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ワールド・ジャーニー  作者: ノリと勢い
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七話 其の七

 ゼンのポーチの中で、エアは孤独に時を過ごしていた。いつもなら、外に出ればすぐにポーチから出るのだが、エアは外に出ていない。

 エアがポーチの中にいる原因はゼンにあった。あの村を出てからゼンの様子がおかしい、エアは言葉には出さないものの、それを感じていた。いつものゼンとは違う、それを言い出せずエアは暗闇の中で蹲っている。

 先ほどの戦闘もそうだ。普段のゼンとは異なる戦いだ。エアは全てを見ているわけではないが、聞こえてくる声でおおよその予想は付いた。それがいつものゼンとは異なることを。

「そろそろ、寝る準備をするぞ」

 いつまでもポーチの中にいるわけにはいかない、エアは意を決して外に出る。

 外見上、ゼンに変化はない。だが、何処かいつものゼンとは異なる、エアはいつもよりゼンとの距離を開ける。

 夜になっても、エアとゼンの距離は開いたままであった。普段ならばエアが何か言いだすのだが、今日は無言のままだ。ゼンも口を開くことはなく、そのまま夜は更けていく。

 セロがいないため、野営もできない状況だ。テントを張ることもできないため、ゼンは木を背にし座るようにして眠る。ゼンは手に刀を持ったまま眠りについた。

 翌朝、太陽が昇り始める前にゼンは目を覚ました。だが、眠気は一切なく、むしろゼンの体は活気にあふれている。戦闘態勢に入っているような感覚だ。

「起きろ、行くぞ」

 ゼンは隣で寝ているエアに声を掛ける。優しく鱗に触り、目を覚まそうとする。途中まで伸びた手は、そこで止まった。

 ゼンは一人で、西にある待ち合わせの場所に進んだ。


 「ここか」

 エアを置いてしばらく歩いたのち、ゼンの目前には開けた場所が広がっていた。周りに何もなく、雑草が生い茂っているだけの場所が。この程度の場所ならば珍しくもないため、待ち合わせの場所ではない可能性もある。

 だが、ゼンの視界に4人の男がいることで、ゼンは確信した。先日、刃を交えたハーディーに加え、目つきの悪い三人が固まっている。そのうちの一人は見覚えがあった。ハーディーと一緒に、撤退した男だ。

「約束通り来たぞ。一人だ。

馬はどこだ?」

「安心しろよ。馬なら無事だよ。傷一つ付けてない。

本当に、いい馬だよ、あの馬は」

 ゼンは外套を脱ぎ、放り投げる。残るは4人。一人を除けば残りは殺れる、ゼンはハーディーのみに意識を集中させる。刀を抜き、いつでも命を取れるように。

 果たしてハーディーと刃を交えて自分は生き残れるのか、ゼンの頭の中には不安が渦巻いている。加えて、ハーディーに勝ったとして、その後のことは予想が付かない。無傷で勝てるのか、それとも何かを犠牲にするのか、ゼンの思考は止まらない。

「まあ、落ち着けよ。

 一つだけ確認したいことがあるんだ。お前は、あの二人に雇われたのかい?」

「俺は無関係だ。ただ、いざこざに巻き込まれただけだ」

「そうか……」

 ハーディーも自身の獲物を構えた。まだゼンとハーディーの間には距離が開いている。両者ともに相手に一撃を叩きこむには、前に進む必要がある。

 この状況で不利なのは当然、ゼンである。致命打を入れるためには、刀を持つゼンが接近しなければならない。だが、ハーディーに接近するのは至難の業だ。刃が届く距離まで近づけるかも怪しい。

「そうか、そうか。

お前は用心棒じゃないのか」

 ハーディーは突然、構えていた槍を下した。

 ゼンは一瞬、何が起きたか理解できなかった。敵の目前で構えを解くなど、自殺にも等しい行為だ。ハーディーが何故、その様な行為に走ったのか、ゼンは不思議でたまらなかった。

 罠か、ゼンはそう考えることで自身の平穏心を取り戻す。実際のところは何もわからない。

「俺の契約は、標的と用心棒を殺すこと。

無関係の奴を殺すことは、契約に含まれていないよね。こいつを殺したければ、自分の手でどうぞ」

ゼンの刀を握る手はまだ硬いままだ。

「ふざけるな!たかが一人、追加で殺すだけだろうが!

 それでも傭兵か!」

「傭兵だからこそ契約にこだわるんだよ。

 お前の言う通り、一人や二人なら追加で殺すことも厭わないさ。だが、目の前のコイツは簡単には引き受けられないな。

 どうしてもというなら、追加料金を徴収するよ。そうすれば、やってやるさ」

 ハーディーは冷静に淡々と話を進める。一方、賊の頭領は頭に血が上っている。顔を赤く染め上げている。残りの賊たちにも動揺が走っていた。

「いいから殺せ、目の前のコイツを!

