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ワールド・ジャーニー  作者: ノリと勢い
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九話 其の一

 敵からの攻撃を退け、ゼン・ミーネ・レーパの三人は、都に入ることができた。

 ただ、レーパの命は持たなかった。

 都の住人だけが通ることのできる門から三人は東の都に入った。衛兵が呼んだ医者はすぐにレーパの治療を開始した。

 医者の手際に問題はなかった。医者が来た時には、レーパの目は閉じていた。つい直前までの騒ぎからは、想像もできない程の穏やかな顔であった。

 外敵からの脅威もなく、自分の部屋で暖かい布団に包まれ眠りについているような顔だ。

 医者はレーパの様態を見て、すぐに彼が死んでいることを知覚した。

「先生、レーパは大丈夫ですよね?

 ただ気絶しているだけですよね?」

「彼は死んでいます」

 ミーネの僅かな望みを砕くように医者は言う。冷静に、取り乱さずに。

「ミーネ、すまない……」

 ミーネの後ろには、ゼンが立っていた。それ以上何を言うこともなく、ゼンはただ立ち尽くしている。

 ミーネの声が周囲に響き渡る。周りから見れば、大の女がただ泣きわめいているだけだ。声だけを聴けば、少女のものと思っても不思議ではない。

 ただ鳴き声だけが響く。それ以外の音はかき消されている。大粒の涙が途切れることはない。

「――どうしてっ」

 振り上げた拳は地面に叩きつけられる。何度も何度も。彼女の手には赤い液体が付いている。

「あなたも怪我していますが、大丈夫なのですか?」

 医者はゼンに言った。ゼンもレーパ程ではないが、傷を負っている。肩の部分は赤く染まっている。今は興奮しており、傷の痛みもゼンにはない。興奮が冷めたころに痛みが襲い掛かってくるのは、ゼンが一番理解している。

「俺は後で大丈夫です。

 今はアイツを。アイツの格好を整えてやってください」

「わかりました」

 ゼンはその場に腰かける。依頼は達成した。ミーネを無事に東の都まで送り届けた。だが、ゼンの心は何処か満たされていない。


そこから、事が進むのは速かった。今までの旅と比べ、何倍もの速度で時が流れるようだった。

 無事に東の都へ帰還したミーネは、自身の家に戻ることができた。彼女の両親には置手紙で今回の件を知っていた。家族を無用な危機に晒したくないという彼女の気配りは、また別の心配の原因になっていた。

 愛しの愛娘が、ある日突然、家からいなくなったのだ。愛娘の部屋には手紙だけが残されている。内容は、薬の材料の取引のため、遠くの村へ行く。付き添いには幼馴染のレーパが付いてくる。彼女が帰ってこなくとも薬の普及を止めないでほしい。

 手紙を見た彼女の両親は気が気でなかった。それも薬の材料の取引のため、見ず知らずの土地に赴いているのだ。

 無事に目的の村まで辿り着く保証はない。加えて、帰ってくる保証もだ。敵は自然だけではない。盗賊やこの東の都で有名なディーネ家が仕向ける刺客もいる。

 ミーネの両親も娘の様子が普段とは違うことに気付いていた。その原因が、熱病に対することであることも。

 熱病の治療薬、それは東の都に住む全ての者が望むことだ。この病で死んだ者の数は数え切れない。性別・年齢・身分・貧富・あらゆる違いを乗り越え、この病は猛威を振るった。

 熱病の薬はあるのだが、それも確実な効果はない。もし熱病に対し完全な効果を持つ薬を製作できれば、それは大偉業だ。

 その偉業を良しとしない一部の者もいた。それがディーネ家である。

現在、熱病に対する薬を売りだしているのはディーネ家のみである。薬の売り上げはディーネ家の全てとは言わないものの、重要な資金源だ。

 ミーネが薬の量産に成功した折には、ディーネ家の薬は無用のものになる。ディーネ家として、危険な存在になる人物をそのままにしておく訳にはいかない。

 ディーネ家はすぐに家の力を使い、兵を雇った。足跡が付かないよう、金に困っている者を使った。同じように家の力でミーネの情報を調べ、似顔絵も制作した。その似顔絵を傭兵に渡し、全ては上手くいくはずだった。

 現実はそうならなかった。薬の製法を知っているミーネは東の都に生還した。薬の材料を算出する村との取引も終わり、後は薬を量産するだけだ。


 ゼンたちはレーパの処置を済ますと、ミーネの家へと向かった。衛兵たちも身柄を拘束することも考えたが、市民の機嫌を損ねることを恐れた。

 それに市民であれば、後に改めて話を伺う機会も作れる。道具屋の娘であることをレーパは明かした。無理に話を聞くよりも時期を改めた方がいい、そう衛兵たちは判断した。

 長い間家を空けていたミーネが帰ってきた。その事実に、彼女の両親は泣いて喜んだ。何事もなければ、彼女も両親の腕に抱かれ、喜びの涙を流していただろう。

 ミーネは両親に何があったのかを、冷静に話した。先程まで泣きわめいていたとは思われないような口ぶりで。

「ところで、後ろにいる人は?」

 彼女の母親がゼンのことを見て言う。

「彼の名前はゼンです。私をここまで護衛してくれた」

 ゼンの身なりはどう見えても市民には見えない。余計な騒ぎを起こさないよう血まみれの服の上に外套を着ている。それでも隠すことのできない独特な雰囲気を漂わせていた。市民であるミーネと一緒でなければ、間違いなく衛兵たちに捕まっていたであろう。

