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ワールド・ジャーニー  作者: ノリと勢い
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十二話 其の八

 残る敵は二人。ゼンは倒れた男を見て、一息つく。後の二人の武器は刀と槍だ。近接戦ならば、勝利への道筋が見えてきた。二人と同時に戦わず、一人ずつ対峙する。それしかない。

 ゼンは再び移動を始めた。

 闇夜の中を移動するのにも目が慣れ始めてきた。上を見ると、エアが付いて来ている。エアが何も言わないということは、近くに二人はいない可能性が高い。

 ゼンは家屋の角に隠れ、エアに来るように手で指示する。

「どうしたの?」

「近くにあの二人はいないんだな?」

「うん。恐らくだけど。

 匂いがないんだ」

「そうか。

 もし何か気付いたことがあれば伝えてくれ」

 エアはゼンの肩から飛び立った。彼も意識は集中させているが、今の所は敵の気配はない。注意すべきなのはあの刀を持った男、ソドとかいう男だ。あの男は油断ならない。

一対一でやりあえば、ゼンが勝つかソドが勝つか。実際にやってみなければ結末はわからない。

朝まで逃げ切ることができるかもわからない。どちらにせよゼンが逃げ切るには、残りの二人を斬るしかない。

ゼンは何かを感じ取った。五感では捉えきれない、虫の知らせや野生の勘が彼に警告を出した。

彼の右手は、無意識に刀に延びていた。

「ーー」

 ゼンは目を閉じ呼吸を整える。心臓の鼓動を感じ取れることができる。鼓動は治まるどころか、逆により早く動き続ける。

 この気配は間違いない、ソドだ。奴が近くにいる。

 足音が聞こえた。ゼンは足を止め、音が聞こえる方に、体を向ける。

 いた、ソドだ。ソドの姿を見るのはこれが三回目である。顔までじっくりと覚えている訳ではない。だが、この気配は間違いない。

 ソドの背はゼンよりも小さい。体もゼン程鍛えているようには見えない。頭には少し白いものが混じり、どこか飄々とした感じがある。。それでも手を抜いて勝てる程、優しい男でもない。

