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ワールド・ジャーニー  作者: ノリと勢い
58/117

十二話 其の三

「ン、ゼン。

 朝だよ~」

 声が聞こえる。窓からは日差しが差し込み、眩しくて目を開けるのが辛い。

「ゼ~ン」

 声は止まらない。先程よりも大きな声でエアが起こしてくる。このまま寝たふりを続けてもいいのだが、眠気が覚めてしまった。目を閉じたまま、ゼンは上体を起こす。

「朝か」

「もうとっくにお日様も昇っているよ。寝ぼすけさん」

 エアの声を無視して、ゼンは体を伸ばす。久しぶりに柔らかい所で寝ることができた。起きた時に体に痛みがないのが幸せに感じる。

「朝ごはんは?」

「待ってろ。

 また持ってくる」

 ゼンは欠伸をしながら、応える。

「話、聞いてないでしょ」

「ちゃんと聞いているさ。返事もしただろ」

 どうやらエアは少し不機嫌のようだ。腹が減っていることに加えて、一人で放置したからだろう。この状態では何を言っても無駄だろう。エアの機嫌を直す方法は、朝食を与えるしかない。

「いいから待ってろって。

 すぐに取ってくるから」

 エアの返事を聞く前に、ゼンは部屋から出る。

「ふぅ」

 エアの小言を聴く前に出てよかった。ゼンは髪を掻きながら、歩く。

「おはようございます」

 昨日と変わらない位置に、店主はいた。

「昨日はよく眠れましたか」

「久々にゆっくり眠れたよ。

 朝の用意を頼む」

「はい。

 ただ、作ったのは朝早くだったので、もう冷めています。それでもいいですか?」

「腹を壊さなければいいさ。それと、水も頼む」

 店主は奥へと消え、ゼンは椅子に座る。少しはゆっくりできるかと思えば、店主は直にゼンの前へと姿を現した。

「お待たせしました。

 食べた後は、お手数ですが、こちらまでお持ちいただくようお願いします」

 盆にのせられた食事は質素なものだ。僅かばかりの野菜と、中身の詰まっていないパンだ。時間を置いたせいで、余計に不味そうに見える。

 ゼンは盆を持つと、立ち上がる。この食事でエアを黙らせることができるだろうか、ゼンの頭の中にはそんな懸念があった。下手に不味いものを渡せば、更にエアの機嫌が悪くなるのは目に見えている。

「あ!」

 階段の上から声がした。見上げると、一人の男が立っている。歳はゼンよりも少し上だろうか、全体的に脂肪が付いている。ゼンよりも背が低いため、余計にそう見えるのだろう。

「あなた、昨日からこの宿に泊まっている方ですよね。

 よければ、少しお話しませんか。勿論、あなたの予定が良ければの話ですけど」

 ゼンが口を開ける暇もなく、男は話を続ける。

「悪いが、少し待っていてくれるか。生憎と、両手が塞がっているもんでね」

 ゼンは男の視線に盆が見えるように動かす。

「あっ、そうですね。すみません。お呼び止めしてしまって。お食事を終えてからでも構いませんよ」

「いや、コイツを置いたらすぐ行くよ。まだ、食欲が湧かないんだ互いに時間を潰すには丁度いいだろ」

 ゼンの頭には、とある作戦があった。盆を自室に置き、エアに用件だけを言い、部屋を出るという作戦が。これならば、エアの小言に付き合うこともない。朝食を摂ることはできないが、後で他の店に行けばいいだけの話だ。