「レーパのことを相手の家に伝えたら、薬を作ります」

「薬?」

「熱病の薬です。手紙で書いた通り、熱病に対する薬の材料を調達してきました。これからは定期的に薬の材料が運ばれます。

 私はそれで熱病で苦しんでいる人たちを助けます」

 そう言った彼女の目からは強い信念を感じた。


 次の日から、ミーネの生活は一変した。朝から夜まで働き詰めの生活が始まった。

 彼女は寝る暇や食事をとる時間すら惜しんで、薬の量産を始めた。彼女が持ち帰った材料も底を尽きかけた頃、村から追加の物資も届いた。

 ゼンも彼女から離れることなく、警護を続けていた。都に入ったとはいえ、まだ安全とは言い切れない。むしろ、危険地域に留まっているといってもいい位だ。

 ディーネ家の勢力の中にいるのだ、いつ刺客が向けられてれもおかしくはない。ゼンも肩の治療を受け、まだ全快とは言えないが回復の兆しを見せている。

 ゼンが警護をして、早数日になる。既に何人もの刺客が向けられていた。それに気づいているのはゼンだけであった。ゼンは気づかれぬよう一人ずつ、始末していった。殺してしまうと余計な騒ぎを起こすため、気絶程度に収めていた。

 左肩が使えず、愛用の刀もない。念のために、ゼンはミーネの家にあった長物を拝借しているが、使うことはなかった。

 左腕が使えない状態のゼンを見て、相手側も油断していたのだろう。ゼンは苦戦することもなく、相手を確実に落としていった。

「やあ、元気そうだね」

「ハーディー!」

 ハーディーが現れたのは、突然であった。日常ごとのように、ゼンが刺客を腕で占め落としていた時のことである。

「お陰様でな。

 いつ都に入ったんだ?」

「ほんのちょっと前さ。

 追手か執拗でね。中々、放してくれなかったんだ。

 俺の首に金は掛かってないけど、広告塔にはなるからね。人気者は辛いよ」

 ハーディーは相変わらず、飄々としている。

「ようやく追手を振り切ってここまで来たって訳さ。

 どうだった?」

 今までとは異なり、真剣な声で尋ねる。

「レーパが死んだ。

 ミーネは薬の量産を始めている。ディーネ家もミーネと薬の存在に気付いている様だ。

 そのお陰で、毎日、こうやってお客様が尋ねてる」

「金を落とさない悪質な客だけどね」

「全く、その通りだ」

 二人はミーネのいる道具屋へと戻っていった。

「ミーネ、お客さんだ」

「お客さん?」

 家の奥から、ミーネが出てきた。目の下にはクマができており、頬も少しこけている。連日の作業の影響はミーネの顔に顕在していた。

「ハーディー⁉」

 ミーネは亡霊でも見たかのような驚きであった。

「貰うものを貰わないと、あの世にも渡れないんでね。

 レーパのことはすまなかった。俺たちの落ち度だ。報酬も引いてもらって構わない」

「いえ、報酬は全額お渡しします。

 私とレーパの出した依頼は、どちらかを東の都まで護衛すること。依頼は達成してくれました」

「……そうか。

 じゃあ、せめてもの償いだ。薬が出回るまでの警護も担当させてもらうよ。

 ゼン一人じゃ手が足りないだろ」

 ハーディーはゼンの左腕を見ながら言う。

「お願いします」

 次の日から、ミーネの警護は交代制になった。午前はハーディーが、午後はゼンが担当することになった。

「ハーディー。少しの間、出かける。その間はよろしく頼むぞ」

「何処に行くんだい?」

「新しい相棒を探しにな」

「警備兵は大丈夫なのかい?見つかったら……」

「なぁに大丈夫だろ。

 朝だし、人通りの少ない道を行くさ」

 ゼンは何度も東の都を訪れたことがある。ゼンの師が生きていたころの話だ。師の体調が悪くなった後にも薬を調達するために、都に足を踏み入れていた。都の全てを知っている訳ではないが、それでも不自由なく移動できる位にはゼンは都に慣れている。

「気を付けてね」

 ハーディーがいればミーネの安全は確実に近い。右手しか使えないゼンが守るよりも、両腕を使えるハーディーの方が頼もしい。加えて、ゼンは慣れ親しんだ武器を失っている状態だ。

 現在、腰に差している刀もお飾りと同じようなものだ。刀身は半分以上が無くなっており、その分軽くなっている。その軽さに、ゼンはどうにも落ち着かない。

 ゼンが向かっている先は鍛冶屋である。旅のお供であるセロも、ミーネの所に置いてきている。身に着けているのは衣服と半壊した刀、クロスボウだ。後はエアが入っているポーチ、そこに金も入れている。

 ゼンは鍛冶屋に入る前に、周囲を見渡す。朝方ということもあり、人通りは少ない。道行く人も眠たげな表情であり、ゼンのことを注意しているような人もいない。

 ゼンは鍛冶屋の扉を開け、中に入る。

「――いらっしゃ」

 ゼンが扉を開けると、すぐ目の前にはワポがいた。ワポは両手に荷物を抱えていたが、その荷物は床に衝突した。

「ゼン、ゼンじゃないか!」

 ワポは荷物のことも忘れ、ゼンの方へ近づく。久方ぶりに目にしたワポは、前にあった時と変わっていない。

「元気一杯とは言えないね……」

 左肩に目をやりつつ、ワポはゼンと握手を交わす。

「まあ、命に別状はないさ。どうやら変わりはないようだな。

ところで、親方はいるか?」

「ああ。

 もう仕事に入ってるよ。店番は僕に任せっきりで、奥にこもりっぱなしさ」

「ああ、後で飲み物でも持っていくよ。

 ゼン、僕の作ったクロスボウ、どうだい?」

「何度も命を助けてもらったよ」

 ゼンは奥に向かって歩く。

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