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ワールド・ジャーニー  作者: ノリと勢い
15/117

五話 其の五

 夜空に一つの影が走った。影は右へ左へ、あちらこちらを動いている。

「オプト……」

 エアはまだオプトの姿を見つけられていなかった。かれこれ、それなりの時間が経っているが、エアの視界にオプトは映らない。

 エアの飛行が止まった。飛行が止まってから少しして、エアは北方向に進路を逆転させる。とにかく今、エアは体を動かしていたかった。そうでもしないと、頭がおかしくなりそうだった。

 湧き上がる不安を掻き消すため、エアは夜空を孤独に飛ぶ。

「どこにいるんだよ~」

 エアの今にも泣きそうな声が、夜空に消えていった。焦りと不安と孤独に苛まれ、エアの顔も知らず知らずの間に俯きがちになっていく。

「ん?」

 俯いたことにより、エア自身の下の方へと意識が向いた。そこには、周りの家と変わらない一軒家があった。一軒家の玄関から、何者かが出てきた。

「オプト!」

 家から出てきたのはオプトだった。嬉しさのあまり、エアはオプトの方に一直線に飛ぶ。

 オプトの家で起きた惨劇、あの様子のおかしかった時、手足から流れていた謎の液体、それらの存在も忘れて、猪突猛進の勢いでオプトの方へ向かう。

 エアとオプトの距離が触れ合えるほどに近づいた時、突然、オプトが右腕を上げた。上げた右腕には血まみれの手斧が握られていた。

 オプトはその手斧をエア目掛けて、力任せに投げた。力任せに投げた手斧は明後日の方向へと飛んでいく。それでも、エアにとって驚きは十分だった。

「わっ!」

 自分目掛けて飛んでくる手斧に困惑したエアは、飛行のバランスを崩した。エアも猛スピードでオプトの方へ向かっていたため、急に止まることができなかったのだ。

 滑空の姿勢を崩したエアは、そのまま地面に激突した。

 オプトは地面に激突したエアを見ることもなく、また歩みだした。一歩一歩と、違う家の方へと歩いていく。足取りはおぼつかなく、速度も遅いが、確実に次の家への距離は近づいて行った。

「ううぅ」

 エアは泥の中で自分が今どうなっているのか、訳が分からなかった。確かに自分は、オプトを見つけた。そして、それからの記憶が曖昧だ。

 エアがオプトに近づき、それからだ。それから、どうなったのだ。エアが泥の中から頭を上げる。

 時間にしてみれば、しばしの時が経っていた。まだ夜は深いままである。

 エアはまず自分の周りの状況を確認した。オプトはいない。けれども、あちらこちらから血の匂いがする。一度、倒れたことにより、エアは少しではあるが、落ち着きを取り戻していた。

 そして、エアは再び宙に舞い戻った。今度は、村の中ではなく、森の方へ向かって飛んでいく。エアの小さい体は森の中に入ると、すぐに消えていった。


 エアが倒れている間にも、オプトの狂気は止まることはなかった。次々と人の家に入り込んでは、犠牲者を生み出していった。オプトの体は血まみれであった。

 体や服に付着した血は、オプトのものか村人のものか分別が付かない。この惨劇の間、オプト自身も吐血していた。口の周りの血が乾き始めている。

オプトの体に血が付着するたびに、オプトは笑った。笑ったかと思えば、次の瞬間にその陽気な笑いは消えた。オプトが一人手をかけるごとに、オプト自身の中で何かが壊れていった。オプトの心に罪悪感というものは存在していなかった。オプトの心を支配していたのは、高揚感であった。

