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ワールド・ジャーニー  作者: ノリと勢い
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三話 其の一

 森の中に複数の影がある。

 一つは人、一つは馬、もう一つはドラゴンの形だった。

 ゼンはセロに乗ることなく、手綱を引いて歩いている。エアはセロの背中に乗り、楽をしていた。

「何で馬に乗らないの?」

 エアが馬上から尋ねる。

「森の中で馬に乗ると危ないんだよ。足場は安定していないし、土には刺さると危険なものもある。だから、先導して安全な道に導いているんだよ」

 ゼンは地面を注意深く見ながら、先に進んでいる。

「ふーん……」

 空を飛べるエアにとって、どこか実感の湧かない話であった。

 地に危険物があるならそこを飛んで脱してしまえばいい、仮にとげのある地に降りても自身の鱗を傷つけることはできない、エアにとってわからないのも当然の話である。

 ゼンたちは小屋を出て、東の都に向かっていた。

 道中、ゼンはセロが通る道の確認を、エアは翼で飛んだり、セロの背中で休んだりしている。

 エアが飛ぶのも休むことにも飽きたときは、ゼンに向かって質問を投げかけた。

 質問の内容は、様々であった。

 家族の話、好きなものについて、強さの秘密、セロの馴れあい……等。

 質問を通じて、エアはゼンの事を少しだけ分かった気がした。それ以上に、ゼンから出てくる話にエアは驚く。

 ゼンの両親は殺されたこと、そしてゼンを助けてくれた人が彼の師匠だったこと。師匠の下で修業を積み、その師匠は数年前に死んだこと。

 ゼン曰く、師匠は自分よりもはるかに強かったらしい。立ち合いをしても十回に一度勝てれば良い方だったそうだ。今、同じく勝負しても結果は同じに終えると言っていた。そんな師匠も老いには勝てず、最後は眠るようにその生を終えた。

 師の死から数年、ゼンは旅立ちを決意し、山に眠る師の墓を訪れていた。それが先日の話である。

 家族と市章の話をしているときのゼンは、どこか哀愁を帯びていた。エアからはゼンの背中しか見えなかったが、そう感じた。

 ゼンの口調や動きに変化はない。だが、どこか普段のゼンとは違う雰囲気を醸し出している。

 ゼンの家族と師の話以降、ゼンとエアの間に微妙な空気が流れていた。

 エアは自分が聞いてはいけないことを聞いてしまったのでは、という疑念が頭をよぎっている。

 何か話題を振ろうとも、それが更にゼンの触れてはいけないところに踏み込んでしまうのではないか、と考えると何もできなくなってしまった。

「見えたぞ」

 静寂を破ったのはゼンだった。

 ゼンが足を止め、ある方向を指さす。

 エアがその指さす方を見てみると、巨大な都があった。

 都は、エアの予想とは大きく異なるものであった。エアは親から聞いた、“要塞”や“大砲”というものが頭に強く残っている。きっと、外から来たモンスターを撃退するために様々な武装がなされているものと想像していた。

