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ワールド・ジャーニー  作者: ノリと勢い
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十二話 其の二

「どうだ、エア。何か見えたか?」

「うん。

 この先に街がある。見た限りだと、結構大きいね。特に大きい家が三つ見える。ここから見える位だから、近寄ればもっと大きいだろうね」

 エアの声が少し明るい。新しい街を見つけて気分が高揚しているのだろう。

 まだ食料や水には余裕がある。この街を通り過ぎても困ることはない。

「あの町で数日過ごすか。

 セロもそろそろ休みたいだろうしな」

「本当?」

「本当だ。

 俺も柔らかい寝床で寝たい」

 季節も移り変わり、もう暑くなってきている。それでも東の都周辺と比べると涼しいのだが。

 湿気が少なく、風通りも悪くないため快適な気候だ。夜になれば少し肌寒くなるくらいだ。寝るときは毛布を掛けるので、体に異常はない。不満は寝床が硬いということだ。

 朝起きた時にゼンの体に走る痛みが日常と化しつつあった。

「何日?何日いるの?」

「俺が柔らかい寝床に飽きるまで……かな」

「じゃあ、それなりに滞在するんだね」

 ゼンは嘘をついていた。本当は、二・三日程度で発とうと考えていた。エアの喜んでいる声から、つい口から考えてもいないことを発してしまった。

「まあ、偶にはいいか」

「ん?何か言った?」

「お前をどうやって隠すかを考えていたんだ」

「いつものポーチの中でいいよ。

 その代わり、夜は外に出させてもらうけど」

「何度も言うが、絶対に見つかるなよ」

「わかってるって」

 ゼンはため息をつき、エアは嬉しそうに飛び回る。

 町に近づくにつれ、その全貌が明らかになってきた。ゼンが想像していた以上に規模が大きそうだ。町の外からも大きな家が三軒あるのが見える。エアが言っていたのはこの家のことだろう。

 その大きな三軒以外にも、数多くの家が建っている。家だけではない。文化的な建物も建設されている。経済的に困窮している様子はなさそうだ。

 街の入り口には衛兵が立っている。二人、ともに身長が高く、体も鍛えているのが一目でわかる。

 向こうもゼンの姿を見つけた。衛兵の武器を持つ手に力が入る。

「旅人ですか?」

「ええ。

 この街に滞在したいのですが、宿はありますか」

「ああ。

 一軒だがある。入って真っすぐ進めば、大きな建物が見える。そこが宿だ。

 金はあるのか?」

「これだけあれば十分ですか?」

 ゼンは硬貨の入った袋を取り出す。

「それだけあれば十分だ。

 何日滞在するかは知らんが、ゆっくりしていってくれ」

「ああ。ありがとうよ」

 検問は容易く突破できた。恐らく、旅人も数多く立ち寄るのであろう。衛兵たちの回答も慣れたものだった。金の有無を尋ねる辺りも、未然に不要な厄介ごとを防ぐためだろう。

「お前の他にも二人泊まっている。

 少し前まではもう一人いたんだが、どうやら旅立ったようだな。ここで見かけていないということは、他の門から出たようだな」

「この街にはよく旅人が来るのか。」

「よく来るよ。

 旅人だけじゃない。商人もだな。丁度、宿泊している内の一人が商人だ。

 何でも、東の都で開発された薬を売りに来たそうだ」

「じゃあ、通らせてもうぞ」

「言っておくが、妙な真似はだけはするなよ。

 そうなったら、お前に対し俺たちが武器を振るうことになる」

「そいつは怖いな。

 大人しくゆっくりすることにするよ」

 無用な衝突を避けたいのはゼンも同じだ。無用な血を流すほど馬鹿なこともあるまい。

 ゼンは街の中へと入った。入る前からわかってはいたが、やはり規模が大きい。それに住民たちの顔も明るい。楽しく談笑しながら大通りを歩いている。

 往来には座り込んでいる者や眠りに付いている者もいない。東の都であれば、職にありつけない者や食べる物、寝る場所に困っている人達が路上にいた。とある一角にはそう言った人たちだけが集まる区域もあった。女子供はおろか、成人男性でも一人では立ち寄らない場所である。

「今日の晩御飯はなに~?」

「今日はね、久しぶりのお肉よ。

 領主様たちの狩りのお陰よ。何でも大きな動物を仕留めたそうよ。今も広場にその獲物の毛皮があるらしいわよ」

「後で見に行っていい?」

「ええ。けど、行くときは一人じゃ駄目よ。私かお父さんも一緒よ」

「はーい」

 親子の他愛ない話の他にも、色々な会話がゼンの耳に入る。そのどれもが明るい話だ。明日は何をするか、収穫をどうするか、いつ出産の予定なのか、どれもが未来に向かうめでたい話題ばかりだ。

