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ワールド・ジャーニー  作者: ノリと勢い
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五話 其の二

 ゼンはベッドの上で寝ていた。ゼンは、久し振りに満足するまで眠りに入っていた。寝床に入れたことに加え、外と比べ安心できたというのも、ゼンの満足度を大きく上げた。

 村民たちはゼンの事を快くは思っていない。それでも、家の中に入ってくることはなかった。

「んっ」

 ベッドから降りたゼンは、大きく背伸びをする。背中の痛みはまだあるものの、大分マシになっていた。包帯も新しいものに替えられていて、気分はかなり良い。

「まだ全快ではないか」

 ゼンが寝ていた部屋は綺麗に整頓されている。ゼンが窓から顔を出してみると、太陽が昇っている。ゼンがこの村に着いたのも、同じく太陽が昇っている頃だ。すると、ゼンは丸一日以上、眠っていた計算になる。

 必要以上に寝ていたため、全身の関節に痛みが走った。それに、立ったはいいものの、ゼンはフラフラしている。支えなしでは、千鳥足の様になってしまう。ゼンは壁にあてながら、必死にドアの方へ向かう。

 たった十数歩の距離なのに、辿り着くまでに時間がかかってしまった。ドアの前にたどり着くころには、ゼンの額に汗が流れていた。

 ゼンはドアノブに手をかけ、ゆっくりと回す。

 扉を開けた先にはゼンが運んだ、あの男が立っていた。

「お目覚めになりましたか」

 オプトは、ゼンが寝ていた部屋の椅子を指さした。座れ、ということだろう。ゼンは大人しく、椅子の方へと戻った。

 途中、オプトに肩を貸してもらった。この家に来た時とは、立場が逆転していた。

「心配しました。丸三日以上寝たままでしたから」

「三日も!」

 驚きのあまり、大きな声が出てしまった。

「安心してください。あなたの馬も、連れのドラゴンも無事です」

 衝撃の言葉が、オプトの口から出てきた。エアの存在が知られてしまった。知っているのはオプトだけなのか、それとも……。それに、実際にエアの無事を確かめた訳ではない。ゼンの思考は止まらない。

「あ、ゼン!」

 ゼンの心配事が一つ消えた。エアはオプトの後方から出てきた。

「もう傷は大丈夫なの?」

「あ、ああ。大分マシになった」

 ゼンはオプトと向かい合う。向かい合って分かったが、オプトの方が背は高く、体も細い。ゼンが力を加えてやれば、折れそうな程である。

「随分と世話になりました」

 ゼンは深々とお辞儀をした。

「いえ、こちらこそ。倒れた私をここまで運んでくれて。聞いた話では、私をここまで運んだ後に倒れたとか」

「お恥ずかしい限りです」

 ゼンは頭を掻きながら、返す。

「本当だよ。ゼンが倒れた後、私ずっと、あのポーチの中にいたんだからね!」

 両者の間に割り込むように、エアが話し出す。久し振りにゼンに会えたのが嬉しいのか、いつもより話す調子が速い。

「この子、エアに会ったのは、あなたの様子を見に来た時でした。私を助けてくれた方がどんな方か、一目見ようと部屋に入った時です。

 暗闇の中で何かが動いていた。勇気をもって近づいてみたら、それがエアでした」

「最初は、もう終わりだと思ったの。人間に見つかったって。

 けど、この人は、ドラゴンである私にも優しく接してくれたの。ちゃんとご飯は食べさせてくれるし、寝床も用意してくれるし。オプトは優しいよ」

 自身に対する不満も、ゼンは受け流した。

「よろしければ、握手を」

 オプトが手を差し出してきた。ゼンもそれに黙って従う。傷だらけの腕を前に突き出した。片方は白く綺麗な手だが、もう片方は傷だらけの無骨な手である。

 両者は握手を交わした。

「ハハハ。凄い力ですね。握っている手が痛くなってきた」

「これは、すみません。しばらく寝てたもんで、力加減ができていなくて」


 食卓には老夫婦とオプト、ゼンがいる。ゼンの食欲の旺盛さに他の三人は唖然としている。

 ゼン自身も三日ぶりの食事ということもあり、食べ過ごした分を一気に摂取しているかのようだ。食事の内容は山菜が中心だった。ゼン自身は肉を食いたかったのだが、それは胸の奥にしまっておく。

