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ワールド・ジャーニー  作者: ノリと勢い
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六話 其の二

 朝になっても、ゼンたちを見張る視線はそのままであった。そして、一向に相手の目的が分からないままである。

 仮に襲うなら、昨晩は絶好の機会だった。いくら刀を横に置いているとはいえ、寝ている人間にそこまで警戒心を抱く必要はない。

 ゼンは心の中にわだかまりを残しつつも、出立の準備をする。と言っても、荷物が多いわけではないので準備は直ぐに終わった。

「さて、行くか」

 自分に言い聞かせるかのようにゼンが言った。

「うん!行こう!」

 ゼンの隣でエアが元気よく応えた。

「ああ、そうだな」

 ゼンたちは、目の前の森へと入っていった。


 森の中は外と比べると暗かった。明るさとともに暖かさも、木々で遮られている。木々の幹は太く、緑の葉が枝に付いている。時折、葉が上から落ちてきた。

 森の中は今でも人が行きかうのであろう、人の通った跡がある。そこだけは草木が生えておらず、土が見えている。土の上には人・馬の足跡が残っていた。

「ゼン、まだいるの?」

 エアはゼンの進む数歩先を飛びながら尋ねた。

「ああ。何を狙っているんだかな」

 森に入ってからも、視線はゼンたちを放さない。ゼンもそれに気付いているが、行動は起こさなかった。何が起きてもいいようにと、常に左手は刀の近くにあった。

 視線は一つだけであった。だが、視線は前から来たかと思うと、次は後ろに、また右にと次々に移動している。

 見張られている間に、ゼンにはわかったことがある。恐らく、相手は人間ではないこと。体はそれほど大きくないこと、そして身軽だということだ。

 ゼンたちが歩いている周りには木々しかない。相手は恐らく森の中に隠れている。森の中を軽快に動けるのは小柄でないと難しい。それに相手は動いているが、動いた跡や痕跡が見つからない。

 人間が相手なら、こうまでも隠密に動くことはできないであろう。それに、視線からは人間味を感じなかった。モンスター特有の、うまく言葉に言い表せない、独特なものだ。

 ゼンはそれを直感で理解した。とにかく今自分を見張っている相手は人間ではない。それだけはわかった。

「エア、ポーチに戻れ。俺がいいというまで、ポーチから出るなよ。いいな」

 ゼンの真剣な眼差しに、エアも事態を理解したようだ。何の文句も言うこともなく、そそくさとポーチへと戻っていった。

「さて……」

 エアがポーチに戻ったことをゼンは確認し、ゆっくりと呼吸をする。

 視線はまだ動いたままだ。

 ゼンはその場で立ち止まった。ゼンが止まったことにより、視線も固定された。ゼンの額から汗が流れ落ちる。

 これまでとは違う。今ままではただ見ているだけで、それ以外には何もなかった。だが今、ゼンは殺気を感じている。

 ゼンはそっと目を閉じ、感覚を研ぎ澄ませる。ゼンを見ている相手はどこにいる。視覚を遮断したことで、他の感覚が研ぎ澄まされていく。

「そこだっ」

 ゼンは振り返り、目にも止まらぬ速さでクロスボウを抜いた。そして、視線の先へとクロスボウを撃つ。

 矢は木々の奥へと飛んで行かなかった。矢は森の途中で止まった。

視線の正体が矢を掴んでいる。

本当(マジ)かよ」

 視線を投げかけていたのは、ゼンの予想通り人間ではなかった。モンスターである。その点では、ゼンの読みは当たっていた。だが、それ以外の点ではゼンの読みは外れている。

 モンスターは大柄であった。距離があるため、正確な大きさはわからないが、それでもゼンよりも一回り二回り大きい。その体は薄い赤色の皮膚を持ち、その上に皮膚が見えなくなるほどの体毛が生えている。

