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ワールド・ジャーニー  作者: ノリと勢い
28/117

八話・其の一

「もうすぐ着くぞ」

 その一言で、セロの背中で寝ていたエアは顔を上げる。

 セロを取り戻したゼンは一度、村に戻ることにした。盗賊たちを潰したことを報告するという名目で。

 ゼンの本当の狙いは宿だ。ハーディーとの戦闘は、肉体面にはもちろん、精神的にも多大な負担をかけた。セロが奪われてから、ゼンはまともな睡眠をとっておらず、疲労が蓄積されている。

 余計な心配をせずに心行くまで惰眠を貪る、それがゼンにとっての一番のご褒美であった。

「またすぐに他のところへ行くの?」

 エアがポーチに戻りつつ、ゼンに尋ねる。

「ああ。二泊したら、東の都へ戻る」

「え?東の都へ?」

 エアは思わず問い返した。ゼンのことであるからまた見知らぬ土地へ旅立つものとエアは思っていた。

「どうして東の都へ?」

「訳はまた話す。今はポーチの中へ入っておけ」

 エアは不満を抱えつつも大人しく、ポーチの中へと入っていった。

 ゼンがエアをポーチの中へと誘導した理由は、二つあった。一つはいつも通り人目に触れさせないため、もう一つは村人がどう動くかわからないためだ。

 ゼンの姿を見るなり襲い掛かってくる可能性もゼロではない。そうなった場合、命を奪わない程度に数人を痛めつけ逃げる想定であった。

「さあ、どうなるかな」

 ゼンは小さく、エアにも聞こえないように呟く。

 ゼンの目に村が見えた。既に太陽は真上を通り過ぎ、沈みかけている。ゼンの額にも少量の汗が流れている。

 ゼンたちは遂に村の入り口までたどり着いた。先日の一件があったため村の入り口には若い男が二人立っていた。よく見ると、村長の護衛についていた二人であった。

 二人はゼンの顔を見ると、互いに顔を見合わせた。いきなり斬りかかることはなかった。ゼンは刀に置いていた左手をそっと離す。

 護衛の二人のうち、背の高い方の一人がゼンに向かってくる。

「あなたを案内するようにと言われています。

 付いてきてください」

 ゼンは不審に思ったが、逃げるわけにもいかなかった。ここで逃げたとして次の村まで食料が足りるかは不明だ。それに疲弊した肉体を何としても休めたかった。

幸いにも今すぐゼンを殺そうとする訳ではない。それに正面から戦えばゼンが負けることはない。大人しく先導する男の後をゼンは付いていく。

ゼンは先日と同じ家の前に辿り着いた。

「中で村長とお仲間が待っております。

 それでは私はこれで」

「助かった。ありがとうよ」

 ゼンは扉の取手に手を掛ける。そして気付いた、自身の手が汗ばんでいることに。ゼンは不安を抱きつつも、取手を回した。

「やぁ、遅かったね」

 ゼンの目にはハーディーが映っていた。ハーディーは椅子に深く腰掛けくつろいでいる。ゼンはハーディーの姿を目に入れた瞬間、左手を刀に掛けた。

「お前も座れよ、なかなか座り心地のいい椅子だよ」

 ハーディーはゼンが刀に手を掛けたことを知って、その上で言う。ゼンもそのことに気付いているが、ハーディーの狙いが皆目見当つかない。

 ゼンは打開策も閃かないため、ハーディーの言葉通りに椅子に座った。ゼンの目前にはテーブルがあり、更にその先にはハーディーが座っている。右側には、レーパとミーネが、左側には村長が座っていた。

