいな化け物に襲われるぞ。

 俺はもうここを去る。ここに残るのはお前ひとりだ。今度こそ死ぬぞ」

「父ちゃん母ちゃんなんて知るもんか!キャラバン隊の皆も。

 それにアンタ。さっき、僕が一言でも“助けてくれ”なんて言ったか。

 アンタの助けがなくても、あれ位、僕一人で切り抜けられたやい」

 ゼンは項垂れたまま。頭を掻く。

「ああ、そうか。そいつは悪かったな。

 え~と、じゃあ、イド、だったよな。

俺はもう行くから、後は一人でやってくれ。邪魔して悪かったな。それじゃ」

ゼンはそう言うと、すぐにそこから立ち去ろうと試みる。

「ちょ、ちょっと待ってよ。

そうはいっても、子供をこんな所に一人で置いていく?」

「一人で大丈夫なんだろう。

情けでその食料だけは置いて行ってやるから、後は自分でやってくれ」

ゼンは先程、自身で仕留めた獣を指さす。

「俺は少しだけ貰ったら、すぐにここから消える」

ゼンは腰のナイフを抜き、解体作業に取り掛かる。作業中、背中に視線が付きまとう。ゼンは敢えて、反応することなく、淡々と作業を進める。

解体作業は順調に進み、ゼンは肉を肩に担ぐ。

「それじゃあな。気を付けろよ。

この道を真っすぐ行けば、小さくいが村はある。野宿は避けられるぞ」

ゼンは後ろからする声も気に掛けず、先へ進む。


「ゼ~ン」

「何だ?」

「あの子、まだ来てるよ」

ゼンは振り返らない。振り返れば、イドを余計に刺激するだけだとわかっているからだ。

「距離はどれくらいある?」

「う~ん、まだ結構あるね。ゼンが走ればすぐに見えなくなるんじゃない。

 どうするの?」

「放っておけ」

 ゼンがイドと会ってから、幾ばくかの時間が経っていた。ゼンは彼のことを視界に入れないようにしているが、情報だけはすぐに入ってくる。

 ゼンがあの場を離れてから、イドはずっと彼を追いかけている。一定の距離を保って、付かず離れずにゼンを追跡している。

 まだ陽は沈んでいないが、もう直に夜になる。いつまで後ろの気配は消えないのか、ゼンの気は重くなる一方だ。

「ね~ね~、ゼン。

 このままだとずっと追いかけてくるよ、あの子供。

 子供一人くらい、次の村か町まで連れて行っていればいいのに」

「手のかかる奴は一人だけでいい」

「それってどういう意味?」

「そのままの意味だ」

 その日の移動も終わり、ゼンたちは就寝と夕食の準備に取り掛かっている。陽が長くなったとはいえ、気温も少しずつ下がってきた。

「あの子、ず~っとこっち見てるよ」

「まだいたのか」

「多分、ゼンが“付いて来ていい”って言うまで、追いかけてくるよ」

「その前に、アイツの両親が迎えに来るだろ。

――。別の迎えが来たようだな」

「うん。

 複数匹いるね」

 ゼンは立ち上がる。腰に刀を差し、イドの方へと歩き始めた。少年もゼンが来たことに気付いている。今まで身を隠していたが、身をさらけ出し、あたかも偶然の様に装っている。

「ぐ、偶然だね。

 僕もこっちの方を目指していたんだ。どうせなら一緒に行かない?

 ねえ、お願い。ほら、さっきくれた肉もやるから」

「そのせいか」

「何か言った?」

「お前が持ってきた肉のせいで、招いていない客人が来たんだよ」

 ゼンが解体した肉は匂いがしない様に工夫をしていたが、イドはそのまま持ち運んでいた。血肉の香りが要らぬ客を招いたのだ。

「いいか、まずは落ち着いて深呼吸をしろ。

 終わったら、走らずに俺の馬までゆっくりと歩け。後ろは絶対に振り返るな、いいな」

「やっと僕を仲間に入れてくるの?」

「ああ、この戦いが終わったらな」

 ゼンは腰から刀を抜く。

 ゼンが刀を抜いたことで、イドも何が起こったかを薄々とではあるが勘付いているようだ。少年の落ち着きが無くなり始めている。足は震え、視線も右へ左へと絶えず動いている。

