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ワールド・ジャーニー  作者: ノリと勢い
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八話・其の十一

 ゼンが今、為すべきことは、ミーネとレーパを追っている賊の排除だ。二人が既に東の都へ入っていれば、問題はないのだが。二人の速度からして、まだ都には入っていないだろう。

 疲労した二人が後ろから迫ってくる追撃者に追いつかれるまで、どれほどの時間がかかるだろうか。

 ハーディーが合流するまで、二人の下に駆け付けるという選択肢はゼンの頭にはなかった。あくまで敵を食い止める、それがゼンの第一目標であった。

 そこにハーディーが駆けつけてきたことによって、状況は一変する。今までは守りに徹するしかなかったゼンが、攻勢を仕掛けるまでに至った。

 最も厄介な弓兵は残り少ない。ハーディーであれば、しばらくの間は凌げるだろう。

「後は頼んだ!

 俺は先に進んだ奴を仕留める」

 ゼンはそれだけを言い残すと、都の方へと走り出す。

 勿論、ハーディーには何も言っていない。彼からすれば、ゼンの応援に入っただけなのに、その場の主戦力になったのだ。

「絶対に助けなよ」

 ハーディーは何も言わず、ゼンを見送る。ハーディー自身も勘付いていたのかもしれない。本来は、自分が囮になり追手たちを引き付ける役割を担っていたのだ。

 餌の食いつきが想像以上に悪く、ゼンたちを追ってみれば、この有様である。自分の役割である囮に徹する機会なのだ。

 場所は開けている。これならば槍を振り回しても、その威力を発揮できる。周囲の連中はゼンとハーディーに恐れを抱き、その場に留まっている。

 時間稼ぎをするには、好ましい条件だ。あとは、護衛対象の二人が都に入れば、依頼は達成だ。ハーディーはゼンと違い、東の都で手配されていない。ハーディーはいつでも都に入れる。

「さあ、楽しい楽しい時間稼ぎだ」

 ハーディーは口角を上げ、槍を構える。


「……ァ、ハア、ハア」

 ゼンは全力で走っていた。後ろを振り返る暇も余裕も彼にはない。ただ、前だけを見て走っている。

 腰にある刀は上下に揺れ、ゼンが通った後には赤い痕跡が残されている。左肩の痛みをゼンはほとんど感じていなかった。それも一時的なものだ。

 ゼンが走るのを止め、安全な状態に戻れば、傷は容赦なくゼンを襲うであろう。ゼン自身、そのことを予想している。少しの間足を止め、応急処置を行えば、痛みは抑えられることもゼンは知っている。

 それでもゼンは足を止めない。ただただ足を動かす。まだミーネとレーパの姿は見えない。先に進んだ賊の姿さえも。今は考えている時間も余裕もゼンにはない。

 ゼンの体力も無限に続く訳ではない。ましてや、怪我をしている身だ。体力は通常の時よりも大幅に減少している。一刻も早く追いつく、それがゼンの目的だ。

 ゼンの視界に人影が写った。影は四つある。三人は密集しており、一人だけが離れている。

 まだゼンの足は止まらない。レーパを人質にしている賊、身動きが取れず固まっているミーネだ。

「ミーネ、早く行け」

「お前は黙ってろ!

 嬢ちゃん、分かっているよな。お前の男を殺されたくなければ」

「ミーネ。こんな奴らの言うことを信じるな!

 君が来たら、僕も君も殺される!そうなれば、終わりだ。

 けど、君だけでも生き残れば、都の人を救える!」

「その口を閉じろ!」

 レーパの右太腿にナイフが刺さった。

「あああぁぁぁぁぁぁ!」

 レーパの体が動く。右太腿から生じた痛覚は全身を駆け巡る。が、レーパを捕まえている腕は太く大きい。レーパがどれだけ暴れようが、体の拘束は解けない。

「次は左の太腿に穴が開くぞ!