「じゃあ、ちょっと置いてくるから待っていてくれ」

 善は急げ、だ。ゼンは自室の取っ手に手を掛けると、一呼吸を置く。扉を開け、一直線に机へ向かう。机に盆を置くと、すぐに回れ右をし、再び取っ手を手にする。

「何処行くの?」

 声だけでエアが不機嫌であることが分かる。ゼンは振り返らない。

「同じ宿に泊まっている奴から誘いを受けてな。偶には、人付き合いもしないとな。それに色々と聞きたいこともあるし。

 机に置いている飯はお前が全部食っていいぞ」

 ゼンは急いで扉を閉める。声はしない。後は逃げるのみだ。ゼンはそそくさと部屋からへなれる。


「悪い、待たせたな。

 え~と」

 先程までゼンが座っていた椅子の反対側に男は座っていた。

「申し遅れました。私はシビと申します。シビ、とお呼びください。

 あなたの名前は?」

「ゼンだ。

 シビは商人でいいんだよな」

「ええ。そういうゼンは傭兵ですかね」

 シビはゼンの全身を隈なく見る。武器は置いているが、ゼンの鍛え上げられた肉体は服の上からでも目立つ。

「いいや。ただの旅人さ」

「そうですか。ゼンさんはこちらには商売で?それとも物資の調達で寄られたのですか?」

「後者だ」

「そうですか。この街はいいですよ。

 私も今までに幾つもの街を訪ねてきましたが、こんなに余所者に優しい街はお目にかかったことがありませんよ。

 ちゃんと金を払った分だけ物資は渡してくれますし、宿も綺麗だし、住民もこちらを不審な目で見ない。

 いやぁ、このままこの街で暮らしたいくらいですよ。ハッハッハッ」

 シビは上機嫌だ。ゼンの口が一度開く間に、シビの口は何度も開く。

「少し前まで私も東の都にいたんですよ。しばらく前でしたかね、都で流行していた病に対する特効薬ができましたね。これが本当に効いたんですよ。

 私も正直な話、余り信じてはいなかったんですよ。だって、今まで何人、何十人、何百人と犠牲になってきた病気ですよ。それが貴族でもない、一介の道具屋の娘が作った薬なんて効く訳がない、そう思っていたんですよ。

 ところがどっこい、これが効くんですよ。まだ全ての市民に供給された訳じゃないですけど、そう時間はかかりませんよ。

 私はその薬を他の都に売ろうと思っていましてね。各地の都にいる金持ちなら、絶対に買ってくれる。私はそう確信していますよ。

 あなたもどうですか?今ならお安くしときますよ」

「そういうことなら、貰っておこうか。

 安くしてくれるんだろう?」

 懐かしい話が出てきたため、ゼンは思わず言ってしまった。本当は、東の都から発つ前に貰っていた分があるのだが。

「ありがとうございます!

