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ワールド・ジャーニー  作者: ノリと勢い
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十九話 其の二

「見てきたよ。

 相手の数は5人。ゼンにとっては悪い話になるけど、どう見てもただの村人には見えなかった。チラッと見ただけど、柄も悪いし、態度もでかいし、絶対に近寄りたくない人種だね。

 ああ、そうそう。武器だけど、槍を持っていたのが二人、剣が一人、クロスボウが二人いた」

 槍や刀もだが、それ以上に厄介なのはクロスボウだ。今、ゼンたちは平原を歩いている。視界は極めて良好だ。ボルトが飛んできても遮蔽する物がない。仮に一発目が外れたか避けられたとしても、続く二発目も同じになるとは限らない。

「ゼン……」

「わかっている。

 一番は相手方の衝突を避けることだ。余計な戦いは避けるに限る。ヴェーラ、お前もわかっているな」

「わかってる。もう好き勝手に暴れ回ったら只事じゃすまないからね。

 それにスウェーロ家に警戒を強められたらせっかくの機会が無駄になっちゃう」

 ゼンの思っていた以上にヴェーラは落ち着ている。てっきり全員を屠るなんてことを言いだすのではないかと彼は警戒していた。その警戒も無駄に終わったことに彼は胸を撫でおろす。

 心配の束の間、ゼンはすぐさま思考を切り替える。問題は何も解決していない。今、彼が対処しなければならないのは、迫ってきている5人組だ。身を隠そうにも、そんな都合のいい場所が見つかるはずもない。商人たちを装って、やり過ごすしか彼には策が思いつかなかった。

 ゼン一人であれば、別の方法もあったかもしれない。しかし、今はヴェーラがいる。誰に基準を合わせるかといえば、それは間違いなく彼女だ。

 ゼンにとっては誠に不本意だが、遭遇する兵士がこちら側に手を出さないことを祈るだけしかできない。

「外套を深く被っていろ。女と分かれば、奴らは間違いなく手を出してくる。

 いや、待て。一旦、外套を脱げ」

「どうしたの急に」

「いいから」

 ヴェーラは中々外套を外そうとはしない。いきなりのゼンの発言に戸惑いを隠せていなかった。それを見かねた彼は、自身の外套を脱いだ。

ゼンは自身の外套を手で持つと、地面に落とした。そのまま地面にこすり付ける。

「ちょっと何しているの?」

「汚れをつけているんだ。

 金を持っていると思われたら厄介だからな。こうして目に見えるくらいの汚れがあれば、向こうも俺たちが金を持っているとは思わんだろ。

 ほら、お前もさっさとやれ」

 そこまで言われて、ようやくヴェーラも外套を脱ぎ、汚れをつけ始めた。

 遠くから見ても汚れが判別できるほどに外套に土を付け、二人は再び外套を身に着けた。

「ゼン、もうすぐ来るよ」

 木の上からエアが声をかけてきた。急ごしらえの準備だが、何もしないよりかはマシだとゼンは自分自身に言い聞かせる。彼は後ろを振り返り、ヴェーラにも目で合図した。彼女は何も言わず、ただ無言で頷く。

「行くぞ」

 ゼンは小声で、ヴェーラにだけ聞こえる声でそう言った。エアは変わらず、上空で待機するように言ってある。もしも、荷物を調べられた時の保険だ。


 ゼンたちは偽装工作を終えて、道なりに進みだした。二人は平静を装っているが、内心は乱れていた。特にヴェーラに関しては、傍目から見てもどこかぎこちなさを感じるほどである。

「気を取られすぎだ。

 できるだけ平常心を保て」

 無理だとはわかっていても、ゼンは敢えて口に出した。彼が何を言ったところで、ヴェーラの緊張がなくなるわけではない。むしろ彼の一言が、彼女をより一層緊張させてしまう恐れもある。

「来たぞ」

 まだ距離はあるが、5人の姿が見えた。視界に映るのは人間というよりも、5つの黒い点のようだ。それが、少しずつ前に進むにつれて人の姿へと変わっていく。

 ゼンたちが相手を認識できたということは、それは向こう側にとっても同じだ。5人の眼には、薄汚い恰好をした二人組の姿が映っている。

「そこの二人、止まれ!」

 低く、野太い声が響く。声を出したのは、5人組の先頭にいる剣を携えた男だ。男が右手を上げると、最後尾にいる二人がクロスボウをゼンたちに向ける。

 ゼンたちの動きを封じたところで、5人組は徐々に距離を詰めてくる。その間も、クロスボウの照準は二人に向いたままだ。二人が妙な動きを見せれば、すぐにでもクロスボウからボルトが飛んでくるに違いない。

