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ワールド・ジャーニー  作者: ノリと勢い
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八話・其の八

「ゼン……血の匂いがする」

「返り血のせいか」

 ゼンは自身の服を嗅ぐ。先程の戦闘で帰りを帯びたせいだろう、ゼンはそう考えていた。

「そうじゃない。この先から。雨のせいで詳しくはわからないけど、一人や二人じゃない」

「本当か」

 ゼンは唾を飲む。今まで自分が追手と一線を交えていたため、洞穴にいる三人のことまで気が回らなかった。

 確かに、三人の元へ別の追手が来ても不思議ではない。だが、あまりにも早い様にゼンは感じた。

「……うん」

 ゼンの顔が曇る。向こうにはハーディーがいる。それがゼンにとって救いであった。ハーディーであれば、多少の追手であれば問題なく撃退できるであろう。

 だが、それが今いる森のような場所でも可能であろうか。それがゼンの懸念であった。ハーディーの武器は槍である。平地や開いた場所などではその真価を発揮することができる。

 開けた場所ではだ。今いるのは森の中である。周囲は木々に囲まれ、足場も安定していない。それ故、槍を振り回すことはできず、攻撃は突きに限られる。

「急ぐぞ」

 念のためにゼンは急ぐことにした。今までは歩いていたが、セロに跨る。

「少しの間、頼むぞ」

 セロの胴を足で叩き、ゼンは三人の元へ急ぐ。

 ゼンの嗅覚にも血の独特な鉄臭いの匂いを感じ取ることができた。

「やあ。食料は手に入ったかい?」

 洞穴の前にはハーディーが立っていた。見たところ、怪我をしている様子はない。

「ああ。

 帰り道に邪魔な虫が付いてきたが、もう大丈夫だ」

「奇遇だね。

 こっちも邪魔虫が五匹いたけど、もういないよ。どうやら、互いに怪我もないようだし良かったよ。」

 ゼンの懸念は懸念で終わった。ゼンはそのことに胸を撫で下ろす。

「もうそろそろ危うい頃合いだね。

 今までは追手からかなり離れていたと思っていたけど、そうでもないらしいや」

「もしかしたら俺たちよりも前にいるかもしれんな」

「それはない、と信じたいけど、有り得るね。

 何にせよ今までとは事情が異なってくるよ。慎重に進むべきか、それとも速さを取るか」

「難しいところだな。

 俺としては慎重に進みたいが、それだけの余裕があるかどうか」

「俺たちの強みは少数ということ。今までよりも早く行動を開始して、早めに寝場所を確保すれば少しは距離を稼げるかもね」

「まずは食べよう。腹が減ってちゃ頭も回らん。今日も頼むぞ」

「任せてくれ。今日は少し贅沢にいこう」

 洞穴の奥に向かう二人の足取りは重かった。

 洞穴の奥でミーネとレーパは互いに寄り添っていた。入口から聞こえてくる正体不明の足音に怯えていた。

 足音の正体がゼンとハーディーだとわかると、二人とも安堵の息をつく。

「戻ったぞ」

「今日はいつもより豪華な夕食になるよ」

 震えている二人に対し、ゼンとハーディーは何事もなかったかのように振舞う。

 二人はゼンが追手を退けたことは知らない。だが、ハーディーが外に出たことから薄々勘付いているのだろう。戻ってきた二人を見ても、どこか不安げな表情をしている。

「わかっているとは思うが、今までとは状況が違ってくる。

 明日からどうなるかは誰にもわからん。今は飯を食って寝てくれ」

「いいのかい?そんなことを言って」

「どうせ嘘をついた所ですぐに気づく。だったら、最初から心構えをさせておいた方がいい」

「まあ、その通りか。

 二人とも、ゼンが言ったことは本当だ。二人にできることは体を休めて、明日に備えることだ」

 ミーネとレーパは静かに唾を飲む。

 二人とも追跡者に追われているという自覚はあった。しかし、追跡者の姿が見えないため、追われる側の重圧や緊張感というものを真に味わうことはなかった。

 これから二人は追われる恐怖をその身で体験することになる。追手は後ろにいるとは限らない。前にいるかもしれない。襲い掛かってくる時間もわからない。朝か昼か、それとも寝ている夜かもしれない。

