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ワールド・ジャーニー  作者: ノリと勢い
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一話

 かつて大きな戦争があった。同じ言語を持つ生物同士が互いを憎み合い、殺しあった。

 軟らかい皮膚の上に頑丈な装備を纏った人間、頑丈な鱗を持ち己の肉体で戦うモンスター。数の上で優位に立つ人間と個の力で優位に立つモンスター、戦争は熾烈を極めた。

 人間陣営は同質的な存在の集団であるのに対し、モンスター陣営は異質性の塊であった。ある種は空を飛び、ある種は水の中を自由自在に動く。体も人間と変わらぬ大きさのものもいれば、人間の何倍もの大きさのものもいた。

 戦争は長引き、やがて誰も戦いの発端を思い出せなくなってしまう。ただ、相手がそこにいる、それだけで血を流すには十分だった。

 そんな殺し合いも世代が変わり、戦う主体が変わってくると融和の方向に変わっていった。

 互いに憎悪が無くなった訳ではない。ただ両陣営ともに、戦争を続ける余力がなくなったのだ。痛み分け、と呼ぶのが相応しい結末であった。



「ハァ、ハァ」

 何かが木々の間を縫うように移動する。その足は地に着いておらず、背中に付いた羽によってその体を動かしていいた。

 何かは四本足に尻尾と羽を備えている。ピンクに近い赤色の鱗が全身を覆っている。体は、木々に実っている果実よりも少し大きいくらいだ。

 後方からは荒々しい叫び声が複数、聞こえた。

「どこだ、探せ!」

「いいか、殺すなよ!あれは、大事な商品だ。ドラゴンの幼体なんだぞ!」

 ドラゴンは、視界の狭い一帯を抜け、開けたところに出た。そこには小さな小屋が、ポツンと一軒、建っている。

 小屋の周辺には丸太を割るためのスペース、馬小屋があるだけで、それ以外には何もなさそうだ。その小屋の扉は開きっ放しだった。

「アイツらから逃げるには……」

 ドラゴンは、小屋の中に入って行く。その小さな体で入ってきた扉を閉めると、窓に近づいた。

 扉だけではなく、窓までもが開いている。ドラゴンにとっては好都合だった。窓の隙間から小屋を出ると、馬小屋の方に跳んでいった。

「しばらくお邪魔するね。すぐに出ていくから」

 ドラゴンは言葉が通じるかもわからない馬に向かって呟く。馬小屋には毛並みの美しい馬がいた。毛色は黒く、立派な鬣を垂らしている。

 馬はドラゴンに気付いたようだが意に介することなく、再び眠りに入る。

 ドラゴンは馬の鬣に潜り込んだ。追手らはドラゴンがあの小屋に隠れたと思うはずだ。小屋に入った時点で馬の鬣から逃げ出せば撒ける、それがドラゴンの考えだった。

 小屋の窓が開いていたのは、ドラゴンにとって本当に幸運だった。仮に閉まっていたとしても開けることはできるが、それでは時間を食ってしまう。時間を取られれば取られるほど不利になるのはドラゴンの方だ。

 ドラゴンは馬の鬣の中で息を整える。羽を使って飛ぶのは、嫌いじゃない。ただ、追手に追いかけれ、慣れない土地を全速力で飛んだのだ。小さな体を疲労困憊させるには充分である。