「何者だ」

「ただの商人です」

 ゼンは両手を上げ戦意がないことを示す。

「商人……?」

 先頭の男は訝しげにゼンのことを見る。先頭の男に続き、槍を持った二人も彼の方へと近づいてきた。

「おい、やめとけ。

 こんな汚い奴ら、どうせ大した物なんて持ってねえよ」

「後ろにいる坊主も線が細い。まともな物も食えてねえんだろ。

 なあ、坊主」

 5人組が嘲笑し始めた。ゼンたちの偽装工作は予想以上の働きをしてくれたようだ。

 ヴェーラは口を開かない。声を出せば、彼女が女であることが判明してしまう。

「だんまりか。

 それとも、口もきけないほど腹が減っているのか」

「行こう、行こう。

 こんな奴ら襲ったところで、何の旨味もねえ」

 ようやくクロスボウの狙いがゼンたちから外れた。それと同時に、5人組は歩き始める。もはや、ゼンたちが視界に映っていても、彼らからすれば存在しないに等しい存在になり下がっていた。

「ところで本当に、またあの村に行くのか?」

「仕方ねえだろ。上からの命令だ。

 それにウォルドさん達も戻ってこないんだ。あの人に限っては、やられたりはしないだろうが」

 5人組はゼンたちの横を取りすぎながら、相変わらず駄弁っている。その内容は、ゼンにとってもヴェーラにとっても興味深いものだ。そのためもう動けるにも関わらず、二人は足を止めている。

「あんな村、もう何も残ってねえだろ」

「あの村で唯一楽しめたのは、襲撃をかけた時だったな」

「ああ。

 周りに何もないから逃げていってもすぐに気づくしな」

「ああ。背中を見せながら逃げる奴らを的に射的もやったな」

「そういえば、お前。あの時の賭けで負けた金、まだ払ってなかったよな」

 この流れは非常に良くない。今やゼンの注意は5人組から、後ろにいるヴェーラの方に向いていた。彼女の怒りが爆発しないか、それが彼の最大の懸念である。

 ゼンは恐る恐る、後ろを振り返る。ヴェーラは微かに体を震わせていた。それが恐怖によるものではないことは見てわかる。

「落ち着け。

ここで暴れたら一巻の終わりだぞ」

「わかっている。けど……」

 ヴェーラは歯を食いしばり、必死に自身の内から湧き上がる衝動を抑えている。

「クソッ。

 何で俺が、あんな虫ケラ共のせいで金を払わなくちゃならないんだ」

 その言葉が発せられた途端、ヴェーラは駆け出した。彼女は隠していたナイフを引き抜き、最後尾にいる男に襲い掛かる。

「何だ?」

 ヴェーラの足音に気付いた男がゆっくりと後ろを振り返った。振り返った音の視界に映ったのは、ナイフを振りかざした彼女の姿である。

 ヴェーラが振りかざしたナイフは、男の左胸に突き刺さった。女子の腕力といえども、速度と重さの乗った一撃だ。即死には至らずとも、致命傷にはなりうる。

「ああぁぁあ」

 男はゆっくりと背中から地面に倒れていく。ヴェーラはその光景をただじっくりと見ていて。一方のゼンはというと、既に行動を始めている。

 ゼンは足首に隠してある投擲用のナイフを引き抜く。残り一人のクロスボウを持っている男に狙いを定めると、すぐさまナイフを投擲した。

 ナイフが風を切る音がした後、男の首元にはナイフが突き刺さっていた。

 ゼンは止まらない、そのまま前へ進みだす。彼の手には愛用のナイフが握られている。

 残る三人はようやくゼンたちの方を振り返った。そこで初めて、自分たちの仲間が二人も倒れていることに気付く。彼らが、次に目にしたのは、ナイフを構えて突っ込んでくるゼンの姿であった。彼らからすれば、ゼンの姿は恐怖以外の何物でもない。何せ、ナイフを持った男が迫ってくるのだ。

