十二話 其の一
闇夜の中を一人の男が走っている。男は右手を左肩にあて、足を引きずるようにして進んでいる。男はしきりに後ろを振り向いては、何かを確認する。
「あ、あともう少し。もう少しで」
男が歩いた後には足跡と血が残っている。
「今回の獲物は活きがいいな」
「そうですな。
あの怪我でよく動く」
「それでこそ狩り甲斐があるというもの。
ぼやぼやしていると逃げられますぞ」
「本当だ。
これは急がないと」
「ええ。次の狩りはいつになるかわからない。
今回もじっくりと楽しまなければ」
走る男の後ろには、三人の男がいる。一人は背が高く体型も整っている。遠くから見てもすぐに判別できるであろう。もう一人は、横に大きい。背も高くないので余計に太って見える。大きく出た腹は男の裕福さを物語っている。最後の一人は恰幅がいい。太っている訳ではない。鍛え上げていることが一目でわかる。
三人はそれぞれ剣、クロスボウ、槍を持っていた。
「それでは私から」
太った男がクロスボウを構えた。人体を容易く貫通できそうな鋭いボルトが装填されている。
「さあ、当たるかな」
「当ててみせますよ」
男はクロスボウを構える。
「どんどん遠くに行くぞ」
逃げる男の背は小さくなる一方だ。しかし、太った男は動揺している様子はない。集中しているため、周りの声など聞こえないようだ。
ボルトが放たれた。ボルトが空を切る音が闇夜に静かに響いた。その後、悲鳴が上がった。
「当たった」
「ええ。当たりました。
ですが急所は外れたようですな」
「後は私たちの出番という訳だ」
男たちは歩き始める。徐々に地面に残されている血の量が多くなってきた。
「ハア……ハア……」
男の右脹脛にボルトは刺さっていた。後ろから当たり、前まで貫通している。脚が使えなくなっても男は諦めてはいなかった。手を使い必死に前へと進んでいる。
「頭を狙ったのですが、外れてしまいましたな」
「なに、あの距離で当てだけでも凄いものですよ。それに光もまともにないこんな夜中に」
「全くだ。
だから、後は俺たちの出番だ
二発撃って二発とも命中したんだ。もう十分、楽しんだだろう。
それに前回も最後の締めはあなただったでしょう」
「仕方ありませんな。
それでは今回はお二人にお譲りしましょう」
男たちは優雅に話している。とても怪我人を前にした人の様子ではない。
「これで私かあなたかになりましたね。
どうします?」
「その前にこうしておこう」
槍を手にした男が、逃げる男の手の平に槍を突き刺す。
「ああぁああぁぁ」
男の悲痛な叫び声が闇夜に響いた。
「こうしておけば逃げられる心配はない」
逃げる男は地面を転がり苦しんでいる。周囲に立つ男たちには一切の動揺もない。当然のこととして、目の前の事態を受け止めていた。
「それはいい考えですね。
ただ、あなたの一撃で獲物が弱まったしまった。これでは放っておいても死んでしまいます」
「おや、本当だ。
今回はあなたの番ですな」
「今回の狩りはこれで終わりか。
終わってしまうとあっけないものだな」
刀身が男の体に刺さった。男の動きが止まった。
「次は一体、いつになるのでしょうな」
「こればっかりは私たちではどうしようもないですからな。大人しく、寝て待ちましょう」
「ええ。待っている間も何もできない訳ではない。次の狩りに向けて、練習でもしていればすぐに次の獲物が来ますよ」
男たちの笑い声が闇夜に消えていく。