 それじゃあ、部屋から撮ってくるから少々お待ちください」

 シビは嵐のように去っていった。そして、巨体を揺らせながら駆け足で戻ってきた。

「ハァ、ハァ、ハァ。

 お、お待たせしました」

「まあまあ落ち着けよ。

 そんなに急がなくても逃げはしないさ」

「すみません。商売に関しては速度が重要だ、という教育を受けてきたもので。

 店主、すみませんが、お水をお願いします。私と向かいのゼンさんの二人分を」

「悪いな」

「いえいえ。折角買ってもらったんですから。この位は」

 店主が水瓶と容器を持って来る。

「ささ、どうぞ」

「そういうことなら、遠慮なく」

 ゼンは一気に水を飲み干す。昨晩の食事から一滴も水分を取っていなかったため、ゼンの喉は渇いていた。乾いた体に水が染み渡る。もう少し冷たければ、完璧であったのに。

「いい飲みっぷりですな。

 こっちの方もいける口ですか」

 シビは酒を飲むしぐさをする。

「人並みにはな。

 俺にはそっちの方が強そうに見えるけどな」

「ええ。自分で言うのも何ですが、強い方だとは自負しております。

 私の場合は、商売上強くないといけない場面もありますので。

 お陰で腹がこんな風になってしまいました」

 シビは自身の腹を叩く。腹からは柔らかいが鳴る。

「この宿にもう一人泊まっているのは知っていますか?」

「情報だけはな。

 その人物を見かけたことはないが」

「ええ。泊まっているもう一人の方は傭兵だそうです。私もこの街に来た初日に会ったんですよ。

 私よりも背も高くて、体格も恵まれている人でしたよ。歳もそれなりの方ですね。

 私としては同じ余所者として近付こうとしたら、素っ気ない対応をされましてね。薬のことも話したんですが、聞く耳を持たないといった感じでした。

 基本はずっと部屋に閉じ籠っているばかりで、中で一体何をしているのやら」

 そろそろシビの話に付き合うのもうんざりしてきた。今まではエアに付き合うより、シビの話の方がマシだと思い、耳を傾けていた。

 それも、そろそろ限界だ。このままこの席にいれば、永遠にシビの話を聴き続けることになるだろう。

 エアの食事ももう終わっている頃合いだ。適当な時機で話を切り上げたい。

 瓶に入った水が尽きた。

「さて、そろそろお暇するよ。

 薬の代金はいくらだ?」

「そうですね、金貨一枚と言いたいところですが、大銀貨5枚で手を打ちましょう」

「そんなに値引いて大丈夫なのか」

「ええ。何を隠そう、仕入れ値はもっと安いですから」

 シビの口に笑みが浮かぶ。

「買う方もそれは承知でしょう。しかし、自ら東の都に行くことはできない。代理人を立てようにも、道中で金を持ち逃げされる可能性もある。それを考慮すれば、多少高くても買う他ありませんからね。

 まあ、私の薬が本物であるかの証明もないんですけどね」

「それじゃあ、これが代金だ。

 話せてよかったよ」

 ゼンは袋から銀貨を取り出し、席を立つ。

「こちらこそ、お買い上げありがとうございます。

 また必要なものがあれば、売りますよ。お値段はいただきますが」

「入用の物があれば買わせてもらうよ」

 二人は握手を交わした。

 

 ゼンが部屋に戻り、最初に目にしたのは、綺麗になった皿だ。朝食が盛られていた皿に、残っている食材はなかった。それどころか、皿には元から何もなかったかのように綺麗になっていた。

「朝食は満足したか?」

「うん」

 エアの機嫌は良くなるどころか、悪くなっているように見える。それは声を聴いただけでわかる。

「お話はどうだった?

 楽しめた?」

「ああ。

 高いお薬も買えたしな」

「薬?

 ゼン、どっか調子でも悪いの?」

「体調はいいさ。絶好調だ

 買ったのはミーネの薬だ」

「ゼン、東の都を発つ前にミーネから貰ってなかった?旅の道中で使ったの?」

「使ってない。

 買ったのは、まあ、社交辞令だ。それに薬が二つあれば、一つは自分、もう一つは人のために使えるだろ」

「薬を人のために使う、ゼンが。あんまり想像できないな」

「放っておけ。

 さてと、俺はもう少ししたら昼飯を食べに外に出る。誰かさんが、俺の分の朝飯まで食ってしまったからな」

「一体誰のせいだか」

「のんきなもんだ」

 ゼンは小さく呟く。

「さてと」

 ゼンは食器の載っている皿を脇にどけ、机の上に次々と武器を置いていく。

「何しているの?」

「武器のお手入れだ。

 こういう時でないと、なかなかする機会もないしな」

 ゼンは武器を手に取ると、じっくりと外観を確認する。傷や汚れはないか、じっくりと見る。近づけたり、遠ざけたり、光に当てるなどをして時間をかけて目視する。

 目での確認が終われば、汚れを取り除く。小さな布や砥石を用い、丁寧に手入れをしていく。

全ての武器の手入れが終わる頃には、それなりの時間が経っていた。既に太陽の位置は真上から移動していた。

「それじゃあ、俺は昼飯を食ってくるから、部屋で大人しくしておけよ」

「はいはい」

 エアが寝床の上から、気怠そうに返事をする。

「はい、は一回だ」

 ゼンは腰に付けているナイフだけを持ち、部屋を出ようとする。

「刀はいいの?それに薙げるナイフも?」

「戦いに行く訳じゃないからな。これだけで十分だろ。

 何事も起きないのが一番いい」

「いってらっしゃーい」

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