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ワールド・ジャーニー  作者: ノリと勢い
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八話・其の七

「ゼン、どうするの」

「任せておけ」

 ゼンの後方からは八人の刺客が迫っている。真正面から立ち会えば、ゼンの命が危うい。となれば、一人ずつ静かに仕留める、ゼンの考えは纏まった。何も八人同時に相手にする必要ないのだ。分断し、一人ずつ始末していけばよい。一対一ならゼンが負けることはそうそうあり得ない。

「セロ、ゆっくりでいい。後ろの連中を引き離すように走ってくれ」

 ゼンは小さな声で呟き、セロの胴を足で叩く。それに呼応し、セロは静かにゆっくりと速度を上げ始める。

「ゼン、後ろの連中も付いてきてるよ」

「それでいい!

 エア。しばらくセロと一緒に走っててくれ」

 ゼンは後方を振り返り、追手の姿が見えないことを確認する。ゼンの視界に刺客の姿はない。

「頼んだぞ」

 ゼンはエアの返事も聞かずに、次の行動に移る。ゼンは手ごろな枝を見つけると、セロから直接その枝に乗り移る。その動きは軽やかであった。野生動物のような動きである。

 ゼンはそのまま木を登ってゆく。枝から枝へ、幹から幹へという風に。エアが気づいた頃には、ゼンは既に木の頂上近くにいた。

 ゼンの姿は木の葉に隠れ、よく見ないと彼がいることに気付かないであろう。加えて高いところにいるため、道行く者の視線にも映らない。ゼンの姿がまず見つかることはないであろう。

 ゼンの下方から声がする。その声は野太いものだ。ゼンの予測通り、追手がゼンを追いかけてきた。足取りは整っていない。そして、身に着けている服もバラバラだ。それなりに整った服を着ている者もいれば、もう破けている部分の方が多いような服を着ている者もいる。

 ゼンは輪のあるロープを手に取る。一人、二人とセロの足跡を追って行く。その先にゼンがいないことを知る由もなく。追手は連携して動いている様子はない。各々が自分勝手に目標を追っている。その中には足の速い者も遅い者もいる。

 最後の一人がゼンの下に辿り着いた。最後の一人は体に相当量の肉と脂肪を蓄えていた。ゼンは手に持ったロープの輪を男の首に掛ける。

「……っ。……っ」

 男が気づいた時には、既に足は地面から離れていた。足がついていないため力も出しにくい。必死に地面に足を付けようとするも、男を引っ張っている力はそれ以上の力だ。

 男は必死に叫ぼうとするが、気道が塞がれているため大声が出せない。出るのは、掠れた声だけだ。

 ゼンはその様子を眉一つ動かすことなく、じっと見ている。腕だけは太い血管が浮き出ている。捕食動物が被捕食動物を狩る時の様にじっくりと相手の様子を観察する。

 最初は手足を動かし必死にロープから抜け出そうとしていたが、じきに体は動かなくなっていく。

「まず一人」

 ゼンは男が完全に動かなくなったことを確認し、地面に降りる。

首に手をやり、再度ゼンは相手が絶命していることを確認する。

 ゼンは速やかに男の首からロープを外し、木に身を潜める。ゼンの前方には男が一人佇んでいた。

 ゼンが乗っているであろう馬を追いかけることを止め、肩で息をしている。

 ゼンはそいつ目掛けて、足元にある木の枝を投げる。木の枝は命中し、追手は振り返る。男が振り返ると、最後尾にいるはずの仲間が地面に寝そべっている。

 何をしているんだ、男は地面に寝そべっている者へ近づく。男は気付いていない。寝そべっている者の近くの木に、ゼンが潜んでいることを。一歩、一歩と歩く度に、二人の距離は近づいていく。木の陰には、ナイフを構えたゼンが居ることを知らずに。

 男の胸に衝撃が走った。何だ、何が起きた。自分の胸に何が起きたかを見るため、男は顔を下げる。自分の左胸にはナイフが刺さっている。

 それも軽くではない。深々と、心の臓を貫くように。気づいた時には、男は倒れていた。

 ゼンは倒れている男からナイフを引き抜く。ナイフからは、真っ赤な血が滴れている。ゼンはナイフをしまうと、すぐさまその場を立ち去った。

「二人」


「アイツら、どこ行ったんだ」

 男は一人、暗い森の中で彷徨っていた。一緒に来た仲間たちとははぐれ、進むべき道もわからぬまま右往左往している。森の中に入ってからしばらく経っている。喉も腹も飢えつつある。さっさと、この鬱蒼とした暗い森から去り、先ほどの村で快楽の海に浸りたかった。

