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ワールド・ジャーニー  作者: ノリと勢い
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八話・其の二

「あんた達、いったい何を言っているんだ!

 もう俺たちを追ってきた奴らは、いなくなったんだろう。だったら、そのまま大手を振って東の都に帰ればいいじゃないか!」

 声を荒げているのはレーパである。ようやく追手から逃れることができた、と思っていただけに、驚きを隠せていない。特にレーパは井戸に落とされた経験があるため、怒りも混じっている。

「まさか、追手があれだけだと思っていたのか?」

 ハーディーは頭を掻きつつ、レーパに向かって質問を投げかける。

「……。あれだけじゃないのか?」

 レーパは恐る恐る口を開く。自身の求めている回答が出てくることを祈って。

「そうだな……。最低でもあと二つほど、あれによく似た連中を雇っているだろうな。人数で言えば三十人はいるだろうな。

 セン、お前はどう考える?」

「俺は傭兵については詳しく知らんが、おおよそ同じだ」

 ハーディーだけでなく、ゼンからもレーパの希望を打ち砕く言葉が出てきた。

「やはりですか」

 口をはさんだのは今まで口を閉じていたミーネである。レーパと違い、ミーネはこれからのことを冷静に予想していた。

「だからこそこの方を雇ったのよ、レーパ」

 主人が犬に注意するようにミーネが諭す。

「ディーネ家の財力と考えれば、追手があの程度で終わるはずがないでしょ」

「まあ、そういうことだよ。諦めな。

 命は守ってやるさ、契約だからね。

 そういう訳だから、今日は大人しく寝ておきな。俺たちはこれから作戦会議があるから」

 ハーディーの視線はゼンに向いていた。今までは敢えて視線をずらしていたゼンも、目を合わせる。

「それから、俺が受けた契約は、アンタ達二人を東の都に返すこと。都にたどり着くまでは俺の指示に従ってもらう。それでいいね」

「ふざけるな!雇い主は俺たちだぞ!どうして傭兵風情の言うことに従わなくちゃならないんだ!」

 またしても声を荒げたのはレーパである。都に住む住民として、金で買える者の命令に従うことは、彼の矜持が許さなかった。

「この条件が呑めないなら、俺はこの仕事から降りる。それでもいいのか……」

「レーパ!いい加減にしなさい」

 親が子供を叱りつけるように、ミーネが言う。そして、乾いた音が響いた。

「ヒュー。痛いよ、アレは」

 音の正体は、ミーネの平手だ。レーパの左頬が赤く染まりつつあった。その光景を見て、ハーディーが煽るように口笛を吹いている。

「私たちは何としても東の都に帰るの!そのためだったら、私は何でもする」

 レーパは何が起きたのかを未だに把握できていなかった。赤く染まった左頬に手を添えている。

「私たちは都に帰るまでの間、あなた達の言うことに従います。その代わり、絶対に都まで守ってください」

 ミーネの両眼はハーディーを逃すことなく捉えていた。その迫力はとても女性とは思えないものである。

「任せろ。ちゃんと契約分の仕事はするさ」

 ハーディーもミーネから目をそらさず、自身に満ちた表情で返す。その顔を見ると、ミーネはレーパの手を取り、小屋から出ていった。


「いやぁ、アレは痛いだろうな」

 ハーディーは笑みを浮かべつつ、口を動かす。レーパとミーネが退室したため、小屋にはゼンとハーディーのみが残っている。

「そうだな」

 一方のゼンは表情に変化はなく、口だけを動かす。

「それで、セン。経路は何通り考え付いた」

「三通りだ」

「俺もだ。一つは道をそのまま進む。一つは海を船で渡る。もう一つは森の中を進む。内容も一致しているかい?」

「ああ。一緒だ」

 東の都はゼンたちがいる村から南西の方角にある。一つ目の経路は最も平坦な道である。道に迷うこともない一本道だ。それ故、追手に補足されやすいという欠点も存在する。

 もう一つの海を渡るというのは、船を使う経路である。一度、海の上に出てしまえば追手から補足されることもなく、安全に旅を進めることができる。

 その反面、船上や船乗り場で追手に遭遇した場合、どう切り抜けるかが難点だ。海上では逃げ場がない。それに東の都にたどり着くには、最後には都まで大通りを歩く必要がある。

 最後の森を抜けるという経路は、最も追手から補足される可能性は低い。その代わり、道は険しい。それに道に迷う恐れもある。更にこの経路の問題点は、道中で必要な物資を別途で調達する必要があるという点だ。

 前の二つの経路では、途中の村や船の乗り場で食料や水を調達することができる。だが、最後の森を進む道程は食料や水を入手するのに時間も労力も要するのだ。しかも、確実に手に入るわけではない。その意味で危険も伴う。

「じゃあ、俺たちが進むのは……」

「森を進む方だ」

「海岸沿いを進む方だ」

 今までゼンとハーディーの意見は一致していたが、この段階で遂に相違が生じた。

 今までかみ合っていた歯車が、音を立てて崩れていくように。その歪みは直せないものだった。

「ここで別れたかぁ。

 理由を聞いておこうか。どうして道の険しい山を進む方を選んだんだい?」

「理由は二つある」

 ゼンは指を二本立てながら、ゆっくりと理由を説明し始めた。

「一つは敵から補足されにくいこと。こっちは戦闘に関しては全く役に立たない二人を抱えている。そんな二人を抱えたままでの戦闘は避けたい。獣道を通れば、足跡から追跡されることもない」

