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ワールド・ジャーニー  作者: ノリと勢い
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七話 其の一

 既に夕陽が地平線に落ちかけている。ゼンはセロの手綱を引きながら一人歩いている。

「本当に、この近くに村があるんだろうな」

 ゼンはセロの頭に乗っているエアに向かって言う。

「うん。間違いない。

 この先から、人の匂いがする。それも一人や二人じゃない。もっとたくさんの人の匂いが」

 少し前もエアは同じことを言っていた。それを信じて、ゼンはやや強行気味に歩いているが、一向に人の気配を感じない。

 ゼンたちが森を出てから数日、旅は平和に続いた。襲撃を受けることもなく、エアも攫われることなく、恐ろしいほどに。

 ゼンの怪我も完治に近づいている。だが、体にたまった疲労だけはどうしようもなかった。旅の間は野宿が基本であり、ぐっすりと深く眠ることは困難であった。

 更にゼンにとって不幸だったのが、食料であった。ゼンが交換してもらった食料は、想像以上に早く痛んでいった。ゼンが手にした食材は、傷みやすいものに加えて、状態もよろしくなかった。

 痛む前に食べようとしても、ゼンが消費する速度よりも食材が痛む方が早い。流石のゼンも痛んだ食材を食べることはなかった。勿体ないとは思ったものの、それ以上に懸念があった。

 それは体を壊すことである。村や都での滞在中であれば宿で大人しくしていればいいのだが、今のように移動中ではそうもいかない。外では襲撃を受ける危険性もあるし、何よりも回復するのが遅い。戦いなどにでも巻き込まれると、命を落としかねない。

 それにゼンは修行中に山菜を生で食し、酷い目にあった経験もある。それ故、食べ物に関しては人一倍慎重なのであった。

「ん?」

 ゼンの視界に煙が映った。夕陽の中に一本、くねくねと曲がりながら空に昇っていく。

「近いな」

「だから言ってるでしょ。行くよ」

 エアはゼンの前方を飛んでいる。もうすぐすればあの狭いポーチから出られなくなることを理解しているためか、思う存分、自由に飛んでいる。

「エア」

「はーい」

 ゼンが言うよりも早く、エアはポーチの中へと入っていった。

 ゼンはエアがポーチに入ったのを確認すると、セロに跨る。

「揺れるぞ、気を付けろよ」

 ゼンがセロの横腹を軽く叩いてやると、セロは走り出した。これならば、完全に日が落ちるまでには着きそうだ。


 セロを走らせ、しばらくすると村の入り口が見えてきた。入り口には誰も立っていない。ゼンはセロから降り、入り口をくぐる。

 村の中はそこまで広くない。ゼンの足であれば村の中を一周するのは、そう時間がかからないであろう。

 ゼンが村に入ると、余所者だからか四方八方から視線を受ける。だが、それは敵意のあるものではない。人が珍しいものを見る目、好奇心からくるものであった。

 ゼンはセロを厩に繋げ、一目散に左の建物に入った。ゼンが入った建物は他の建物よりも大きい。窓の数も多く、煙突からは煙が出ている。

 ゼンが外から見ていた煙は、この家から出たものであった。

「おや、珍しい。旅人かね」

 建物の中には、一人の男が座っていた。男は椅子に座って、ゆっくりとくつろいでいた。髪は一部が薄くなっており、目が悪いのか目を凝らしてゼンのことを見ている。

「そんなところだ。

寝床を借りたい。これで何日泊まれる?」

 ゼンは懐から銀貨を取り出し、よく見えるように男の目の前に置いた。

「これは……。」

 男は唾を飲み込み、続けて言う。

「何日でも泊って下さって結構です。と言いたいところですが、これなら5日ですね」

「十分だ。勿論、食事は出てくるんだろうな」

「ええ。ですが、こんな奥地では大したものは出てきませんが」

「食えて、腹を壊さなければいいよ。

部屋は?」

「二階にあります。そこの階段を上って」

 男は階段を指さした。

 ゼンは早速、会談に近づき二階へ上がろうとする。

「ああ、そうだ!

