表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ワールド・ジャーニー  作者: ノリと勢い
64/117

十二話 其の九

 ふと、ゼンは空を見上げる。エアがゼンに対し、何かを伝えようとしている。意味は分からないが、ゼンにとって好ましいことでないことは確かだ。

「何だ、お前ら?」

 ゼンの前に立ちはだかったのは、若い数人の男だ。恐らく警備団の連中だろう。手にはそれぞれ武器を携えている。

「お遊戯の時間は終わりか?」

 返答は帰ってこない。ゼンに来るのは攻撃だけだ。彼は刀を抜き、攻撃を躱した後に一太刀を入れる。腹に、首に、肩から胸にかけて。

 ゼンの後ろには三つの死体が転がっている。

「……まだまだいるな」

 三人も斬れば、向こうの戦意も喪失するとゼンは予想していた。事態はその逆になっている。警備団員たちは、彼に対し敵意を隠そうともしない。戦意はむしろ上がりつつある。

 近距離で戦うのが不利になると悟ったのか、長物を持つ者が前に出ている。

「グッ」

 左腕に激痛が走る。前からではない、後ろから何かが刺さった。ゼンは恐る恐る、自身の左腕を見る。

 矢が貫通していた。上腕三頭筋の方から、矢が突き抜けている。ゼンが後ろを振り返ると、そこにはレーサが立っていた。

「狩りの参加者はお前ら三人だけじゃなかったのか?」

 ゼンは必死に頭を回す。前に行っても後ろに行っても、待ち構えているのは敵だ。今は少しでも時間を稼ぐが先決だ。

「ああ。そのつもりだった。

 だが、これは狩りじゃない。制裁だ。この街に混乱をもたらす余所者へのな」

 絶体絶命、その言葉がふさわしい状況だ。

「ゼン!」

 頭上から大声がした。ゼンを除いて、その場にいる全員の視線が上に向いた。

「何だあれは?」

「化け物か」

「いや、違うぞ」

 エアの正体を詮索する会話が繰り広げられる中、また一つ音が響いた。

「っっ」

 ゼンは全員の視線が自分から外れる瞬間を見逃さなかった。すぐ隣にある建物の窓硝子を突き破り、屋内に侵入した。幸いなことに硝子の破片は体に突き刺さっていない、体に痛みはあるが。

