表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ワールド・ジャーニー  作者: ノリと勢い
33/117

八話・其の六

「そろそろ食料が危ういね」

 衝撃の一言はハーディーの口によって伝えられた。

「もってあと何日だ?」

「そうだね……。今ある食料だけを食べて、あと三日というところかな」

 ハーディーはゼンだけに話をした。残りの二人がこの事態を知れば、余計な不安を煽るだけと判断したからであろう。

 ゼンたちの旅はまだ続いている。村を発ち、森に入ってから何日かが経っていた。その間、ゼンやハーディーが人に対し武器を振るうことはなかった。

 徐々にだが残りの二人の顔に疲れが見え始めている。それに伴い、一日で進む距離も短くなってきている。怪我なども今のところはないが、いつ起きても不思議ではない。

「近いうちに食べ物を補充しないとな」

 ゼンが天を仰ぐ。空は分厚い灰色の雲に覆われ、今にでも雨が降ってきそうな雰囲気である。普段は雨といえば恵みになるのだが、今この状況においてはその逆だ。

 雨が降れば道はぬかるむ。ただでさえ不安定な道が、今以上に歩きにくくなる。そんな状態で無理に進めばどうなるかは火を見るよりも明らかだ。

「一度、山を下るかい?」

「それも一つの手だな。狩りは不安定すぎる」

 少しでも糧食を持たせるためにゼンは隙あらば狩りをしているが、こればかりは運が絡む。日によって狩りの成果にも波がある。うまくいった日は何頭も仕留めることができるが、狩れない日は一頭も仕留めることができない。

「何にせよ進むしかないね」

「そうだな」

 考えていても問題が解決する訳ではない。今は少しでも先に進むことが先決だ。ゼンたちは足を進める。

 この日はゼンが先に夜番の日であった。陽は落ち、月も雲に隠れている。加えて森の中ということもあり、極めて視界が悪い。

 そんな中で、ゼンは一人立っていた。外套を脱いで、黒の服だけなので周囲に溶け込んでいる。この場に他の人がいても、ゼンには気づかないであろう。

 ゼンが立っている場所は三人が寝ている場所から離れている。ゼンは弓を構えていた。矢は木の枝から作成したものだ。急所に当たれば一発で相手を仕留めることができる。急所に命中しなくとも、相手の動きを止めるには十分だ。

 弦から弓が放たれた。独特な音とともに矢は三人が寝ている方へと吸い込まれていった。ゼンが矢の後を追う。矢は木の幹に刺さっている。よく見ると、木には横線が付いている。鋭利な刃物で横に薙いだような。

 矢はその横線の中心に刺さっている。

「よし」

 ゼンは弓を作成してから毎晩、練習を行っていた。弓を扱うことが久しぶりなので、最初は感覚を取り戻すのに時間を要した。だが、体が慣れてしまえば後は簡単だ。

 徐々に距離を伸ばし、命中精度も高くなってきた。動かない相手に対してはほぼ確実に、狙い通りの場所に命中できるようにゼンはなっている。


 翌日、ゼンたちが恐れていたことが生じた。雨だ。ここ数日の空模様から、いつか雨が降るかもしれないとは懸念していた。それが現実になったのだ。

「ゼン、今日は雨宿りできるところを早急に探そう」

「ああ。今日は休もう」

 ゼンとハーディーは、今日は休むということで意見が一致していた。だが、それに対して反発する者がいた。レーパだ。

「いつもよりゆっくり歩けばいいじゃないか!それで歩く距離が短くなっても、進まないよりマシだ!