 ドラゴンは心臓が必死に動いているのがわかった。疲れたのもあるが、追いかけられているのも相まっている。

「大丈夫、大丈夫」

 ドラゴンは祈るようにその言葉を唱える。

 複数の足音が小屋に向かってきた。

「どこだ!」

「あの小屋に違いねえ」

 来た、ドラゴンはジッと小屋の様子を見つめる。

「行くぞ」

 追手の三人が小屋に近づく。足で扉を蹴り、中に入っていった。

「ありがとうね、馬さん」

 ドラゴンはそう言い、馬の鬣から飛び立っていく。

 飛び立ったドラゴンは、後ろから大きな手で攫われた。

「へっ?」

「危なかったぜ。危うく見逃す所だった」

 追手は全員小屋に入ったはずでは……、捕まったドラゴンの顔からは困惑している様子が見て取れる。

 ドラゴンは追手の手から逃れようと必死にもがくが、その手は緩まることがなかった。

「テメエら、商品はここだ!」

 小屋の中にいる仲間たちに呼びかける。

 ぞろぞろと追手たちが小屋から出てくる。小屋の中は、台風が通り過ぎた後のようになっていた。

「やっと見つけた~」

「ああ、これでこんな山とはオサラバできるぜ」

 追手たちは大事な商品が見つかって満足している様子だ。その満たされている男たちが、ドラゴンにとってはこの上ないほど恐ろしく感じる。

 最初は手足を動かしていたドラゴンだが、しばらくすると、自分の力では何もできないことを悟り、大人しくなっていた。


「オイ」

 その声に導かれドラゴンが顔を持ち上げると、追手の一味とは明らかに異なる青年が立っていた。

 青年は髪を後ろで束ね、上下ともにゆとりのある黒い衣服を身に纏っている。左腰には刀を携えていた。

「人の家で何やってるんだ」

 青年の視線はドラゴンではなく、追手たちに向かっていた。

「大事な商品が逃げて、それを追いかけてたんだ。ところで兄ちゃん、ここには一人で住んでいるのか?」

 青年は小屋に向かいながらそれに応答する。

「商品が逃げた?何だ、奴隷売買でもやってるのか」

「奴隷よりももっと高価なモノさ。なあ、お前ら」

 追手たちが一斉に笑いだす。青年は追手たちの輪の中心に入って行った。

「何でもいいけど、さっさと立ち去ってくれ」

 青年がぶっきらぼうに言う。

「ああ、すぐに出ていくよ……」

 ドラゴンを握り締めている追手が周りの仲間に目を配った。

 青年は四方を囲まれた状況になっている。周りを囲んでいるのは、にたつく追手たち、そこから少し離れたところにドラゴンを握り締めた男がいる。

「お前がなっ!」

 追手の一人が手を挙げると、青年の後ろのいる一人が青年めがけて剣を振り下ろした。

 ボトッ。

 地に何かが落ちた。それは剣を握りっていた追手の右手だった。落ちた右手は剣を握っている。

「あっ、あっ、ああああああ」

 悲痛な叫びが響く。驚いているのは腕を落とされた本人だけではなかった。仲間たちも驚きの顔を見せている。

 右手を落とされた追手はショックのあまり、のたうち回っている。

「先に手ぇ出したのはそっちだからな」

 その声は自分に向けられたものではないと分かったが、ドラゴンはその声に何とも言えぬ恐怖を感じ取った。

 さっきまで追いかけられていた恐怖とは全く別の怖さがその場には存在した。森は寒くもないのに、ドラゴンの体は震えている。

 追手の右手が落ちてからすぐだった。

 青年は後ろを振り返り、横に刃を一振りした。

 手を落とされたことで追手は落ち着きを失っていたが、急に大人しくなった。

 仲間を失ったことで、追手たちの顔が変わった。愉しんでいる顔から命のやり取りをする顔に。

「テメェ」

 一人減ったからといって、依然、青年の状況は不利なままである。

 一対四。一人はドラゴンを確保しているので、武器を携えて居るのは三人だ。三人が一斉に斬りかかれば、青年は容易く斬られるであろう。

 青年は刀を構えつつ、戦闘状態の三人との距離を開けていく。

 賊たちはそれを許さなかった。青年が距離を開けた分だけ詰め寄ってくる。


 刹那の出来事だった。青年はいきなり賊たちに背を向け、全速力で走った。その姿はすぐに暗い森の中へ消えていく。

 賊たちは青年の行動に一瞬、躊躇った。すぐに戸惑いから立ち直り、三人は森の中へと入っていく。ドラゴンを手にした男だけがその場に残った。

 森に入った追手たちは青年の足跡を頼りに進んだ。

 三人の足が止まる。足跡が無くなったのだ。三人は互いに顔を見合わせる。

 上から何かが落ちてきた。二人はそのことに気付き、声を掛けようとするが、それは間に合わなかった。

 落ちてきたのは、賊たちが追跡していた青年である。青年の手に持っている刀からは血が流れている。