 その夜はハーディーが腕によりをかけた料理を披露した。料理の見栄えとは裏腹にミーネとレーパの顔色は暗かった。口に運ばれる量も普段よりも少ない。

 二人が食べなかった分はゼンとハーディーの二人で平らげることになった。


「それで、明日からの具体的な行動は決まっているのかな?」

 ゼンとハーディーは洞穴の入り口近くに立っている。話を聞かれないために、奥にいる二人からは距離を取っている。

「さあな。見つからないように進む。それだけだ」

「それしかないね。となると、更に険しい道を進む……か」

「ああ。道といえないような道を進む。そうすれば、多少は見つかる可能性も減るだろう」

「ああ。だが、下手をすればこっちが危うくなるね」

 今までよりも険しい道を歩くということは、それだけ怪我の危険性が高まる。加えて、逃げ道が少ないという不利な点も存在する。逃げ道が確保できないため見つかった際の対処が困難になる。見つかれば、巻くのには相当苦労するに違いない。

「今日はもう寝よう。ここに罠を張っておけば、二人とも寝られる」

「そうしよう。俺も疲れた」

 その晩は、ゼンもハーディーも共に睡眠をとることができた。勿論、二人とも芯から眠っているわけではない。だが夜番をしている時よりも体を休めることができた。

 洞穴のさらに奥では、ミーネとレーパの二人は身を寄せ合い、目を閉じている。

 夕食時のゼンとハーディーの言葉が気になり、瞼を閉じても眠くなる気配は一切ない。加えて今日は洞穴の中で休んでいたために体もそれほど疲れていない。

 二人の胸中を支配していたのは、“不安”であった。それは二人の意識を眠りに誘うことはない。視界がない分、二人の意識は明日からのことに向けられる。

 考えても、考えても二人の胸中から不安が消え去ることはない。むしろ、考える分だけ更に恐れが浮き上がってくる。二人が眠りについたのは、瞼を閉じてから数時間が経ってからであった。


 雨が上がり、東の空からは太陽が昇り始めている。太陽の陽は木々に覆われ、森の中まで入ってくることは少ない。雨のせいで、いつもよりも少し気温が低い。何もせずにただ座っていれば、体の奥から冷えてくることだろう。

 ゼンとハーディーは既に身支度を終えていた。時間をかけ武器の手入れをし、まるで決戦に向かうかのような雰囲気である。

 隊列は今まで通り、ゼンが先頭、ハーディーが殿、二人が間に挟まるという形だ。

 今までとは異なり獣道を歩いているということもあり、道は平坦ではない。一行の進む道には枝や雑草などが生い茂っている。ゼンは腰のナイフを右手に持ち、それらの道を塞ぐものを刈り取っている。

 太陽の陽は頭上の木々によってゼンたちには直接届いてはないが、ゼンの額からは汗が止まることなく流れている。

 一行が洞穴を発った時、ゼンは外套を着ていた。今は外套を脱ぎ、必死に汗をぬぐっている。

 それだけの重労働をこなしつつも、ゼンの息は切れていなかった。それどころか、ゼンの感覚としては今が絶好調に近い位である。体を動かすことで感覚までもが鋭くなっている。

「ゼン、代わろうか?」

「ああ、もうしばらくしたら代わってもらおう。俺よりも、後ろの二人の方が心配だ」

 ゼンの言う通り、ミーネとレーパの方が疲労の色を出していた。特にミーネの方が息を切らしている。女性がこの獣道を踏破するというのは、ゼンたちの想像以上に辛いものであった。