 早くこっちに来い!」

「――駄目だ。来ちゃ、駄目だ

 ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 ナイフの刃がレーパの右太腿を襲う。既にレーパの右太腿は赤一色に染まっている。

「そこまでだ」

 四人の視線がゼンに集まった。

 四人が目にしたのは、とても戦えるような状態ではないゼンだ。肩から流れている血は止まらず、その辺りの部分は赤く染めあがっている。

 呼吸も整っていない。肩が大きく揺れ、どこか視線も虚ろである。口を大きく開け、必死に空気を取り込んでいる。右手は左肩に充てられており、刀は鞘に収まったままだ。

 その姿は、賊たちにとって好都合であった。目的である二人を殺す事は容易い。用心棒であるゼンは満身創痍に近い状態だ。この状態で二人を斬ることは並大抵の難易度ではない。

 まずは用心棒であるゼンを殺す、それが賊の選択である。用心棒であるゼンを殺せば、残りの二人は何とでもなる。そのゼンも人質を取っている今であれば、消すのは簡単な話だ。しかも、そのゼンは万全ではない。ゼンを消すにはまたとない機会だ。

「そこのお前、刀を置け」

 ゼンはレーパの方に目をやる。レーパの太腿を見て、迷っている時間はないことをゼンは認識した。

 ゼンは黙って刀を地面に置く。

「これでいいか」

「ああ。

次は、その弓だ。それを捨てたら、こっちに来い」

続けてゼンは背に掛けた、弓を投げ捨てた。その行動に迷いはなかった。

「そうだ、それでいい」

ゼンは右手を左肩に充てながら、ゆっくりとレーパが囚われている方へと向かう。未だにレーパの喉元にはナイフがある。ゼンが余計な動きをすれば、血の噴水が出来上がるだろう。

「ゼン!君がいなくなったら、ミーネはどうなる!

 今は頼りになるのは――。

 ぅぅぅ」

 レーパの腹に拳が入った。

「次はコイツをぶっ刺す」

 賊の右手には大きなナイフが握られている。あの大きさのナイフが臓器を傷つければ、死を避けることは無理だろう。

 ゼンとレーパの距離が近づく。腰に刀があれば、迷わずにゼンは刀身を抜いていたであろう。それ位の距離だ。

 レーパと彼を捕まえている男、もう一人の賊、そしてゼン。

「これで終わりだ」

 手が空いている方の賊がゼンに迫る。右手に持ったナイフからは血が滴れている。

 ゼンは足を止めたまま何も反応しない。ただ、前方からやってくる賊だけを見ている。

 遂にナイフが届く距離に二人は至った。一人はナイフを振りかぶり、一人はただ立っているだけである。

「なっ」

 振り下ろしたナイフは、ゼンの頭蓋には刺さっていない。ゼンは右手だけで、相手の両手を押さえている。ナイフの先はゼンの目のすぐ前まで迫っていた。

「何やっている!

 さっさと、人質をっ!」

 賊が後ろを振り返る。聞こえるはずの悲鳴が聞こえない。レーパの断末魔が。仮に誰かが抵抗すれば、すぐ人質を殺すように指示しておいた。そのはずが、その命令は実行されていない。

 血を拭いて倒れていたのはレーパではなかった。レーパを捕えていたはずの男だ。彼の首元にはナイフが刺さっている。

 ナイフを投げたのはゼンである。誰にも気付かれぬよう、ゼンは腰からナイフを抜き、右手に隠し持っていた。手の平側の前腕に刃を当て、右手を肩まで移動させる。肩まで移動させると、負傷した左肩を宛がう様に見せかけ、今度はいつでもナイフを投げられるように狙いを定める。

 狙いを付けたナイフは、男の首へと飛んで行く。ゼンはすぐさま右手で迫ってくる刃を受け止める。右手だけで受け止めるには少々荷が重いようだ。徐々にナイフの刃はゼンに向かってくる。

