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ワールド・ジャーニー  作者: ノリと勢い
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十話 其の一

「ゼ~ン。暇~」

 雲一つない晴れた昼下がりの頃であった。エアの口からこの言葉が何回出てきたのか、ゼンは五回を超えた辺りで数えることを止めていた。

 エアはいつものように、セロの頭に乗っている。飛んでいるとき以外は、セロの頭で寝ているのが日常になりつつあった。

 ゼンたちが東の都を発ち、それなりの日数が経っていた。見晴らしがよく、人通りも少ないためエアは外に出ている時間が多い。ゼンもそのことについて、注意することもない。

「暇だったら、飛んで周辺のことを調べてくれ。

 食べ物も少なくなってきた。そろそろ補給する必要がありそうだ」

「そう言っておきながら、まだまだあるんでしょう。

 ゼンってば、心配性なんだからな」

「そうだな。いつも運よく食い物にありつける訳でもない。それに天気も今はいいが、いつ崩れるかもわからん。

 早め早めの対策が大事なんだ。誰の助けも期待できない、俺みたいな放浪者にはな」

「ゼンがそこまで言うなら、見てくるよ。

 私も同じ料理だけじゃ飽きてくるしね。太陽が落ちる前には帰ってくるよ。

 ゼンはこのまま、この道を真っすぐ行くんだよね」

「いや。今日はここまでしておく」

「どうして?」

「わがままな誰さんのために、偶には凝った料理でも作ろうかなと。

 それに、コイツの練習もしておきたいしな」

 ゼンは自身の太腿廻りに巻かれたナイフを指さす。

「楽しみにしてるよ!

 それじゃあ、行ってくる」

「暗くなる前に帰って来いよ」

 ゼンの言葉を聞く前に、エアは飛び立っていた。ゼンの言葉が聞こえたかもわからない。ゼンは自身の言葉がエアの耳に入ったことを信じ、その日の野営の準備を進める。

 身近にある大木に、ゼンは自身の武器を置く。東の都を出てから、ゼンが刀を抜いたことはなかった。平和に旅を進めることができるのは有り難いが、少し物足りない気持ちがゼンにあったのも事実だ。

 刀に関して不安はない。信頼する人物が打った、この世に一つだけの逸品だ。だが、新しい物を入手すると、使いたくなってしまうのが人の性である。ゼンもその衝動に駆られていた。

 腰に差している刀を振りたい、何もない空間に向かってではない。命を懸けた斬りあいの中で、刃を振るいたい。そんな思いがゼンの中にはあった。

 行き当たりばったりで刀を振るえるわけもなく、ゼンの願いは叶えられないままである。少しでも留飲を下げるために刃物に触れる機会が多くなっていた。

 特にゼンが気に入ったのが、新しく手にした投げナイフであった。ゼンの腕は、投げたいと思った所に投げることができるほどの腕前であった。自身の狙った所に物を投げる、その行為はゼンの心を安定させるのに役立った。

ゼンはセロに掛けている袋から食材を取り出す。エアにああ言った以上、今日の夕食は手間暇をかける必要がある。普段は腐りやすい食材からゼンは使うことにしている。

肉は燻製や干すことで長持ちする。また汁物に入れれば、少量でも良い味になる。そのため肉の使用頻度は高いものの、使用量が少なかった。

 一方、使用頻度が高く使用量も多いのは野菜だ。ゼンは慣れているため野菜が多くとも何とも思わないのだが、エアは違う。彼女には、野菜など食った気にならないとのことだ。

 エアの小言を聞かないためにも、ゼンはふんだんに肉を使うことを決めていた。

 何を作るか、ゼンの頭はそれで占められていた。肉を使った食べごたえのある料理を頭の中で考える。

 一番簡単なのは、焼くことだ。味付けも見栄えも必要ない。ただ肉を焼くだけだ。油も必要ない。肉から溢れ出るのだから。

 しかし、この料理を作るには問題がある。それは、焼くための肉がないことだ。ゼンの手にある肉は長期保存がきくように加工されたものばかりだ。また、小切れにされているため口一杯頬張ることができない。