 村にいる男どもは、ほとんどが今は亡き者になっている。後は、女子供しかいない。女は楽しんだ後で葬ればいい。どうせこのままでは、自分が目標を殺すことは難しい。

 だったら、一足先に下山した方がいい。この不快な森で無駄な時間を過ごすより、そちらの方がよっぽど快適だ。村にはまだ仲間たちが残っている。

 男は踵を返し、自分が来た道を再び歩き出す。

「っああ」

 男は足を滑らせたのだ。早く帰りたいという思いから、足元の注意が疎かになっていた。だが、ここまで派手に滑るとは男も考えてもいなかった。

 何か人為的な手が加えられたような滑り具合だ。男は体に異常がないかを調べる。幸いにも骨は折れていないようだ。体に痛みはあるものの、少しすれば解消するであろう。

 ゼンは静かにナイフを振り下ろす。振り下ろされたナイフは、相手の左胸に深く刺さる。先程の相手と同様、言葉を発する前に事を終わらせた。

「三人」


「もう、帰りましょうよ。この雨じゃ、アイツを見つけるなんて無理ですよ」

「口を動かす前に目を動かせ。まだ馬の足跡が残っているだろ。これを辿れば、アイツに追いつける。

 この雨だ。きっと仲間の元に戻っているはずだ。アイツが件の一味じゃなくても襲ってしまえばいい」

 奇妙な音がした。その音は小さなものである。更に雨が降っていることで、その音は追手の二人にはほとんど聞こえない。何が起きたか、知ることができたのは一人であった。

「……あ、……あ」

 男は腰を抜かし、目の前の事態をただ見ることしかできなかった。ついさっきまで、自分の前を歩いていた兄貴分が死んでいるのだ。首に矢が刺さっている。一目見て、男は理解した。目の前の兄貴分が死んでいることを。そして矢が次は自分に向けて放たれるであろうことを。

 本来であれば、矢が飛んできた方向から死角になる位置を探し、隠れなければならない。いつ、次の矢が飛んでくるかもわからない。

 だが、男にはそれができなかった。そして、男の意識は消えた。男の頭には矢が突き刺さっていた。

「これで五人」


「クソッ!見つからなねえ」

「どこ行きやがった!」

「いいから探せ!」

 男三人が森の中で怒号の声を上げている。自分たちが追っていた者の行方が分からず、立ち往生している。更に天からの恵みである雨も、彼らの不機嫌の原因になっていた。雨のせいで今まで追跡していた馬の足跡が消えかかっている。今までよりも進む速度は落ち、環境のせいで不満は募る一方だ。

 解消することのできない苛立ちは積み重なっていき、今にも暴発しそうな雰囲気である。

 その爆弾に火をつけたのは、ゼンであった。ゼンはまた木に登っている。幹と枝に足を掛け立っているゼンは、弓を構えている。狙うは、真ん中の男だ。

 ゼンは矢を放つ。矢はゼンの狙い通り、真ん中の男に命中した。矢は男の大腿に刺さる。

 男のいる方向から悲鳴が聞こえる。その場にいる残りの二人と、ゼンの目が合う。

「いたぞ!殺すな!まだ聞くことがある」

 ゼンは木から飛び降りる。ゼンの姿は木々に囲まれ、二人の視界から消え去った。

 先程までゼンが居た木の元に二人の男が駆け寄ってくる。

「どこだ?」

「姿を見せろ!」

 突如、茂みからゼンが出てきた。二人の背後から、気づかれることなく。ゼンの左手にあるナイフは男の大腿を切り裂く。ゼンの一撃は容赦なく入った。背後からの奇襲ということもあり、男は対応できなかった。

「ああああぁぁぁ」

 切り裂いた箇所からは止まることなく血があふれ出ている。薄茶色の汚れたズボンは赤黒く染まっていく。徐々にその染みは広がっていく。切り裂かれたズボンの合間からは、肉が晒されている。赤く、太い大きな筋肉が。

「た、助けてくれ」

 その声につられ、もう一人が駆け寄ってくる。ゼンの姿はまた男たちの視界から消えている。

「おい、大丈夫ッ」

 男の声は途中で途切れた。

 男の首はあり得ない方向に曲がっていた。男の背後にはゼンがっている。男は崩れるようにして地面に倒れていく。

「……あ、ああ……」

 残った男はモンスターに遭遇したかのような目をしている。自分の力では太刀打ちできない、不条理の壁に道を阻まれた。

 ゼンは再び腰からナイフを抜く。

「来るな、来るな、来るな」

 男は残った足と両手を使い、必死にゼンから離れようとする。男がいくらその場から離れようと、その速度以上にゼンは近づく。

「七人」


 森の中にはまだ悲鳴が響いていた。

 太腿が焼けるように熱い。熱さと共に痛みが襲ってくる。必死に太腿を押さえるが、痛みは引かない。それどころか、痛みはだんだん増してくる。

 大腿に刺さった矢を引き抜く勇気は男にはない。きっと今にも仲間が戻ってきて、この矢を引き抜いてくれる。それだけを頼みに、男は痛みを我慢する。

 仲間だ、男は見知った服の者を見て安堵する。追っていたアイツはどうした、そんな考えが一瞬、頭をよぎる。だが、そんな思考も痛みの前には霧散する。

「早く、コイツをッ、コイツを抜いてくれ」

「わかった。

 歯を食いしばって目を閉じておけ。痛むぞ」

 男は言われた通り、目を閉じ、歯を食いしばる。

「いくぞ」

「……ああ、やってくれ

 ッッッッ!」

「終わったぞ」

「ああ、ありがとっ」

 男の大腿に刺さっていた弓矢は、心臓に刺さっていた。

「しっかりと仲間の顔を確認しろよ」

 ゼンは汚れた外套を脱ぐと、その場を後にした。


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