 ゼンは周囲を見渡す。建物の内部は広そうだ。大人数が座れる横に長い椅子が何脚も置いてある。椅子の上にはひざ掛けも置いてあった。

 ゼンはひざ掛けの一部をナイフで切り取る。壁を背にして、追撃が来ないことを不思議に感じる。彼を仕留めるなら今が絶好の機会だ。この機会を敵が見逃すはずがない。

 敵がその気なら今すぐにでも追撃を仕掛けてくるはずだ。ゼンがぶち破った窓から入るなり、外からクロスボウを放つなど、追い詰める方法はいくらでもある。

 ゼンは左腕に刺さった矢に手を掛ける。歯を食い縛り、矢を一気に引き抜く。

「ぐがぁぁ」

 大型の矢でないことが幸いした。矢は案外すんなりと引き抜くことができた。痛みはあるが耐えることができる。左腕からは血が溢れている。

 ゼンは先程切り取ったひざ掛けを左腕に巻く。できるだけ強く、何重にも。

「フー」

 止血はできた。左腕は、使えそうにない。握力も落ちている。これでは刀すら握ることも難しい。刀でレーサを相手にするのは無理だ。

 片手で扱える武器と言えば、ナイフだ。クロスボウも片手で撃つことはできるが、装填は片手では難しい。

 腰に差している一品、そして何本も装備している投げる種類の物。レーサの武器は槍だ。ナイフで相対するには、至近距離にまで近づく必要がある。

 片腕が使えない今の状況で、どこまでやれるか。それに敵はレーサだけではない。警備団の連中にも気を付けなければならない。

 異臭がする。血や臓物の匂いではない。この匂いは炎だ。炎が建物を燃やし尽くす際に出る匂いだ。

ゼンは建物の内部を見渡す。まだ火は回っていないが、確実にこの建物は燃えている。

逃げねば、そう思った矢先に追撃が来た。ゼンが割って入ってきた窓からは矢が。出入り口の扉からは男が三入ってきた。中に入ってきた三人は、全員が槍を持っている。

「いたぞ!」

「さっさと殺すぞ」

「手負いの男一人だ。何てことはねえ」

 ゼンは舌打ちを鳴らす。

「次から次へと……」

 このまま大人しくしていても活路は見いだせない。焼け死ぬか、槍で刺されて死ぬかの二択だ。生きるには、前に出るしかない。殺されるよりも先に殺す。

 ゼンは敵に向かって飛び出した。幸いにも敵は固まっている。横長の椅子があるため、広がることもできない。彼の後方へ回ることも難しい。

 敵が三人いようとも、実際にゼンに攻撃できるのは一人だろう。加えて屋内での戦闘だ。槍を振り回す事も困難だ。槍での攻撃手段は突きに限られてくる。

 一度躱しさえすれば、向こうに隙ができる。問題は、傷を負った今の状態で、敵の初動を見切ることができるか否かだ。

 機会は一度しかない。しくじれば、後は逃げるしかない。既に建物には火が回り始めている。煙も現れ、視界も悪くなり始めた。残された時間は少ない。

「来たぞ」

「見つける手間が省けた」

 三人は既に勝ったつもりでいる。自身らの勝利を疑う気配は一切ない。その方がゼンにとっても都合がいい。

 すぐに槍の間合いに入る。

「これで終わりだっ」

 ゼンは飛んだ、右側へ。幸いにも、槍の一撃はゼンに当たることはなかった。

 ゼンは椅子の背もたれの僅かな部分に足を着地させる。着地させた右足を。思い切り蹴る。彼が右手に持つナイフは、一人の喉元を掻き切った。

「……あ……あ」

 当の本人は何が起きたか理解が追い付いていない様子だ。本人だけではない。残る二人も同じだ。

 ゼンは止まらない。息つく暇もなく、次の行動へと移る。足元のナイフを引き抜く。狙いは目の前にいる男だ。当たりさえすれば、どこに当たってもいい。今、求められるのは正確さよりも速さだ。

