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ワールド・ジャーニー  作者: ノリと勢い
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十話 其の四

 闇夜の中を一人、ゼンは立っていた。右手には特殊なボルトを装填したクロスボウを持っている。

 エアとセロはもう遠くまで離れただろうか、ゼンの意識はそちらに向いていた。今から戦う相手の素性は凡そ分かっている。不明なのは、その数だ。ゼンよりも多い数で来ることだけは確実である。

 人間相手であれば、一人や二人減らせば、活路は見えてくる。しかし、相手がモンスターや獣の場合は、そうもいかない。

 種族にもよるが、最後の一匹になるまで戦うものもいる。今回、相対する敵がそうでないことをゼンは祈るだけだ。

 ゼンの作戦は決まっている。クロスボウに装填している特殊なボルト、それは火を点けて使う種類のものだ。普段のものよりもボルトの長さは短く、威力も抑えてある。

 このボルトを命中させる、それが作戦の前提だ。火を点したボルトが命中すれば、火は相手の体毛に燃え移る。燃え盛る火炎を身に纏い、平然としている生物はそういないだろう。命中した個体は暴れまわる。その動きはゼンにとっては大いに助けになる。

「まずは、命中させないとな」

 ゼンは目を閉じ、深呼吸をする。聞こえてくるのは、焚火の音だけだ。まだ敵の足音はゼンの耳に入ってこない。

 この四方が木々に囲まれた場所では、刀を存分に振るうことはできない。ゼンの武器となるのは、クロスボウとナイフ、それに自身の肉体だけだ。

 クロスボウに関しては、接近戦に持ち込まれると使いようがない。先制攻撃の一、二発程度しか有効に使えないだろう。その一発、二発で戦況を変える必要がゼンにはある。

「フーーー」

 ゼンは落ち着いて、呼吸を繰り返す。一度、一度の呼吸を意識して行う。

 ゼンの耳にも足音が聞こえてきた。エアの言う通り、一匹ではない。複数匹いる。

 ゼンはゆっくりと目を開け、右手の方を見る。右手からは汗がにじみ始めている。右手だけではない、額からもだ。ゼンは額の汗を左手で拭う。

 ゼンの目にも敵が見えた。僅かの間だが、ゼンの目はその姿を捉えた。種類は先ほどの奴と同じだ。数は正確な数はわからないが、三体以上はいた。中でも一体、特に体の大きい奴をゼンは見た。間違いない、アイツは親分格である。

 ゼンは焦る気持ちを抑え、唾を飲む。今ボルトを放ったところで、当たりはしない。まだ火を点すにも早すぎる。ゼンはその場を動かず、敵の出方を伺うことしかできない。

 頭は冷静に、体は直ぐ動けるように熱を保持したまま。ゼンの耳に入る足音は大きく、多くなってくる。先程までは耳にだけ入る情報が、視界にも入ってくる。

 ゼンは特製のボルトを装填し、先端だけを焚火の中に入れる。先端部分には火が点り、光源が一つ増えた。

 ゼンは両手でクロスボウを構え、狙いを付ける。もう既にゼンを狙っている敵はすぐ近くまで来ている。端から見れば、ゼンは圧倒的に不利な立ち位置にいる。にも拘わらず、ゼンの呼吸は落ち着いていた。