「ハァ、ハァ……」

 オプトの息は切れている。それでも、歩くことを止めない。次の標的を探す。

その時であった。オプトの足元に、矢が撃ち込まれた。オプトはそれに臆することはなかった。オプトは矢が打たれた方向に、ゆっくりと顔を向ける。

「よお、朝の散歩にしちゃ早いんじゃないか。まだ月は落ちてないぞ」

 先日、この村を発ったはずのゼンがそこにはいた。セロにまたがり、クロスボウを構えている。

 ゼンの腰のポーチから、エアが飛び出てきた。

「ゼン、君か」

 オプトは血だらけの体をゼンの方に向ける。ゼンの知っているオプトはそこにいなかった。今、ゼンの目の前にいるのは、オプトの形をした壊れた人間だった。

「オプト、どうして、こんなことを」

「この村はもう長くはもたない。だったら、今死ぬか、後になって死ぬか、それだけの違いしかない。

だから、僕がこの手で終わらせてやったんですよ。こういったケジメを付けるのも、村長の仕事ですからね」

そう言うオプトの顔は笑っていた。ゼンが今までに見たことのないような満面の笑みで。

ゼンは黙って、セロから降りる。そして、腰の刀を抜いた。

「だったら、オプト。お前が今ここで死ぬのも後で死ぬのも、大した違いじゃないんだな」

ゼンとオプト、両者が睨め合った。両者ともに、視線を外す様子はない。あのか弱そうなオプトとは見違えるほどの気迫であった。

オプトが手斧を持っている右手を挙げた。そして、全力疾走でゼンの方へ走ってくる。

「ッ」

 ゼンはすぐさま、迎撃の態勢をとった。腰の刀をすぐに抜けるように。

「グフッ」

 オプトの全力疾走は途中で止まった。そして、口から真っ赤な血を流す。オプトは手をついて、四つん這いの状態になっている。持っている手斧も地に落とし、隙だらけの状態であった。

「ハーハー、ハー」

 オプトの体は限界寸前の状態であった。元々、体が強くないオプトに、精神的に過度な負担も加わり、今のこの状態になっているである。

 オプトの意思、心はまだ止まっていない。だが、体は既に限界を迎えていた。

「立てよ。どうした?俺も殺すんじゃないのか」

 ゼンは、目の前で倒れているオプトに手を貸すことなく、そう言い放つ。

 オプトは口から血を流しつつも、必死に力を入れる。目の前にいる、男を殺すために。だが、オプトの足は震え、手に力が入らない。オプトは今までも、このような感覚を味わったことは何度もあった。その度に、誰かが手を貸してくれた。

「うううぅぅぅ。」

 オプトの血走った目から、涙が落ちた。ゼンはそれを見たが、何も変わることはない。刀を抜く態勢を取ったままである。

「おおおぉぉっぉ」

 遅々としてではあるが、オプトは自分の力で立ち上がった。何度も何度も、崩れ落ちそうになるが、それでも自分ひとりの力で、ゼンの目の前に再び立った。足は震え、姿勢も安定はしていない。前は片手で持っている手斧も、今は両手で持っている。オプトはいつ倒れてもおかしくはない状況だ。