 賊の一人は背中を袈裟に斬られていた。

 青年の着地から遅れること数秒、木から葉が落ちてくる。

「野郎、枝から」

 賊たちが理解したときにはすでに遅かった。青年は再び、賊たちの前から姿を消す。

 残る追手は二人だ。一対一では敵わない、直感で理解した二人は互いに背を預けあう。これで奇襲はできないはず、だった。

 突如、一人が逆さ吊りになった。

「っおぉぉぉぉ」

 物騒な顔をしたから追手からは、似ても似つかぬような声が出た。逆さ吊りの追手の右足には縄が掛けられている。

「クソッ」

 残った一人が縄を斬ろうと罠にかかった男に近づく。

 追手は、二人とも必死の形相をしている。今、自分たちが相手にしている奴は一人では勝てない。互いに助け合うことが生き残る術だ、そう理解していた。

 それ故に、追手たちの行動は予想しやすかった。そして、青年は始末に取りかかった。

 グキッ。

 奇妙な音がした。その音の後、罠にかかった仲間を助けようとした男は崩れ落ちた。

 本来、回る筈のない角度まで首が回っている。その姿を見た追手は股間から温かいものが出始めた。

 平時ならば温かいものはそのまま下に流れ落ちる。だが、今は体が上下逆さまになっていた。股間から出た温かいものは胴を流れ、顔に頭に垂れていく。

「あっあっあっ」

「汚いな、オイ」

 視界が逆さまになった男が見たのは、崩れ落ちた仲間と自分の命を狩る存在だった。

「た、頼む、助けてくれ!ここから立ち去るから」

 男は股間からも目からも液体を流しつつ、命乞いをする。

「駄目だね」

 青年の容赦ない返答は直ぐに返ってきた。

 そこから追手は何とかして脚に絡みついている縄をほどこうとする。だが、あがけばあがくほど、頭は冷静さを失い、指先は正確さを無くした。

 青年は一歩一歩と追手の方に足を進める。刀を帯刀し、腰からナイフを抜く。

 一般的なものと比べると、そのナイフは大きかった。鮮やかな曲線を描き、一刺しで人の命で奪えるであろう。

「クソツ、クソッ、クソッッッ!」

 その声は森の中に消えていき、二度と発せられることはなかった。


 一人残された追手は、落ち着きがない様子だ。常に目線は動き、額からは汗が流れ、膝が震えている。

 暫くの間は、仲間は直ぐに返ってくるであろうと高を括って、どっしりと腰を据えて待っていた。だが、いくら待っても仲間は帰ってこない。

 残った一人が不安とともに苛立ち始めるのに時間はそうかからなかった。無意識に手に力が入る。

「痛ぁっ」

 ドラゴンの悲鳴が上がったことで、男は初めて自分の手が汗ばんでいることに気付いた。

 そして自分が恐れていることに対し、余計に憤懣を募らせていく。

「いい加減、離せええ~」

 ドラゴンが先程のように追手の手から抜け出そうと、必死にもがく。

「うるせえなぁ!」

 男はドラゴンを握り締める手に力を入れる。

「ああぁぁあぁ」

 自分の手から上がる悲鳴が、不安や怒りを発散させることに賊は気付いた。力を入れ、悲鳴が上がると力を緩める。手の中の生物が安心したところで再び手を握り締める。

 手の動きと連動して悲鳴が上がる。これは面白い、そう思った男は手の動きを止めることはなかった。

 次に男が目にしたのは、自分の手であった。ドラゴンを握り締めていた手、その手が地面に落ちている。

 困惑から抜け出せないまま、背中に一太刀を入れられた一人は俯せになって土と口づけをした。

「痛っ」

 落とされた腕と共にドラゴンも地面に衝突する。ドラゴンはようやく追手の腕から解放された。

 久しぶりにドラゴンは自分の羽で宙に滞在することが可能になる。

「あ、ありがと……」

 ドラゴンが少し怯え気味に青年に感謝した。

「気にするな」

 男はそう答えると、さっさと小屋に戻って行った。

「あ~あ、好き放題に荒らしやがって」

 小屋の中から青年の声が聞こえる。ドラゴンは意を決して、男のいる小屋に入っていく。

「ねえねえ、アン……。あなたの名前は?」

「何だ?何しに来た?」

 男の声から少し怒り気味なのが理解できた。この男と一対一で話すのは少し、いやかなり怖いが悪いやつではないはずだ。怖さ以上に興味心が勝った。ドラゴンは唾を飲み込み、質問を重ねていく。

「な・ま・え。命の恩人の名前くらい知っておきたいの」

 男は小屋の片付けの手を止める気配がない。

「な・ま・え、はーーー」

 精一杯の声を振り絞り男に向かって発声する。

「ゼン。ゼンだ」

 男は振り返りそう言った。


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