「ごちそうさまでした」

 ゼンは掌を合わせる。三人の皿にはまだ料理が残っているが、ゼンの皿には何も残っていない。盛り付ける前の皿の状態と同じだった。

「いやはや、凄い」

 老夫婦が顔を見合わせる。

「量は少ないですが、まだありますよ。食べますか?」

 老婆がゼンに尋ねる。

「ありがとうございます。けれど、これで大丈夫です。久し振りに食べるのでこれ位で」

「オプトもこれ位食ってくれればいいですけどね。何せ、この子は食が細くて」

 老人が笑いながら言う。確かに、オプトの皿にはまだ料理が残っている。最初から、盛られている量も少なかったが、それでもまだまだ料理はある。

「それは言わないで下さいよ」

 オプトが軽く笑いながら返す。ゼンは、オプトの顔に陰りの様なものを、微かに感じた。だが、それは杞憂だった。オプトの顔には陰りはなかった。今は体調がいいのか、顔色がよい。

 全員が食事を終えてからであった、オプトから誘いを受けたのは。

「村の中でも、散歩しませんか?」

 唐突な誘いであった。

「えっ?」

「眠ってばかりで、体も鈍っているでしょう。軽い運動代わりに。案内しますよ」

 ゼンは少し迷ったものの、その誘いを受けた。実際、体が鈍っていることも実感していた。久しぶりに腹も満たし、何とか一人でまっすぐ歩ける程度までには回復していた。それに村の中を見たいという、欲もあった。

「それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます。上着を取ってくるので、ちょっと待ってて下さい」

 ゼンは、包帯姿のままであった。流石にこのまま外に出れば、更に不審な目で見られることを避けられない。ゼンとしてもそれは避けたかった。

「ゼン。どっか行くの?」

 部屋に戻ると、エアがベッドの上で寝ていた。

「ああ、ちょっとな。それと、絶対に俺とオプト以外の奴には見つかるなよ」

「はーい」

 珍しく、エアが素直に従った。いつもであれば、絶対に同行していただろうに。ゼンが眠っている間に何かあったのだろうか、ゼンの疑問は解決されない。戸惑いを感じつつも、ゼンは自身の上着を纏い、部屋から出ていった。

「お待たせしました」

「では、行きましょうか」

 オプトとゼンは家を出た。家を出たゼンを待っていたのは、鋭い日差しである。思わず、ゼンは目を閉じてしまった。

「久し振りの日光で、眩しいですか?」

 隣にいるオプトが尋ねてくる。

「ええ。その様ですね」

 すぐに目は慣れたが、次にゼンを襲ったのは暑さだった。ただ暑いのであれば、我慢できるのだが、ここは暑さに加え、湿気もある。何もせずとも、外にいれば額から汗が流れ落ちるであろう。

 オプトとゼンは横並びで歩いている。村人は、オプトの姿を見かけると挨拶をしてきた。村人のオプトを見る目は穏やかである。だあ、隣にいるゼンが視界に入ると、その穏やかさは消散してしまう。村人はゼンを不審な目で見てきた。

 ゼンはできるだけ、村人と目を合わさないようにしている。目線はかわせるが、自身に突き刺さる不審な者を見る視線は躱せなかった。

「今日も散歩ですか?」

「ええ。天気と体調がいいので」

「それは良かった。ところで、後ろの奴は……」

「ああ、彼ですか。心配しないでいいですよ」

 オプトと村人が楽しく談話している間、ゼンは完全に手持無沙汰である。肩を回したり、体を伸ばしたりして時間を潰した。だが、その動きが更に村人の不信感を煽る結果となった。

「それでは、これで失礼します」

 再び、オプトが歩き始めた。ゼンもそれに付いて行く。背後から、突き刺すような視線をゼンは感じたが、気にせずにオプトの後を追う。

「すみません」

 突然、オプトが謝ってきた。二人がしばらく歩き、人手のないところに出た頃である。

「どうしたんですか、急に?」

 ゼンは直ぐにこの村の閉鎖的なことか、と思った。が、逆にここまで余所者に対し否定的なのか、興味がわいてくる。敢えて、ゼンは会話を掘り下げてみようと試みた。

「この村の事です。全員、悪い人ではないんです。ただ、外の人間に対して、拒絶感を持っているだけで。

 この村は、私の祖先が開拓しました。もうずっと、昔の事です。祖先は中心的な立場にいて、その後、村の長になりました。

 当時、東の都の近くに住んでいた祖先たちは、モンスターと人間との戦争から逃れるため、自分たちの村を捨てました。ただ、無事に逃れられる訳はなく、逃亡中に何人もの仲間を失ったのです。犠牲者の中には、モンスターではなく、人の手で亡くなったものもいます。

 それが、外の人間に対する拒絶感の原因なのです。私たちは、小さなころからその話を聴かされてきた。だから、外から来る人間に対しては、排他的な態度を取ってしまうのです。

