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ワールド・ジャーニー  作者: ノリと勢い
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十二話 其の四

 空には太陽が輝いている。雲は少しあるが、日光を隠すには少なすぎた。

 気温は少し暑いくらいだ。それはゼンが外套を着ている、という理由もあるが。ゼンの体は傷だらけだ。傷のある場所よりもない場所を探す方が簡単なほどだ。

 傷があること自体は珍しくない。むしろ、傷は歴戦の証拠と言ってもいい。

 だが、それも場所によると白い目で見られることもある。酒場や安い大衆食堂であれば問題はない。それが高貴な場所や争いなどとは程遠い街などにいれば、好奇の目で見られることは避けられないだろう。

 それ以上にゼンが避けたいのは、不遇な扱いを受けることだ。飯屋や商店などでそういった待遇を受けることだけは避けたかった。それ故、ゼンは多少暑くとも、外套を着ていたのだ。

「さて、どこにするか」

 右からも左からも、空腹を刺激する魅惑的な香りが漂っている。朝飯をエアに譲ったため、ゼンの腹は空に近い状態だ。口にしたものと言えば、水だけだ。

 こんなことならば、シビからお勧めの店を聞いておけばよかったと後悔するだけだった。

 右の店から大の男が数人出てきた。男たちは陽気な笑顔を浮かべつつ、前に出た腹を叩いている。

「よし、あそこにするか」

 こういう場合は迷っていても仕方がない。今の男たちが出た分、席が空いたということだ。一刻も早く飯を食べたいゼンは、店に入る。

 店の中は盛況だ。見渡す限りに客がいる。

「いらっしゃい

 こちらの席へどうぞ」

 店員は今片付けたばかりの席にゼンを案内する。

「お初のお客さんですよね。

 食べる?飲む?」

「食べる。

 食べ応えのあるものを頼む。飲み物は水でいい。」

「肉がいい?魚がいい?」

「肉」

「じゃあ、ちょっと待っててください」

 そう言うと、店員は店の奥へと消えていく。ゼンは周囲を軽く見渡す。周りには楽しく食事を楽しんでいるもので一杯だ。まだ昼間だというのに、顔が真っ赤になっている者もいる。

 酒と食べ物が入り混じった匂いがゼンの腹を刺激する。口を開けていれば、涎が垂れてしまっただろう。

「はい、お待ち。

 ご要望通り、肉は多めにしといたよ。

 それと水。何かあったらまた呼んでね」

 給仕は席に料理を置くと、すぐに去っていった。まだ手には料理の乗った皿を持っている。常に止まることなく店の中を移動していた。

 ゼンは出された料理を目にする。大きな皿によく焼かれた大きな肉が乗っている。肉からは肉汁があふれ出し、添えられている野菜が汁に浸っている。肉から香ばしい香りが溢れてくる。何の変哲もない食事だが、今のゼンにとっては間違いなく最高の一品だ。

 ゼンは唾を飲む。そして、ナイフを手に取り、一口分の肉を切る。中までよく焼かれている。ゼンは口を大きく開け、肉を口の中に放り込む。

 美味い、ゼンがまず感じたのはそのことだ。噛めば噛むほど味が口の中に広がっていく。調味料も簡素なものなので、素材の味がより一層感じられる。ただひたすら食事に集中できる、その環境が美味しく感じさせるのかもしれない

 肉を嚙みながら、次の一切れを用意する。ゼンの口は休むことなく動き続ける。口の中の肉が無くなれば、次の肉を頬張り、ひたすら食べ続けた。

 気づけば、さらに残っているのはしなびた野菜だけだ。最後の食材を喉に通し、ゼンは水を飲む。

「ふぅ」

 食事を食べきり、ゼンは一息を付く。

「おっ、もう食べきったの?

あの量を」

 ゼンが振り返ると、料理を運んでくれた給仕の女が立っていた。既に昼時は過ぎているため、周囲の客も減っている。

「美味かった。

久し振りに腹一杯食えたよ」

「それは何より。もうお代わりはいらない?」

「もう満腹だ。

ちょっとゆっくりしたら出るよ」

「もうお客さんも少なくなってきているから、どうぞごゆっくり」

「じゃあ、そうさせてもらうよ」

腹が満たされたことで、ゼンは幸福感に包まれている。ただただ食事に集中できた。それがゼンにとって何よりも嬉しかった。

 食欲が満たされたことにより、次は睡眠欲が浮上してきた。このままでは眠りに落ちてしまう。ゼンは深く深呼吸をすると、立ち上がる。

「ご馳走様でした。

 明日もまた来るよ」

「はい、待っていますね。

 私も明日ならここにいるよ」

 店を出たゼンを待ち構えていたのは、強い日差しだ。ゼンは思わず、手で光を遮る。

 陽が落ちるまでにはまだ時間がある。夕食は宿屋で摂ればいい話だ。すぐに帰るのも味気ない。ゼンは眠気覚ましも兼ねて、街中を歩くことにした。

 街中の人通りは多い。日もまだ落ちていないため、女子供も街中を歩いている。一人で歩いている者は少ないが、それでも十分な活気がある。

「さて、どうしたものか」

 街中を歩くことにはなったが、ゼンには何か目的がある訳ではない。ただ晩飯までの時間を潰したいだけだ。

 武器屋に行ってもいいのだが、既に手持ちの物の手入れは済ましてある。旅に必要な物資は明日にでも調達する予定だ。衣服に関しても汚れや傷などはあるものの、新調とまではいかない。