「落ち着け。

 アイツらに悟られる」

「アイツら?」

「団体客だ。

 お前を守りながら戦うのは分が悪い。だから、ゆっくりと馬の所へ行け」

「うん……」

 イドはゆっくりとセロの方へと歩き始める。残ったゼンにはいくつもの視線が突き刺さる。

 左腕の傷は完全には治ってはいない。だが、刀を握る位の力はある。

 ゼンのやることはいつもと同じだ。殺られる前に殺る、それだけの話である。

 考えるよりも早くに、ゼンの右腕が動く。抜いた刀身からは血が滴っている。後ろには首と胴体が分離した死体がある。

 敵は小型の肉食獣だ。体はイドよりも少し大きい位だ。全身は硬い鱗で覆われており、鋭い爪を有している。

「――凄ぇ」

 イドが見たのは獣相手に一人で対峙し、優位に立っているゼンである。

 ゼンは四方八方から迫りくる攻撃を躱し、一撃を加えていく。野獣の攻撃はゼンに当たることはない。ゼンが躱し、刀で受け流す。

 ゼンが一撃を加えていく度に、敵の攻撃頻度は下がっていく。彼の周囲には死体ばかりが積みあがっていく。

「フゥー、あと何体だ」

 気づけば、獣の数も減っている。残っている数体もゼンに襲い掛かる気配はない。逃げ腰になっている。

 ゼンが一歩、踏み出した。

「シャァァーー」

 ついに残りも逃げ出した。ゼンは追うことなく、刀を収める。

「やっと終わったか」

 ゼン自身に怪我はないが、返り血で体が汚れている。頬に付いた血を手で拭いながら、セロの方へと歩き出す。

 イドもセロの近くにいた。ゼンのことを真っすぐに見ている。

「どうする?

 逃げるなら今の内だぞ」

「よ、よろしく」

 イドは手を震えさせつつも前に出す。

「ああ、よろしくな」

 ゼンは右手を軽く拭き、出された手を握る。

「まずは腹ごしらえからだな。

 あんな後だが、食えるか?」

「うん」

「いい返事だ。

 旅の仲間のことも紹介する」

「あの馬のことでしょ?セロだったけ?」

「あともう一匹いるんだ。」

「もう一匹……」

「出てきていいぞ」

 ゼンが声を掛けた直後、エアが飛び出てきた。

「私、エア。

 よろしくね!」

「ドラゴンだが、よろしくやってく。

 おい、大丈夫か」

 イドはまた腰を抜かしている。突如として現れたドラゴンに困惑している。目の前にいるドラゴンは間違いなく本物だ。今まで、伝聞のみによって聞かされていた存在が目の前にいる。

「食わないで!」

「食わないよ!」

 イドは間違いなく、エアを恐れている。少年の言葉を聞く限り、躾にドラゴンが使われているようだ。

「親と喧嘩した俺を喰うつもりだろっ」

「ゼン、何とか言ってよ~」

「イド、お前が俺の言うことを聞かなかったら、その時はわかっているな……。

 そこのエアが、お前のことを喰らいつくすぞ」

「ひっぃぃぃぃ」

「ちょっと!ゼン、何言っているのさ」

「冗談だ、冗談。

 だが、イド。お前が好き勝手な行動をとった時は、俺は構わずお前を見捨てるぞ。それだけは心に留めておけ。

 さあ、晩飯だ。今日は食って寝るぞ」

 ゼンはイドを立ち上がらせる。夕飯は全員で囲んで食べることになったが、イドはエアから距離を取ったままだ。ゼンの背中に隠れるようにして、エアと目を合わそうともしない。

 その小さな肝っ玉とは逆に、胃の容量は大きいらしい。何度もお代わりをし、量だけでいえば一番食っていたのはイドだ。

 イド曰く、朝から何も食っていないようだ。まともな食事をとったのは一日ぶりらしい。水だけは持参していた水筒で補給できていたようだ。

 余りの食欲に見ているゼンもエアも、その光景だけで腹が満たされる勢いだった。

「あぁぁ~。美味かった~。

 ご馳走様でした!」

 既に鍋の中身は空に近い状態だ。野菜の切れ端や、わずかな肉の欠片だけが残っている状態だ。

 腹が膨れたことでイド本来の姿も現れてきた。無理に強がる姿を見せない、年相応の少年がゼンの前にはいた。

「もうお眠か」

 ゼンはイドの親のことを訪ねようとしたが、今日はもうおしまいの様だ。既にイドの瞼は塞がりかかっている。

 眠そうにしているのはイドだけではなかった。ゼンの向かいにいるエアもだ。

「私も眠くなってきた」

「寝ろ。今日はもう寝るだけだ。

 俺もしばらくしたら寝る」

「……うん。

 おやすみ~」

 満腹に加えて焚火の暖かさで眠るのには絶好の条件だ。熱くも寒くはない気候だが、このままでは体を壊すことも有り得る。ゼンは身に纏う毛布を手に取り、イドに掛けてやる。

「俺も寝るか」

 ゼンは自身の外套を布団代わりに、木に背中を預け、眠りに付く。

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