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ワールド・ジャーニー  作者: ノリと勢い
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八話・其の十二

 敵の包囲網を抜け、ようやく衛兵も見つかったかのように事態は見えた。

 都へ急ぐ三人の目に映った衛兵は嘘の姿であった。ゼン自身は衛兵が敵だとは気づいていなかった。長旅に加え、負傷した体で、ゼンの集中力は尽きかけていた。

 目の前に現れた衛兵の姿を、ゼンは疑うことなく受け入れていた。最初に疑問を持ったのはエアであった。

「あの人、匂いが変」

 その一言で、ゼンは集中力を取り戻した。少し曲がった背中、鎧に慣れていない歩き方、そしてレーパに狙いを定めた長物。

 衛兵の正体に気付いたゼンは、前へ進むミーネとレーパに声を掛ける。その掛け声は、かえって事態を悪化させることになってしまった。

 ゼンの声に反応し、二人は足を止め、後ろを振り返る。

「チッ」

 ゼンは既に走り出している。右手は刀に携えられ、いつでも刃を抜けるようにしている。

 偽の衛兵が刃を振るう。その刃はレーパに届くことはなかった。ゼンの右手には刀が握られている。

 だが、刀身の先は折れていた。

「なっ……」

 あまりの事態に、頭を覆っている兜の隙間から、思わず口から言葉が漏れてしまう。

「――ッ」

 目の前の相手が呆然としているのに対し、ゼンの顔は厳しいままだ。レーパの側までたどり着いたゼンは、刀を抜き、振るった。頭で考えるよりも先に、体を動かす。

刀身の折れる音が鳴った時、ゼンの意識は行動に追いついた。ゼンは直感で何が起こったのかを理解した。今の根元だけしか残っていない刀では、目の前の相手を倒すことはできない。ゼンは右足に力を込め、空に飛んだ。

宙に浮かんだゼンは、あるものを掴んだ。それは、折れた刀身だ。敵の攻撃を防ぐための犠牲となった刀身は上空にあった。

 ゼンは右手に掴んだ刀身を刺すように押し込む。敵の兜と鎧の隙間、その僅かな隙間をゼンは狙った。自身の右手から血が流れていることも構わず、ゼンは全力で剥き出しの刀身を握った。

「ハーハー」

 ゼンはようやく地に足を付けることができた。自身の目の前に転がっている相手を静かに見下ろす。あの深さである。間違いなく絶命しているであろう。それでも、ゼンは注意を解かない。確実に絶命していることを確認する。

「――ハーハー。行くぞ」

 ゼンは地に落ちた刀を拾う。膝を地につけ、改めて折れた刀を目にする。

 刀身の部分は綺麗に二分され、刀身の先は敵の首元に刺さっている。残っているのは根元の部分だけだ。

 ゼンが今腰に差しているのは刀とは言い難いものである。斬ることは勿論できない。叩いて使おうにも、ゼンの刀では強度が足りない。今、この場に置いていった方が重量も減り、移動も楽になる。それでも、ゼンは残った刀身を鞘に納める。

 この場に刀を置いていく考えは、ゼンには毛頭なかった。

「右手が……」

 ゼンの右手から流れる血を見て、ミーネが発する。ゼンからすれば、この程度の傷は何ともない。拳を握っておけばその内に傷は閉じる。が、彼女からすれば大怪我に見えるのだろう。

「これでいいだろう」

 ゼンは自身の外套の一部を切り取り、右手に巻き付けた。白い外套に赤い染みが広がっていく。

「都に帰ったら、レーパと一緒にちゃんと治してもらいますよ」

「ああ。そのためにも、早く動こう」

 三人と一頭は足を進める。三人とも疲労困憊の状態だ。唯一、無傷なのはミーネだけである。

 特に重症なのはレーパである。今のままではすぐに死ぬことはないが、一刻も早い治療が望ましい。

「エア、周りからおかしな匂いはしないな」

「う、うん。今の所は大丈夫。

 けども、どんどん町の匂いが強くなって、あんまり鼻が利かない」

 予想外の待ち伏せを受け、ゼンは警戒を強めている。自身の集中力が尽きかけていることも自覚している。

 頼みの綱であるエアの鼻も効力を失いつつある。都から出てくるのは音や煙だけではない。多数の人が生活をする上で、様々な匂いも排出される。

 それらの混合した匂いに、エアの嗅覚は過敏に反応している。

「何か変な匂いがしたら、すぐに言ってくれ」

「わ、わかった」

 ゼンは残っている僅かな集中力をかき集め、周囲を警戒する。最早、肩や手の傷の痛みを忘れるほどに。不必要に気を張ることは、ただ疲労を蓄積させるだけだとわかっていても、ゼンはそれを続ける。

