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ワールド・ジャーニー  作者: ノリと勢い
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十九話 其の一

「二人分で、とりあえずは二日分」

 ゼンは二日分、二人分の代金を宿屋の店主に渡す。

「ああ、それとこれを処分しておいてくれ。悪いな、余計な手間をかけて」

 ゼンはそう言って、懐から金貨を一枚取り出し、店主に差し渡した。

「行くぞ」

 ヴェーラには外套に付いている深めのフードを被せている。よほど意識して彼女のことを見なければ、男と勘違いしてもおかしくはない。

 ゼンたちはまた別の村に立ち寄っていた。理由はいつもの物資の調達のためである。あくまで物資の調達のためであり、長居するつもりはない。

 追手たちに余計な情報を与えないためにも多めに金を渡しておいた。これで完全に安心とはいえないが、何もしないよりかは精神的に楽ができる。

 ゼンたちはあくまで商人の体を装っていた。そのため武器は必要最低限、隠し持つことのできる武器しか身に着けていない。ゼンであれば愛用しているナイフと投擲用の小型の物だけを持っている。ヴェーラに関しても同じように、ナイフだけを装備していた。それ以外の武器は全てセロに提げている袋に隠してある。

「よし、ひとまずは安心だな」

 ゼンは窓辺に立ち、周囲を見渡している。この村に入ってから敵意のある視線は感じていなかった。この部屋から辺りを見渡しても敵意のある人物は見つからない。今の所は安心してもいいだろう、その安心がいつまで続くかは不明だが。

「飯にしよう」

「もう喋って大丈夫なの?」

「ああ。周囲の状況は確認済みだ。

 しばらくは安心だ」

 ゼンは窓辺から離れ、椅子に腰を落ち着ける。ヴェーラもようやくフードを外した。

「あぁ。ようやくスッキリとした。ずっと視界が暗いから、気分まで暗くなりそう」

「そういえば、まだ夜目の訓練はしていなかったな。今の間に慣れておけ。

 夜襲は仕掛ける側からすれば、絶好の機会だ。相手が多数であればさらに効果的だ。何せ、一度仕掛ければ向こうが勝手に自滅してくれることもあるからな」

「それって本当の話?」

「本当の話だ。俺の経験談だからな。

さあ、飯にするぞ。明日は物資の調達だ。明後日には、この村を発つぞ」

 ゼンは急いでいた。彼一人で、何も事情がなければ、この村であと数日は休んでいただろう。しかし、今は事情が異なる。何よりも速度が重要だ。

 一日の遅れは死に繋がる。一日どころか半日でさえ、それは変わらないだろう。

 追手がいつ彼らの拠点に戻ってくるかもしれない。敵に余計な戦力が追加される前に、ヴェーラには決着を付けさせたかった。

「飯を食ったら寝るぞ。

 明日、俺は食料を担当する。お前は水の調達をしてくれ。金に糸目はつけるな。できるだけ量を確保しろ」


次の日、ゼン達は目を覚まし、すぐに朝食を採取った。その後は、前日の打ち合わせ通りに二手に分かれ、物資の調達に走る。交易の感覚は決して悪くはなかった。むしろ彼らのほうから好意的に交易を進めてくれた。

 ゼンの経験から言っても珍しい事態である。こういった小さな村ではそれほど備蓄がないことが多く、交易を頼んでも応じてくれないことが多い。

 更に意外だったのは、彼らが硬貨を欲していたことである。この村で硬貨を手に入れたところで使い道はそう多くないはずだ。なのにも関わらず、今回ゼンが交渉した人間に限れば、物よりも硬貨での交換を要望していた。

 予定よりも早く宿に帰ると、先にヴェーラが部屋に入っていた。彼女も想像よりも早く調達が終わったようである。

「早かったな」

「そっちも。

 早速で悪いんだけど、報告することがあるの」

「何だ?お前に渡した金をすべて使い切ったとか、そういう話なのか」

 ゼン冗談のつもりで笑みを浮かべながら言ったが、対するヴェーラの表情は固い。

「おい、まさか……」

「あなたが金に糸目はつけるなって言ったから。それに有益な情報を持って帰ってきたわ」

「まずは、その有益な情報とやらを聞かせてもらおうか」

「ゼンも気付いたと思うけど、この村の人は外貨を欲しがっていた。それも異常なほどに。

 だから思い切って訪ねてみたの。そしたら、“この村から逃げるための資金が必要なんだ”ってさ。

 この村も、私たちの村と同じく苦しんでいるみたい。このままここに住み続けても、未来が見えない。だから、この村から逃げる準備を進めていた」

 ゼンも恐らくそうではないかと考えていたが、実際その通りだったという訳だ。

「まずいな」

「何が?」

「俺たちの敵は追手だけじゃないってことだ。

 予定通り、明日にはこの村を断つぞ。出るときは、敢えて南門の方から出るぞ。この村が完全に見えなくなったところで、北に反転する」

 状況はゼンが考えていたよりも悪化していた。今、彼らの一番の敵は追手ではない。この村に住んでいる、この村から逃げることのできない住民達である。

 住民たちは外から来た人間を快く思っていないだろう。それが金を持っていれば尚更のことだ。そして、逃げられない自分たちを置いて逃げようとする者もである。ここに襲撃を仕掛けるような馬鹿なことはしないはずだが、いつ敵側に情報が行き渡っても不思議ではない。