「ゼン。君だけだ。僕自身を見てくれたのは……」

 そう言った、オプトの顔は笑っていた。以前の優しい、オプトの顔で。

「来い」

 ゼンがオプトに向かって言う。オプトは、再び、走り出した。ゼン向かって真っすぐに。

 ゼンも動くことなく、オプトの正面に立ったままである。二人の距離が、刃の届くところまでに近付いた。

 ゼンとオプトの立ち位置が逆になる。今まではオプトがゼンの目の前にいたのに、今はゼンの後ろにオプトがいる。

 ゼンは刀を横に薙いだ状態から、刀身を素早く鞘に納める。その動作に一切の迷いはなかった。

 カチッ。

 刀身が鞘に納まったその時、オプトは倒れた。

 ゼンが振り返り、大の字になっているオプトを見下ろす。オプトは夜空をじっと見ている。その顔は満足に満ちていた。

 夜空には、たくさんの星が輝いていた。数多くの星が、両者の頭上を照らしていた。

 エアは後ろから飛んできた。エアはゼンの肩にとまった。恐る恐る、オプトの方に視線を向ける。

「……やあ、エア」

 その声を聴き取って、エアはゼンの肩から飛び立った。エアが着したのは、オプトの胸である。

「あ、ありがとう」

 掻き消えそうな小さい声で、オプトはエアに言った。

「ゼン。君もありがと」

 オプトはゼンに手を伸ばそうとしたが、その手は途中で落ちていった。

「さらばだ」

 オプトの呼吸が止まった。ゼンはそのことを確認すると、オプトの空いた目を優しく閉じる。

「ゼン、これからどうするの?」

 エアが振り返り、ゼンに尋ねた。

「後片付けだな」


 バンッ。

 まだ日も昇っていない、暗闇が支配する村に不相応な音が鳴った。それも一度や二度ではない。何度も何度も、音は鳴った。家の中で寝ていた人間も、流石に目を覚ました。

「お父さん、何?」

「あなた……」

「待っていろ。すぐ調べてくる」

 寝床には、夫婦と小さな女の子が三人仲良く揃っている。父親の方が、寝床から発ち、近くにあった手ごろな棒を手に取る。

 その間も、音は止まなかった。それどころか、段々と音が大きくなっている。

「オラッ!」

 聞きなれない声だ。父親の胸中に不安が募る。音の正体も段々と分かってきた。音は玄関の扉からきている。誰かが、扉を蹴っているのだ。

「ここを開けろ!」

 父親が扉に手をかけようと手を伸ばした時、扉は木っ端みじんになった。扉の木片があちらこちらに飛んだ。

「うわっ!」

 父親は驚きのあまり、尻餅をついている。その視線の先にはゼンがいた。手には刀とクロスボウを携えている。

「なっ、何なんだお前は?」

「ああ?お前らの大嫌いな他所もんだ。

 死にたくなかったら、逃げるこった」

 そういうとゼンは、狭い室内の中で刀を振り出し始めた。刃はどこにも触れることなく、空を切った。

 父親は慌てて、逃げ出そうと立ち上がる。勿論、ゼンもそれを見逃すわけがない。父親は背を向け逃げようとする。ゼンはその背中に刀を振るう。

 ゼンの刀は肉を切ることはなかった。父親の服を切っただけに過ぎなかった。

「逃げろーー」

 父親は叫びながら、家の中を走っていく。ゼンも刀を振り回しながらそれを追う。

「逃げろ、余所者が!余所者が!」

 父親の尋常ではない叫び声、そして様子を見た母と娘はすぐさま行動することはできなかった。何が起きているか理解することができず、その分だけ動くのが遅れてしまう。

 動揺している母娘の横を、何かが通り過ぎた。通り過ぎたものは、壁に刺さっている。刺さっているものは矢であった。

「チッ。外したか」

 ゼンは片手に携えたクロスボウを母娘に向かって撃っていた。ようやく、母娘も事態に気づき始めた。

「窓から、逃げなさい!早く!」

 母親は娘に怒鳴るようにして言った。娘は最初、聞き慣れない母親の声に膠着していた。それを見た母親は、意を決する。娘を乱暴に持ち上げると、窓から放り出してしまった。

 ドスンと、音が鳴る。娘は家の外に出てしまった。だが、ゼンはそんなことを気にすることもなく、クロスボウに矢をセットしている。

「今だ!」

 ゼンの両手がふさがったその時、夫婦も娘と同じように窓から逃げて行った。

「走れ!絶対に足を止めるんじゃないぞ」

「みんな、逃げて!余所者が、襲ってきた!」

 外からは、必死の叫び声が聞こえてくる。あれだけの大声で叫べば、眠っている人間も起きるはずだ。

 ゼンはその声の原因を追うことはなかった。

「ふう」

 ゼンは一息をつくと、近くにあった椅子に座る。

「ゼン、何やってるのさ」

 いつものポーチから、エアが飛び出してきた。

「あ?」

「あ?、じゃない!何やってるの!ここだけじゃなくて、他の家にも同じようなことをやって」

 エアは明らかに動揺していた。オプトに引き続き、ゼンまでもがおかしくなってしまった。ゼンがどうなってしまったのか、エアには全くもって理解できなかった。

「大丈夫。俺は正気だ。

 その証拠に、誰も殺していないだろ」

 確かに、ゼンは誰一人として殺めていなかった。ゼンがその気なら、あの親子を殺すことなんて容易いはずなのに。エアの中でさらに疑問が深まる。

「残っている連中も一緒に連れて、逃げてもらえると幸いなんだがな」

 独り言のような、小さい声がゼンの口から洩れた。ゼンの視線は真っすぐ、親子が逃げて行った窓に向いている。

 しばらく、ゼンは椅子に座ったままであった。エアも大人しく、机の上で座っている。

「もしかして、この村で起きたことを自分がやったように見せかけているの?」

 口を開いたのはエアの方だった。

「さあな」

 ゼンは視線を変えないまま、返答する。窓からは心地よい風が吹き、太陽は昇り始めていた。

「少し寝て、この村を発つ」

 ようやくゼンは重い腰を持ち上げた。さきほどまで、家族で寝ていたベッドを一人で占領し、大の字になって寝転がる。

「お前はどうする?」

 ゼンは両眼を閉じたままで尋ねた。

「私もついていく」

「……そうか」

 ゼンはそのまま浅い眠りに入った。


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