 エアが上から見た都は多くの人間はいるものの、攻撃的なものではなかった。巨大な珠を噴く筒はなかったし、大きな壁もない。

 鎧を纏った兵士などは少なかった。軽装の服を着ている人の方が多い。

「……凄い」

 エアの声が漏れた。

 門から多くの人が出入りし、様々なものが行き交っている。エアがこんなに多くの人間を見たのは初めてであった。

「さて、どうするかな……」

 エアが興奮気味なのに対し、ゼンは落ち着いていた。

 腕を組み、首を傾げ、何かを考えこんでいる。

「ねえねえ、早く行こうよ」

 エアは自身の翼で飛び、都までの道に立っている。

「少し待ってくれ」

「何で何で、早く、行こうよ~」

 エアは待ちきれない様子だ。

「落ち着け。このまま都に行っても、また捕まるだけだ」

 エアの興奮が一気に醒めたのがわかった。

「あっ……」

 エアの翼の羽ばたきの回数が極端に減る。

「いくら戦争が終わったといえども、モンスターに対する偏見が無くなった訳じゃない。いや、接触が無くなったせいで余計に悪い噂が立ちやすくなったからな」

「ちなみにドラゴンって、どんな風に恐れられているの?」

「そうだな。ドラゴンは主に子供に恐れられているな。

 子供のしつけのために、悪い子はドラゴンに攫われる、悪い子はドラゴンに頭から飲まれる、とかだな」

「うわ、何それ……」

 エアは苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。

「ドラゴンはそうそうお目にかからないからな。実態が分かっていないから何とでもいえる」

 ゼンは町を見下ろしながら頭を悩ませている。

 その時間はゼンにとっては刹那だったが、エアにとっては永劫のようだった。暇つぶしにエアはゼンの邪魔にならないように飛び回っている。

 「よし!」

 突然の声にエアは驚いた。スイスイと空を飛んでいたのが、ゼンの声により墜落しそうになる。

 ゼンはセロに近づき、ポーチを一つ取った。

 そのポーチをベルトに括り付け、しっかりと固定する。何度もポーチを引っ張り、その強度を確かめた。

 その様子を、エアは不思議そうに眺めている。

「エア。お前、この中に入れ」

 ゼンはポーチの中を指さしながら、言った。

「ええ~」

 エアは再び苦虫を噛み潰したような顔になる。

「文句を言うな」

 その言葉で、エアはポーチのすぐ近くまで来る。ポーチに顔を近づけ、中の匂いを確かめた。

「変な匂いがする」

「そこにハーブやら薬草やらを入れていたからな。その名残だろ」

 ゼンはポーチにエアを無理矢理入れた。

「行くぞ」

 ゼン一行は都への道を下り始めた。

 エアはポーチから顔を出し、徐々に大きくなる都を見ている。



 ゼンらは、東の都の門前まで来ていた。

 門は木製で、縦の大きさは大人二人分程度である。横は大人三人程度で、所々に腐食が生じている。今は左右両方の扉が開いていた。

 門の所には衛兵が四人おり、ペアを組んで仕事をしている。一つのペアは都に入ってくる者の調査を、もう一つは都を出ていく者の調査だ。

 都に入る者も出ていく者も沢山いた。出入りする者の列は長かった。

 並んでいる者は商人が多い。馬車を引き連れた大人数の集団もいれば、ゼンのように個人で商売をしに来た者も混ざっている。

 ゼンが都に入るための列に並んで、既に何時間かが経っていた。ゼンの前にはまだ何十人も並んでいる。

 ポーチにいるエアも、退屈していた。ポーチの中で何度も態勢を変えている。態勢を変える度にポーチは揺れ、その振動はゼンに伝わった。

 これが人通りの少ない所ならエアはポーチから飛び立っていたであろう。そうしないのは、エアの人間に対する不信感のせいだった。

 ゼンたちが衛兵の前に立ったのはそれからしばらく後の事である。

「入国の理由はぁ」

 係の兵がやる気のない質問をする。

 一日中この仕事をやるのだから、仕方ないと言えば仕方ない。

「商売です」

 ゼンはセロの方に目をやる。

 係の兵も同じくセロに目をやる。

「ほうほう、これは立派な馬だな」

 もう一人の兵がセロに近づく。動きは鈍いが、ゼンの荷物を見る目は鋭かった。

「でしょう。かれこれ数年の付き合いなんですよ」

 そう言いつつ、ゼンは兵に小包を渡す。中身は金だ。酒が数杯飲めるほどの。

「コイツは大丈夫です」

 金を受け取った兵士は、もう一人の兵にそう言った。

「よし、通れ!」

「どうも」

 形式通りの審査を終え、ゼンたちは都の中に入っていく。

「何渡したの?」

 ポーチの中から小さな声が聞こえた。

「金だ」

 ゼンも小さな声で返答する。