 それに追手が追いかけているかもしれないんだろう。じゃあ猶更、先に進まなきゃ」

 突然、ハーディーがレーパを押した。あまりの出来事に、レーパは反応することができず、体勢を崩す。そして、足を滑らせてしまった。

 落ちていくレーパの服を掴んだのは、ハーディーであった。

「今日は休む。いいな。

 その気になれば俺はいつでもお前を殺せるんだ。今だって、この手を放せばお前を殺せる。仮に落下で死ななくても、怪我で動けずにお前は確実に死ぬ。

 いいか、道中では俺たちに従え。いいな」

 必要なことだけを言うと、ハーディーはレーパを引き上げた。引き上げられたレーパは地面に座り込んでしまった。腰は抜けていないようだが、恐怖で立てないようだ。

「やり過ぎだ」

 ゼンはレーパをセロに乗せると、再び歩き出した。幸いにも、雨を凌ぐことのできそうな洞穴を見つけることができた。

「何かいるかい?」

「さあな。いても、今日の晩飯になるだけだ」

 ゼンは松明を付け、洞穴の中に投げ入れる。中から黒い飛翔体が飛んでくる。

「これで先客は去ったな」

 洞穴の中は独特の匂いが充満していた。ゼンやハーディーは最初こそ戸惑ったものの、すぐに適応した。一方、残りの二人はすぐに慣れることはできなかった。

 レーパの方は手で口を覆っている。洞穴に入ったものの、すぐに出て嘔吐してしまった。ミーネはレーパを心配し、一緒の洞穴の外まで付き添った。

「ひとまずは、雨が収まるまではここが住処だね」

「長居は御免だがな」

 ひとまず休むところができたことで、4人は一時の安寧を手に入れた。まだまだ為すべきことは残っているが、精神的なゆとりが生まれた。

 ゼンたちは奥で、ミーネたちは洞穴の入り口付近で腰を落ち着けている。

「それでどうする?」

「明日、俺が森から抜けて食料を調達してくる。それでいいか?」

「ああ、それでいいよ。

 けど、流石にやりすぎたかな」

 ハーディーの目線は洞穴の入り口に向いている。

「やり過ぎだ。

 だが、少なくとも森にいる間だけでも、俺たちの指示に従ってもらわんと死ぬぞ、アイツ」

「そうだね。ど~も、俺たちを全く信用していないようだ。

 まあ、元から信用してもらおうなんて思ってないけど。先走るのだけは勘弁だね」

「全くだ。

 明日、俺はセロに乗って村に降りる。二人のことは任せたぞ。

 追手が来たら都の方に向かって逃げてくれ。木に目印でもつけてくれたら、後で追いつく」

「そうならないといいけどね」

 その日の夕食は、いつも以上に寂しいものになった。普段から、話しながら食べるということはないのだが、この時は雰囲気が重かった。

 原因は誰もが分かっているが、敢えて口にする者はいなかった。

 夜番も、明日はゼンが村を降りるため、ハーディーが担当することになった。


 まだ日が昇る前だ。木々が支配する闇の中で二つの影だけが動いていた。先日から降っている雨は、まだ止む気配がない。このまま一日中降り続けることだろう。

「じゃあ、行ってくる」

 白い外套に身を包んだゼンはセロに跨っている。順調に進めば、夜までには帰ってくることができるだろう。何もなければ、の話だが。

「ああ、じゃあ俺はこれからひと眠りさせてもらおうよ」

 さしものハーディーも眠気には勝てないようだ。目の下にはクマができている。

「行ってくる」

 それだけを言うと、ゼンとセロは山を下り始める。

「セロ、ゆっくりでいいぞ」

 山道の状況は最悪に近かった。歩きにくい山道に加え、雨でぬかるんでいる。人間でもいつ足を崩しても不思議ではない。セロに無茶をさせる訳にはいかなかった。

 一歩一歩を慎重に歩かせる。まだ時間はある。早く村に付き過ぎても時間を持て余してしまうだけだ。それならば少しでも安全に山を下りたい。

「何で雨の日に、わざわざ山を下りてるの~」

 エアがポーチの中から呟く。昨日からずっとポーチの中にいる。唯一、ポーチからでたのは雨を凌げた洞穴の中だけだ。

「今日しかないんだよ。外に出たくなければ、そのままポーチの中にいてくれたらいい」

「そうする」

 意外な返答であった。今まで外に出られるとあれば、一秒でも長く外にいたのに今日は外に出ようとしない。

 詳しく理由を聞こうかともゼンは思ったが、敢えて口を開くことはなかった。

「そろそろ村に着くぞ」

 セロに乗って山を下り始めてからそれなりの時間が経っていた。空にはまだ雲がかかっており、太陽が見えない。空が晴れていれば、陽はゼンたちの真上に輝いていただろう。

 ゼンが目にした村は小さく、人影も見えない。雨ということもあり畑仕事をしていないだけだとゼンは思いたかった。

 田畑はある。それに家屋の煙突から煙も出ている。村が小規模ということは、村だけで自給自足ができているか、必要なものは外から仕入れているのか。それ次第で、交渉の難易度が変わってくる。