 葉で作った腰巻以外に身につけているものはない。腰以外からは、いかにも固そうな皮膚に肥大化した筋肉が見えている。

「そのポーチを寄越せ」

 モンスターは木から軽快に降りると、エアが入っているポーチを見てそう言った。

 モンスターは、葉が舞い落ちるように地面に降りてきた。あれほどの巨体なのに、音もしない。ただ大きいだけはないそうだ。身の軽さも持ち合わせている。

「嫌だと言ったら?」

「奪い取る」

 答えはすぐに帰ってきた。ゼンたちを逃すつもりはないらしい。

「どうして……こうなるのかな」

 ゼンは刀を抜きながら、ひとり呟いた。


 何もしていないのに、ゼンの額からは汗が流れている。額だけではない、背中にも汗は流れている。よく見ると、刀を握っているゼンの手が少し震えている。

 ゼンは理解していた。今、目の前にいる相手は、自分よりも力が強く、そして身のこなしも早いことを。正面から戦っては、勝ち目はないことを。

「ふん」

 モンスターは、近くにあった木を根ごと引き抜いた。それも、力を振り絞ってではなく、軽く。大きく、重い木をいとも容易く、引き抜いたのだ。

「……」

 ゼンは絶句した。相手の怪力に。

 状況は圧倒的にゼンが不利だ。攻撃のリーチは、モンスターの方が圧倒的に長い。勝つためには間合いを詰める必要がある。だが、近付けば、それだけゼンが攻撃を受ける危険性も高くなる。

 あれほどの巨体に、武器である大樹だ。一撃でも喰らえば、ただでは済まない。しかし、勝つためには懐に飛び込まなければならない。

「ッ」

 ゼンが先に動いた。地を蹴り、一気に距離を取る。モンスター目掛けて一直線に前へ進む。

 モンスターも、ゼンも動きに反応した。手に持った木を、力一杯真っすぐに振り下ろす。

 静寂な森の中に、不似合いな音が響いた。モンスターの攻撃により、その場所だけ地面が抉れている。抉れた場所にゼンはいない。ゼンは木が地面に接触する前に、相手の間合いに入っていた。モンスターの足元へ、そしてそのまま左足に一撃を加えようとした。

「チッ」

 ゼンは一撃を加えることには成功した。だが、その一撃は浅い。懐に入ったはいいものの、それをそのまま見過ごす相手ではなかった。

 モンスターも自身の攻撃が外れ、ゼンが足元に入ったことにすぐに気づいた。頭で考えるよりも早く、モンスターは振り下ろした木を、そのまま自身の股まで薙ぐ。

 ゼンもそれに気付いていた。すぐさま、モンスターの股座から抜け出し、右方向へ避ける。そのせいで、重い一撃を加えることがでなかった。

 そして、一撃を加えたことで判明したことがある。モンスターの皮膚が想像以上に固いということだ。ゼンの刀であれば斬れないことはない。容易くは斬れないだろうが集中すれば、ゼンの頭に勝利への道筋が見えた。

 それと同時に、ゼンの頭の中に不安も生まれた。止まっている対象物に対してなら、集中して一撃を加えることはできる。だが、相手は生きた存在だ。しかも動いているのはモンスターだけではない、他ならぬゼンも動いているのだ。

 果たして、本当に目の前の相手を斬れるのか、ゼンの胸中に疑問が生じる。

「そのポーチだけ置いていけ。そうすれば、命までは取らない」

 ゼンの心中を察したかのような言葉が、モンスターの口から出てきた。

「へえ。ポーチだけ置いていけばいいのか。中身はなしで」

 ゼンが口角を上げながら答える。こういう時こそ、笑え。ゼンの師匠が残した、数少ない教えだ。何故、今になって師匠のことを思い出したのか、ゼンにはわからない。だが、教えは自然と表情に出ていた。

「ならば、力づくで奪い取る」

 次はモンスターの方から動いた。その大きな体に合わず動きは軽い。引き抜いた木を力任せに振り回す。いや、その振りをしているのだ。ゼンが懐に入ってきたところを潰すために。

 ゼンもそのことに気づいた。相手の攻撃を回避した後、何度も懐に飛び込む機会はあった。だが、懐に入ったが最後、あの巨大な木で自身がなぎ倒されることをゼンは理解していた。

 モンスターの猛攻に、ゼンは回避するしかなかった。横から上から振られる木を避ける。刀で受け流そうにも、相手と武器が悪い。下手をすれば、ゼンの刀といえども折れることはあり得る。刀が折れれば、本当にゼンが勝つ可能性はなくなる。

 しばらくの間、ゼンはモンスターの攻撃を回避しているが、一向に相手の顔に疲れは出てこない。一方、ゼンは少しずつだが、疲労がたまっている。それに息も切れ始めている。

 一撃でも攻撃を喰らえば終わり、そのことがゼンを身体的にも精神的にも疲労させる。

 ゼンは何度も何度も攻撃を避ける。だが、避けるだけでは状況は一向に好転しない。それに、段々と相手の攻撃が鋭くなってくる。木を振り回すが、そのスピードは遅くならない。むしろ、速くなっている。