 ミーネは手を付き、腰を落とし必死に前に前に行こうとする。時折、レーパの手も借りながら一歩ずつ前へ進む。

 その一歩は少しずつではあるが、確実にミーネの体力を消費していく。

 ミーネの手助けをしているレーパも同然だ。ミーネほどではないが、レーパも疲労が溜まってきている。

 ようやく一息つく場所を見つけた一行は、しばしの休憩を取っている。ゼンは額から流れる汗を拭う。ミーネとレーパの二人は口も動かさずにただ座っている。

 一人、ハーディーだけが周辺を警戒していた。

「今日はもう少し進んだら終わりだね」

「ああ……そうだな」

 今までと比べると進んだ距離は短くなっている。かといって、これ以上無理にでも進むことはできない。

 距離を稼ぐことができないのであれば休むことに重点を置くべきだ、というのがゼンとハーディーの考えであった。

 全員が横になって寝ることのできる場所、美味い食事、長い睡眠、この三つを満たすことを重点にした。進んだ距離が短くても確実性を優先することにする。

「じゃあ、次は俺が前だね。殿と狩りは頼んだよ」

「任せておけ」

 ゼンは弓を前に出す。今の休憩中、ゼンは矢に仕掛けを施していた。矢の末端に縄を結び付け、その縄はゼンの弓と繋がっている。力を入れてもほどくことができないように。

 この矢を使えば、目標を逃す心配はない。小動物であればゼン一人の力で引き寄せることも可能だ。

 今まであれば獲物が崖下に落ちた時などは諦めるしか他なかった。これからは縄がほどけない限り獲物を手繰り寄せることができる。

 その日、ゼンたちは休憩を終えた後もしばし進んだ。道中、ゼンは仕掛けを施した弓矢で小動物を狩ることに成功していた。

 仕掛けが作動するかはゼンも半信半疑であった。念入りに強度などを確認してはいたが、実際に使用して初めてゼンは仕掛けが上手く作動することを体感した。


 そこから数日、ゼンたちは何事もなく東の都へと進むことができた。相変わらず夜番はゼンとハーディーの交代制である。

 二人の睡眠時間は短いにも関わらず、疲れた表情を一切見せない。目を開いている間は気を張り、常に周囲を警戒している。一転して、目を閉じればすぐ眠りに落ちる。

 疲れといえば、ミーネとハーディーの方が重症だ。徐々に目の下に隈ができ、顔もやつれてきている。食欲も徐々にだが、減少してきている。それにつれて歩く時間も短くなってきている。

 ゼンもハーディーも、この状態が拙いことは認識している。

 しかし、この現状を打破する策を持ち合わせていなかった。二人の疲労の原因は肉体だけではない。精神的なものもある。

 いつ追手に襲われるかわからない、その恐れが二人の体を徐々に蝕んでいく。

 唯一の幸いは、食料と水にはまだ余裕があったことだ。

が、そんな幸運を潰すような出来事は、突如として発生した。

ミーネが足を滑らせた。

「キャァァ」

 その瞬間、不幸にも殿にいるゼンは後ろを警戒していた。そのため落ちていくミーネを助けるための反応が遅れてしまう。

 ミーネを助けるために動いたのは、レーパであった。普段の動きからは想像もつかない、俊敏な動きであった。

 レーパは落ちていくミーネの手を取る。レーパの非力な腕ではミーネを引き上げることはできない。レーパは必死に力を振るうが、事態は悪くなる一方だ。

 段々とレーパがミーネの重さに引っ張られる形になっている。

「もう……駄」

 諦めかけたレーパを、大きな太い腕が引き留めた。ハーディーの腕だ。ハーディーは左手でレーパの衣服を掴んでいる。右手は木の枝を握っている。

「まさか君が動くなんて、驚いたよ。

 ただ好きな女性を助けたいなら、もう少し強くなることだねッ」

 ハーディーは左腕を少しずつ持ち上げていく。ハーディーの左手には大人二人分の重さが伸し掛かっている。さしものハーディーといえども、歯を食い縛り、持ちうる限りの力を出している。

「掴まれ!」

 ミーネの目の前に現れたのはロープであった。

 ミーネが落ち、レーパも落ちていく。ハーディーは二人を助けるために自ら落ちていった。

 ゼンだけが自由に動ける身だ。ゼンはすぐにロープを袋から引っ張り出す。そのまま止まることなく、片方を木に掛け、もう片方をハーディーたちの方へと投げた。

 目の前に出されたロープをミーネは掴んだ。

「レーパ、もう少し踏ん張っておけよ」

 ゼンはミーネの掴んでいるロープを引っ張る。ミーネの体は見る見るうちに上へ上へと昇っていく。

「なるべく早く頼むぞ」

「それは俺じゃなくて、二人に言ってくれ」

 ハーディーはまだ余裕がある。二人分の重さが一人分になったことで負担が軽減されている。とは言え、大の大人一人を持ち上げるだけの体力は残ってはいなかった。

 レーパの方もまだ少しは余裕がありそうだ。とは言え、悠長にしている暇もない。

 ゼンは口よりも手を動かす。ようやく、ミーネの手を握れる距離まで彼女を引き上げることができた。

「よしっ」

 ゼンは彼女の手を取ると、全力で持ち上げる。ゼンは休む暇もなく、ロープを再度投げる。

 ロープに確かな手ごたえを感じたと同時に先ほどと同じく力の限り、レーパを引き上げる。レーパの手を取ると残る力を出し切り、レーパを引き上げた。

「あーぁ、疲れた」

「お疲れさん」

 ゼンが仰向けに倒れていると、眼前にハーディーが立っていた。

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