ゼンは右手を引き金に掛け、指に力を込めた。

燃え盛る火炎を伴ったボルトは夜の森を駆けていく。発射されたボルトはゼンの狙い通りに命中した。

暗い森の中に新しい光源が一つ増えた。光源は呻き声を出し、森の中を不規則な動きで駆けまわる。右から左へ、前から後ろへと。

その動きをゼンは黙って見ている訳ではない。命中したことを確認する前に、ゼンは新しいボルトを装填する。またも特別製のものだ。

ゼンは再度、ボルトを火にくべる。

「ギャァァァァ」

 一匹がゼン目掛けて正面から突進を仕掛けてくる。否、一匹ではなかった、二匹だ。ゼンから見て左手の方向から、もう一匹が迫ってくる。

「シャアアアァァァ」

 クロスボウを二回撃つ時間はない。装填する間に鋭い牙がゼンの身を引き裂く。

 ゼンは両手で構えていたクロスボウを右手で、空いた左手で左太腿に巻いているナイフを取る。

 ボルトが発射された直後、ゼンの左手からナイフが投げられた。左手で半円を描くような動きで投擲されたナイフは勢いを増した。

 ボルト、ナイフはともに命中した。光源が一つ増え、命が一つ消えた。

 ナイフは眉間に刺さっていた。正確に狙いを付けて投擲した訳ではない。一撃で仕留めることができたのは、僥倖であった。

 悲鳴と共に光源は右往左往する。光源が二つに増えたことで、向こう側の混乱はさらに増した。今までは一方向だけを注意していればよかったものが、二つになったのだ。

 先程から同士討ちのような声もゼンの耳に入ってきている。ゼンにとって幸運だったのは、敵の攪乱が想像以上に上手くいっていることだった。

 当初の予定では最低でも一回、良くて二回だと思っていたクロスボウの活躍が増えそうなのだ。途中、別の個体に阻害もされたが、その障害を乗り越えることができた。

 ゼンは三度、特製のボルトを装填するため手を動かす。

「ガァァァア」

 右方向から声が聞こえた。ゼンは急いで右方向を確認するが、姿は視認できない。視界の上の片隅に何かが見えた。ゼンは首を上げる。

 いた、一匹だ。ゼンよりも高い位置にいた。大きく飛び上がり、ゼンに近づいていたため、ゼンが姿を確認するまでに時間が掛かってしまった。

 ボルトを発射する余裕はない。既にゼンの目の前の直前まで迫っている。

「チッ」

 ゼンはクロスボウを構えたままの右手を、そのまま前に出す。

「グェッ」

 短い鳴き声が出た。それと同時に硬いもの同士がぶつかる音も。それから少し遅れて、地面に何かが落ちた音も。

 ゼンが突き出したクロスボウは、相手の首元に衝突した。木製のクロスボウとは言え、相手は小型の生物だ。加えて、ゼンが全力で押し出したため、かなりの衝撃が加わった。

 首元の骨が砕けた様な感覚をゼンは味わった。絶命には至らなくとも、すぐに動くことはできないだろう。事情はゼンも同じだ。相手程の影響はないが、ゼンは右手に少し痺れを感じていた。