 奇妙な光景であった。殺しの依頼を受けた人物とその目標が同室にいる。だが、血の流れる雰囲気はない。ゼンはただ座っているだけにも関わらず、異様な息苦しさを感じた。

 一方、ハーディーは自室にいるかのようにくつろいでいる。そこに自分がいることが当たり前のように振舞っている。

「さて、村長。

悪いが少し席を外してくれないか?少し込み入った話がしたいんだ」

口を開いたのはハーディーであった。ハーディーの声は商人が客に品を勧めるような柔らかい声であった。ゼンと対峙した時と比べると、全く異なるものだ。

「それでは話が終わりましたら、外に待たせている者に声を掛けてください」

 村長はそれだけを言うと、ゼンたちのいる家から出ていく。

「それで、どういう意図だ」

 ゼンは腕を組みながら尋ねる。

「どういう意図っていうのは?」

「どうしてお前がここにいる?お前の仕事は、そこの二人を殺すことじゃなかったのか?」

 ゼンの真剣な態度に比べ、ハーディーは間の抜けた表情をしている。どこからこの余裕が生まれてくるのか。

「簡単な話だよ。

 俺がこの二人と新しい契約を交わしたからさ。二人の護衛。東の都まで二人のうち一人でも生還させる、それが契約内容さ」

 ゼンは黙って視線をレーパとミーネの方に向ける。二人はハーディーの話を聞いても驚いている様子はない。ハーディーに脅されている訳でないようだ。

「そこで、お前にも護衛を手伝ってもらいたいんだ」

 突然の提案に、ゼンは驚きを隠せなかった。少し、ほんの少しの間だがゼンの反応が遅れた。

だが、ハーディーはその一瞬の反応を見逃すことはなかった。

「セン。お前の刀、相当痛んでいるよね。刃こぼれもある」

 ハーディーの口調は強かった。自身の発言に相当の自信を持っている。

 確かに、ゼンの刀は傷んでいた。今までの度重なる戦闘でゼンの刀は悲鳴を上げていた。ゼンが斬ったものは人だけではない。人だけを斬っていればもう少し損傷は抑えられていただろう。

 決定打になったのは、先日の村での戦闘であった。ハーディーを追い詰めたあの瞬間、ゼンはハーディーを殺った、と確信していた。そのため無理な追撃をしてしまった。その結果は、ゼンの攻撃は失敗に終わり、刀を落とすという事態に陥ってしまった。

 そのゼンの一撃こそが、致命傷になったのだ。刀身が欠けてしまうという、取り返しのつかない状況を作ってしまった。

 ゼンはこの村で必要な物資を調達した後、東の都へ帰還する予定であった。親方にも言われた通り、刀を治すには都へ帰るしか選択肢がないのだ。

「だとすれば何だ。お前には関係のない話だろ」

 ゼンは驚きを自身の中で押し殺し、冷静に返す。

「ああ、確かに俺には関係のない話だね。

 だけども、お前は必ずこの話に乗る」

  ハーディーの謎の自信に、ゼンは何もすることはできない。

「どうしてそう言い切れる?」

「お前のその刀、ただの刀じゃないよね。それを治すには、相当の腕前の職人が必要になる。その刀は東の都でしか作られていない。そうなると東の都に行く必要がある。

 だが、今、東の都は出入りが厳しいんだ。

 何でも正体不明の旅人が、警備隊長をぶっ倒したらしくてね。それ以降、都へ入るのは厳しくなっているよ。

 衛兵から何も言われずに都へ入るのは相当厳しいだろうね」

 ハーディーは一体どこまで知っているのか、ゼンには知る術がない。ハーディーは微笑を浮かべつつ、ゼンのことを見ている。

「素性を明かさずに東の都に入るには内部から招き入れてもらうしかない。だが、その方法では俺たちは入れない。

 そこで、この二人が役に立つんだ。都に住んでいる二人の手招きがあれば、俺達でも都の中に入ることができるっていう訳さ

 俺は二人から報酬をもらえる。二人は薬の材料を都に運ぶことができる。セン、お前は刀の修理ができる。

誰も損をしない。どうだ、いい話とは思わないかい?」

ハーディーの長い営業を、ゼンは黙って聞いている。実際、ハーディーの話はゼンの核心をついていた。

刀を治すには東の都へ行くしかない。ただし、それは難しい話である。ゼンは東の都で大騒動を引き起こしている。再び、東の都へ入れば、今度こそ警備兵に捕まることは確実だ。捕まれば、旅はおろかゼンの命のそのものが終わってしまう。