「ッウ」

 ゼンの投擲したナイフは、脇腹に刺さった。男は痛みで体を丸める。

 ゼンは一気に距離を詰める。右手で相手の首を絞めると、一気に持ち上げる。

 首の骨が折れる音がした。どうあっても即死は免れないはずだ。ゼンは死体を放す。

「く、来るな」

 残る一人は及び腰だ。必死に槍を構えてはいるが、足腰は後ろに下がっている。

 ゼンは手にしたナイフを投擲する。

「ヒッ」

 今度は狙いを付けての投擲だ。狙いは喉仏だ。

 男は倒れていく。喉元には、ゼンの愛用のナイフが刺さっている。狙いは的中した。ゼンは男の元に近づき、ナイフを引き抜く。

「言われた通り、近づかなかったぞ」

 ゼンに休む暇はない。すぐにでもこの建物から脱出しなければならない。脱出口はゼンが入ってきた窓、男たちが入ってきた正面扉、反対側にある窓の三つだ。

 ゼンには悩む時間すらなかった。再び、正面の扉から数人のお客が入ってきた。

「逃がすな!」

「ここで仕留めろ」

 ゼンは走り出す。目指す場所は、入ってきた側とは反対の窓だ。黒煙が建物内に充満しつつある。呼吸をするだけでも容易にはいかない。

 だが、その黒煙がゼンの姿を隠すのにも役立っていた。

「畜生め」

 ゼンは外を目指して、飛び込む。

 ガラスの割れる音とともにゼンは外に出た。

「痛っってええ」

 何度も経験してもこの痛みに慣れることはない。ゼンは傷だらけの体を引きずり、別の建物に背を預ける。体にガラス片が刺さっていないかを彼は確認する。

「チッ」

 よりにもよって左腕に小さな破片ではあるが、異物が刺さっていた。大きな傷のせいで気付くのに時間が掛かってしまった。ゼンは破片を取り除き、放り投げる。

「あつ、いた!」

 空からエアが下りてくる。一直線にゼンの肩を目指して。

「左肩の方には乗るなよ。傷が痛む。

 それよりも今はどうなっている?」

「みんな、ゼンが出てくるのを待ち伏せしている。ゼンが入って行った窓と、正面の扉で」

「こっちから出てきて正解みたいだな」

 ゼンは背を預けたまま動かない。動きたくとも、体を動かせない。体が重い。

「それよりも、ゼン。

 早く逃げなきゃ。いつこっちに敵が来てもおかしくないんだよ」

「ちょっと待ってくれ。

 エア、お前は先に行け。俺は後で移動する」

「本当?」

「本当だ。先に行け」

 エアは振り返ることもなく、空へと飛び立っていく。

「やっと行ったか」

 ゼンは壁に手を付きつつ、何とか立ち上がる。体も限界に近付きつつあった。今のゼンを支えているのは、気力だ。それもいつまで続くかわからない。

 人の走る音が聞こえる。警備団の連中だろう。音は一つだけではない、大量だ。それに話し声も聞こえる。内容はゼンに好ましいものではない。

 ゼンが逃げようと足に力を入れた、その時だ。彼は姿勢を崩し、転んでしまった。普段の彼であれば起こりえないことだ。よりにもよって、この極限状態の時にまさかの事態が起きてしまった。

 ゼンは直ぐに立ち上がろうとする。

足を、手を動かせ。今すぐにでもこの場から離れろ。ゼンの意識に体が追い付かない。逃げたくとも体が動かない。仰向けの状態から動けない。動くのは指先の僅かな個所だけだ。

「――ここまでか」

 足音が止まった。仰向けのため全方位を見渡すことはできないが、それでもゼンは自分が包囲されていることはわかる。

「よくもここまで手を煩わせてくれたな」

 この声には聞き覚えがある。顔は見えないが、その憎たらしい顔は想像できる。

「お前の運もここで尽きたなっ!」

 レーサはゼンの左腕に足を乗せる。

「ぁあぁあぁあ!」

 ゼンは悲痛な叫び声を上げる。左腕を押さえ、地面を右に左に転がる。

「痛いか?

 当然だよな。だが、ワロやソドが受けた痛みはこんなもんじゃないぞ」

 レーサは右足を上げる。そこから体重を乗せ、再びゼンの左腕に足を降ろす。

「ぐぁぁぁ」

 止まりかけていた左腕の血も再び吹き出し始めた。だが、ゼンの意識は痛みに持っていかれている。

「どうした。立って反撃して見せろ!」

 痛みのお陰でゼンの意識ははっきりと冴えていた。左腕に走る痛みもしっかりと知覚している。彼はゆっくりとではあるが、自身の力で立ち上がる。

 腰のナイフを抜き、何とか構えを取る。今のゼンではまともに立つことも難しい。体は揺れているし、視線も安定してない。最早、左腕は完全に使えない状況だ。

 それでもゼンは残る右腕一本のみで戦う姿勢を見せている。

「そうだ、それでいい」

 ゼンは踏み込み、ナイフを振るう。その一撃はあっさりと躱されてしまった。

 それどころか、ゼンは腹に一撃を貰った。

「うっ」

 ゼンは膝から崩れ落ちる。

「立て」

「っが」

 レーサはゼンの髪を引っ張り上げる。ゼンは成す術もなく、相手の思う通りになっている。ゼンの口からは血が出ていた。

「まだ終わりじゃないぞ!」

 再び、レーサの膝がゼンの腹に入る。ゼンの顔は苦悶に満ちていた。ゼンは腹を押さえ地面を転がる。この戦いの直前に何も食べていないのが幸いした。腹に何かが残っていれば、確実に嘔吐していたであろう。

「そいつをこっちに連れて来い」

 レーサはゼンのすぐ近くにいる二人に命令した。

「はっ」

 息の合った応答だ。二人はゼンを無理やり立たせ、レーサのすぐ傍まで連れて行く。ゼンは特に抵抗する素振りも見せなかった。項垂れたまま、反応が無いに近い状態である。

「よーし、そのまま持っておけよ。

 オイ!こいつを持っておけ」

 レーサは槍を預けると、拳を握る。拳はゼンの腹に、顔に叩き込む。一発ではない、何発も。レーサの拳が血で染まっても、殴ることを止めなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