 二人の目が合った。互いに言葉はない。動いているのは手だけだ。双方、利き手で刀を握る。

 二人は刀身を抜き、構える。未だ両者の間には距離がある。一撃を加えるためには相手に近づけなければならない。互いに構えたままで状況は膠着している。

 ゼンもソドも像の様に動かない。動いていないはずなのに、ゼンの脈拍は速くなっている。緊張で唾も上手く呑み込めない。

 一歩、ゼンが踏み出した。まだ距離は開いている。ソドに動きはない。じっと彼の動きを見ている、目を逸らさずに。

再度、ゼンは距離を詰める。今度は一歩だけではない。刃が相手の体に届くまで。

ゼンは刀を横に薙ぐ。斬った感触はない。ゼンの一撃は空を切る。避けられた。

 ソドは後ろに下がり、ゼンの一撃を避ける。ソドの表情には僅かだが、笑みが浮かんでいた。

 そこからは先ほどの状況が嘘かのように、二人とも動いた。刀を振っては、相手の攻撃を避ける。刀を突き、縦に横に振る。刃は相手の体に触れることはない。

 互いに息が切れ始めてきた。時間にしてみれば僅かな間だが、命の取り合いをしているのだ。疲れない訳がない。その証拠に二人とも呼吸をすると肩が大きく動く。

 ゼンは驚愕していた、ソドの技量に。彼自身、刀の腕にはそれなりの自信があった。勿論、上には上がいることは知っている。刀以外を得意とする相手とも何度も戦ってきた。

それでも自身と同じ位の技量を持つ相手の戦いは、ゼンにとって体力を非常に消耗した。同じ様な刀を使っている分、自身の刃が届く距離は、相手の刃も自分の体に届く。

再び、両者とも膠着状態に落ち着いた。口で息をし、構えも若干ではあるが、崩れてきている。

一歩踏み込み、刀身を伸ばせば相手に届く。その一歩が、ゼンにとってもソドにとっても重い。

「フー」

 ゼンは大きく息を吸い、構えを直す。

 それを見たソドも同じようにする。

 二人とも、次に繰り出す一撃の覚悟が決まった。このまま刀を振り続けても決着はつかない。

 ならば、確実に相手を仕留める一撃を早く叩きこむ。二人はその結論に辿り着いた。

 ゼンは唾を飲みこむ。相手を叩き切る、その一歩を踏み出すための覚悟はできた。

 何かが飛んできた。何かまでは把握できていないが、少なくともゼンが喜ぶものではない。とはいえ、今更急に止まることもできない。

 ソドも同じだ。一度ついた勢いを殺す事はできない。

「チッ」

 ゼンは、自分から見て右前の方へと飛び込んだ。飛翔体の正体は未だに掴めていない。

 ソドの追撃もあるかもしれない。一撃は躱したが、次はどうなるかわからない。今は敵からただただ距離を取るだけだ。

 前へ、前へ。ゼンはそれだけを考える。ソドはどうした?ゼンは後ろを振り向く。

 いた。刀を振りかぶっている。脚を止めなかったのは正解だった。止まっていれば、ゼンの頭は真っ二つになっていた。

 ゼンは再度、前へ大きく踏み込む。後ろから刀の降る音が聞こえた。もう一歩遅ければ、ゼンの命は確実に亡くなっていたであろう。

次は飛翔体の確認だ。それにそれを打ち込んだ者の正体もだ。ゼンは視線を動かす。

 飛翔体の正体はもう一人の男だった。ゼンは名前までは憶えていないが、男の持っている槍には見覚えがある。

 それにしても、あの男がクロスボウで攻撃してきたのは意外だった。ゼンは獲物である槍で仕掛けてくるとばかり考えていた。亡くなった友の仇討ちのつもりだろうか。

 後方からはソドが、側面からはレーサが迫っている。二対一の銭湯は避けるべきだし、一人はソドである。片手間で戦える相手ではない。

 まずは一対一の状況に戻す、ゼンの目標は固まった。そのためにも、まずは逃げる。

 ゼンは息が切れ、走れなくなるまで全速力で走った。脇目も降らずに。その間も敵の追撃は止まることはなかった。特に、レーサはクロスボウを持っているため、中々攻撃が止まなかった。

 片や、ソドはすぐに追撃を止めた。ゼンも全て把握している訳ではない。二、三度と刀を振ったことは知っているが、それ以上は何もなかった。

 ソドの腕であればゼンに追いつくことも不可能ではないはずだ。ましてや、場所は彼らにとって絶好の地である。見ず知らずの土地にいる訳ではない。ゼンよりもはるかに優位に立っている。その気になれば、ゼンを追跡することだってできるはずだ。

「エア。

 もう一人、来ただろう。次からは、早めに教えてくれ」

「失敬な。

 私は、ずっ~と上から教えてました!