 それを聞いているゼンの頬も自然と緩くなりつつある。恐らく、ポーチの中にいるエアも同じだろう。動きはないが、ゼンは確信に近い何かを抱いている。

 門番が言っていた宿屋はすぐに見つかった。文言通り、他の建物と比べても一回り大きい。そして厩もある。

「大人しく待っててくれよ」

 ゼンは厩にセロを置くと、宿屋の中に入る。宿の中は広く、清潔な状態が保たれている。置いている家具も年数は感じるが、汚さは一切感じさせない。

「いらっしゃい。

泊りかね」

 店の奥から声がする。声のする方へと顔を向けると、店主と思われる人物がいた。男の背は小さいが、体の厚さはゼン以上だった。大きく出た腹は顔よりも前に出ている。

「ああ。

 しばらく泊まりたいんだが、これだけあれば十分か」

 ゼンは硬貨の入った袋を男の目の前に差し出す。

 男の視線が袋に向かって釘付けになる。

「ええ。ええ。

 部屋はどうしましょうか?大きな部屋をご用意しましょうか?今なら空いている部屋のどれを使ってもらっても構いません」

「一番、小さな部屋で頼む。

 それと厩にいる馬の世話も」

「はい、それは勿論」

「それで、俺の部屋はどこになる?」

「そうですね。一番小さな部屋となると、この階の奥にある部屋になります。

 空きが三部屋あるので、お好きな部屋をどうぞ。お食事はどうします?ここで召し上がりますか、それともお部屋で」

「ここで食う」

 ゼンは一番奥の部屋を選んだ。

「おい、もう出てもいいぞ」

 部屋の中は綺麗に保たれている。本当に寝るためだけの部屋という感じだ。寝床に椅子と机があるだけの部屋である。見た所に埃やゴミなどは落ちていない。

 ゼンが言った直後、ポーチからエアが出てきた。

「狭い部屋だね。

 お金はあるんでしょ。もっと大きい部屋に泊まればいいのに」

「大きくても余らせるだけだ。これ位の方が丁度いい」

 ゼンは身に着けている装備を解き、机に置いていく。あっという間に、机の上は武器で一杯になった。

「ふーっ」

 ゼンは横になる。疲れている訳ではないが、久しぶりの柔らかい寝床だ。堪能しないという選択肢はない。

「ちょっと、まだ陽も落ちてないよ」

「偶にはいいだろ。

 少ししたら起こしてくれ」

「一応聞いておくけど、外に出たら駄目だよね」

「当たり前だろ。お前が外に出ていいのは、陽が落ちてからだ」

「はーい」

「じゃあ、よろしくな」

 ゼンは目を閉じた。

「あっ、そうだゼン。ご飯はどうするの?」

 既にゼンは眠りに入っていた。先程まで眠気など一切感じなかったのに、横になった途端、ゼンを急襲した。ゼンは成す術もなく、眠りへと落ちていった。

「……もう寝てる。

 さっきまで起きてたのに」

 

「――ン。ゼン!ゼーン」

「ん、ああ」

「もう陽も落ちたよ。もう出てもいい?」

 ゼンは上体を起こす。ゆっくりと立ち上がり、窓から外の景色を覗く。

 エアの言った通り、既に陽は落ちていた。が、明るさが空には残っている。宿に付いたのは昼過ぎであった。ゼンは自分の想像以上に眠っていたようだ。

 ゼンはゆっくり体を伸ばす。体のあちこちから骨の鳴る音がした。「ねー、ゼン。

 晩御飯は?」

「今から俺が食ってくるから、その残りを持って来てやる」

「ゼンの残り物を処理しなくちゃいけないの?

 なんか嫌だな」

「ちゃんと手にを付けていないものを持って帰ってくるから心配するな」

 ゼンは手を振りながら自室を出た。

 受付には来たときと同じく、店主がいた。

「よくお休みになられたようで。

 他の方はもうお食事をとって部屋に戻られましたよ」

「そうか。

 夕食を頼む」

「今から作るので、多少時間が掛かりますよ」

「いいよ。ゆっくり待つさ」

 ゼンは椅子に腰かけ、ただ料理ができるのを待った。何をするわけでもなく、ただ天井をぼうっと眺めていた。

「お待たせしました」

 どのくらいの時間が経ったのだろうか。気づけば、ゼンの前に料理が出されていた。

「食べた後は、そのまま置いといて下さい。片付けはやっておきますので」

「わかった」

 ゼンは夕食を綺麗に平らげた。その内の一部は、別の袋に隠しこまれた。

「お帰り。

 随分と早かったね」

「誰かさんが部屋にいるからな。ゆっくり食事もできん」

 エアのために肉を多めに残しておいた。

「ねーね、お肉食べてもいい?」

「ゆっくりと食べろよ」

「はーい」

 エアは口一杯に肉を放り込む。余りに入れ過ぎたのか、飲み込むに苦労している。

「ほら、水だ。

 落ち着いて食べろ」

「っん、ありがとう」

 気づけば、エアのために持ってきた料理はなくなっていた。

「おい」

「あー、よく食べた。

 それじゃあ、私はちょっととんでくるから」

 ゼンが一言を発する前にエアは飛んで行った。

「絶対、人に見つかるなよ」

「はいはい」

 エアは闇夜の空に飛び立っていった。既に空は暗くなっている。周囲の家も明かりが消え始めている。こんな夜間に外をうろついている人は少ないだろう。

 いたとしても、酒で酔っている者が大半だろう。仮にエアを見かけても、酔っぱらいの戯言だと受け止められるだろう。

「は~。

寝るか」

 このまま起きていても、腹が減るだけだ。ゼンは寝床へと入った。つい先ほどまで寝ていたというのに、既に瞼が重い。

 明日は何をしようか、そんなことを考ええている間にゼンの意識はまどろみに沈んでいく。


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