「ッ」

 ついに、モンスターの攻撃がゼンを掠った。掠っただけだが、相手がどれほどの力であるかは十分に分かった。攻撃はゼンの右わき腹を掠った。そこの部分の服は破け、肌も赤くなっている。

 今は躱すことに精一杯で、傷に痛みはない。だが、このまま長引けば、痛みは確実にゼンを襲う。そして、その痛みが行動の遅れになり、死につながる。

 ゼンはモンスターとの距離を開ける。これで互いに攻撃をするためには距離を詰めなければならない状態に落ち着いた。

 森はモンスターの攻撃により、荒れていた。木は折れ曲がったり、枝だけが消えているものが多数ある。モンスターが引き抜きいた木も、ボロボロになっていた。最初の時よりも長さよりも短くなっている。木に生い茂っていた緑の葉も、随分と数が減ってしまった。短くなった分だけ、軽くなり振り回す速度も増したのだろう。

 ゼンは唾を飲み込み、もう一度仕掛ける体制をとる。モンスターもそれを感じ取ったのか、持っている木を構える。

 状況は初めに戻った。再び両者は距離を開けた状態で睨み合っている。ゼンは息を切らしながら、モンスターは穏やかに。

「ハー、ハー」

 動きを止めたことにより、今まで沈静していた痛みがゼンの体に浮上してきた。血は出ていない、ただ攻撃が掠っただけだ。それでも、傷口が焼けるように熱い。

「もう一度だけ言う。大人しく、腰の物を置いていけ」

「嫌だね」

 モンスターからの質問に間髪入れず、ゼンは答える。口元に笑みを浮かべながら。

 ゼンはゆっくりと深呼吸をする。視線はモンスターから外さずに。一回、一回、丁寧にゆっくりと。傷口は暑くなる一方だが、頭は冷めてきた。

 次に動くのは、ゼンかモンスターか。静かに時だけが動く。森の中は風もなく、じっとりとした湿気があるのみだ。

 先に動いたのは、またもやゼンだった。前と同じく、一直線に、真っすぐモンスターの方に駆け寄る。

 ゼンが動くのを分かっているかのように、モンスターの行動は早かった。手にした気を振り下ろす、その時であった。

 何かが、モンスターの眼前に飛来してきた。咄嗟に、モンスターは右手で自身の顔面を覆う。武器を持ったままで。モンスターが顔面を覆うことによって、視界がふさがれた。その隙を、ゼンは突いた。

 ゼンは踏み込むと同時に、足元にあった石を蹴飛ばしていた。モンスターはゼンの動きに集中していたため、飛んできた石に気づくのが遅れてしまった。

 仮に石だけが飛んできたならば、モンスターは容易く石を避けていただろう。だが、ゼンの動きに気を取られ、飛翔体を認識するのに時間を要してしまった。

 ゼンは前に飛び出し、一気に距離を詰めた。モンスターの足元まで来たところで、上に飛んだ。前に進んでいたため、その勢いで更にモンスターとの距離は近づいた。今や、ゼンの刀が相手に届くところまで近づいている。

 ゼンの集中力は極限まで高まっている。二度もこんな機会はない。確実にこの一度で仕留める、ゼンの思いがそのまま集中にも繋がった。

 左肩から真っすぐ下に、刃を切り込む。ゼンはモンスターを斬る態勢を取った。体に問題はない、集中力も高まっている。相手も石に気を取られ、隙が生じている。

――今だ。

 ゼンは刀を振り下ろした。モンスターの左胸目掛けて。


 斬った感触はあった。だが、それはゼンが想定していたものとは異なった。

 ゼンの刀はモンスターの胸に届くことはなかった。代わりに、モンスターの左手首より先を落としていた。

 しくじった、ゼンは感触だけでそのことを理解した。自身が何を斬ったかはわからない。この攻撃に失敗したらどうなるか、ゼンは重々承知していた。

 ゼンの予想通りに、相手の攻撃が飛んできた。いや、攻撃とは言えないほどの荒々しいものだった。

 モンスターも自身の手首を落とされたことによる痛みに苦しんでいる。がむしゃらに、自身の武器である木をを振り回す。武器を持った右手が、モンスターの意思とは無関係にゼンの方へ動く。

「ッ」

 鈍い音がした。

 ゼンは空中で何とか体を捻じる。だが、攻撃を避けることはできず、大きな一発を喰らってしまった。


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