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ワールド・ジャーニー  作者: ノリと勢い
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十話 其の五

「ガ~ガ」

「グガ?」

 大小、様々な種類の声がする。一つ共通しているのは、どの声にも覇気がないことだ。どこか頼りがいがない、間の抜けた声で鳴いている。

 音がした。何かが坂を転がっていく音が。周囲の連中の視線は、落ちてくるものに釘付けになる。

 勢いをなくした声は悲鳴のような声に変わり、蜘蛛の子を散らすように散って行った。

「――ふう~。

 散っていったか」

 群れが解散したのを確認してから、ゼンは坂をゆっくりと下る。まだ片手には血の滴るナイフが握られている。

「まさかここまで上手くいくとはな。

 ご苦労さん」

 ゼンは下に転がる生首に目を向けた。ゼンは先ほど命を奪った相手の首を刈り取っていた。こういった群れを成す種族は親分格がいなくなると、統制を失いがちになる傾向がある。

 ゼンはその傾向を利用したのだ。自分たちの親分格が死んだと理解すれば、戦わずに済むかもしれない、その思いでゼンは首を刈り取ったのだ。

 結果はゼンの予想以上のものだ。周囲にはゼン以外の気配はない。声も段々と遠くなっていく。

 二、三匹はゼンに飛び掛かってくるとものと思っていいたため、一気に緊張が解ける。

 意識は緊張から解放されたが、体の方はまだ硬い部分が残っている。ナイフを握っている右手は硬いままだ。

「エア達は……向こうか」

 ゼンはゆっくりと歩きだす。


 ゼンと別れて一体どのくらいの時間が経っただろうか。ゼンの言葉を信じ、セロと一緒にゼンから離れたが、不安は募る一方だ。ゼンを信じたいという心はあるが、それ以上に不安が襲ってくる。

「セロ」

 セロは何も応えてくれない。エアを乗せ、道とも言えない道を四本の足で進んでいく。周りは暗闇だ。光源となるものはない。

 枝の折れる音がした。ゼンか、それとも。

「よう。

 大丈夫だったか?」

 出てきたのはゼンであった。ゼンは肩を大きく上下させ、呼吸をしている。

「あ~。疲れた。

 今日はもう寝るぞ」

 エアはゼンを凝視する。目の前にいるゼンに大きな怪我はなさそうだ。服に血は付着しているが、ゼン自身は傷ついている様子はない。恐らく返り血だろう。

「ゼン、体は大丈夫なの?」

「怪我はない。ただ疲れた、今日はもう寝る。

 セロも疲れただろう、今日はもう休め」

 ゼンのその一言で、セロは足を止める。その場に座り込み、頭を下に落とす。

「うぉっと」

 急に頭を下げたので、セロの上に乗っていたエアは落馬しそうになる。何とか落馬は免れたものの、頭から尻尾の方へとエアは転がっていく。

「よっとっ」

 転がるエアを止めたのは、ゼンの手である。ゼンは右手でエアをすくう。

「私も疲れたから寝るよ~

 ゼンも早く寝なよー」

 エアは大きく口を開けながら言う。エアも疲れているのだ。エアとセロが寝るのにそう時間はかからなかった。

 ゼンはというと、寝ずに周囲を警戒していた。焚火で身を冷まさぬようにし、一人でただ燃える火を眺めていた。可能であれば、ゼンも目を閉じ、夢の世界へと入りたかった。

 体は勿論のこと、心の方も疲弊している。そのことはゼン自身が一番知っていた。

「あぁ。明日は一日中寝るか、そうしよう」

 普段であればゼンもともに寝ていたであろう。仮にゼンに近づく者がいれば、気配を察知し、自然と目が覚めるからだ。

 しかし、今は事情が異なる。一度、眠りに入ればそう簡単に目覚めることはできないだろう。

 ゼンは念のため火の番をすることにした。舟を漕ぎながらもエアが目覚めるまで、火の揺らめきをただ眺めていた。

 途中、あまりにも眠気がひどいため、ゼンは手持ちのナイフを研ぎ始めた。砥石を取り出し、ナイフを一人静かに研ぐ。今の所、歯に傷はない。長年使っているため、手に馴染んでいる。