「何でお金渡したの?お金渡さないと、都に入れないの?」

「後で説明するから、今は黙ってろ」

 それだけ言うと、エアは黙った。

 ゼンにとっては都合がいいのだが、どこか肩透かしを食らったような感じである。

 消化不良を残しつつもゼンは目的地に向かった。

 セロを引き連れゼンが辿り着いた建物は、他の建物と比べると倍以上に大きなものだった。

 高さは他のものと違いはないが、横の長さが圧倒的に長かった。

 レンガ造りで、窓は少なかった。

 建物の端にある馬留にゼンは向かう。

「頼むぞ」

 馬留には他にも数匹の馬がいた。馬の管理をする使用人に馬を預け、ゼンは建物の中に入る。

 建物の中は薄暗かった。それに加え、独特な匂いが嗅覚を刺激する。

 外と比べると建物の中は熱かった。このままここに滞在すれば、額からとめどない汗が流れ落ちることだろう。

 ゼンは外套を脱ぎ、建物の奥に入っていく。

 建物の奥には、一人の鍛冶職人がいた。鍛冶職人は刀をうっている。

「お久しぶりです」

 ゼンの声はそれほど大きくなかったが、職人はその声に気付いた。

「オウ、ゼンか」

 鍛冶職人は手を止め、ゼンの方に向き直す。

 その鍛冶職人はゼンと比べると小柄だったが、職人の鍛えられた肉体をしていた。腕や脚の筋肉が丸太のように太い。頭には頭巾をしている。

「お元気な様子で」

「鍛冶が俺の健康療法だ。

……旅立つのか?」

「はい」

「そうか……」

 職人は再び作業台の方に向かい、手を動かす。

「お前に渡すモンも、もうできている。しばらく待っとけ」

 ゼンはお辞儀をし、入口の方へと戻って行った。

 入口の方には、先程と違い人がいた。

「ゼン!」

 そういったのは、まだ若い、ゼンと変わらないほどの青年であった。

「ワポ」

 ワポ、それが青年の名前だった。ワポは、先程の職人と比べると線が細く、髪も肩ほどまで伸びている。どこか女々しさを感じるような雰囲気であった。

「久し振り」

「ああ、久し振りだな」

 ゼンとワポは握手を交わす。ポワの手はゼンと比べ、違う方向で特徴的であった。

 ゼンの手は剣を握り、タコだらけで切り傷が至る所にある。

 一方、ポワの手は一本一本の指が分厚く太かった。体つきは奢侈だが、指はその反対である。

「旅立つのかい?」

「ああ」

 両者の間には握手とそれだけの会話があった。

 時間にしてみれば、ほんの数秒である。だが、その数秒の間で互いに言葉以上のものを酌み交わした。

「今、親方は別の仕事をしているから、ここで待っていてくれ」

「同じことを親方にも言われたよ」

 ゼンは微笑みながら返す。

「僕の方からも贈り物がある。取ってくるから待っててくれ」

 ワポはそう言うと、違う部屋へと姿を消した。

「随分、うれしそうだね」

 ポーチからエアが顔を出している。

「長い付き合いだからな。それよりも隠れていろ」

 ゼンがそう言った刹那、ワポが再びゼンの前に姿を現した。

 手には何の変哲もないクロスボウを持っている。

「これだ。君への贈り物は」

 ポワはそう言うと、自信ありげにクロスボウをゼンに見せる。

「これがか……」

 ゼンはクロスボウを手に取り、全体を舐めるように見る。

「見た所、何の変哲もないが……」

「それがこれの長所さ」

 ワポがゼンからクロスボウを取り、解説し始める。その顔からは笑みがこぼれていた。

「この東の都以外でもクロスボウは売られている。そして、その都ごとでクロスボウの特徴は異なっている。

 例えば、この都だったら木の伐採が盛んだから、木製部分に関しては他の都以上の強度を誇っている。北の都であれば、鉱石がよく取れるから、鉱石を使った部分はうちの都以上に出来がいい。」

 話が長くなってきた。ワポの悪い部分である。鍛冶関連の話になると、中々放してくれないのだ。

「わかった、わかった。結局、そのクロスボウの何が優れているんだ」

「このクロスボウは、本当に単純な構造なんだ。だから鍛冶屋があれば、どこでも修理できるし、ボルトも調達できる」

「つまり、不要なものを全部取っ払ったから、壊れても鍛冶職人がいれば何とかなる、ってことか?」

「そういうこと」

 再度、ゼンはクロスボウを手に持ち、じっくりと眺める。

 後ろから、足音がした。

 親方が一振りの刀を持って、二人の下に来た。

「待たせたな」

 親方はそう言い、手に持っていた刀を前に突き出した。

 ゼンは無言でそれを受け取り、刃を抜く。

 刀身を一目見たゼンの感想は、美しい、だった。本来、刀は人やモンスターを斬るためのものである。刀に美しさなどは関係のないはずなのだが、ゼンの頭にはその感想が浮かんだ。