 気づかなかったのはゼンの方だよ」

 肩でエアがわめく。確かに、ソドとの一騎打ちは一瞬たりとも気が抜けない瞬間の連続だった。実際にゼンの眼中にエアの姿はなかった。

「そうかもな」

「そんなことよりもどうするの。

 このまま夜が明けるまで逃げ続ける?」

「それだと、朝日を拝む前に俺が永眠するな。

 エア、隠れていろ。二回戦の時間だ」

 ゼンは先程と同じ気配を感じた。この鋭い気配を持つ男を、ゼンは一人しか知らない。

「待たせたか?」

「いいや。

ちょうど、休憩も終わったところだ」

ソドだ。周囲に人の気配はない。レーサが再び来る前に決着を付けたいのはゼンだけではなかったようだ。

「一人でいいのか」

「一人の剣士として、お前と一対一で決着を付けたい」

 互いに刀を抜いた。既に小手調べは終わっている。後はどちらかの命が尽きるまで戦うのみだ。

 ゼンの頭の中は、目の前にいるソドをどうやって倒すかで一杯だ。彼の敵はソドだけではない。もう一人残っている。だが、今は全神経を目の前のソドに集中させる。

 ソドの獲物はゼンだけだ。無論、レーサもだ。レーサに文字通り、横槍を入れられる前に片を付ける。

 一歩、ゼンは踏み込んだ。今度は一直線に、止まることなく。前に踏み出したのはゼンだけではない。ソドもだ。

 刀身同士がぶつかり、独特の音が二人の耳に入る。鍔迫り合いの状態はしばし続いた。派手な動きこそないものの、ゼンもソドも全力を出している。

「ダラァッ」

 ゼンはソドの刀を受け流し、右足を蹴りだす。

「ぐっ」

 ゼンの右足はソドの脇腹に当たった。大の男の全力の蹴りが当たったのだ、無事で済むはずがない。

 ソドは後ずさる。ゼンは勢いに乗り、距離を詰める。上から頭を真っ二つにする、ゼンは刀を構える。

 ソドは膝を付いている。刀は手放してはいないが、立ち上がるには時間がいるはずだ。

 ゼンが刀を振り下ろし始めたその時、ソドも動いた。今まで膝を付いていたのが嘘かの様な俊敏な動きである。ソドも大きく前へ出てきた。刀の切っ先はゼンの喉元である。

 ゼンはソドが動き出す姿は確認できた。ただ、足を止めるには既に遅すぎた。足が止まる頃には、ソドの刀身はゼンの喉元に突き刺さっている。

 止まることができない以上、前へ進むしかない。ゼンはさらに加速する。ゼンは左足を上げる。加速し、勢いの乗った左足は、ソドの手に当たるかのように見えた。

 ソドは手を引いた。ゼンの左足は何にぶつかることもなく、空振りに終わった。

「外したか」

「どちらもな、っ」

 再び、ゼンが距離を詰める。刀を振り、突き刺す。それはソドも同じだ。互いに相手を絶命させうる一撃を繰り出す。それでも互いに一撃が決まらない。

 夜だというのに、体が暑い。ゼンの額には汗が浮かび始めている。対して、ソドはこの遊戯が始まった時点から変わった様子がない。呼吸は乱れつつあるものの、それだけだ。

 ゼンに焦りが生じ始めていた。このままでは先程と同じ状況になってしまう。戦いの中で雑音が生じている。レーサも近づけば、この音を見過ごすはずがない。

「やるしかないか……」

 ゼンの決意は固まった。一歩引き、呼吸を整える。

「フー」

「どうした。

 もう終わりか?」

「ああ。

 終わりにしよう」

 ゼンは刀身を背で隠すような構えを取る。危険な賭けだが、こうするほかない。ソドが斬りこむ、その一瞬の隙を狙う。ソドの一撃が届く前に、こちらの一撃を叩きこむ。

 今、この瞬間、目の前にいる強敵を倒すことだけに集中する。仮に重度の怪我を負うことになっても。

「行くぞ」

 ソドは刀身を鞘に納めた。居合の構えを取り、やや前傾になる。左手は鞘に、右手は柄の部分に触れている。

「来い」

 ゼンは唾を飲む。この一撃で決める、ゼンの緊張が高まる。不思議なことに息や脈拍に乱れはない。むしろ落ち着いている。

 ソドが前に出た。ゼンとの距離を一気に詰める。ゼンの横を通り過ぎる前に、右手が動いた。一瞬の出来事だ。素人が見れば、ただゼンの横を通り過ぎただけに見えるだろう。

 動いたのはソドだけはない。ゼンも背中に隠れていた刀身が前に出ている。ゼンの刃からは血が滴れていた。

 浅い。確かに切った感触はある。だが、浅すぎる。ソドを倒すにはこれだけでは不十分だ。更にもう一撃を加えなければ、

 追撃のため、ゼンは振り返りソドに向かって走り出す。

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