 要するに、今のゼンは手持無沙汰の状態なのだ。

 だが、ゼンはこの状態が嫌いということではない。外にいるときは、次から次へとやるべきことが出てくる。それらをこなす内に、時間はあっという間に過ぎてゆく。

 時折、こういった何もせず、ただ時が過ぎゆくだけの時間というものはゼンにとって貴重なものだ。

 気づけば、太陽が落ちかけ、空が紅くなりつつある。こうしていると、時間が経つのも早いものだ。歩き続けていたものの、ゼンに疲労感はない。それどころか、調子がいい位だ。

 ゼンは今まで歩いてきた道を戻っていく。


「おかえりなさい。

 夕食はどうしますか?今すぐに……は無理ですが。

 少々お待ちいただければ用意しますよ」

 宿の主人は、朝と変わらぬ場所にいた。

「食べたくなったら、こっちから声を掛けるよ」

「わかりました。準備にも時間がいるので、少し前にお声がけいただけると助かります」

「わかった」

 ゼンは自室へと戻っていく。

「あっ、お帰り~」

 机の上にエアはいた。窓は閉まっている。どうやら、ゼンに隠れて外に出たということはなさそうだ。

「部屋で大人しくしていたようだな。何よりだ」

「まだ陽も落ちてないしね。それに外から、人の匂いが一杯するもん。こんなに人が多くちゃ、気づかれずに飛ぶのも難しいしね」

「しばらくしたら、夕食を持って来る。

 言っておくが、全部食べるなよ。俺も食うんだからな」

「はーい」

「ふぅ」

 ゼンは上着を椅子に掛け、ベッドに腰かける。このままでは昨日と同じく眠りに入ってしまう。ゼンは重い腰を上げ、夕食を貰いに部屋から出る。

「夕食を頼む」

「はい。先程も言いましたが、お時間を少々いただきますよ」

「構わん。

 そこの椅子でゆっくりさせてもらうぞ」

「ええ、どうぞ」

「あの商人さん、上機嫌でしたよ。

 聞いてもないのに色々話してくれました」

 シビはまだまだ話したりなかったのだろう。ゼンの次の標的には店主が選ばれた。

「私にも勧めてきましたよ。

 まあ、一介の宿には相応しくないので、薬屋の場所を教えて難を逃れましたよ」

「俺もそうすればよかったな」

「ハハハ。

 さて、準備ができましたよ」

「また食べたら持って来るよ」

「お願いします」

 盆に乗った夕食は、昼に比べると少し見劣りがした。栄養を考えると、夕食の方が優れているのだろう。それでもゼンは腹一杯、肉を食いたかった。

「戻ったぞ」

「晩御飯は?」

「――開口一番がそれか。

 ほら。俺の分も残しておけよ」

「分かってるよ。ちゃんと、野菜は残しておくよ」

「肉も残しておけ」

 ゼンの言った通り、エアは野菜だけでなく、肉も残していた。僅かな量ではあるが。

 エアが残した夕食を平らげると、ゼンは盆を持って立ち上がる。

「もう持っていくの?

 ちょっとはゆっくりすればいいのに」

「そうしたいのは山々だが、色々とやることがあるんでね。

 もう夜も更けているし、外に出ていぞ。俺は水浴びをして寝るから」

 既に陽は落ち、外も暗くなっている。外にいる人の数も減っているだろう。今の状態であれば、エアが外に出ても気付く者はそういないだろう。仮にいても、酔っぱらいの戯言として受け止められるのがオチだ。

「本当っ!

 じゃあ、行ってくる。ゼン、早く。窓開けて」

「へいへい」

 ゼンは片手で窓を開ける。その僅かな間から、エアは飛んで行った。

 ゼンも自室を出て、盆を店主に渡す。

「少しの間、井戸を使わせてもらうぞ。水浴びをしたいんでな」

「ええ。体を冷やさないよう気を付けてください」

 外に出ると、店主の警告通り、外は冷えていた。長々と体を洗っていれば、体を壊すだろう。

 ゼンは手際よく自身の体を濡らした手拭いで拭いていく。上半身から下半身へと、全身隈なく。

 全身を拭き終わるまでそう長い時間はかからなかった。ゼンは服を着て、自室へと戻る。

 部屋に入るなり、寝床に横たわる。昼間に歩いた疲れが今になって出てきた。そこから、先のことは覚えていない。気づけば、ゼンは寝ていた。


「ッ」

 何の予兆もなくゼンは上体を起こした。ゼンの身に異変が起きたり、悪夢に苛まれた、という訳ではない。

 ただ突如として、睡眠状態から覚めた。それだけである。それ自体もゼンにとっては珍しいことではない。時折、何もなくとも目が覚めた夜は何度もあった。

 横を見ると、エアが静かに寝ている。

「寝るか」

 何もないことを確認すると、ゼンは再び瞼を閉じた。すぐに眠れるか、という懸念は直ぐに消え去った。


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