 男たちが武器を構えた時、ゼンは間合いに入っていた。男たちが武器を構えるよりも早く、彼は右側にいる男の右腕を切りつける。関節部分にできる鎧の隙間を狙った一撃だ。男は持っていた槍を落とした。

 次にゼンは、そのまま左側の男に狙いを定める。男は槍ではなく、彼と同じくナイフを抜こうとする。この至近距離では槍の長所である射程の長さが仇になってしまう。そこまで考えての判断である。

 その判断は決して間違いではなかった。実際、槍を構えていれば、ゼンはその隙に男の命を奪えたからである。ただ、男が判断を誤っていたのは、相手がゼンだということだ。

 男の手がナイフに伸びた。その瞬間、ゼンの左足が男の手に伸びた。

「なっ」

 男の手はナイフから離せなくなってしまった。手を動かさそうにもゼンの足がある限りは、何もできない状態である。彼は左足で男の動きを封じたまま、左足に隠してあるナイフを取り出す。

 ゼンはナイフを手に取ると、眼前の男に投擲した。狙いを定める必要がない程の至近距離だ。

「がぁぁあ」

 片足での投擲のため、ゼンは全力で投げることはできなかった。それでも男の眼にナイフは刺さる。男は目を潰された痛みで、ゼンの左足をはねのけた。

 ゼンも体勢を崩され、倒れてしまった。

「よくもぉぉぉ」

 倒れたゼンに最後の一人が襲い掛かった。彼は横に転がり、男の一撃を避ける。

「このぉ」

 次の一撃が繰り出される前、ゼンは男に向かって何かを投げつけた。

「っっ目が」

 ゼンが投げたのは砂である。彼が姿勢を崩し地面に倒れこんだ際に、手で掴んでおいたものだ。 

 ゼンは相手が怯んだことを確認すると、自身の足を相手に引っ掛けた。

 相手は転び、ゼンは起き上がる。これで形勢は逆転した。彼は男の右足を踏み、行動を封じる。

「お前、こんなことをしてただで済むと思っているのか」

「お前こそ、今の状況からただで済むと思っているのか」

 ゼンの言葉で男は自身の状況を悟ったようだ。今や、4人の仲間はもういない。このままでは、先の四人と同じ結末をたどるしかない。

「許してくれ!

 このことは誰にも言わない。だから、助けてくれ。頼む!絶対にこのことは他言しない。誓うよ」

「ゼン、どいて。

 こいつは私が」

 背後からヴェーラが寄ってきた。彼女の手はナイフを握っている。彼女からすれば、目の前にいる男は憎き仇の一人だ。ゼンがなんと言おうが、彼女は自身の手でケリをつけるに違いない。

「……わかった。

 俺はこのままコイツを抑えておく。お前がやれ」

「うん」

 彼女はナイフを大きく振り上げる。

「や、止めろ!

 頼っ」

 ナイフは男の左胸に突き刺さる。その一撃は、あっさりと相手の命を奪った。

「ハー、ハー、ハー」

「お前は少し休んでおけ。

 その間に俺は後処理をしておく」

「ゼン、どうしよう。

 ナイフが抜けない……」

 ヴェーラが突き刺したナイフは思いのほか、男の体の奥まで食い込んでいた。ゼンが男の体を固定していたことが影響していたのかもしれない。

「ふむ。

 貸してみろ」

 ゼンはナイフを手に取り、いともあっさりとナイフを引き抜いた。ヴェーラが苦戦していたのが噓のように。よく見ると、彼女の手は震えていた。

「ほら」

 ゼンは引き抜いたナイフを彼女に手渡すと、死体の後処理に移った。

 後処理といってもそこまで時間をかけることはできない。あくまでも短時間の間で、死体をうまく片付ける必要がある。埋めるのは時間の問題から、ゼンの選択肢から外れた。

燃やす選択肢も一瞬ゼンの頭に浮かんだが、死体を燃やす際に生じる煙を見られた場合を考えると除外した。

最終的にゼンが取った選択肢は、死体を隠すという手だった。最善とは言えない、むしろ悪手ともいえる手かもしれない。だが、今の彼からすればただ時間を浪費するのが一番の悪手であることに間違いはない。

ゼンは急いで次の行動に移った。

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