 そして、私達の祖先はこの村に辿り着きました。何もないところを開拓し、外との接触をできるだけ避けて生きてきました。ただ、世代が進むにつれ問題が出てきました」

 段々と、オプトの声が暗くなってきた。それに、歩く速度も少しだけだが、遅くなっている。

「元々、人数は多くなかったのです。それが世代を経るにつれ、更に減っていった。それに見たでしょう、村の人間の体格を」

 ゼンは村の様子を思い出してみる。村人たちは、背丈が異様に低いものがいた。それに身体の一部だけが異常に発達したものなど、言われて見れば、不思議だった。

 それに、村人の顔つきがよく似ていたのも気になっていた。見る人、見る人の顔が異様に似ていた。

「ここ数世代になって、問題が顕在化しました。それに、寿命も段々と短くなっているんです。若い者は産まれて直ぐに死んで行くのです。今や、子供の数よりも老人の数の方が多くなっています」

 オプトは話している間、何度も拳を強く握っていた。

「僕自身も、体が弱く……。

ゴホッ、ゴホッ」

 オプトの口辺りに、真っ赤な液体が付着している。

「ッ。おぃ」

「生まれつきなんです。体が弱いのは。」

 オプトが振り向き、苦しそうな顔を見せる。

「私は生まれつき、体が弱かった。すぐに倒れるし、何の役にも立たない人間だった。

 普通であれば、こんな人間はすぐに村からいなくなるはずだったのです。ただ、私の祖先が村の開拓者だったこと、僕の父親が村長だったことが、私を生ける屍にしてしまった。

 村には、僕が早く亡くなることを望んでいる者と、僕に村長としての責務を果たしてもらいたい者がいます。僕だって、望んで、今の地位にいるわけではないのに……。」

「何故、そんな話を俺に?」

 ゼンが、静かに言った。

「誰かに聴いてほしかったんです。僕の祖先・親を知らない人に、僕自身の話を」

「そうか。もうそろそろ、帰る頃合いだろう。それ以上、喋ると家に帰れなくなるぞ」

 気づけば、もう日が傾き始めている。それに歩いた距離もそれなりになった。

「ええ、そうですね。帰りましょうか」

オプトの顔が少しだけ晴れたように見えた。ゼンとオプトは帰路についた。帰路の間、二人の間に会話はなかった。オプトはまた、村人たちから話しかけられている。オプトはそれに応じ、時折笑ってもいた。

オプトの家に着いた頃には、完全に日は落ちていた。ただ家に帰るだけならもっと早く帰ることはできた。だが、オプトと一緒だったため、予想以上に時間がかかってしまった。オプトの顔色は、少し悪くなっている。

「すみません。疲れました、寝ます」

 玄関に迎えに来た老夫婦に言った、最初の言葉であった。そのままオプトは、自室のほうへと消えていった。

「私たちは、晩御飯にしましょうか。オプトの分も食べてやってください」

 老婆がゼンに言う。

「オプトは放っておいてもいいんですか?」

「ええ……。ああいうときのオプトは何をしても起きないんです。静かに寝させてやったほうがいいんですよ」

 オプトの様子に、老夫婦は驚かなった。きっと、こういうことが頻繁に起こるのだろう、二人とも慣れた様子である。

 ゼンは、抜けたオプトの分までも夕食を楽しんだ。相変わらず、山菜中心の食事で、ゼンにとっては少し物足りない。だが、オプトの分まで食べたので、腹は十分に膨れた。

「ごちそうさまでした」

 ゼンが手のひらを合わせる。老夫婦はまだ食事中だった。ゆっくりと、皿の上のものを平らげている。

「ああ、お皿はそのままにしておいて下さい」

「そんな、悪いですよ」

「いえいえ。あなたも一応は怪我人なんですから、大人しくベッドに戻って下さい。オプトの散歩にも付き合ってくれたんですし、そのお礼です」

 ゼンは大人しく、老婆の言葉に甘えることにした。感謝の言葉を言うと、ゼンも自分の部屋へと向かう。

「あっ、お帰りー」

 ドアを開けると、エアがベッドの中央に寝転んでいた。こんな堂々と寝ていて誰かが入ってきたらどうするんだ、ゼンは注意を促そうとする。

「心配しなくても大丈夫だよ。この部屋に入るまでの足音で、私気づくもの」

 エアは得意げそうな顔をしている。この状態のエアに注意をしても無駄だと、ゼンは悟った。

「疲れたから寝る。どいてくれ」

 エアが動くよりも前に、ゼンはベッドに寝転んだ。

「うわっ、危ないな」

 エアは何とか下敷きから脱する。やはり、まだ体が重いままだ。この村に来た時のことを思えば、まだマシである。それでも、体に残る違和感を拭い去ることはできなかった。

 こんな時は寝るに限る、ゼンはすぐに眠りに入った。目を閉じ、直ぐに意識は深い眠りの底に沈んだ。


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