 ゼンが最も懸念していたのは護衛という点だ。他者を護ることに関しては、ゼンは未経験であった。自分を守ることであれば何度も経験してきたが。

 更に襲撃してくる敵の数も不明なのである。いくらゼンといえども数の暴力には勝てない。ゼンとハーディーが囲まれれば、護衛対象の二人は無防備になる。

「もう一つは、俺が海よりも山の方が慣れている」

「何だい、そりゃ」

 ハーディーは腹を抱えながら笑っている。ゼンが真面目な顔をして言ったのが、ハーディーの琴線に触れたようだ。

 ハーディーは笑っているが、ゼンは至って真面目である。実際、ゼンはついこの間まで山籠もり同然の生活をしていた。海に関しては片手で数えられる程度しか経験したことがない。

 山であれば水の確保や食料の調達も慣れている。未経験のことを行うならば、せめて環境は自身の慣れた方が好ましい。そこまで考えての判断であった。

「ハーディー、お前はなぜ海を渡る方を選んだ?」

「確かに森の中を進むのはいい案だよ。俺とお前だけなら、間違いなく森を進んでいたよ。

 今回はあの坊ちゃん、嬢ちゃんを連れている。森なんかを歩いた日には、敵に捕まる前にあの二人が体を壊すよ。

 だが船なら、一度乗れば安心だ。坊ちゃん嬢ちゃんも体を壊すことはない。追手もまだ俺たちを捉えていない。今なら出し抜けるよ」

「一番の問題は、都に入るその時」

 同時に二人が言った。道中では山を進むのも海を進むのも一長一短である。最大の問題は、都に入るその時だ。

ミーネとレーパが生きている場合、必ず東の都に帰ってくる。追手側からすれば、わざわざ二人を追う必要はないのだ。待っていれば、獲物から赴いてくれる。勿論、追手は都周辺で待っていてくれるとは限らない。一番に報酬を得るためにミーネとレーパを追ってくる可能性もある。

刺客がミーネとレーパが殺した場合でも、都周辺に帰ってくる必要がある。二人を殺した証拠を示さない限り、報酬を貰うことはできない。こういった場合、大概は殺した相手の首を持ち帰ることが多い。

 この場合、漁夫の利をねらうこともできる。ミーネとレーパの二人を殺した集団以外でも、報酬の横取りが可能だ。

 依頼主のディーン家からすれば、誰が二人を殺したかは重要ではない。重要なのは二人を殺したか否かだ。殺した相手と報酬を受け取る相手が別だとしても、ディーン家からすれば何の問題もない。依頼を受けた者の中には敢えて東の都周辺に留まり、二人の首を持ち帰った功労者を襲撃する者もいるかもしれない。

「こういう時は、コイツに決めてもらうかな」

 ハーディーは懐から、古い年季の入った銅貨を取り出した。

「これは幸運の硬貨だ。

 俺の村では、古くからの言い伝えがあってね。初めての仕事で稼いだ金には、戦神が憑いている。いざというときには、コイツが命を守ってくれるっていうね。

 これを投げる。表が出たら森を進む。裏が出たら海だ。それで文句はないか?」

「ああ、それでいい」

 ゼンもハーディーも決め手に欠けている状況で、この提案を呑むしかなかった。互いの意見の交換をしたところで、事態は好転しない。仮にどちらかの意見を採用し、その案が失敗した際には非難の材料にもなる。護衛の間だけとはいえ、一蓮托生の関係だ。互いの関係を壊すような要因は作りたくないというのが、二人の本心である。

 ハーディーの提案では、進んだ道で失敗したとしても関係を保つことができる。あくまでも道を選んだのは戦神だ。選んだのはゼンでも、ハーディーでもない。言い争いの火種を取り除くことができるのだ。仮に失敗したとすれば戦神に見放された、ただそれだけの話だ。互いを罵りあう材料にはならない。

「じゃあ、行くぞ」

 ハーディーの左手から硬貨が解き放たれた。ゼンもハーディーも目を放すことなく硬貨の軌跡を見ている。

 硬貨はゆっくりと空を滑空し、そしてハーディーの手元に帰ってきた。

「セン、お前の選んだ道だよ。森だ」

 ハーディーの手の甲の硬貨は、表である。

「森か。

 じゃあ、俺も宿で寝る。発つのは日が昇ってからでいいか?」

 ゼンは表情を変えずに席を立つ。

 決めるべきことは決めた。もうこれ以上粘っても二人にできることはない。それならば少しでも早く寝床に付くのが得策だ。ゼンは腰を上げる。

「それと、俺の名前は“ゼン”だ」

 扉の取手に手を掛けた時であった。ゼンは偽名であることを打ち明けた。もう会うことはあるまいと思い偽名を使っていたが、しばらく行動を共にするにあたり、ゼンは本名を明かす。

「何だ、やっぱり偽名だったのか。

 本名の方が似合っているよ。“ゼン”」

 ハーディーは、ゼンが偽名を使っていたことに対し怒ることはなかった。それどころか、笑みを浮かべていた。ゼンが本名を打ち明けた時、彼の口角は上がっていた。

「ありがとよ」

 ゼンは宿屋に向かった。

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