「死ねぇぇぇ」

「ぐぁぁぁぁぁぁ」

 ゼンは片膝立ちで必死に押し返そうとするものの、上から迫ってくる凶器にどうする術も持ち合わせていなかった。

「このおおお」

 大声を発したのはレーパであった。捕らえられた状態から抜け出し、その身は自由になっている。拘束から逃れたレーパの右手には、石が握られている。

「ああああああああああああああ」

 レーパは目を閉じたまま右手を振り下ろす。確かな感触がレーパの右手に残っている。恐る恐るレーパが目を開けると、賊が俯せで倒れている。頭部からは血が流れている。歪な丸は段々大きさを増している。

 レーパは黙って、倒れている賊を見ている。不思議と足の痛みは感じない。それ以上に、胸の奥からおぞましい、言葉で言い表せないようなものが湧いてくる。

 人を殺めたという感覚、それがレーパを苦しめる。最初は頭に、頭で理解したかと思うと、次は心に波が来る。苦悩はそのまま腹から口へと昇ってきた。

「――レーパ、助かった。ありがとう」

 レーパの隣にはゼンが立っていた。ゼンはレーパの背中に手をやる。

 その言葉で、レーパは何とか嘔吐を我慢した。頭が冷静になったことで、右太腿から焼けるような痛みが湧いてくる。

 すぐさまレーパは膝をついた。湧いてくる痛みに耐えきれず、立っていられなかった。レーパは赤子のように丸くなり、膝を抱える。

「大丈夫だ。それ位の深さなら。

 ミーネ、手を貸してくれ。都まで急ぐぞ」

 ゼンは自身のナイフを引き抜く。そのナイフで自身の服の一部を切り取る。細長く切り取った服をレーパの右太腿に力一杯巻き付ける。

「うぅっ」

「我慢しろ。もうすぐだ」

 ゼンは指で輪っかを作り、口笛を吹く。すると、どこからともなく、セロがその姿を現した。

「セロ、少し重いが頑張ってくれ。

 ふんっ」

 ゼンはレーパを肩で担ぐと、そのままセロに乗せる。

「落ちるなよ。

 手で手綱をしっかり握っておけ。足はそのままでいい

 行くぞ」

「ゼン、あなたも肩を……」

「俺は大丈夫だ。それよりも行くぞ」

 都の入り口まではあともう少しである。さきほどの戦闘の声が、門番の耳にも入っているかもしれない。門番が悲鳴を不審に思い、ゼンたちのいる方まで来てくれれば好都合だ。

 ゼンたちは必死に一歩、一歩を進んでいく。レーパは痛みから顔を歪ませながら。ミーネは震えた手でクロスボウを構え、目線を絶えず動かしながら。

 遂に三人の目に人影が写った。遠目で詳細は分からないが、追手ではない。全身に鎧を着こんでいる。衛兵だ。思わず、ミーネとレーパの頬が緩む。

 ゼンも顔には出さないもの、一息をつく。衛兵と一緒にいれば襲われる可能性は非常に低くなる。

 追手側からしても衛兵たちを敵に回すのは得策ではない。たった二人を殺すために、何十人、何百人、都を敵に回すのは避けたいはずだ。

「助かった」

「良かった」

 二人の足取りが早くなった。ゼンは二人から数歩遅れている。

「どうしたんですか?」

「み、都に。この人、足を怪我しているんです。

 都で宿を経営している、そこの一人息子なんです」

「それは大変だ、早くこっちへ」

 衛兵の口角が上がったのを、ゼンは見逃さなかった。

「二人とも、止まれ!」

 足が進むのが先か、口が動いたのか先か、ゼンは全力で地面を蹴る。右手は既に刀に添えられている。

 ゼンの言葉に反応し、前にいる二人は後ろを振り返っている。ゼンの行動が裏目に出てしまった。

「チッ」

 小さな舌打ちの音が鳴る。衛兵は剣を抜いている。剣先はミーネに向かっている。

――キンッ。

 鋭い音が響いた。金属同士がぶつかった音だ。ゼンが握っている刀は、刀身の上部が無くなっていた。


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