「んんん……

 さっきから何の音?」

 エアが目を覚ます。既に太陽は昇っており、周囲の状況も目視できる位になっている。

「おう、起きたか」

 ゼンはナイフ片手に暇をつぶしていた。

「酷いクマだよ。ちゃんと寝た?」

 ゼンの夜番のことなど露知らず、エアはゼンの心配をする。

「今から眠る。セロのことを頼む。

 何かあったらすぐに起こしてくれ~」

  ゼンはあくびを噛みしめながら、すぐに目を閉じる。大の字になり、次の瞬間にはゼンの意識はなくなっていた。

「ゼン?

 ゼ~ン」

 エアの言葉はゼンの耳には入っているが、意識はできない。既にゼンは夢の世界の住人になっていた。

「あ~あ、ゼン、寝ちゃったよ。

 セロ、どうする?お腹空いた?」

 エアはセロの方を見る。セロは座ったまま、動かない。目は開いているが、寝ているかのようだ。

「しょうがない。

 私も何か暇潰しの道具でも用意しとかないとな~」

 

「ん、あぁあぁ。

 どうだ?何か異常はあったか?」

 ゼンが体を伸ばしながらエアに尋ねる。体の節々から、ポキという音がする。体を伸ばしたことで、筋肉に痛みが走った。それが眠気を発散させてくれる。

「何もなかったよ。

 こっちは暇で暇で死にそうだったよ」

「そいつは……悪かったな」

 ゼンは左手で頭を掻きながら言う。その行為に全く反省の色は見られない。

 既に太陽はゼンたちの真上を少し通り過ぎた頃になっている。寝た時間としては少ないが、ゼンは身も心も爽快な気分だ。

「移動しよう。

 残党に会いたくない」

「どっちに進むの?」

「北東だ。

 セロ、今日も頼むぞ」

 セロは鬣を揺らす。一行は陽が沈むまで移動を開始した。

 一行が歩き始めて、少しの時間が経った。ゼンたちの目に入ってきたのは、大量の白骨だった。かつてその骨には肉が付いて、命が宿っていたのだろう。

「うう。……匂いが凄い。

 早くここから離れよう、ゼン」

「そうだな。見て気分のいいもじゃないしな」

 ささしものゼンといえども、この悪臭には堪えている。白骨には僅かだが、赤い肉がこびり付いている。その残った肉が悪臭の原因になっている。

 ここはどうやら、先日戦った相手の巣窟だったらしい。ゼンたちは敵から逃げるどころか、敵の本拠地へと乗り込んでいたようだ。骨も大小様々なものが混じっている。人のものもあれば、恐らく野生動物と思わしきものも。

 共通しているのは、そのどれもがかつては生命があったことだ。

 巣窟から出ても、ゼンたちの鼻は元通りとはいかなかった。鼻腔から微かに感じる異臭が、常に意識にあった。

 山道を歩いていれば喉も乾くし、腹も減るが、この日に限ってはそういった欲求が湧くことがない。湧いたとしても、その欲求は異臭の陰に隠れてしまう。

「うええぇぇ。

 まだ匂いが纏わりついている~。

 ゼ~ン、川とか水のある場所を探してよ。匂いが全然取れない」

 エアは自身の体を嗅ぐ。拭っても拭ってもエアの鼻腔から異臭が無くなることはない。むしろ、僅かな匂いでも過剰に反応しているようにも思える。

「水のあるところねぇ。

 俺も体を洗いたいと思ってはいるが、そう上手くはある訳もない……か」

 ゼンも水場を探してはいたが、なかなか見つからない。山中を歩いても望みは薄いかもしれない。

「エア、お前の嗅覚で水の在りかに見当は付けられないのか?」

「ダメ。

 今はあのイヤな匂いが鼻にこびり付いている。何を嗅いでも、この匂いに上書きされちゃう」

「そうか」

 今はただ歩くだけしか方法はなかった。エアの嗅覚が頼りにならない以上、後はゼンの勘と経験が頼りだ。とはいっても、あくまでも頼りになるのは個人の勘と経験だ。必ずしも当たるとは限らない。