 今、先客が泊まっていましてね。

右側の奥部屋、そこ以外なら空いていますよ」

「右側の奥部屋以外ね。じゃあ、左側の奥部屋を使わせてもらおう」

 2階は全て客室のようだ。ドアが並んでいる。右側の奥部屋は他の客が泊っているらしいが、ゼンには関係のないことだ。

 ゼンは扉を開け、部屋の中に入った。部屋の中は思ったよりも清潔に保たれている。ベッドもシーツも、綺麗に敷かれている。広くもないが狭くもない、ゼンにとっては充分であった。

「ふー」

 ゼンは腰の刀、ナイフを机に置き、続いて背中のクロスボウも置いた。ゼンは久し振りに身軽になった。

「あー」

 ゼンはすぐ側のベッドに倒れこむように転がる。最初は俯せだったが、すぐに仰向けの状態になり、天井をぼんやりと眺めている。

 最初は、すぐに起き上がるつもりだったが、今は体が鉛のように重たい。もう一歩も、指さえも動かすのが億劫だった。

 腰のポーチがもぞもぞと動き出した。

「出てもいい?」

 小さな声だった。

「ああ。いいぞ」

 ゼンは目を瞑りながら答えた。

「しばらくはここにいるの?」

「ああ、そうだな」

 ゼンの声が徐々にだが、小さくなっている。

「あっ、寝ようとしてるでしょ」

 エアはゼンの様子に気づいたようだ。

「寝る」

 そう言うと、ゼンはすぐに眠ってしまった。


 焚火を中心にして、男たちが円状に座っている。中心にいる者ほど人相が悪く、体つきも大きい。放射熱を味わえない外側には、貧相な男たちが暖を取ろうと固まって座っている。

 一人の男が走ってきた。男は全身真っ黒な衣装に身を包んでいる。真夜中であれば暗闇に紛れて、見つけるに苦労するであろう。

 男の背丈は高くなかった。体つきもあまり筋肉がついているようには見えない。

「ハァ、ハァ。戻りました」

 男は息を切らしながら、円心の中心に来た。

 円の中心には肉を頬張っている屈強な男が座っている。周りにも顔に傷のあるものや眼帯をしているものなど、一目見ただけで訳ありの人物だ。

「どうだ?」

 男は肉を咀嚼しながら尋ねる。

「居ました。村にある宿屋に泊まっています。

 旅路で疲れているのか、部屋から出てくることはありませんでした

 どうします?」

「ふむ……

 明日、襲撃をかける。」

 男はいきなり立ち上がり、叫ぶようにして言葉を放つ。

「おい!お前ら!

明日はお祭りだ。目標を見つけたら、すぐに殺れ。殺った奴には、特別な報酬をやる。早い者勝ちだ!」

 男がそう言い放つと、周りの男たちは野太い雄叫びを上げる。

「うおぉぉぉぉ!」

 今まで静かだった分、その騒音がより一層大きく聞こえた。

 男たちの興奮が冷めることはなかった。今まで溜まっていた鬱憤に加えて、報酬という言葉に男たちは熱狂する。

 だが、一人だけその熱狂の渦に飲まれていない人物がいた。その人物は、炎の円から外れたところに一人で佇んでいた。

 木に背中を預け、横には槍がある。槍は先端が一本の刃からできている、いたって簡素なものだ。握り手の部分は、何重もの布が巻かれている。槍はその人物と同じくらい長い。かなり使い込んでいるのか持ち手の部分はかなり汚れている。