 道中に狩った動物の肉はその場で消費している。仮に肉の丸焼きを作るなら、新しく狩りをせねばならない。エアが帰ってくるまでに野生の生物を狩り、下処理を済ませ、調理まで済ます必要がある。そう考えると、ゼンに残された時間は少ない。

 ゼンは頭を悩ませていた。そんなゼンをひっそり見ている獣がいた。獣はゼンの後方にいる。ゼンからは見えない位置にいる。

 獣は四本足だ。四本ある足はどれもが太い。大人の胴体よりも太いだろう。前足には長い爪がある。爪は黒く、硬そうだ。あの爪で引き裂かれれば、皮だけでなく肉までも引き裂かれるであろう。

全身は茶色の毛によって覆われている。二本足で立てば、全身はゼンの身長を優に超えるだろう。

ゼンは未だ、後方の獣に気付いている様子はない。腕を組み、頭を使っている。

 獣はゼンに向かって走り出した。重量もかなりあるだろうが、音もしない。静かに確実にゼンへと近づいていく。

 この場にエアがいれば、匂いで気づいたかもしれない。が、この場にエアはいない。

 獣が腕を振り上げた。黒い爪がゼンを狙う。

 ゼンは後方に振り返り、太腿のナイフを投げる。投擲されたナイフは獣の眉間に刺さる軌道を描いていた。投擲物が獣の眉間に刺さることはなかった。

 ゼンを引き裂くための黒い爪が、眉間に刺さるであろうナイフを阻止した。

 獣の突進は止まった。ゼンと獣距離は近い。どちらかが一歩でも足を前に出せば、互いの武器が届く距離にいる。

「最初の腕試しが、獣相手か。

 人間相手は試す必要もないし、こいつが丁度いいか」

 ゼンは置いていた刀を手にする。まだ手に入れて、それほど時間は経っていない。それなのに手に馴染む。今までずっと握っていたかのような感覚だ。

 鞘をゆっくりと地面に置く。不思議とゼンに恐怖心はない。興奮している訳でもない。精神に揺らぎがない。日常にいるかのような落ち着きだ。

 むしろ落ち着きを失っているのは、ゼンと対峙している獣の方だ。今までは自分の優位さを疑わず、その態度が顕在していた。それが今や、獣はゼンを前にして腰が引けているように見える。

 ゼンは刀を手にしただけだ。体格も筋肉の量、重さも獣の方が勝っている。武器にしてもそうだ。ゼンが獣に対し有効打となるのは手にしている刀のみだ。ナイフでも仕留めきれないことはないが、困難だ。

 そんなゼンに対し、獣は全身が武器だと言える。太い手足、鋭い牙、重量、どれでも人を殺めるには十分過ぎる威力を持っている。直撃せずとも掠るだけでも、人にとっては大怪我になり得る。

 優位に立っているはずの獣が小さく見え、劣位にいるはずのゼンが大きく見える。

 両者に動きはない。ゼンは刀を構え、石像のように固まっている。一方の獣は攻め込む機会を伺っているようにも見える。

 ゼンが動いた。自身の前腕を動かし、刃の先端を下げる。たったそれだけの動きだが、獣にとっては違った。

 ゼンの僅かな動きに対し、獣は大きく後ずさる。

「来いよ」

 獣に対し言葉が通じているとゼンは思っていない。ゼンの余裕のある態度は向こう側からすれば、煽っているのも同然だ。

 生物としては獣の方が格上のはずなのに、実際の立場は逆である。再度、ゼンが動いた。

 ゼンは前に進んだかと思うと、すぐさま元の場所に戻った。対して、獣はさらに後方へと退いていた。

 両者の距離は更に大きくなった。今までは一歩近づけば、命のやり取りに関わる間合いだったのが今は違う。相手の生命を断ち切るためには、前へ進む必要がある。

 次に動いたのは獣の方であった。獣にとって初めての経験であった。これまで命を繋ぐために、生物の命を狩ってきた。それは一方的なものであった。捕食者と非捕食者、その立場が揺らぐことはなかった。