 ゼンはセロから降り、ひとまず最寄りの家に向かう。木製のドアを叩く。

「……はい」

 扉の奥から小さな声が聞こえた。

「えっと、あなたは」

 扉は一度開いたが、すぐに閉じられてしまった。ドアの先に見知らぬ男が立っていたのだ、警戒されてもおかしくはない。

 だが、不可思議な点が存在していた。それは、扉を隔てている先の人物が震えていることだ。見ず知らずの人物が来て警戒しているのは理解できる。が、足が震えているのは異常と言わざるを得ない。

 何時も腰に差している刀はセロの元に置いてきた。今、ゼンの手元にある武器は腰のナイフだけだ。腰のナイフは相手からは見えない。

「旅の者です。急なお願いで申し訳ないのですが、食料を分けていただけませんか?

 勿論、タダでというわけではりません。物で交換できそうな品は持っています」

 こういった村では、金よりも物の方が価値を持つことは多い。村人が金を持ったところで使い道がないからだ。都にでも行かない限り、通貨を使用することは稀だ。物品を買うにしても、買い手も貨幣を使用しないので、どうしても価値は下がってしまう。

 そんな使用機会の少ない貨幣よりも、実際の物の方が役に立つ。ゼンは価値のありそうな物を前に出す。

「ちょっと待っていてください。

 私一人では決めかねますので。相談してきます」

 女性は扉の奥へと姿を消した。

 しばらく待つと、再び女性はゼンの前に姿を現した。

「食料を求めているとのことですが、具体的な量は?それに旅のお仲間は?お一人ですか?」

「仲間はあと三人います。四人が三食でしばらく食いつなげる量が欲しいです。特に野菜が多ければありがたいです。

 あと、馬の餌も分けていただければ」

「私の家だけでは足りないので、周りの家にも尋ねてきます。待っている間は、屋根の下に。ずっと濡れたままでは体を壊しますよ」

「ありがとうございます」

 ゼンは言葉に甘え、屋根の下に移った。外套を脱ぎ、それを力一杯絞る。外套からは大量の水が絞り出された。どうせまた濡れることになるのだが、少しでも水気を減らしておきたかった。

 先ほどの女性が家から出てきた。ゼンとは目を合わそうとしない。早歩きで、隣の家に入っていく。ゼンはその姿を黙って見ていた。

 しばらくすると隣の家に入った女性は出てきた。かと思うと、すぐにまた別の家に入っていく。それが何度も続いた。女性は村の全ての家に入って行く。

 女性が最後の一軒から出てきた。その頃には、ゼンの外套も乾き始めてきた。

 次々と家の扉が開き始める。村人たちは大小さまざまな袋を持っている。出てきた村人は女性の方が多かった。男性もいたが、少数である。それらの村人はゼンに向かって歩き始める。

 村人たちが持ってきてくれた食料の量は、ゼンの想像以上であった。四人で数日持つ程度の分を分けてもらえるだけでありがいたいのに、ゼンの元に運ばれた食料は四人でもそれなりの日数はもつであろう。

「ありがとうございます。これは食料のお礼です」

 ゼンは腰に掛けている袋を丸ごと差し出した。


 ゼンは村で受け取った食料を持ち帰っている途中だ。まだ雨は降っており、乾いた外套に再び水がしみ込んできている。

 前からエアが飛んでくる。エアはセロの頭に乗る。

「ゼン、あなたの言った通り、後ろから人が付いてきているよ」

「やhりか。

 何人だ?俺の予想じゃ、10人くらいだが」

「惜しい。私が見た限りで8人。」

「8人か」

 ゼンは村で食料を待っている間に、エアに頼みごとをしていた。それは、ゼンから離れ、ゼンの周辺を調査するということだ。エアはゼンに対し何も言わず、その頼みを聞き入れてくれた。

 ゼンが疑いを確信に変えたのはエアの一言であった。

「血の匂いがした……。それも微かにじゃない。大量の血の匂いが」

 村で待っている際に、ポーチの中からエアが呟いた。屋内から多量の血の匂いがする、それだけで異常事態だ。

 ゼンが動いて調査するのも一つの手ではあるが、それは危険が伴う。屋内において一人で多数を相手にするのは、ゼンとしては避けたかった。

 只でさえ一対多数の戦いは避けたい。ゼンが一人を斬ったところで、相手はそれ以上の数で襲い掛かってくる。

 屋内であれば空間が限られてくるため、更に不利な状況に陥ってしまう。

「ゼン、どうするの?」

「任せておけ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