 加えて、ゼンがいるのは初めての場所だ。ゼンの経験も当てはまるとは言い切れない。幸いにも飲み水には困っていない。節約すれば一週間程度は乗り切れるだろう。

「この匂いじゃ、食欲もわかないよー」

「じゃあ、今日の夕飯は無しだな。

 俺はちゃんと食うが」

「誰も食べないなんて言ってない!

 食欲が湧かないだけ。私も食べる!」

 その日、ゼンたちが水場を見つけることはできなかった。二人とも食欲は落ちてはいるが、食わないと明日が更に辛くなることを知っている。

 鼻腔にこびり付いた異臭を我慢し、食べ物を口に運ぶ。ゼンは顔には出さないが、普段より食べる速度が落ちている。エアは顔からも辛いことが見て取れる。

「こういう時は、鼻が利くのが嫌に感じるよ」

「慣れろ。後はそのよく効く鼻を塞げ。

 そうすれば、多少はマシになる」

 ゼンがこの日用意した食事は、肉を焼いただけの簡素なものだ。ただ、肉に下味をつけている。いい香りのする草を乾燥させ、挽いたものを肉にまぶしてある。少しでも鼻に纏わり付く匂いを緩和させようとゼンが工夫したのだ。

 ゼンの工夫もむなしく、効果は薄い。ゼン自身がそれを一番、痛感していた。

 普段から食事中の会話は多い方ではない。食べ終わった後に、エアからの問いかけに応えることが多い。だが、この日は食べ終わるや否や直ぐに就寝の準備に入った。

「起きるまでに鼻が慣れていたらいいな」

「鼻が慣れるのが先か、水場を見つけるのが先か。

 いい勝負だな」

「はやくおいしい空気が吸いたい」

 二人は浅い眠りについた。


 次の日、空からは恵みの雨が降っている。灰色の空には、分厚い雲が覆われている。雷は鳴ってはいないが、鳴ってもおかしくはない空模様だ。

 恵みの雨は飲み水の確保と、もう一つ利点があった。それは、雨の独特な匂いがゼンたちの鼻腔に上書きされたことである。

 雨で憂鬱な気分が込み上げてくることなく、むしろ昨日よりも気分は爽快だ。

「まさか、雨の匂いに感謝する日がくるなんて思ってもいなかったよ」

「俺もだ。

 だが、雨を凌げる場所を見つけたら、今日はそこで泊まるぞ」

「ええ~。

 もっと進もうよ。昨日も全然進んでないしさ。早くこの森から抜けようよ」

「俺もこの森からは一秒でも早く抜けたいよ。

 ただ、大事なコイツの体を雨に濡らしたくないんでね」

 ゼンはセロの背中を軽く叩く。

 水は確保できた。森を抜けるのに明確な期限はない。無理をして強行突破する必要もあるまい、ゼンはそう考えていた。

「ん、ゼン。

 水の香りがする。雨水じゃない、真水の。」

「本当か?」

「間違いない。

 こっち!」

 エアは一人、先に行く。

「セロ、行こう」

 エアの後を追ったゼンの眼前にあったのは、新鮮な湧き水のある泉だった。

「これでようやく、この匂いか解放されるよ」

「ああ、偶にはゆっくりするのも悪くないな」

 湧き水があるということで、周りの土も肥えている。豊かな緑がその命を輝かせている。

「セロ。今日はここまでだ。

 お疲れさん」

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