ゼンが東の都に帰る際に最も懸念していた出入りも、ハーディーの提案に乗れば解決する。

それでも、ハーディーの提案に乗ることにゼンは戸惑いを感じていた。戸惑いを感じている理由は一つだ。ゼンが目の前にいる男を信頼できないからである。

傭兵に全幅の信頼を置くことはまずないのだが、それ以上にゼンは目の前の男を信頼できなかった。今までのいきさつもあるが、ハーディーという男に怪しさを感じていた。

「セン、何も俺を信頼しろという訳じゃないんだ。

 報酬とこの仕事に対する評価を信じてくれればいいんだ。前の仕事がおじゃんになったせいで報酬は前払い金しか貰っていないんだよ。だから、残りの分をこの仕事の報酬で補填させてもらう。

 それにこの仕事を成し遂げれば、俺の評価も昇るんだよ。これからの仕事にも繋がる」

 ゼンは深いため息をついた後に、ようやく言葉を発した。

「わかったよ。その提案を呑もう。

 それと、俺の名前は“ゼン”だ」

 その言葉を聞いたハーディーは笑みを浮かべる。

「わかったよ、ゼン。

 それじゃあ、次は村長の説得か。そこで待っててくれよ。すぐに説き伏せてやる」

 そう言うと、ハーディーは足取り軽く小屋から出ていく。

 一方、ゼンは座っている椅子に深く腰掛ける。今や、ゼンの視線は天井に向いていた。

「あ、あのう」

 ゼンに声を掛けてきたのはレーパの方であった。

「何だぁ?」

 ゼンの声は低く、気だるげであった。緊張の糸は解け、無防備な格好である。

「こんなことを言うのも何ですけど、本当にあの男を信じてもいいでしょうか。

 あの人は一体?傭兵だと言っていますが、腕は信用できるんでしょうか」

 レーパは不安げに尋ねる。

「腕は信用してもいい……、腕はな。

 人格は気にするな。ハーディーの言った通り、報酬と評価の点だけは信頼してもいい。俺から言えるのはそれだけだ」

 レーパの顔がさらに曇った。ゼンたちの今後の行く末を示すように。

「とりあえず、今は休んでおけ。

 明日からは嫌になる程、歩くぞ」

 ゼンは静かに目を閉じる。今はただただ休みたかった。本来であればこの村で可能な限り休みを取りたかったのだが、その望みは打ち砕かれた。

 文句の一つでも言いたいのだが、文句を言っても何も変わらない。無駄に体力を消費するよりも、少しでも疲れをとることをゼンは選択した。

 目を閉じたゼンを見てレーパも自分の席へと戻っていく。席に戻り、レーパと何か密談をしているようだ。ゼンはお構いなしに、しばし意識と無意識の間を行き来している。ゼンは腕を組みながら、ハーディーが戻ってくるのを待っていた。

「何とか纏めてきたよ。」

 ゼンが遂に夢の中へ沈もうとしていた時であった、扉が開いた。その音で、ゼンは夢心地の気分から叩き起される。

「どうなった」

「今日はこの村で宿泊できるよ。移動は明日からだね」

「それにしても、よく説得したな。今日中にこの村から追い出されると思っていたよ」

「ああ、あの村長もそのつもりだったよ。

 そこは俺の第二の武器である、ここを使ってね」

 ハーディーは歯を見せながら、自身の口を指さす。

「どういう説得をしたんだか……」

「何もしてないさ。

ただちょっと、この村の規模にしては宿屋が大きすぎること。二人を無事に都に返した後の話をしたら、分かってくれたよ」

ハーディーが言った宿屋のことは、ゼンも気になっていた。この程度の村にしては、異様に宿屋が大きかった。それに中の装飾品も金が掛けられていることが一目でわかった。

「さて、そういう訳だ。

明日からは足が棒になる程、歩くことになるから休んでおくといいよ。宿屋の空いている部屋ならどこでも使っていいってさ。

血の匂いが気になるならここで寝てもいいけど、ちゃんとした寝床で寝ることをお勧めするよ。しばらくは野宿が続くからね」

ゼンとハーディーの二人が、同じことを言ったのに二人は困惑していた。二人は打ち合わせをしたかのように話がかみ合っていた。

そして二人は戦々恐々とした。これから待ち受ける旅に。


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