「悩むのは終わりだ。

 今日も早めに飯を食って、早く寝るぞ。明日は朝日が昇り次第、この村から出る」

 その晩、ゼンたちはいつもよりも早めの睡眠をとった。ヴェーラは慣れていない旅ということもあり、すぐに夢の中へと吸い込まれていく。一方のゼンは、目を閉じ、体も休養の態勢には入っていたが、警戒心は解いていない。わずかな空気の振動や、人の気配があれば、すぐにでも動ける状態である。

 幸いにもその晩、ゼンが目を覚ますことはなかった。彼は朝日が昇る前から活動を始めていた。窓辺に立ち、昨日と同じように周囲を見渡す。

 ゼンたちが泊っている宿の周りには敵どころか、人影すら見えない。このまま人が多くなる前にこの村から立ち去ることができればいいのでが、そう上手く話が進むだろうか。

「起きろ、朝だ」

 まだ寝息を立てているヴェーラをゼンは優しく起こしてやる。まだ彼女は夢の中から出てきそうにない。彼女の村にいた時はもう少し寝起きが良かったのだが、彼女も少なからず疲れが溜まっているのだろう。

 ゼンはヴェーラを放置したまま、この村を発つ準備をし始めた。といっても、昨晩の間に大方の準備は済ませてある。彼は余った時間を愛用のナイフの手入れに充てた。

「はっ、もう朝?」

 ヴェーラが目を覚ましたのは、ナイフの手入れも終わりかけの頃であった。

「よう、起きたか。

 悪いがもう少しだけ待っていてくれ。コイツの手入れがあと少しで終わるんだ」

「もしかして、起きるの遅かった?」

「ほんの少しな。

 気にするな。こっちも手入れができて丁度よかった」

 実際、まだ朝の間でもかなり早い時間帯だ。通りにも僅かしか人がいない。その僅かにいる人も仕事上で起きているだけで、仕事がなければ寝ているに違いないだろう。

「体は大丈夫か」

「もちろん。待っていてすぐにすぐに準備するから」

 ヴェーラは寝床から離れるとすぐに準備に取り掛かった。このままではゼンがナイフの手入れを終えるよりも前に、彼女の準備が終わってしまう。

「こっちは大丈夫!

そっちは?」

「あと少しだ」

 結局、ヴェーラのほうが先に準備を終えた。彼女も寝坊したことを自覚しているため、ゼンを急かすような真似はしない。仮に彼女が彼を急かしても、彼は自身の作業を急ぐことはないだろうが。 

「よし、行くぞ」

 ゼンは手入れの終わったナイフを隠し席を立つ。その後は、驚くほど難なく村を出ることができた。彼は常に警戒を解かずに周囲に気を張り巡らせていたが、無駄骨に終わってしまった。

「もういいぞ」

 ゼンが警戒を解いたのは村を出て少し後になってからだ。時間にしてみれば、ようやく多くの人が活動を始める頃である。彼が村を発った時も、通りにほとんど人はいなかった。

「こっちも終わったよ。

 後ろにも前にも人影は見えなかったよ」

 空からエアが降りてくる。エアにはいつも通り、空からの偵察を頼んでおいたのだ。彼女からの報告を受け、ようやくゼンは安堵の息を吐いた。

「ところで、お金は大丈夫なの?

 使っちゃった私が言うのもなんだけど」

「金の心配なら大丈夫だ。

 どうせ、この辺境じゃ金よりも物の方が役立つ。むしろ、重い荷物が減ってよかったと言い聞かせている所だ」

 ゼンはそう言っているが、まだまだ金には余裕があった。ゼン自身が滅多に金を使わないため、消費するよりも増えていく量の方が多い。

「お前は金の心配よりも自分の身の心配をしていろ」

 幸い、先ほどの村で旅に必要な物資は調達できた。しばらくの間はどこぞの村や町に立ち寄らなくとも旅を続けることができる。ここから先は、敵の本拠地に近づいていく。今までに以上に警戒を強める必要がある。

 これまでも一歩間違えば死に繋がる状況はあったが、これから先は些細な間違いですら詰むことすらあり得る。

 ここからは村に立ち寄るのすら難しくなってくる。規模が小さければ小さいほど、部外者の存在は嫌でも目立ってしまう。逃げ口を塞がれればゼンたちに勝ち目はない。

「ん、ゼン……」

 わずかに前を歩くヴェーラの肩から、エアが話しかけてきた。こういった時は、悪い報告ばかりが上がってくる。ゼンは思わず身替えしまう。

「何だ?」

「人の匂いがする。それと血の匂いも」

「それはすぐ近くからか?」

「まだ距離はある。けど、そう遠くも離れていない。

 どうするの?」

「ヴェーラ止まれ。

 すぐに武器を取れる準備をしておけ」

 ゼンの目つきがすぐに変わった。今までも決して穏やかとはいい難いが、今の彼の目つきそれ以上に険しくなっている。何も知らない人から今の彼を見れば、決して近づきたいとは思わないに違いない。

「エア、お前は先行して、何人いるかを確認してきてくれ。できれば、武器の情報も集めてきてくれ」

「わかった」

 エアはすぐに飛び立っていった。

「私たちはどうするの?」

「このまま進む」

 このまま進めば、正体不明の連中に遭遇することは避けられないだろう。だが、衝突は避けられるかもしれない。

 そもそもエアの嗅ぎ取った匂いが敵であるという確固たる証拠も掴んでいない。たまたま狩りを終えた村人であるという可能性もある。ただ、その可能性は極めて低いだろうが。

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