 ようやく都への扉を見つけたころには、ゼンの額には多量の汗が流れていた。

「やった。扉だよ」

「……ああ。都だ。俺たちの都だ」

 都へつながる扉を見たことで、二人の顔に生気が戻る。ゼンには及ばないものも、二人も周囲の警戒はしていた。その警戒は歓喜の陰で無意識の内に解かれていた。

 ゼンとエアだけは警戒を解いていない。扉をくぐる、その時まで何が起きるかわからない。

「ゼン。後ろから、誰か来てない?」

「後ろ?」

 後ろを振り返ることもできるが、下手に刺激する訳にもいかない。ゼンは自身の後方に意識を集中させる。

 詳細は不明だが、確かに気配をゼンは感じた。敵は一人か、二人か。

 感覚で敵を察知していたゼンだが、次は聴覚に情報がもたらされた。恐らく何かを察し、走り出したのだろう。足音は二つ。ゼンは振り返る。

 こちらに走ってくるのは二人。二人とも剣を携えている。剣は手に握られており、いつでも振ることができる状態だ。

 走ってくる者との距離はまだ空いている。ゼンは落ち着いて、息を吸う。

 ゼンはクロスボウを構える。先程、ミーネから受け取ったものだ。構えたと同時にボルトが発射される。発射されたボルトは前にいる男の腹に刺さった。

 男は姿勢を崩し膝から崩れる。地面と熱い口づけを交わし、倒れた。後ろにいるもう一人は、我構わずと懸命に迫ってくる。

 ゼンはクロスボウを背中に片付けると、右手を刀に添える。刀身が届く距離まで、ゼンは待つ。

 ゼンの一閃は、敵の首を斬る軌道にあった。通常であれば、ゼンの一撃は確実に相手の命を奪っている。

 だが、ゼンは重大なことを忘れていた。それは、ゼンの刀は折れていることだ。

 ゼンの一閃は空を切った。本来あるべき所の刀身は無くなっており、敵はゼンの横を通り過ぎる。

「――った」

 気づいた時には既に時遅し。ゼンはすぐさま振り返り、全力で足を動かす。

 山中を移動する過酷な旅、度重なる戦闘、肩の負傷、ゼンの体は限界に近づいていた。

 普段であれば、刀身の距離を間違うなんという過ちをゼンは起こさない。しかし、今は違う。一刻の猶予もない状況、ゼンは取り返しのつかない間違いを起こしてしまった。

 ゼンの横を通り過ぎた男はそのまま進んでいく。前にいる二人は、後ろのことに気付いていない。

「レー」

 銀色の輝きを放つ刃がレーパに迫る。馬上にいる彼の左脇腹に向かって。

 最早ゼンに止める術はなかった。右手は刀で塞がっている。今更腰のナイフを抜き、投げた所で間に合わない。背にあるクロスボウは次のボルトを装填する必要がある。

「パ」

 ゼンが名を呼び終えた時、レーパは馬上から落ちた。

「や、やっ」

 男の声はそこで途切れた。ゼンは折れた刀で、相手の首筋に刀身を刺していた。

「レーパ!おい!応えろ!」

「――嘘……」

 ゼンはすぐにレーパの様態を確認する。腹に刺さった刃物はかなり深いところまで刺さっている。今すぐ抜くのは危険だ、ゼンはそう判断した。

 今この刃を抜くと、レーパの体が耐えられない。ゼンは再び、レーパをセロに乗せる。

「踏ん張れ!もうすぐだ!」

「レーパ、レーパ!応えて」

 ミーネは必死にレーパに対し、声を掛ける。レーパからの返答はない。

「レーパ!」

 ミーネの大声にも関わらず、レーパの目は虚ろだ。焦点が定まっていない。一刻も早く、治療する必要がある。

「怪我人だ!すぐに医者を呼んでくれ!」

 ようやく都に入る扉の前まで辿り着くことができた。都に住む者が出入りする扉である。衛兵たち以外に人影はない。

「何事ですか?」

 衛兵たちは自体が呑み込めていない様子だ。鬼気迫った顔で近づいてくるゼンたちに警戒心を抱いている。

「怪我をしている。急いで医者を。足に腹もやられている」

「道具屋のミーネです。こっちは、宿屋のレーパ。

 これが市民の証拠」

 そう言うと、ミーネは首元から星形のネックレスを出した。星形のネックレス、それは都の民であることの証拠だ。

 都の住民であれば、老若男女に関わらず誰もが持っている。都の住人あっても、これを付けていない者は都の民として信用されない。

 それを見て、さしもの衛兵も事態を察した様子だ。今までとは顔つきが異なる。

「オイ、急いで医者を呼んで来い」

「……ああ、ああ。」

 一人の衛兵が走り出した。ゼンはゆっくりとレーパをセロから降ろす。

「レーパ、気をしっかり持て」

「レーパ!熱病の薬で人を救うんでしょ」

 ゼンはお姫様抱っこの状態でレーパを抱えている。横にはミーネが涙を流しながら付き添っている。

「とりあえず、都の中へ入ってください。

 詰め所に寝床があります。そこにその人を」

 レーパは一言も発さない。時間が経つにつれて体温は下がり、顔色も悪くなってきている。目もほとんど空いていない。目は糸のように細く、空いているのか閉まっているのか不明だ。

「……ゼ……ゼン」

「どうした」

「ミーネを、ミーネをお願いします」

「ああ。もう大丈夫だ。

 それより今は、自分のことを考えろ」

「ミーネ。――ミーネはそこにいるかい?」

「いる。あなたの横にいる。

 もう喋らないで。体が……」

「ミーネ、正直に話すよ。

 僕は熱病のことなんてどうでもいいんだ。都の人が何人死のうが知ったことじゃない」

「レーパ?」

「僕にとって大事なのはミーネ、君なんだ。君さえいれば、熱病なんてどうでも――。

 ガハッ」

 レーパの口から真っ赤な血が溢れ出る。

「この旅に同行したのだって、君を守りたかったからだ。

 熱病なんてどうでもいいんだ。薬の材料が見つからなかった方がいいとさえ思う。

 そうすれば、こうやって狙われる危険もない」

「もう喋らないで……」

 ミーネの目からも涙が溢れんばかりに出ている。

「ミーネ、君だけは生きてくれ。それが僕の願い――」

 レーパの瞼が閉じた。


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