「アンタにも期待しているぜ。ハーディーさん」

 ハーディー、そう呼ばれた男はゆっくりと顔を上げ返事をする。

「任せておけ。しっかり報酬分の仕事はやるさ」

「期待しているぞ」

 その夜は、祭りが続いた。誰一人として、自分たちの勝利を疑わなかった。仕事は簡単に終わる、その甘い見通し故に宴は朝近くまで行われた。


「んあ」

 窓から差し込んで来る朝日で、ゼンは目を覚ます。

「そうか……」

 ゼンは昨日、自分が部屋に入ってすぐ眠りに落ちたことを思い出した。

 朝日は既に天高く昇っている。久し振りにベッドに入ったことで想像以上に眠っていたようだ。

 だが、その分、体の調子はすこぶる良い。体に疲れは多少残ってはいるものの、旅路の途中で迎えたどんな朝よりも爽快な気分であった。

 エアもゼンと同じくベッドの中に入って眠っている。朝昼夜関係なく眠っている時間が多いエアだが、どこからこの眠りが来ているのかは分からない。

 眠っているエアそのままにして、ゼンはベッドから降りる。窓から外を確認すると、よく晴れている。外で昼寝をすれば、どれほど気持ちのいいことだろうか。

 ゼンは武器を何も持たずに部屋を出た。階段を降りると、昨晩と同じように、主人が椅子に座っていた。

「水は使えるか?飲み水でなくてもいい、体を洗いたいんだ」

「ふむ……。どうだったかな……。

 近頃、物忘れがひどくてな」

 主人は顎髭を触りながら明後日の方向を見ている。

 ゼンは懐から黙って大銅貨を取り出した。

「宿の裏に井戸がある。そこで洗ってくれ。水は飲んでくれても構わん。ここでは水に困ることがなくてな、好きに使ってくれていいぞ」

 ゼンは大銅貨を指で投げ飛ばすと、言われた通り井戸に向かう。外に出て改めて、ゼンは快晴ぶりをその身で実感する。適度な温度に、吹き抜ける風がなんとも心地よい。

「ここか」

 ゼンは井戸を見つけると、上半身の服を脱いだ。そして、井戸から水を汲み、それを頭からぶっかける。

 ゼンはその動作を何度も繰り返す。そして、十分に水浴びを終えたところで、先程まで来ていた上着で体を拭く。久し振りに体を綺麗にしたことで、ゼンは一息をつく。

「ふう~~」

 体は水で濡れているが、寒さは感じない。それどころか、ゼンにとっては丁度いい位だ。

「ん?」

 ゼンは背後にから視線を感じ、すぐさま後ろを振り向く。

 後ろには見知らぬ男がいた。ゼンと比べると少し背が低い。それに体の線が細く、ゼンには弱々しく見えた。身なりはかなり整っている。服も泥や土で汚れておらず、ただの旅人ではないことは明らかだ。

 もう一つ、ゼンに疑問が沸いた。旅人でもない、恐らくいい所で育った者が何故こんな辺境の村にいるのか。

「ああ、井戸使うの?

 じゃあ、俺はここで」

 ゼンは自身の上着を纏うと、さっそくその場から立ち去ろうとする。

 この傷だらけの体を見られると、厄介なことになりそうだ。こういう場合は、さっさと立ち去るに限る、ゼンはすぐさま足を動かした。

「あの」

 ゼンが男とすれ違った時であった。男のほうから問いかけがあった。

「ん?」

 ゼンは足を止める。無視して進んでもよいのだが、それをすると後々、事が大きくなりそうだ。話を聞いても厄介な事態になりそうだが、それでもまだマシだと、ゼンは判断した。

「あなたは旅人ですか?」

「まあ、そんなところだな」

「あの、お願いがあるんです。突然で、申し訳ないのですが。ぼく」

 男の言葉は途中で終わった。

  閑静な村に似つかわしくない音が鳴り響いた。

  馬だ。それも一頭や二頭ではない。もっといる。馬の蹄の音だ。

 ゼンも男もその音に反応する。ゼンは何が起きたのか分からず、その場で立ち止まっている。

 一方、男の方は音の原因に何か心当たりがあるそうだ。表情が強張っている。

 蹄の音が近づいてくる。幸い、一頭だけだ。すぐに馬はゼンたちの視界に入った。

「見つけた!」

 馬上の人物が叫んだ。片手で馬を制御し、もう片手には槍を持っている。そして、ゼンの方めがけて馬を走らせる。

 ゼンはすぐに動き始めた。先ほどまで自分が水浴びをしていた井戸に近づく。そうしている間にも馬は近づいてくる。

 男の方は腰を抜かし、その場に座り込んでいる。ゼンは滑車を回し、桶を手にする。そして、その桶を馬上の人物めがけて、全力で投球する。

 桶はゼンの狙い通り、目標に的中した。馬に乗っている男は桶を避けることもできず、馬から転落した。

 ゼンはすぐさま相手との距離を詰める。そして手にしている槍を強奪し、喉元に突き刺す。流れるように迷いなく、一連の動作をこなした。

「聞きたいことは山ほどあるが、後回しだな」

 ゼンはゆっくりと息を吐き、腹を括った。


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