コイツのせいで、何人もの仲間が亡くなったんだぞ」

「金は?いくらくれる?」

「いいから殺れ!」

「報酬の確認が先だよ。いくら出す?」

「殺せ!」

 ハーディーはため息をついた。

「はぁ、わかったよ」

 ハーディーは一度下げた槍を、再び構えた。次の瞬間、ハーディーの槍は頭領の胸を貫いた。

「……な?」

 頭領は何が起きたかもわからずに、口から血を吐いている。そして、何者かに押されたかのように、地面に倒れていく。

「お前!」

「契約を切らせてもらうよ。

コイツを殺してほしいなら、金貨の詰まった袋でも持ってくることだね」

ハーディーは穂先を引き抜くと、間髪入れずに再び槍を突き出す。突き出した槍は男の喉に突き刺さる。

「てめぇ!」

 残った一人がハーディーに向かって全力疾走する。ハーディーの槍はまだ男の喉から引き抜かれていない。残りの一人はその隙を狙った。

「横にも気を付けた方がいいよ」

 ハーディーは、向かってくる男に対して言う。男はその言葉に反応し、視線を横に移動させる。

 男の視界に映ったのは、クロスボウを構えているゼンであった。ゼンは狙いを定め、引き金を引いた。

 クロスボウから放たれたボルトは、男の腹に深く刺さる。走っている最中に矢を受けたため、姿勢を崩し転がっていく。転がっていく男の視線に映ったのは、ハーディーであった。ハーディーは男を見下ろすように立っており、左手には槍が握られている。

「じゃあね」

 ハーディーは左手に持った槍を男の喉めがけて下す。

「これで終わりだ」

 ハーディーは槍を引き抜くと、血を払う。ゼンも同じく、刀を鞘に納めた。

「俺は契約外の仕事をせずに済んだし、お前も馬を取り戻せた。誰も損しなくてよかった、よかった」

 ハーディーは軽い口調で、昔からの友人のような口調でゼンに話しかける。既に戦意がないことはわかっているが、ゼンはまだ不信感を抱いたままだ。

「ああ、そうだな……」

「おいおい。そう身構えるなよ。

 雇い主がいなくなった以上、俺がお前と戦う意味も理由もない。馬も返すよ。

 本当は、そのままいただきたい位の馬なんだけどね」

 話題がセロに移り、ハーディーを突き刺す様に鋭い視線で、ゼンは見る。

「怖い目で見るなよ。馬は後ろの木に繋いでいる。

それじゃあ、俺はお暇させてもらうよ。次の雇い主を探さなくちゃならないんでね」

 それだけを言うと、ハーディーは歩きだした。ゼンもそれを何も言うことなく、ただ黙って立ったままだ。

 二人が交差するその時であった。ハーディーは突如、目にもとまらぬ速さで槍をゼン向かって突き出した。

 ゼンもハーディーの動きに反応し、刀を抜く。不意打ちを仕掛けられたにも関わらず、ゼンの動きは早かった。ハーディーから少し遅れるか同じ位の反応速度である。

 ハーディーの槍先はゼンの喉元に、ゼンの刃はハーディーの首元に当たっている。両者ともに一言も言葉を交わさずに、互いの目を見ている。

「流石だね」

 ハーディーは笑みを浮かべながら、槍を下した。

「不意打ちでこれか、流石としか言いようがないね」

「殺気をこれでもかと漂わせといて、警戒するなっていう方が無理だろ」

 ゼンもハーディーに続き、刀を収めた。

「今度こそ、じゃあね。

次は敵として合わないことを祈るよ」

 今度こそ、ハーディーは去っていった。ゼンはハーディーが見えなくなるまで、その背中を視線で追う。何をしでかすか予想が付かないため、一瞬たりとも気が抜けなかった。

「はぁぁ」

 ゼンは深く息を吐いた。今までで類を見ない程の疲労がゼンを襲った。今すぐにでも腰を落ち着けたいが、そういう訳にもいかない。ゼンは体を必死に支え、セロの下へと向かう。

「待たせたな」

 セロは昨日と変わらない姿で木の後ろにいた。念のためにセロに異常がないかをゼンは調べる。ハーディーの言葉通り、セロに傷はなかった。それを確認すると、ゼンは深い眠気に誘われた。人間では太刀打ちできない自然災害のように眠気はゼンを襲う。

 ゼンはセロが繋がれている木に寄り添うと、吸い込まれるようにして腰を落ち着ける。

「少し、眠る。

 何かあったら起こしてくれ」

 ゼンは独り言のように呟くと、そのまま鉛のように重い瞼を閉じてしまった。


「……ン。……ン。

ゼン!」

 頬に走る衝撃でゼンは目を覚ました。痛くはないが、ゼンの意識を眠りから呼び覚ますには十分であった。

「ぁあ、エアか」

 まだ重い瞼を開けると、眼前にはエアがいた。その小さな羽で飛んでいる。置いてきたはずのエアが眼前にいることをゼンは驚きもしなかった。

 口元に垂れている涎を拭くと、ゼンは首に痛みを抱えつつ立ち上がる。

「ゼン、色々と言いたいことがあるんだけど!

 まず、なんで私を置いて行ったの?それに、何でこんな所でのんきに寝ているの!いなくなったセロはいるし

 ちょっと、聞いているの!」

 エアはゼンの周りを飛びながら、小姑のように詰め寄る。

「あー、分かった。

 質問には答えるから、一つずつにしてくれ。あの村に帰りながら話す」


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