 それらは戦闘ではない。捕食行為だ。目の前にいる人間も獣にとっては捕食対象でしかない。生物として優位に立っているはずの獣が初めて自分と対等に渡り合える存在が前にいるのだ。

 野生の勘ともいうべきものか、獣を留まらせている。それが獣にとっては我慢できないことであった。

 獣は前へと進んだ。自身の誇る体重を活かし、突進を仕掛けてくる。いくらゼンといえども、真正面から突撃を喰らえば只事では済まない。かといって、獣の突進を止めるだけの力もゼンにはない。

 ゼンは左足を蹴った。突進する獣の左側に立つと、ゼンは刀を一振りする。

 獣の突進は止まった。獣は足を滑らせたように前へと倒れていく。獣の体からは赤い液体が流れている。

 ゼンは刃を振る。刃には血が付いていた。ゼンは刃を少し見た後で鞘に納める。

「流石だな」

 刀の出来栄えにゼンは不安を抱いていなかった。それが今、ゼンの中で確証に変わった。斬った後の感覚にも異常はない。あの獣の厚い皮膚、肉を斬るのに力を要しなかった。

 以前の刀であればどうだったのか。ゼンの頭の中にはそんな“もしも”を思い浮かべたが、すぐにその考えは霧散した。

 ゼンの頭の中にあったのは、目の前の食材をどう調理するかだ。早く下処理を済ませなければ肉が硬くなってしまう。これだけの巨体であれば一日では食いきれない。たらふく食ったとしても、残る量の方が多いだろう。

 加えてこういった獣の内臓や肝などは高値で売れることがある。都市部においては恐怖の対象として捉えられることが多い獣だが、その中身は貴重な薬物や滋養の素として歓迎される。山間部でも事情は同じだ。寧ろ都市部でない方が需要は高い。

 ゼンは腰のナイフを抜くと、解体処理に入った。


「ゼ~ン。帰ったよ、って。

血の匂いがするかと思っていたら、これのせいか」

 エアが帰って来たとき、解体処理は既に終わっていた。ゼンの解体術は見事という他なかった。肉・内臓・皮、使える部分を余すところなく使っている。

 肉はそのまま食材として使われている。その日の内に食べきれない分は保存食として。内臓は食用にも、物を運ぶ袋としても使うことができる。

 皮に関しては売却や交換品として価値がある。それだけではない。寒い夜を過ごすための毛布代わりにもなる。特に東の都を発ってから、徐々に気温が下がってきている。

「今日は腹一杯食えそう」

「いつも腹一杯食っているだろうが」

「そんなことないよ

 いつも野菜ばっかりだから、腹に溜まらないんだよ」

「じゃあ、今日は久々に腹に溜まる食事になるぞ。どうせ、余っても腐らせるだけだ、たらふく食え」

 ゼンの一言で、エアは一気に顔を明るくさせる。今までは退屈を持て余らせ、無為に飛んでいるだけのエアが。エアが無邪気に飛び回るのを見たのは、ゼンにとって久々の出来事であった。

「肉、肉、に~く。

 ゼン、私、丸焼きが食いたい。汁に浸ったやつじゃなくて、焼いただけのもの」

 旅を続けている内にゼンが気づいたことがある。それは、エアの好みが野生的であることだ。エアはドラゴンなのだから当たり前の話ではあるが、旅の中で寝食を共にすることで改めて気づく点がある。

「ああ。わかったよ、好きなだけ食え」

 ゼンは自身が食う分とは別に取っておいた肉の調理に取り掛かった。


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