 この程度であれば放っておけば気づいた時には痺れなど忘れているだろう。通常であればの話だが。今は違う。一分一秒が生命につながる事態だ。

 ゼンは右手の自由が利かないことを察知すると、クロスボウを落とした。右手の痺れが収まるのを待つ余裕はない。ゼンは自在に動かせる左手で腰のナイフを抜く。

 ナイフ一本で全ての敵を相手に回せることはできない。時間が経てば、不利になるのは自分であることをゼンは知っている。攪乱自体は上手くいっている。

 仕掛けるならば今しかない、ゼンの腹は決まった。このまま待っていても防戦一方になるだけだ。攻勢に転じるには格好の機会である。

「ガアアアアアアアアア」

 明らかに今までの個体とは違う声だ。声自体が大きく、どこか威厳のようなものを感じる。

 今、声を出している個体が親分格だ、ゼンは確信した。ゼンは大きく地を蹴る。

 未だゼンの右手は元通りにはなっていない。少しは自由が利くようになったが、ほんの少しだ。可能なことも限られている。それでも、ゼンは前へ進む。

 居た、ゼンの視界に周りの個体とは違う奴がいた。体の大きさは勿論、他の部分にも差異がある。例えば、顔の周りのエリだ。普通の個体にはないものがある。

 向こう側もゼンに気付いたようだ。今まで萎んでいたエリが開花したかのように開いた。体の向きもゼンのいる方向に変え、臨戦態勢に入った。

 ゼンは感覚を取り戻しつつある右手で、太腿の投げナイフを手に取る。全力は出せないが、投擲するには十分だ。

 ゼンはナイフを投擲する。狙いは当然、親分だ。ゼンの手から離れたナイフは、親分格の元へと飛んで行く。

「ガアアア」

 ゼンの投げたナイフは相手の胴に刺さった。しかし、奥深くにまでは達していない。その証拠に、刺さったナイフは今にも相手の肉体から落ちそうである。

 肉体への損傷が浅いとはいえ、動きを止めることに成功した。ゼンはその隙を狙い、さらに接近する。安全に倒すならば遠距離から倒すのが一番だが、そうも言っていられない。

 ゼンはさらに距離を詰める。相手の一撃が入ればただでは済まない。それは相手も同じだ。

 近くにまで接近して分かったが、相手の体格はゼンと同等かそれ以上だ。よく見れば、爪には赤いものが付いている。ゼンよりも前に犠牲者がいたのだろうか。

 最初に攻勢を仕掛けたのは、ゼンではなかった。ゼンの想像以上に、手足が伸びた。あまりの伸びにゼンも多少面を喰らってしまった。

 急いで横にそれたが。鋭い爪はゼンの左頬を掠めた。掠めた場所には、赤い一筋がの線ができた。その線からは赤い液体が流れ始める。

 赤い液体が地面に落ちるよりも早く、ゼンの左手が動く。ゼンのナイフは空振りに終わった。首元を狙ったナイフは空を切る。

 状況は元通りになった。ゼンと敵の一騎打ちだ。増援は今の所はいない。

「シャァァァ」

「グァァァア」

 その鳴き声は、唐突にゼンの耳に入った。その鳴き声は間違いなく、目の前にいる相手の仲間だ。間違ってもゼンにとって望ましい出来事ではない。

 今までは相手の出方を伺い、隙ができた際に攻撃に移るという戦法を取っていたが、もう使えそうにもない。この戦法が使えるのは、一対一で対峙している時のみだ。

 事を急いではならない、そう考えるゼンだが、余裕は無くなっていく一方だ。体は熱いままだが、頭の方まで熱が回ってきている。ゼンの頭の中にあるのは、目の前の敵をどう片付けるか、それだけだ。

 一気に相手の懐に入り重い一撃を与える、ゼンは頭の中で様々な方法を考える。ゼンの思考は遮られた。

 ゼンの肉を引き裂くために、鋭利な爪が一回、二回と空を切る。ゼンは身を動かし、左手のナイフで攻撃を流す。

「ァァッ」

 ゼンはその場で回転するかのようにして、地面に転んでしまった。ゼンが転んだ原因は、尻尾である。ゼンは相手の爪に注意を向けて炒め、迫りくる尻尾への対応が遅れてしまった。

 尻尾がゼンの体に当たる直前、ゼンは事態を把握した。ゼンは両足で地面を蹴り、尻尾を躱そうとしたが、完全に回避することはできなかった。

 左足の僅かな部分が尻尾と激突し、ゼンは姿勢を崩してしまった。受け身を取る余裕もなく、ゼンは背中から落ちていった。

 背中に走る痛みを無視して、ゼンは地面を転がる。ゼンがいた場所には二、三の穴が開いていた。

 ゼンは右足を上げ、側面から頭を蹴る。ゼンの蹴りは当たらなかった。ゼンの足が相手の視界に映ったのだろう、すぐに後ろに下がった。

 ゼンは右足に続け、左足を大きく上げる。足を天から地に戻す、その反動を使い起き上がる。

「ァァァァ」

 ゼンが起き上がった直後、再び、鋭い爪がゼンを襲う。ゼンはその爪を軽い足取りで躱す。

 来た、ゼンは心中で舌を鳴らす。待っていた攻撃が来たのだ。そう、尻尾の叩きつけだ。

 ゼンは両足で地を蹴る。今度は尻尾に引っ掛からず、躱すことができた。ゼンはそのまま敵の背中に飛び乗った。ゼンは自身の全体重を掛け、後ろに倒れこむ。地面に仰向けになった状態で、ゼンの両手は相手の首に巻き付いている。

「おおおぉぉ」

 やはりゼンの予想通りだ。前から挑むにはゼンの力では不足だが、後ろから締め落とすならば十分である。ゼンは残っている力を全て絞り出すようにして首を絞める。

 相手がどれほど爪や牙を繰り出そうともゼンには当たらない。体の構造上、後方にいるゼンに当たることはない。それでも敵は足掻くことを止めない。いくら攻撃が当たらないとはいえ、かなりの力だ。一瞬でも気を抜けば、ゼンの締め付けは外れてしまうだろう。

「ガガガガガ」

 相手の口からは何とも言えない声が出ている。ゼンは倦まず弛まず、更に力を加える。

「オァァ!」

 ゼンは残る全ての力を使って、首をへし折った。

 今まで動いていた四肢が活動を止めた。ゼンから離れようと必死にもがいていた体は動かなくなった。組み付いた時からあまり熱は感じなかったが、より一層そう感じる。

「ハァ、ハァ、ハァ」

 ゼンは自身の胴にもたれかかっている首を静かに横にやる。まだ目は開いたままで、ゼンの方を見ている。ゼンは虚ろな瞼を閉じてやる。

 ゼンは立ち上がり、周囲を見渡す。手から落としてしまったナイフを探す。

「……あった」

 ゼンはゆっくりとナイフの方へと近づき、腰を屈め拾う。ゼンは振り返り、後ろで眠っている遺体の方へ足を運ぶ。

「悪く思うなよ」

 ゼンは作業に入った。


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