「なかなかのモンだろ。それなら、人も人以外も斬ることができる。そこにバカ弟子が打った鎧があるから試し切りしていくか?」

「ええ、是非」

 ゼンの返答は早かった。本人も気づいていないが、ゼンは刀の完成度に興奮していた。

 三人は先程まで親方がいた、鍜治場に戻っていた。

 ゼンの目の前にはワポの作成した鎧がある。

「ついでだ、コイツの打った刀でもやってみろ」

 親方はワポの方を指さしている。

 今まで身に着けていた、ワポの刀で、目の前の鎧めがけて刀を振り下ろす。

 刃は鎧の右側を切り裂き、その部分が地に落ちた。

「次はコイツだな」

 親方はそう言い、自分の打った刀をゼンに差し出した。

 ゼンはそれを受け取り、先程と同じように斬る態勢を取る。

 一呼吸、ゼンは目を閉じ精神を集中させる。

 目を開き、刃を上から下へと落とす。刃は鎧の左側を通り抜けた。そして、その直後に、鎧の左側の部分は大きな音を立て地面に接触した。

「凄い……」

 口から感想を漏らしたのは、ワポの方だった。

「ふむ」

 親方は顎鬚に触りつつ、ゼンが斬った鎧に近づいた。鎧に近づいた親方は、切り口とキスができるほどの距離で眺める。

「ワポ、お前もこっちに来てみてみろ!」

 親方に言われ、ワポも鎧に近づく。

 ワポは両方の切り口を見て、ハッ、と声を上げた。

 ワポの刀で斬った部分には、ギザギザの軌跡が残っていた。一方、親方の刀で切った部分には、元からそうであったように綺麗に斬れていた。

「お前もまだまだだな」

 親方はゲラゲラ笑いながら言い放った。

「ついでに、テメーの打ったものの刃も見てみろ」

 ワポは自分の打った刀の刃を恐る恐る見る。刃は、所々刃こぼれしていた。

「これが俺とお前の差だ」

 親方の一言に、ワポはショックを受けるかと思っていたが、そんなことはなかった。逆に、目を輝かせている。

「何が悪かったんだ。打ち方か、強度か、材料か……」

 ワポが自分の世界に入ってしまった。そのことを見た親方は、ゼンに話しかけた。

「ゼン、この刀は俺にしか打てねえ。他の所で直すことはできねえ。だから、絶対に生きて帰って来いよ」

「ええ、必ず生きて帰ってきます。人やらモンスターやらを斬ることになるかもしれないんで、直しに来ますよ」

 ゼンと親方は握手を交わした。

「ところで、これの代金は。以前に渡した金だけでは足りないでしょう」

「要らねえよ。お前さんの師匠には大分世話になった。その恩返しだ」

 親方はゼンに背を向けながら言う。

「代わりといっちゃあ何だが、お前さんに一つ頼みごとがある。

 お前さんの住んでいた山から更に東に行ったところに、村がある。そこに届けモンをしてほしい」

 そこまで言うと、親方はワポの方を向き一喝を入れる。

「オイ、例のモン、持って来い!」

 その言葉で、元の世界に戻っていたワポは、三度、姿を消した。

「お前さんに依頼したいのは、穂先の配達だ。

 さっき言った村に銛の穂先を届けてほしい。お前さんも何もなしで放浪するより、依頼の名目があった方が村に入りやすいだろう」

「何から何まで、ありがとうございます」

 その時だった、ワポが二人の入間に帰ってきたのは。

「お待たせしました、親方」

 ワポは腋に大量の穂先を抱えていた。少しでも衝撃を加えれば、それはバラバラに散りそうだ。

「やっと来たか、ついでに袋に詰めとけ」

 それだけを言うと、親方は鍜治場に戻っていった。

「はい!

ゼン、悪いんだけど、そこにある袋を取ってくれないか」

「ああ、任せろ」

 ゼンは近くにあった袋を手に取り、ワポの近くに寄る。ゼンは袋の口を開けた。

「もう放していいぞ」

ゼンの言葉の後、ワポは穂先を袋の中に放り込んだ。袋に入れた後は紐を何度も引っ張り、ゼンはその強度を確かめた。

 その間、二人の間に会話はなかった。だが、気まずい雰囲気はなく、その状況こそが二人の正しい関係を示している様だった。

「よし!じゃあ、行ってくるわ」

「ああ、気を付けて」

 ゼンは銛を持ち、扉の前に立った。

「親方も君の帰りを待っている。絶対に死ぬなよ」

「さっき、同じことを言われたよ。親方に」

 ゼンは笑いながら答えた。そして、扉を開け、鍛冶屋から出て行った。


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